セツナさんが日本を発ってしまう。そんな事実が明らかになってからも、クリスマスライブの準備を疎かにすることなんて出来ませんでした。それどころかますます練習時間も増えましたし、当日の動きを含んだリハもしていましたから。
「イヴちゃん調子悪い……? 大丈夫……?」
アヤさんが私を心配してくださる声が耳に届きました。けれど、そんな心配をさせることが心苦しくて。
「……はいっ、大丈夫です!」
それでも私の空元気を分かっているのか、みなさんの表情も少し浮かないものになっていました。もうライブまで時間はそれほど残されていないというのに、このままで大丈夫なのでしょうか。そんな漠然とした不安が私にのしかかるのですが、それを吹き飛ばせるほどの元気は、今の私は持ち合わせていませんでした。
「イヴちゃん、今日の帰り道ちょっとだけ寄り道しないっ?」
事務所を出たところでアヤさんのそんなお誘いがかかりました。しかし、正直私の気分は寄り道をする気分ではありませんでした。
「……気持ちは嬉しいのですが」
断ろうとした瞬間でした。
「よしっ決まりっ! いこーよー!」
「え、え?!」
ヒナさんの手が私の腕を掴んで引っ張っていました。
「折角のクリスマスですからね!」
「そうよイヴちゃん。だから、少しだけ私たちの我儘に付き合ってくれないかしら?」
「は、はいっ」
そんなわけで私たちは事務所を出て、夜遅い時間だと言うのに街へ繰り出すことにしたのです。
街はすっかりクリスマス一色で、空がもう夜遅くで暗くなっているということもあってか、街のあちこちにつけられた装飾やネオンは煌めいていました。広場になっているところの中心には暖色で彩られた大きなモミの木が聳え立っています。
「……もう、クリスマスですか」
「もう今年も一年終わるんですねー」
「色々あったなー」
隣を歩くみなさんの表情は過ぎゆく一年への惜別の念だとか、少し寂しそうに映りました。
クリスマスまではもう1週間もありません。それは当然セツナさんが日本を離れてしまうのももう1週間しかないということですから、だから、私の心のモヤモヤは余計に強くなっていました。
「……クリスマスライブ、大丈夫かな」
「彩ちゃんは自信を持ちなさい?」
アヤさんの抱く不安は勿論私にもありました。私がみなさんの足を引っ張るかもしれない。その言いようのない不安は、好きな人と離れてしまうという漠然とした不安は、どうやっても取り繕えるものではありませんでした。
「……イヴちゃん」
「……ヒナさん?」
私が浮かない顔をしていたからでしょうか、ヒナさんが私の手をギュッと握りしめていました。
「イヴちゃんに何があったかは分かんないけど……、……きっと大丈夫だよ」
「きっと大丈夫……」
「そうですよイヴさん! ジブンたちがついていますから!」
マヤさんが背中を押してくれました。
「イヴちゃん……。辛いことはどうやっても変えられない。……だから、イヴちゃんが後悔しないようにすれば良いんだよ」
「アヤさん……」
「……もしイヴちゃんさえ良ければ、何があったか、教えて欲しいな」
そうして私は諭されるままに、セツナさんのことを全て話しました。
初めて会った時のこと。一目惚れしたこと。羽沢珈琲店でテイクアウトばかり頼んでいたこと。ツグミさんが機転を効かせて連絡先を手に入れたこと。やりとりを繰り返して、徐々に仲を深めていったこと。そして、セツナさんが私たちのクリスマスライブが終わった直後、日本を発ってしまうこと。
「……そっか。あたしたちの知らない間に……イヴちゃんに色んなことがあったんだね」
「雪那さんが海外に行ってしまうだなんて……」
みなさんの悲壮な声が、さらに私の心の中の悲しみを掻き立てました。……また私は、みなさんのお荷物になってしまうのでしょうか。……それは、嫌でした。
「……けど、……大丈夫です! 私は若宮イヴですからっ、絶対にクリスマスライブを成功させますっ!」
「……でも、そう言い切れるのなら、どうしてイヴちゃんは泣いてるの?」
「……ぇ」
アヤさんの貫くような声が耳に届いた瞬間、私の頬を涙が流れていました。今まで必死に考えないようにしていたのに、本当はセツナさんと離れたくなんてありませんでした。もう、私の頭の中はぐちゃぐちゃでした。
「……ひぐっ、本当はっ、……もっとセツナさんとぉっ、もっと一緒に居たかったんですっ」
「……イヴさん」
「大好き、ですからぁっ、ぐすっ、一目惚れだとしてもっ、……私はやっぱりっ」
私の涙の叫びは、静かで冷たい冬の空に響き渡りました。けれど、響いていった声はただ夜闇の中へと消えていきました。本当であれば、この間、真実を知った時点で全て、全て洗いざらい涙を流して、全てを忘れ去ってしまおうって思ったのに。思っても、やっぱり募るのはセツナさんを恋慕う心だったのです。
「……みなさん、泣いてしまって……ごめんなさい。折角のクリスマスのイルミネーションを見に行こうって話だったのに……」
「そんな! イヴちゃんが謝ることなんてないよ!」
「そうです! 辛いことがあったらみんなで乗り越えるんですから!」
皆さんの励ましに報いるためにも、私はセツナさんのことを表に出すわけにはいきませんでした。だから心の中ではセツナさんのことを考えながらも、笑顔の仮面をかぶることにしたのです。
「……だから、大丈夫です!」
「えぇ。それに、泣き言を言っていても、クリスマスライブは直前に迫っているわ。私たちはファンの皆さんを裏切ることはできないのよ」
「ち、千聖さんもそこまで言わなくても……」
「……雪那さんのことは、残念だけれど、どうしようもできない。ならば、私たちが変えられるクリスマスライブだけでも、全力を尽くすべきじゃないかしら?」
それまで口を開かずに、冷静に私たちの話に耳を傾けていた千聖さんの言うことは尤もでした。クリスマスライブからは逃げることなんて出来ませんから。私の泣き言を言っていても、仕方がないことは自明の理でした。
「それに、私たちが頑張っている姿は、きっと雪那さんも見ていてくれるわ。私たちが、Pastel✽Palettesが輝いていれば、きっと海外でも、雪那さんは私たちのことを、イヴちゃんに気づいてくれるんじゃないかしら?」
「チサトさん……」
喩えセツナさんが海外に行ってしまおうと、私たちの名前が世界に轟けば。……果たしてセツナさんは、私のことに気づいてくれるのでしょうか。
全く答えは分かりませんが、私には、それはそうだと信じて、ライブに集中して、気を引き締める道しかありませんでした。
だからセツナさんへの募る想いを押し殺したのです。
「……そう、だよね。……うんっ、クリスマスライブ、絶対成功させようね!」
アヤさんの掛け声に私の気は一層引き締まりました。迫るタイムリミットから逃れることは出来なかったのです。
だからもう、頭の中でセツナさんのことを考えることはやめました。セツナさんが私に好意を持ってくれていたとしても、一緒にいることは叶わないのですから。ならば、この想い出を綺麗なままで留めておくために、自然と薄れさせるしかないのです。
そもそも、セツナさんが私に恋慕を抱いてくれているのかすら、分からないのですから。そう考えると、胸を圧迫するような辛さが急にスッと取り去られたような気がしました。
セツナさんのことを、忘れることを決めたのです。
「そうとなったら、もっと練習頑張るしかないよねっ!」
「ふふ……彩ちゃんもあまり根を詰めすぎないようにね?」
「ジブンも頑張りますっ」
「うんうん、日菜ちゃんも最高のパフォーマンス見せちゃうよ!」
「……はいっ! 私も、後悔しないよう頑張ります!!」
そんな各々の決意は固く、同じ目標に向かいました。
雪が寒く散らついてきた頃、私は皆さんと別れて家への帰り道を歩き始めました。肌を刺すような痛みすらある寒さの中、アスファルトを踏み締めて帰ったのです。
しばらく歩くと、漸く家が見えてきました。外の寒さはかなりのもので、早く暖まろうと急足になった瞬間でした。
「……え?」
私のポケットに入っていたスマートフォンがプルプルと震えました。おそらく何かの通知なのでしょう。そして私は手を差し込んで、スマートフォンを見て、後悔しました。
「……セツナさん?」
なんと、あれ以来全くやり取りすらしていなかった、セツナさんからメッセージが届いたのでした。私は困惑して、躊躇いながらも、そのメッセージの誘惑から逃れることは出来ませんでした。
『
イヴちゃん。連絡、暫く返せなくてごめんね。
イヴちゃんに言わなきゃいけないことがあります。つぐみちゃんに伝言を頼んでしまったけれど、やっぱり直接本人に言わなきゃと思って、メッセージを送りました。
まずいつもありがとう。イヴちゃんが珈琲店で働いているところを見て、僕は勝手に元気を貰っていました。健気に、直向きに頑張り続けるイヴちゃんを見ていると、僕も頑張らなきゃって思えたから。僕はいつのまにか、イヴちゃんのことを目で追うようになっていました。きっと、これは、恋なんだと思います。
けど、もしかしたらもう聞いてるかもしれないけど、僕は海外に行かなければいけなくなりました。ライブにも行くって約束をしてしまったのに、破ってしまってごめんなさい。
まだまだ言い足りないことばかりだけど、長くなってしまっては、きっと辛くなるだけだから、この辺りにしておきます。本当は言おうか言うまいか迷ったけれど、伝えずに後悔はしたくなかったから。
イヴちゃん。今まで本当にありがとう。大好きでした。
さようなら。
メッセージはそこで、終わっていました。急いで帰るはずだったのに、いつのまにか立ち止まってて、気がついたら視界が涙でぐちゃぐちゃで。
どうして……どうして……、そんな優しくて……残酷なんですか……。画面は閉じて、見ないようにしたのに、私の頭の中にはぼんやりと、セツナさんのくれたメッセージが、ずっと浮かんでいました。セツナさんと過ごした、とても僅かだけれど、大切な日々が浮かんでいたのです。
「どうして……そんなこと言うんですかっ……」
どうして、居なくなるって分かってて……。だって、大好き、だなんて。……そんなの、私なんて、最初から大好きでした。一目惚れしたんですもん。自分のこれまで生きていた世界がひっくり返るぐらい、好きになっちゃったんですもん。
でも……ついさっき。ついさっき、……セツナさんのことはもう忘れようって、決心したばっかりなのに……。……なのに。
「そんなこと、言われたら……離れたくなくなっちゃうじゃないですかぁ……!」
だって、……私は、セツナさんのことが、大好きですから。
ずっと傍に居たいって……思っちゃいますから。
私の涙は、夜通し降る雪のように止みませんでした。
いよいよクリスマスが近づいてきましたね。
☆9をくださった、闇医者様、しばのすけ様。
高評価していただきありがとうございました。