焼き鳥で好きなメニューは豚バラと牛串です。

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ファインモーション、鳥の貴族に会いに行く。

「寒いねえ」

 

「本当にな」

 

「もうちょっとくっつこうよ」

 

 ファインモーションはそう言いながらの寄りかかるように、俺の腕に引っ付いてきた。

 

「さむさむ~」

 

「うわ! ポケットに手を入れるなって、せっかく暖めてたのに」

 

 そんなやり取りをしながら、俺たちは夜の街中を歩いていた。

 今日も寒い日だった。

 年末の有マ記念に向けての練習が終わるとすっかり辺りも暗くなってしまった。

 

 月が一夜ずつ変わっていくように俺たちの関係も変わっていく。けれど、月の満ち欠けを彼女はこの街で、あと何度見られるだろうか。

 三年間。留学した彼女に与えられたタイムリミット。もう、クラシック級もあと残りわずかだ。

 時間は残酷だ。

 そして、寒さも年末も時間も関係なく、今日もこの街は眠らない。

 無数の店舗から漏れる照明は途切れることなくどこまでも続いている。

 

「ねえ、トレーナー」

 

 ポケットの中に突っ込んでいた俺の指がきゅっと握られる。

 冷たくてしょうがないはずなのに、俺は全身が沸騰したように熱くて仕方ない。

 光に照らされて、隣合うように吐き出された二つの白い息。

 

「私ね、行きたい所があるんだ」 

 

 俺の腕に彼女の腕が絡みついてきて、そのまま引っ張ってきた。

 

「ついて、きてくれる?」

 

 そもそも今日は、行きたい所があるとファインにせがまれて夜の街にまで繰り出した。だから改めて聞かれなくても付き合う予定だった。

 それなのに、彼女は俺に聞いてきたのだ。

 わざわざ耳元で囁いてくる。俺の顔色をうかがうようなか細い声音。誰だって俺たちのことを気にしていないはずなのに、聞かれちゃいけないナイショの話をするように、片手で戸を立てて彼女はそう言った。

血管がちぎれるんじゃないかってくらい、頭に血が上る。

 

「お返事、聞かせてちょうだい?」

 

 二つの息が一つに重なるほどの近い距離。

 その言葉に惚けてしまい、俺は黙って首を振るしかなかった。

 

 

 

 

 

「じゃあ最初は、もも、むね、ぼんじり、手羽先頼むね」

 

「ファインさん?」

 

「へー、塩とタレとスパイスがあるんだーとりあえず全部頼んじゃおっと」

 

「ファインモーションさん!?」

 

 ガヤガヤと人がひしめき合っている狭い店舗。タブレットを器用に扱いながらファインモーションは注文する。

 俺とファインモーションは寒さで身を縮こませながら、壁側の席に座った。

 

「暖房効いてるのに、まださむさむだね~」

 

「ファインモーションさん!? 話を聞こう? 急にくっつかないで? ドキドキしすぎて頭がおかしくなりそうなんですけど?」

 

「トレーナーも寒いの嫌でしょ~? 二人でくっついたら暖かさも二倍だから体がポカポカしちゃうのかも」

 

 今日のファインは店に入る前からおかしかった。

 すごく積極的だ。俺のピュアな情緒がめちゃくちゃに踏みつぶされそう。

 暖かいし、なんかいいにおいがする気もする。ファインもやたらご機嫌みたいで、大きく揺れる尻尾が腰に触れてくすぐったい。普通に可愛いじゃん。可愛い……好き……って違う!?

 

「って違うだろ!!! 俺が言いたいのはそんなことじゃなくて」

 

「今日のトレーナー、ご機嫌さんだね~」

 

「好き~」

 

「私も~」

 

 はっ!? また逸れてしまった。

 

「どうして俺たちは鳥貴族にいるんだ!?」

 

「なんとなく?」

 

「なんとなくってなあ」

 

「チラシでここのお店見つけてね。名前に惹かれて、ずぅっとここに来たいなーって思ってたんだ」

 

「へー」

 

 名前に惹かれた、か。ファインも彼女なりに思う所があるのだろうか。

 

「祖国にいる時にね、おじさまに言われたんだ。高貴なものが誰かを食い物にするようなことはしてはいけないって」

 

「それは」

 

 ノブレスオブリージュ、高貴な存在が果たすべき責任というヤツだろうか。

 

「でも、このお店の鳥さんは食い物にされちゃった貴族なんだなって思ったら、とっても気になってワクワクが止まらなかったの」

 

「とりあえず、名前が印象的なのは間違いないよね」

 

 貴族が食い物にされるところを嬉々として語るのはどうなのかって思うけれど。

 

「それに…………あなたと一緒にお出かけしたいなって思ってたから」

 

「ん、なんか言った?」

 

「あ、見てみて貴族様がお越しくださったよ」

 

「その物騒な表現止めようよ。俺の食欲がかかり気味になっちゃうよ」

 

「美味し~~~~~」

 

「うん、手が早いなぁ、ファインは」

 

 店員さんが料理を持って来るや否や、ファインは彼女の皿に置かれた鳥ももを口に入れていた。

 本当に今日はテンションが高いな、と見ていると彼女の食べている姿を眺める改めてそう思った。

 

「今日のためにたくさん調べてきた私はね、通だからね。鳥キラーファインさんのオススメの食べ方を紹介いたしますね。……よろしくって?」

 

「鳥キラーは百戦錬磨感が滲み出てるな~~~~~」

 

 頭からのびた耳をピンと立て、串を持ちながらファインは自分が調べてきたことを一生懸命説明する。

 

「まずは、スパイスを口に入れます……ひゃ、思ってたより辛いや」

 

「先行きが不安ですね。取り戻せるといいんですが」

 

 舌をちょこんと出しながら、目をぎゅっと閉じるファインに俺はコップに注いだ水を差し出す。

 

「次はタレ。っていうのはね、まだまだ貴族じゃないんだよね」

 

「たぶん、このお店は食べ方に階級つけてないと思うけどね」

 

 ファインは水で舌を冷やしながらそう言った。

 落とさないように両手でコップを抱える所作は、流石お嬢様と言ったところで、先ほどまでの発言全部チャラに出来るぐらいには気品を感じさせる。

 そもそも、焼き鳥を食べるのにマナーなんてあるのかとは思うけれど、それでも汁が飛び散らないように手で口元を覆う動作は、ただ焼き鳥を食べるだけなのに、少しだけときめいてしまうほど様になっていた。

 いや、箸で食べればいいんじゃないって思ったけどね。それは、貴族じゃないんだよね。

 

「塩で舌を戻した後に、最後にタレを食べるんだよ」

 

「それ、タレを先に食べて、塩で舌を戻した方がよくない?」

 

「美味し~~~~~」

 

「可愛い。好き~~~~~」

 

「私も~~~~~」

 

 たぶん、考えたら負けなんだと思った。

 いや、そもそも順番とかそんな小さなこと気にしてたら、この店では貴族でいられないんだよね。

 

 あっという間に、彼女の皿から品が消えた。

 追加注文をするとすぐに品物は揃う。

 様々なメニューが載った小さなごちそうを目にしてキラキラと目を輝かせるファインを見ていると、連れてきて良かったなと本当に思う。

 たぶん、こんな料理、向こうじゃ口に入れる機会なんてなかったから。

 

「ふぉ、ふぉれーなぁー」

 

「お口が大渋滞していらっしゃる様子ですね」

 

 俺がぼんやり考えている間に、彼女はパクパクと口に焼き鳥を詰め込んで飲み込めなくなったらしい。

 うん、一串で幸せになるもんね。そりゃ何個も食べればもっと幸せになるよね。ファインは賢いなあ。

 惜しむらくは、口の中はそこまで詰め込めないってこと。

 

「モグモグできる? できなかったら、ぺっしていいから!」

 

「ひゃだ! とりしゃんたちが、かふぁいしょう」

 

 無秩序に口に放り込まれた鳥さんたちは、もうどっちでもいいんじゃないかなあ。

 

「水、水、水! ほら、飲み込んで。ごっくんだよ。ごっくん、ごっくんできる!?」

 

 口の中で暴れる貴族たちの鎮圧にファインは時間がかかっているようで、水を飲ませて見ると先ほどよりも表情に余裕が出てきた。

 

「ふぅ~、全部飲み込めたよ。やっぱり鳥は美味しいけど食べる時は注意が必要だね」

 

「うん、一気に何串も口に放り込む賢いお嬢様のことも考慮してないのは、貴族にあるまじき怠慢だよね」

 

 ノブレスオブリージュの欠片もないじゃないか。鳥の貴族のノブレスオブリージュってなんだよ。

 

「ほらほら、何にも残ってないでしょ? あーん」

 

 自分のやったことを褒めてもらいたいらしい。ファインはニコニコしながらその小さい口を開いて、俺に見せてくる。

 

「すごいすごい」

 

「あーん」

 

「小さいお口、可愛い! キュート! 好き!」

 

「えへへ、私も~……あーん♪」

 

 これ以上、彼女は何を求めているって言うんだよ。

 これ以上の開口は俺のドキドキが増してしまい、健康によろしくないため、彼女が欲しい答えを考える。

 お口、可愛い。

 尻尾、フリフリしてる。好き。

 上機嫌にピコピコしてる耳、エレガントな可愛さ。ふとした瞬間の可愛さ。それが凝縮されて、可愛さ貴族としての風格が滲み出ている。最高。

 金色の目。笑った時の糸目好き。今の彼女の視線は俺の方を向いて……いない!?

 

「は!?」

 

「?……あーん」

 

 目、その視線の先。それは俺ではない。その視線を流れるように辿っていく。

 皿。視線の先の答え。それは! 俺の皿!

 豚バラ串焼。これか。

 

「ファイン、よく噛むんだよ」

 

「美味し~~~~~」

 

「だよね~~~~~。俺が食べたかった~~~~~」

 

 豚バラなんてサイズが大きいもの、彼女の小さな口の中に入るのか心配だった。しかし、それは俺の考えすぎだと気づく。

 恐る恐る入れた串は驚くほどスムーズに彼女の口に入っていき、串だけを引き抜いた時には、全部のお肉が彼女の口の中でモグモグと咀嚼されていた。

 サファリパークの餌付け体験コーナーかな?

 

「なんで、焼き鳥なのに豚肉があるんだろうって思ってたけど美味しいね」

 

「うん、それはいっつも疑問に思ってたよ。でも俺は今のところ塩キャベツしか食べられていない現状の方が疑問かな」

 

「あ、分かった! これが異文化交流ってヤツなのかも」

 

「同じ地獄に叩き落されてるのをよくそんなに前向きに表現できるね。見直しちゃった」

 

「えへへ~♪」

 

「可愛い、好き~~~~~」

 

「私も~~~~~」

 

 そう言いながら、俺が自分の皿の串に手を伸ばそうとする。

 

 ひょい、ぱく、もぐもぐ、ごっくん。

 

「!?!!?!?!?!?」

 

「えへへ、食べちゃった」

 

「ファインモーションさん!? 俺が何かしましたか!?」

 

 手に取ろうとした串を全部食べられてしまう。

 手を伸ばそうとした瞬間に、スピードスターのように颯爽と串が消えていく。アイルランドにはドルイドという魔術を使っていた存在がいるらしい。彼女はその末裔なのかもしれない。恐ろしい。

 でも、そんなことよりももっと恐ろしいのが、彼女がずっと笑ったままだということだ。

 笑ってるのに、目が笑ってない。本当に俺が何かしたのか? 記憶がないんだけど。

 

「今日ね、私との練習前に他のウマ娘の子の指導してあげてたでしょ?」

 

「ああ」

 

 なんかトレーナーがまだ見つからないって嘆いてたから、ちょっとだけアドバイスしたな。

 

「その子ね。あなたに指導してもらった後はとっても楽しそうに走ってた」

 

「そう?」

 

「うん、そう」

 

 本当に軽く言っただけだから、実感がわかないな。

 

「ああ、私のトレーナーは、本当に教えるのだけじゃなくてやる気をあげてくれるのが上手だな~って思ったよ」

 

「そ、そうかな」

 

 ファインにそんなこと言われた記憶がないので、どう反応していいか分からなくなってしまう。

 

「でも、その人は私のトレーナーなんだけどな~ってずっと思っちゃってた」

 

「それ、は……」

 

「なんかそれのことを思い出すたびにトレーナーの串食べたいな~って思ったんだよね」

 

 うぬぼれじゃなければ、その言葉の意味はとんでもない事実だった。

 思わず、口元を抑えて真顔を保とうとする。

 

「あー、うん。ごめん」

 

 とりあえず、俺は謝罪を口にした。なんの謝罪か自分でもよく分からない。

 

「???」

 

 ファインも急な謝罪の意味がよく分かっていないみたいだった。

 

「俺は、ファインモーションのトレーナーだ」

 

「?……うん」

 

 この子の夢を支えると決めた。

 言葉通りの宝を託された。 

 

「だって言うのに、担当ウマ娘以外のことを気にかけてる余裕なんかないんだよ」

 

 彼女の自由は有限だ。もたもたしていれば終わりが来てしまう。

 余りにも身近すぎてつい忘れてしまっていた。

 

「余裕があった方がトレーナーらしい気がするけど?」

 

「あー、ファインモーションが一番可愛くて好きで、こんなことを言うのは君しかいないってこと」

 

「よく分からないんけど、褒めてくれるのは嬉しいな。えへへ~♪」

 

 ニコニコしながらファインはまた距離を詰めてくる。

 今日はやけに積極的だった。それは多分、きっと。彼女なりの感情表現だった。

 嫉妬なんてするほどの自由もなかった彼女の小さな感情表現。

 そんな気持ちにさせてしまった俺は彼女に提案する。

 

「ファインは可愛いなあ。……今日はなんでも言うこと聞いてあげよう」

 

「え? なんでも!?……じゃあここのメニュー全部頼むね」

 

「ああ、いいぞ」

 

「あとは、あとは、あとは~」

 

 無邪気にはしゃぐ彼女を見ると俺も嬉しくなってしまう。

 タブレットで全メニュー三人前頼んでいるのなんて俺は知らない。ただ、この季節なんかよりもずっと財布の中身が寒くなっちゃうんだろうなと言うだけだ。大したことじゃない。

 

「うーん、あなたにはいっつも言うことを聞いてもらっているから、私からしてもらうことはないかも」

 

「そっか」

 

 まあ、それはそれでいいさ。残された時間の大半の俺が勝手に捧げるだけだし。

 

「だから~、今日は私がトレーナーをお世話してあげる」

 

「???」

 

 この流れは予想してなかったかも~~~~~。

 

「はい、あーん」

 

 彼女の皿に残っていた最後の一串が、俺の口元に差し出される。

 

 その串はネギだけ残ったネギまだとか、大人があーんされるなんてどうなんだとかいう葛藤はどうでもいい事だった。

 

 彼女の艶のある唇に見惚れていた。微笑む表情に胸が締め付けられるほどドキドキさせられる。

 いつもの甘えた声ではなく、お世話をしてあげる側の優しげな声音に、耳を通して脳が揺さぶられていた。

 気づけば、惚けた俺はだらしなく口を開けている。

 

「ほら、パクってして~」

 

 そのまま彼女の言いなりになるように口の中のものを咀嚼して飲み込んでいた。

 

「お味はいかがだったかしら?」

 

「おいし、かった……です」

 

「えへへ~」

 

 先ほどまでの慈しむような表情はなくなり、いつもみたいな無邪気な声で俺の反応を楽しんでいる。それが嬉しくて、ちょっと切なくて。

 

「はっ!?……だめだめ。トレーナーみたいにしっかり褒めてあげないと」

 

「いや、別に」

 

「お口が上手に開いてたよ~」

 

「いや、あの」

 

「しっかりもぐもぐ出来て偉いね~」

 

「ファインさん?」

 

「むせずにごっくん出来てカッコいい!」

 

「ファインモーションさん!?」

 

 保育園児でももっと上手に褒められるが?

 

「私、褒める才能があるかも。もしかしたら天性の素質じゃないかな、これ」

 

「話を聞こう!?」

 

「ね、褒められると嬉しいでしょ?」

 

 胸元で手を合わせながら、静かに微笑む彼女の姿に見惚れた。

 泣きたくなるぐらい、美しいと思った。

 

 でも、そんなことを正直に言うのは癪だった。

 だから、誤魔化す。

 

「嬉しい~~~~~。いっぱい褒めてくれるファインモーション可愛い、好き~~~~~」

 

「私も~~~~~」

 

 しっかりと向き合ってしまえば、こんな適当ではいられないから。

 

 

 

 

  

 

「やっぱりね~、とり白湯はね~見た目の割にドロッと濃厚で〆の定番なんだよね~~~~~」

 

「うん、その隣に〆の定番って言われてるとり雑炊を差し置いてそういうこと言うのは、貴族的だと思うよ」

 

 全メニュー三人前を食べきったファインは、満足そうに、とり白湯ラーメンの感想をつぶやいていた。

 

「全部美味しかったな~」

 

「……今日は、楽しかった?」

 

 満足げにお腹をさするファインに尋ねる。

 

「うん」

 

「よかった」

 

 店から出て満腹になった俺たちは、ポカポカしながら店を後にした。

 

 今日は、寒い日だと改めて思う。

 しかし、そんなこと関係ないくらいに俺たちは暖まっていた。

 

「もうすぐ、年末のレースか」

 

「そうだね」

 

 なんとか会話をしようとするが、ポツリ、ポツリとすぐに途切れてしまう。

 

 暖かいはずなのに、肺に冷気が刺さって上手く言葉が紡げない。

 

「もう、2年か」

 

「あっという間だったね」

 

「な」

 

 その後の続きが言い出せなくて、また途切れてしまう。

 

 先ほどまでの饒舌さなどお互いになかった。

 

「あと、一年だな」

 

「すぐに来ちゃうのかな」

 

「さあ」

 

 俺にははっきり答えることが出来なかった。

 

 子どもの頃はあんなに長かった一年も、時間と共にドンドンと早くなっているような気がする。

 彼女に残された時間もあと一年とちょっとだ。気を抜けばあっという間に来るのかもしれない。

 

「……終わってほしくないなあ」

 

「何か、言ったか?」

 

「今日はラーメンほとんど食べてないなあって……」

 

 ハッキリと聞こえた。今度は聞き逃さなかった。

 でも、正直に言うのはなんだか癪だった。 

 

「ファイン……ちょっと付き合ってくれないか?」

 

「?……もう、門限来ちゃうよ」

 

「別にちょっとぐらいいって」

 

 俺は、強引にファインの手を取った。

 

「俺はまだ今日を楽しみたいんだ。もう二度と来ない今日を」

 

 俺の手をファインはぎゅっと握り返してくれた。

 それが嬉しくて、彼女が常に、終わりを恐れているようで切なかった。どうしようもなく俺の心を奮わせた。

 

「行こう!」

 

「どこか、行く当てはあるの?」

 

 人混みの中を掻き分けて俺たちは走り出した。

 彼女の質問に対する答えはたった一つだった。

 

「ない!!!!」

 

「えええええ」

 

 そんなものあったらこんな全力疾走しないだろ。バカだから、好き勝手に走ってるだけだし。

 

「でも、絶対に楽しいって!!!!」

 

「そうだね……本当にそうかな?」

 

 ああ、もちろんだ。

 

 走りだしたばっかりだって言うのに、おれはもう息が上がっている。

 彼女なんかは全く息を切らしていない。

 人種も性別も年齢も違うから当然だ。

 本当に、年も取りたくないし、ウマ娘とこんなに体のつくりが違うなんて信じられない。でも、それでもたった一つだけ分かることがある。

 

「絶対に楽しい!!! 君と一緒ならどこへだっていける!!! なんだって楽しめる!!!」

 

「!?……ふふっ」

 

「あ!? なんか言ったか!?」

 

 自分の息と、心音と、風の音でファインが何か言ったか聞こえない。

 自分のことだけで精一杯だ。

 

 でも、こんな無計画な行動を彼女に付き合ってくれている。それだけで俺は十分だった。

 

「……あなたさえいれば……わたしはそれで十分かも」

 

「え!?」

 

「その近くに美味しいラーメン屋あるからそこにいこう?」

 

「分かった」

 

 一体、いつからが今日で、いつからが明日かなんて俺には分からない。

 俺たちが眠っていても、この街は眠らない。

 この街の中だったら、俺たちはずっと今日のままで居られるんじゃないだろうか。そんなことはないと分かっていても縋らずにはいられない。

 

 時よ、止まれ。

 

 そんなことを言っても時間は冷酷だ。だから。

 

 この気持ちだけは、止まらないで欲しい。

 

 少なくとも、この瞬間だけは永遠だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれど、終わりの時は来た。

 鳥のように彼女は飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝、目が覚める。

 小鳥のさえずりは俺の眠気を誘う。

 

「もう、三年前か」

 

 懐かしい夢を見ていた。

 永遠なんてないのが分かっているくせに、永遠に縋っていた愚かだった時の記憶。

 

 時間はやっぱり残酷だった。

 

 タイムリミットは無情だった。

 

 俺は、彼女の夢を果たせなかった。

 

 後悔の記憶が今も夢で現れているんだろう。

 

「うーん」

 

「起きろ~」

 

「もうちょっと、寝ようかな~」

 

「俺は、ちゃんと起きてくれるファインが好きだな~~~~~」

 

「じゃあ、起きる~~~~~」

 

 

 彼女の夢を果たすことはできなかった。

 彼女は結局帰ってしまった。

 

 だから、俺は彼女のトレーナーを辞めた。

 

 そして、彼女に生涯を捧げることを決めた。

 

「ちゃんと起きれた私はどう? すごいでしょ」

 

「可愛い~~~~~。好き~~~~~」

 

「私も~~~~~」

 

 鳥は鳥でも彼女は、鶏だったようだ。

 ていうか、鶏ならもうちょっと、朝早く起きていただけませんかね。

 

「ねえ、あなた」

 

「ん?」

 

「今日も頑張ろうね♪」

 

「ちゃんとお話聞いてくれたら俺も気苦労は少ないんだけどなあ」

 

 

 

 時よ、止まらないでくれ。

 

 どうあがいたって、時間は残酷だから。

 

 愛よ、留まってくれ。

 

 姿形は老いれども、その心は朽ちてくれるな。

 あの時から抱いているこの気持ちはたぶん、ずっと、永遠だ。

 

 

 


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