紫電の女王の栄光の道のり   作:雅媛

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5 紫の少女のメイクデビュー

 紆余曲折はあったが、チームスピカにサブトレーナーとして沖野トレーナーが加わった。

 沖野トレーナーとおハナさんの間に何があったか、白井トレーナーとの間に何があったか、そういったことは気にしないことにした。

 なんにしろ白井トレーナーがチーフトレーナーのままだ。

 

 見てくれるトレーナーさんが二人に増えた。

 沖野トレーナーはおハナさんに対しては許されない冒涜行為を行ったが、世間的な評判は天才トレーナーである。

 今まで家の近くで教えてもらっていた時は基本トレーニングばかりだったが、実は、さぞ、すごい秘伝のトレーニングプランを教えてくれるのかと期待していたが……

 

「む~り~」

「む~り~」

 

 やらされるのは、単に基礎トレーニングと基本的なフォームチェックの繰り返しだった。

 マシントレーニングで負荷を上げられ、体力を限界ぎりぎりまで搾り取られたボクと、限界ぎりぎりまで開脚ストレッチさせられているルーブル姉さんが悲鳴を上げる。

 ぎりぎりの見極めがうますぎる。

 家の近くで教えてもらっていた時は、もっと優しかったのに、こちらに来てからは鬼のようである。

 最後には毎日ボロ雑巾であった。

 

「こう、沖野トレーナーって天才トレーナーなんですから、天才的なすごいトレーニングとかないんですか?」

「ヴィオラちゃん、脚裂ける! 脚裂ける!!」

「んなもんあるわけないだろ。基本をただただ忠実に守って普通にやる。それが結局一番強いんだよ」

「ちぇー」

「むりっ、もうむりっ!! だめぇええええ!!」

「おハナさんところのシンボリルドルフは、何か特別なことをしてたか?」

「……たしかに」

「ひぎっ!!」

 

 ルーブル姉さんが悲鳴を上げたので手を放す。

 大丈夫、まだ裂けてない。

 正直、やることは変わっていないが、白井トレーナーだけの時よりは徹底してやることになった。

 ボクの柔軟体操も再開された。まだ固いところがあるとぐにゃぐにゃになるまでやらされ続けた。

 今では自分の足の裏を舐めることすらできる。

 

 トレーニングもより短時間で高密度になって、フォームチェックも毎日ちゃんとやる、そんな感じである。

 基本、今まで通り白井トレーナーが面倒を見てくれて、沖野トレーナーは見ているだけである。

 

「意外とな、トレーニングっていうのはだれもがちゃんとやってないんだよ。どこかで手を抜いたり、集中力が切れたり、そんなことばっかりだ。それを確実にちゃんとやると速くなる。俺がやってたのはそれだけだし、白井トレーナーも同じだろう?」

「まあ確かに」

 

 白井トレーナーのほうがもう少し余力が残るプランだったが、それくらいの差である。

 デビューまでの追い込み時期に入っているから、強度が上がっただけな気がするし、ルーブル姉さんは完全にそれに巻き込まれているだけだ。

 

「でも、これでメイクデビュー、勝てますかね?」

 

 少しだけ心配になる。

 身体能力はすさまじく上がった。

 柔軟性や体の丈夫さもかなり上がっている。

 ランニングフォームもかなり良くなった。

 だがそれだけだ。

 レースのやり方とか全く練習をしていない。

 もともと闇レースでずいぶん走っていたが、おそらくレベルが違うし、何よりも前すぎて若干忘れつつある。

 勝負勘が鈍ってそうな気がした。

 

「大丈夫だと思うけど、その辺はチーフトレーナーに聞くことにしようか。次のレースをどれにするか、どう走るかを考えよう」

「わかりました」

 

 こうして、メンバーがボクが初めてだからそりゃ決まっているが、初めてのレースプラン検討会が始まるのであった。

 

 

 

「で、ヴィオラちゃん。あなたの走る目標、一度確認させてもらっていいかな」

「そりゃ、とにかく賞金を稼いで左団扇の生活を送ることですよ」

 

 まず最初に、白井トレーナーから走る目的を再確認されたボクの答えは、身もふたもないものだった。

 正直ウマ娘の未来が、とか、そういうたいそうな思想があるわけではない。

 ルドルフさんみたいなかっこいい考え方は嫌いではないが、ボクの考えといわれれば、ただお金を稼いで、母にリッチな生活をさせて、ついでに自分もリッチな生活をしたい、ぐらいだ。

 そのためにいっぱい走り、いっぱい稼ぐのだ。

 

「じゃあ、最初の目標は札幌ジュニアステークスで、7月には函館に行くんでいいかな」

「問題ないです」

 

 札幌ジュニアステークスは、ジュニアクラスで一番最初に開催される重賞レースだ。回数をこなすなら始まりを早くする必要がある。それにぴったしの目標レースだった。

 本来札幌ジュニアステークスは、ジュニアクラスが一番最初に開催される札幌競馬場で開かれるのだが、今年は、札幌競馬場の芝コースが工事中のため函館競馬場で行われるのだ。だから、札幌開催の次の開催である函館開催でメイクデビューし、1勝してそのまま乗り込む予定であった。

 

「函館のメイクデビューレースは、1000mの芝か、1000mのダートだけです。ヴィオラちゃんだと、1000mダートを爆逃げしたら、まず負けないと思います」

「まあそうでしょうね」

 

 函館競馬場は最終直線が260mぐらいしかなく、しかもコーナーが京都競馬場と同じように坂になっていて、さらにスパイラルカーブと呼ばれる、出口側の角度が厳しいコースである。

 まさに逃げてくださいと言わんばかりのコースであり、さらにダートならパワーが必要になるからさらに後ろが厳しくなる。

 このようなレースコース、しかも1000mでは逃げしか勝たないレースだった。

 逃げ戦法なら慣れているし、自信もある。

 無難な戦略であった。

 

「……チーフ、それでいいのか?」

 

 だが、そんな必勝戦術に、沖野トレーナーが待ったをかけた。

 

「ん、何かおかしかったですか?」

「いや、勝つなら完璧だが…… チーフには何か別のプランもありそうに思ってね」

 

 意味深にそんなことを言う沖野トレーナー。

 白井トレーナーを見ると、少し悩むそぶりを見せた。

 

「メイクデビューを確実に勝つならさっきのプランです。それならどんな相手が来ても100%勝てるでしょう、ですがもう一つプランがあります。函館芝1000m、追込みでまくる戦法です」

「え、勝てるんですか? それ」

「函館のレース場はコーナーがすさまじく厳しくて直線が短い。第三コーナーで仕掛けて、第四コーナーで、下り坂と角度厳しいコーナーのせいで外にばらけるバ群の内側に潜り込めば、楽勝でしょうね」

「難易度高すぎません?」

 

 勝利するイメージはつくが、コーナーリングが厳しすぎそうである。

 ボクで曲がれるのか、それが疑問だった。

 

「そもそも、なんでそのプランなんだ? ヴィオラは頭のいい子だから、説明しないと納得しないぞ」

「えっと、メイクデビューだけで見たら逃げるのが鉄板です。ですが、今後ジュニアクラスのG1、朝日杯や、クラシック、ティアラ戦線に行くときにはいろいろ戦術を使えたほうがいいと思います。ヴィオラちゃんのウリは、スタミナと頭の良さですから、手札を増やしたほうが有利です」

「なるほど」

 

 つまり今後を考えて、ということだ。

 おそらくボクの脚はルドルフさんやラモーヌさん、オグリさんのようにはならない。

 パワーはあるが、トップスピードが足りないのだ。

 だが、足りないスピードはスタミナでカバーすればいい。

 ロングスパートをかければ、スピードの不足をスタミナで補える。

 そう考えると後ろからのレースはできなくはない気がした。

 

「ほかにも、手の内をばらさない、相手のプランを乱せるというのも利点です。どんな戦法を取ってくるかわからない相手は、相手にしにくいですから」

「今後を考えれば、追込み一択ってことだね、じゃあそれで行きます」

「……いいの?」

「白井トレーナーのおすすめは?」

「……追い込みで」

「りょーかい」

 

 そうしてボクのメイクデビューが、函館の第二週目のメイクデビュー戦に、決まったのであった。

 

 

 

 一週間前に函館に入り、レース場のチェックもし、レースプランの最終調整をしていく。

 コーナーはかなりきついが、ラチ際を全力で走ってもギリギリ曲がれると思う。

 今回は特に、一度外に出て外から行く振りをしてから内に回り込むので、その分も余裕が出る予定である。

 

 準備は万端である。

 仮に負けた時にも翌週のメイクデビュー戦ダート1000mに再度出走し、逃げれば勝てる、そこまで計算に入れた万全の態勢である。

 だが、誤算が二つあった。

 

 一つは、メイクデビュー戦がメジロライアンさんと被ったのだ。

 メジロライアンさんは、花のメジロといわれるぐらい、層が厚い今年のメジロ家で、筆頭といわれる実力の持ち主である。

 体を鍛えるのが好きな彼女のカラダは鍛え上げられており、とても速そうである。

 そんな、同期最強の一人と、初戦からぶち当たる羽目になってしまったのだ。

 だが、それも大変な問題だが、もっと大変な問題が発覚した。

 

 それが発覚したのは、ルーブル姉さんの一言だ。

 沖野トレーナーのおごりでウニイクラ蟹の、三食海鮮丼ウマ娘盛を食べていた時、ルーブル姉さんが思い出したかのように述べたのだ。

 

「ヴィオラちゃん、そういえばウイニングライブの準備もできてるんだよね?」

 

 と。

 

 今まで全く練習も準備もしていなかったボクは真っ青である。

 現在水曜日夜。

 レースは土曜日。

 あと二日しかない。

 

 普通は友達と遊んでいるときに、ライブの振り付けなどを覚えるのだが、同期の友達がいないことが災いした。

 フローラさんは、ミックスジュース飲ませてくるだけでライブにあまり興味がなさそうだったし、パーマーさんたちとは走ってばっかりだった。

 

 そこからさらに問題発覚したのは、なんと、白井トレーナーも沖野トレーナーもライブ指導ができないトレーナーだった。ちなみにボクも踊れない。

 トレーナーが3人もいて、だれもライブ指導ができないのである。

 

 ひとまず知り合いに連絡しまくって、どうにか教えてもらえないかを頼み込んだところ、水曜日の夜はテイオーがテレビ電話でライブ指導をしてくれた。

 というかテイオー、まだチームにも加入してないのに、歌も踊りもばっちりである。

 やっぱり天才だ、彼女は。代わりに約束した、北海道の最高級メロンは、沖野トレーナーにつけておいた。

 

 歌だけはよく口ずさんでいて覚えていたので、後は発声練習と踊りである。

 翌日昼には、わざわざラモーヌさんが駆けつけてくれた。

 泣きついたら指導のために来てくれたのだ。

 代わりにコスプレ写真を撮らせろ、夏コミも手伝えと言われたので、白井トレーナーとルーブル姉さんを生贄にささげた。

 さすがにデビュー真っただ中でそんなことをしている精神的余裕がないのだ。

 

 ルドルフさんからは「ライブを無礼ルナ」と伝言が来ているので、絶対に手を抜くことができなかった。

 

 付け焼刃でどうにか二日で歌も踊りも覚えた。

 ラモーヌさんが満足するぐらい自分なりにかわいく歌って踊れるようになったと思う。

 だが一つ欠点があった。

 練習したのはMakeDebut! のセンターのものだけである。サイドで踊る練習までできなかったのだ。

 つまり勝たなければならないのだ。

 ハードルがガンガン上がっていった。

 

 そんなドタバタなメイクデビュー戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 函館開催1日目、第三レース。メイクデビュー。

 芝1000m

 全6人出走のこのレース。

 1番人気はメジロライアンさんで、ボクは残念ながら6番人気であった。

 基本、メイクデビューの人気は対外的な知名度と、チームの知名度、直前のトレーニング実績で決まる。

 

 そう考えたら残念ながら当然の人気だった。

 ボク自身ルドルフさんのお手伝いをしているが、自分の名前で何かやっているわけではない。

 チームスピカの知名度も、沖野トレーナーが現役だったころならまだしも、ここ数年、人数0人のチームであり最悪。

 直前は付け焼刃でライブ練習ばかり。

 人気が出る要素がまるでなかった。

 

 とはいえ、欲しいのは1着であって1番人気ではない。

 負けるつもりもなかった。

 

 パドックは、メイクデビューのウマ娘が集まっているだけあって、よく言えば初々しい、悪く言えばどたばたした感じが漂っていた。

 そんな中、一人堂々とカメラを気にしたポーズをとり続け、アピールと上品な所作を併せ持った立ち振る舞いをし続ける。

 メジロ家直伝のパドックアピールである。

 主に面白がったラモーヌさんとアルダンさんに教えてもらった。

 ライブの歌と踊りも教えてもらえばよかった、と今更ながらに思ったりした。

 

 あまり多くない観客に愛想を振りまきまくる。

 パドックの柵を乗り越えて、こんな函館まで見に来るコアなファンとツーショットを取ったり、観戦に来ているウマ娘の子供を抱っこして写真をとったり、もうやりたい放題である。

 

「あのヴィオラって子、ケツでけえな」

「トモもすげえ太い」

 

 みたいな声には笑顔で手を振ってこたえる。

 女の子にケツがでかいは、前世知識でいえばセクハラ死刑だろうが、こちらの世界のウマ娘にとってはぎりぎり誉め言葉だ。ちょっと言葉遣いが荒いが、許容範囲だった。

 

 ついでにラモーヌさんにも写真を撮ってもらって、ウマスタやらウマッターにアップロードしてもらう。

 あれだけラモーヌさんにコミケの時から普段のプライベートな撮影会の時から鍛えてもらっているので、写真写りはばっちりである。

 

 みんなが緊張する中、ライアンさんも緊張している中、一人だけノリノリでパドックを楽しみ、ファンサービスにいそしむのであった。

 

 

 

 パドックを終えると、地下道を通ってレース場へと向かう。

 駆け引きなんかが行われることもあるらしいが、さっさとレース場へ向かい、芝の感触を確かめながら軽く一周走る。

 行ける、そんな確信があった。

 

 そのままゲートに向かい素直にゲートに入る。

 狭いゲートが苦手なウマ娘は非常に多いが。ボクは何も感じなかった。

 早くスタートしたい、そんな気持ちだけがはやるが、一度冷静になる。

 

 ゲートのスタートは、台の上にいるスターターの人がボタンを押して開けるものである。

 そしてそのタイミングは、スターターの人の判断だが、全員がゲートに入って落ち着いた後、一番人気のウマ娘と、息を合わせて行われる。

 つまり、一番人気が有利なルールなのだ。今回だと、3枠3番にいるメジロライアンさんに息を合わせて行われるはずだ。

 今回ボクは追い込み作戦なので、あまりスタートは重要ではないが、練習もかねて、ベストスタートを切るべく準備をする。

 すー、はー、すー、はー。

 ライアンさんと息を合わせて……

 ここだ!!! 

 

 ゲートが開くタイミングを見切って、ボクはスタートした。

 完璧なスタートだった。

 ボクはゲートから真っ先に飛び出したのであった。

 

 

 

 函館1000mのレースが、逃げ有利だというのは有名なことだ。

 皆全力でゲートを飛び出し、前につけようとする。

 本来差しの脚質な、ライアンさんですら先頭争いに加わろうとする。

 そんななか、ボクがするすると後ろにつけたことに周りは動揺した。

 

 ボク自身、友達は少なくとも学園内で知名度は高いのは自覚している。

 成績はいつもトップ。学園内に張り出される順位でいつも名前を見かけるだろう。何より学園内でトップの人気を誇るシンボリルドルフやメジロラモーヌと一緒にいることが多いのだ。

 有名人と知り合いが多い以上、多くの目にさらされている。

 そして、朝練なんかでボクの走りを見ていれば、脚質が逃げだというのはすぐにわかるだろう。

 そんなボクが、圧倒的に良いスタートを切りながら、するすると後ろについた意図が、ほかの出走者にはわからず動揺していた。

 これがクラシックの重賞レースだったら、これ幸いとぶち抜くメンバーが増えるのだろうか。

 だが、これはメイクデビュー。

 経験も、覚悟もまだ足りていないウマ娘ばかりである。

 ざわつき、ごちゃごちゃしながら、一団となってコーナーへと入り込んでいった。

 

 そうして、コーナーに入って、大外からスパートをかけ始めたボクに、周りはさらに動揺した。

 函館の定石は、コーナー抜けてラストスパートだ。

 下り坂のスパイラルコーナーなんて、スパートかけながら走ったら遠心力で大外に飛ばされてしまう。

 

 だからこそ逃げが有利なはずだが、それをボクが覆しに行ったのだ。

 ライアンさんのように最初の予定通りコーナー抜けてからスパートをかけようとするウマ娘もいたが、大半はボクにつられた。コーナーでスパートを始めてしまったのだ。

 結局全員がボクにつられることになり、全体のペースもぐんっ、と上がる。

 メイクデビュー戦のウマ娘たちのコーナーリング技術で、そんなことをしたら当然曲がり切れない。

 先頭含め、みな大外に吹っ飛んでいく。

 そんな中、ボクは強引に内側に切り込んでいった。

 

 最悪の想定では、内ラチ側二人分ほどしか開かない、ということすら検討していたが、ふたを開けてみれば皆大外に吹き飛んでおり、内ラチ側は10人並んでも走れるんじゃないか、と言わんばかりに開いていた。

 そこに飛び込むべく、体をすさまじく内側に倒しながら走り続ける。

 柔軟性を上げていたのがここで生きている。

 体を45度近くまで倒しても、足首の柔らかさは十分で、ちゃんと足の裏を地面と水平にして踏み込めるのだ。

 コーナーリングは技術の前に柔軟性、という白井トレーナーの主張は全く当たっていた。

 内側の荒れていないスペースに一人ボクは飛び込んだ。

 ほかの参加者は皆大外に行ってしまいコースロスが激しく、さらにあまりの遠心力にその力をうまく直線のスパートに行かせずにいる。

 

 こうなってしまえば勝負にならない。

 6バ身差の圧勝で、ボクはメイクデビューを果たしたのであった。

 

 

 


 

「ライアン?」

「ラモーヌ姉さん」

「油断したわね」

「油断なんて……」

「してたわ。私が函館に来ているのを知りながら、私に相談に来なかった時点で油断しかしていないわ」

「…… 姉さんはヴィオラにつくと思ってましたが」

「私もメジロよ。ヴィオラちゃんは一番お気に入りの後輩だけど、同じ家の仲間を優先するのは当然だし、私からヴィオラちゃんの情報が流れるのは彼女も承知しているわ」

「……」

 

 控室。

 3着に敗れたライアンが落ち込むところを訪れたのはメジロラモーヌだった。

 ラモーヌが函館に来たのは、ヴィオラに会いに来たわけではない。そちらのほうがついでである。

 メインの目的はメジロの次期上層部としてライアンを見に来たのだ。

 

 負けたことが悪いわけではない。

 メイクデビューというのは、初めてのレースだ。どんなウマ娘でも実力を出せないことは普通にあり、ここを1回で抜けられたかどうかはそのあとに大きな影響はない。

 3着だって次に生かして勝てばいいのだ。だが、ラモーヌが不満だったのは、ライアンが明らかに油断していたことだった。

 

「ヴィオラちゃんの追い込み、計算してなかったでしょ」

「あの子が後ろからのレースをしていたことってありました?」

「一度もなかったわ」

「じゃあ読めないじゃないですか」

「スピカには沖野トレーナーが帰ってきたし、チーフの白井トレーナーは沖野トレーナーの愛弟子よ。それくらい計算に入れて当然だわ」

 

 ラモーヌが簡易で作ったレースプランを渡す。

 ライアンが自分にレースについて相談に来たら渡そうと思って作っていたものだ。

 3パターンほど想定があり、第一候補が今日の展開そのものであった。

 

「……」

「あなたのトレーナーさんもまだ若い。このままだと、私はおばあさまに、トレーナー変更を進言しなければならなくなるわ」

「!」

 

 ライアンの担当である波野トレーナーは奈瀬トレーナーの一つ上であり、新人といっていい年代だ。

 素質のあるウマ娘が集まったといわれる今年のメジロの世代の中でも、一番才能があるといわれるメジロライアンの担当には、本来実績のあるトレーナーがつくべきであった。にもかかわらず、ライアンが彼を選んだのだ。

 ウマ娘にとって、自分の選んだトレーナーというのは特別な意味がある。

 信頼と絆。ウマ娘はそれを胸に走るのだ。

 ラモーヌが重視するレースへの執念もそこから生まれることが非常に多い。

 だからこそ引き離したくないとラモーヌは思ったのだ。

 

 今回の失敗はライアンの失敗ではない。担当トレーナーの失敗だ。

 実際そうだし、そうおばあさまに報告して契約解除し、メジロで選んだトレーナーをつけるのは造作もないことだ。

 

「それだけは、許して下さい。次は勝って見せます。だから……」

 

 だが、それを一番拒否するのはライアン自身だろう。

 トレーナーが彼女を選んだのではない。彼女がトレーナーを選んだのだ。

 ウマ娘の執念は時におぞましいほどだ。一度選んだものを手放すはずがない。

 その心が、精神力が次につながる。

 

「次のレース、勝てとは言わないわ。だけど、今日みたいな無様なレースをしたら……」

「絶対に勝ちます。メジロにふさわしい最高のレースにして見せます」

「ならいいわ」

 

 トレーナーがウマ娘を育て、ウマ娘がトレーナーを育てる。

 それはどちらが先でどちらが後ではない。

 この一瞬で、ライアンは見違えるほど成長した。次のレース、素晴らしいレースをしてくれるだろう。

 

 ラモーヌは今から彼女の活躍が楽しみになっていた。

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