紫電の女王の栄光の道のり   作:雅媛

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6 紫の少女と初めての重賞レース

 重賞。それは、重要な意義をもったレースである。

 その由来は様々な説があり、英語のパターンレース、毎年繰り返し同じ時期同じ条件で行われるレースを由来とし、毎年重ねて行われるから、なんていう話もある。

 

 なんにしろ、とても重要なレースであり、そして、賞金がとても高いのである。

 メイクデビューに勝利し、懐が急にあったまったボクであるが、重賞賞金はその4倍以上である。

 金に目がくらみ、やる気ばかり上がっていった。

 

 次に出る予定のレースはそんな重賞の一つ、GⅢ札幌ジュニアステークスであった。

 芝1200mのコースは、1000mのコースからスタートが200m後ろに下がっただけで、メイクデビューのレースとそこまで大きくは変わらない。

 

 だが、メンバーはそれなりに強敵になっていた。

 なんせ、この時期までに1勝していないとこのレースには出られないのだ。

 6月の札幌もしくは7月の函館でメイクデビュー勝利を飾らない限り出られないメンバー総勢12人が集まったレースは当然油断できるものではなかった。

 

 

 

 メイクデビューから、札幌ジュニアステークスまでは3週間の時間があった。

 一度東京に戻ることも考えたが、授業は競馬場併設の分校でネット授業が受けられるし、移動の負担を考えて、函館にとどまることにした。

 こういう時、チームメンバーが少ないととても楽である。

 東京に帰ると、ライブを無礼たということで、白井トレーナーと沖野トレーナーがおハナさんに折檻されかねないから、ということはないと信じたい。

 というか帰るのを伸ばしてもおハナさんの怒りは増すばかりだと思うけど……

 

 3週間の間、午前中は授業、午後はトレーニングを繰り返す。

 ライブ練習も当然行った。

 ライブ用のミニ舞台が函館競馬場内にあったので、占拠して毎日ゲリラライブで練習を続けた。

 なんせ、おそらく長い期間誰も使っていなかったミニ舞台である。占拠しても、誰も文句は言わなかった。

 最初の一週間は、ルーブル姉さんと二人でノリノリでやり続けた。

 小さくてもライブ施設だし、歌って踊ると案外楽しいのだ。だが、観客も誰も来ないと徐々に冷静になりメンタルが厳しくなってきていた。

 

 なので、次の土曜日のレース開催日から新イベントを始めた。

 通りかかる人、老若男女ウマ娘、誰と限らず呼び込んで、一緒に歌って踊るというイベントを始めたのだ。

 これが無駄に人気になった。

 

 なんだかんだで、ウマ娘レースに来る観客は、ウマ娘にあこがれを持っている。

 ヒトの身で、レースで競い合うのは不可能だが、ライブ自体は別にヒトでもできる。ボクとルーブル姉さんでいろんな人を強引にライブ舞台に連れあげて、一緒に歌うのだ。

 幼い女の子から、スーツのおじさんまで、いろんな人を舞台に連れ込んだ。

 ヒトはウマ娘に勝てないのだ、原則。

 一応本当に嫌そうな人は避けていたので、問題にはならなかった。

 そうしていろんな人と、いろんな歌を歌い、ライブをしたら大盛り上がりだった。

 

 スターも何人も登場した。一番人気は通称、函館のおじさん仮面である。

 函館のおじさん仮面は、イベントスタート翌日の日曜日に自作ライブ衣裳風コスプレと蝶の仮面を着て現れた中年男性である。

 太っていて髪の毛が薄くなっているおじさんだったが、情緒あふれすぎる踊りと美声すぎるテノールで「ささやかな祈り」を歌ったのだ。

 あまりにきれいすぎる美声とダンスに皆涙が流れた。ボクも涙しながら無茶苦茶撮影して、無茶苦茶アップロードした。

 最終的にウマチューブで100万回再生以上をたたき出して、函館競馬場の名物になった新スターであった。

 

 そんな大盛り上がりのイベントだったものだから、そのまま月曜日になっても、自由利用できるミニ舞台は人気施設になった。

 だが、このまま勢いでなし崩しにすると、使い方とかで絶対トラブルが発生する。

 これからルール作って使い方を決めて、誰が教えるかとかのスケジューリングしよう。生徒会手伝いの力を見せてやるーと思って張り切ってたが、残念ながらトレーナーさんに止められた。

 レース近いのに何をやっているんだということであった。正論である。

 最終的にはURAの職員さんに丸投げになったが、函館のミニ舞台は、今後の観光名所になっていった。

 

 

 

 一瞬忘れかけていたが大事なのはレースである。

 通常、レースの申し込みは開催される週の木曜日が期限となっている。

 出走者が確定してからレースまで、これだと土曜日だと2日、日曜日だと3日しかない。

 相手の研究などに割ける時間があまりないのだ。

 だが、重賞だと前週の木曜日、G1だと前々週の木曜日が期限となる。

 そのため、相手が早めにわかり、対策検討や、研究もちゃんとできるようになる。

 当然、相手もボクのことを研究してくるということである。

 出場レースの映像だけでなく、練習映像の検討や、口コミでの情報収集も行われるだろう。

 

「結論だけ言うと、先行策が絶対有利ですね」

「そうですよねぇ…… ボクも逃げますか?」

 

 函館のレース場は圧倒的に前有利の前残りコースだ。

 現に今年の函館のメイクデビューレースを全部確認したが、勝つのはせいぜい道中3番手か4番手までであり、逃げウマ娘が押し切るのも珍しくなかった。

 メイクデビューは奇策で差し切ったが、当然ほかの陣営はボクのことを研究している。前回のようなレース展開をしても引っかかってくれない可能性が高かった。

 

 その点、逃げてしまえばこのレースは有利に思えた。

 1枠1番と最内だし、現状おそらく一番人気をもらえるだろう。

 ゲートからのスタートもその後の加速も自信があるから、先頭争いに負ける気がしない。そのまま押し切ってゴールイン、が一番シンプルで強そうに思えた。

 

「それもありなんだけど、欠点が二つ。一つはヴィオラちゃんの逃げは一番慣れている戦法だから、もう少し後に取っておきたい。もう一つは、それをやると先頭を切りたいだろうダイカツブランドさんと競り合いになって、後ろからくるインターボイジャーさんあたりに差されるのが怖い」

「……むずかしいですね」

 

 だがほかにどういう戦法を取ればいいのか、ボクには思いつかなかった。

 

「私のおすすめの戦法は、中段待機の差し切りですね」

「ボクの脚で、それ行けます? 末脚にあまり自信がないんですが」

 

 末脚の鋭さというのはトップスピードの高さだ。

 特に直線の短い函館レース場で差し切るのはよほど速度差が必要だ。

 たぶんほかのメンバーと比べてもボクのトップスピードは速いほうじゃない。

 首をかしげるボクに、白井トレーナーはレース図と、12人分の駒を取り出し机に並べた。

 

「さて、このプランでは中段待機、6番目に待機してください」

「ずいぶん具体的な数字ですね」

「先頭はヴィオラちゃんがいかなければまずダイカツブランドさん。そのあとの2位集団が4人、この後ろにフォークテールさんとメイボーイさんが付きます。この6位集団の前の、内ラチ際を走ってください」

 

 当然のように展開を予想していく白井トレーナー。

 どこからそういう予想が立つのかまるで分らず、少しビビる。

 

「内ラチ際で、2位集団についていくのは前を走るウマ娘たちが風よけになりますから、かなり楽なはずです。で、第四コーナーのここから、全力で内ラチ際を抜けます。これなら確実に勝てるはず」

「はーい、トレーナーさん、質問」

「なんです?」

「トップスピードで内ラチ際ぎりぎりに潜り込むのは結構きついよ」

 

 メイクデビューの時は内側に潜り込んだが、あれは何人も余裕で横に並んで走れそうなスペースがあり、そこの真ん中内側よりを走っただけだ。

 今のプランだとせいぜい開くのは最内一人分だろう。

 そこをあのコーナーを曲がりながら潜り込むのはボクでも自信がなかった。

 

「それは、第三コーナーから第四コーナーに入れ替わった瞬間、2位集団の一番前にいるだろうインターボイジャーさんを追いかけて5歩走れば、どうにか潜り込めるはずです」

「なるほど、外にぶれるんですね」

 

 大回りすれば確かにその分コーナーは楽になる。

 一度外にぶれて、そこから内に切り込むめば、スパート時に曲がる量は少なくなり安定して内側に潜り込めるだろう。

 

「もう一つ、この動きできっと、前が開きます」

「? どうしてです?」

「前が内側を開けないのは、ヴィオラちゃんの内側強襲を気にしているからです。特に、前方集団は皆ヴィオラちゃんを気にしています。そんなヴィオラちゃんが外に向かえば、大外から来ると思うでしょう。そうなったらあとは末脚勝負ですから、全力で走りだしますよ」

「ふむふむ」

「大体第四コーナー真ん中ぐらいからスパートが始まります。外にヴィオラちゃんが逃げた以上、内は気にする必要がない。特に函館のコーナーはカーブが厳しいので外にぶれがちです。内を閉めなきゃ、という意識がなくなれば二人分、最低でも一人分はスペースが空きますよ」

「なるほど」

 

 かなり緻密なレースプランな気がする。

 少しでも狂ったら、前が開かない。

 少しでも狂ったら、空いた隙間に潜り込めない。

 そんなレースがボクにできるだろうか。不安がちょっとだけ頭をよぎる。

 

「トレーナーさん、勝てますかね」

「勝てます」

 

 でも敬愛するトレーナーさんがそういうのだから、ボクはそれを信じることにした。

 

 

 

 7月最終日、天気は晴天。

 第10レース、本日のメインレースとして、札幌ジュニアステークスが開催された。

 

 一枠一番のボクは、今回一番人気に選ばれた。

 前走で追い込みを決めた強さや、函館競馬場でのボクのライブ人気に後押しされ、圧倒的に一番人気だった。

 前回最下位の人気だったのはあまり気にしていなかったが、一番人気になると声援が違って楽しい。

 

 パドックに入ると横断幕まで出ていてうれしくなってしまう。

 観客席ギリギリを歩き回り、どのカメラにも目線を送ってポーズを送る。

 パドックではフラッシュは厳禁だが、カメラはOKなのだ。

 横断幕を出してくれたおじさん仮面には握手までしてしまった。

 

 おそらく他の子らは、調子に乗ってると思うだろう。

 それでいいのだ。イレ込んで冷静な判断ができないだろうと思ってもらった方が、今回のレースの勝ち筋は上がる。

 作戦があるんだと警戒されるのが一番まずい状況であった。

 パドックでも動きは別にトレーナーさんから指示があったわけではないが、これくらい自発的にやるぐらいはボクの裁量だろう。

 

 ボク、ヴィオラレジーナはちょっと悪い子なのだ。小悪魔系である。

 こういう狡いことをやらせたら日本一だとルーブル姉さんも認めている。

「それって只小賢しいだけでしょ」とルーブル姉さんは言うが、小悪魔系なのだ。異論は認めない。かわいいから。

 

 何にしろ、浮ついた雰囲気がパドックを漂う。

 調子に乗ってると思っている子もいるだろう。

 うらやましいと思っている子もいるだろう。なんせみんな中学生だ。ちやほやされたい気持ちはみんなあるはずだ。

 レースで見返してやろうという意識が高まり、ボクばかりに注目が集まっていく。

 既にレースは始まっていた。

 

 

 

 ゲートインは静かに行われた。

 ボクに11の視線が突き刺さる。

 一人ぐらいは、独立独歩の子がいるかと思ったが、どうやらそんな子はいないようだ。

 予定通り、レースは進んでいた。

 スタートは、さすが皆一番人気のボクを注目していただけあって、きれいにそろってゲートから飛び出した。

 

 スムーズなスピードでコースに飛び出したボクの、さらに前に飛び込んでいくライバルたち。

 5番のダイカツブランドさんが先頭を切り、そこに予想通り4人ほど、続いていく。

 さらにその後ろにつけようとした二人の前の位置をボクは陣取った。

 囲まれる形であり、短距離のレースではかなり不利だが、これ自体がボクたちのねらいであった。

 皆、ボクのことを注目しており、だからこそボクは楽に走れる。周りを風よけにし、ペース配分を他人に任せられる現状スタミナ消費は非常に抑えられる。

 さらに、少しずつ目線の動きや足の運びで周りのペースを乱していく。

 周りが注目してくれているせいで、面白いぐらいペースが上下する。

 1200mの距離ではそこまで圧倒的に消耗したりしないだろうが、最後の勝負を決めるときに、この消耗が重くのしかかってくるだろう。

 そうしてトレーナーさんが想定したとおりに、レースが進んでいく。

 そのまま第三コーナーに入ってくると、レースの動きが一瞬止まる。

 上り坂で速度が落ち、コーナーだからこそさらに速度が落ち、前と後ろとの距離が縮まっていく。

 そこでボクは一瞬前との距離を詰める。

 当然前は完全にブロックされており開いていない。

 ボクの速度が一瞬上がって落ちたのに、周りは気づいた。

 

 そのまま少しずつ外へと移動し始める。

 詰まって大外に出る必要が出た、周りはそう思っただろう。

 後ろはボクが詰まった瞬間に外に回り始め、前は詰まったのを確認してスパートを始めた。

 ボクも徐々に外に回っていく。

 ボクの内側もどんどん開いていくが、その先は完全にブロックされたどん詰まりである。後ろは皆外側に回っていった。

 第四コーナーに入り、下り坂に入ったせいで急にスピードが上る。既にボクは完全に抜け出せない場所に入り込んでいた。

 コース取りを失敗したと思われたのだろう、ボクから注意が離れていく。

 さらに少し進んで、第四コーナー真ん中あたりで先頭を走るダイカツブランドさんと、二番手を走るグランマステルビの内側が一人分開いた。

 

 このままボクはその隙間めがけて全身全霊で走り出した。

 

 内側を抜けるのもタイミングがある。

 コーナーで遠心力がかかっているタイミングで、内側を閉じるのは困難だが、直線に入れば内側を閉じることはできないわけではない。

 そのため、コーナー中から内側を抜け、コーナー抜けたあたりで並ぶ必要があった。

 そしてそのための外出しである。

 コースを斜めに切り込みながら、ボクは内側へと突き進み、コーナーを抜けたところでちょうど先頭に並んだ。

 スタミナの残りは十分。

 スピードもトップスピードに乗っている。

 後は勝つだけである。

 並び、後続を突き放す。

 3バ身差をつけて、ボクは札幌ジュニアステークスで勝利を収めたのであった。

 

 

 

 あの内側からのぶち抜きは、その後しばらく評判になった。

 まるで妖精か何かがすり抜けて走り抜けたようだった、とか

 内ラチの上を走っていたのかと思った

 とすら言われた札幌ジュニアステークスの勝利で、何よりも名声を上げたのは白井トレーナーだった。天才の弟子は天才だったなんて言われて、ボクは誇らしく思っていた。

 

 だが、一躍同世代のトップに躍り出たボクであったが、それは必ずしも喜ばしい事ではない。

 きっともっと強いライバルがどんどん表れていくし、対策も取られていく。

 狡い手はどんどん使いにくくなるだろう。

 実力をつけなければならないなということをひしひしと感じているのであった。




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