紫電の女王の栄光の道のり   作:雅媛

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7 紫の少女と夏休み

 札幌ジュニアステークスが終わり、夏休みに入った。

 普通なら7月8月と、夏合宿に行くことが多いが、函館でのレースもあったので1月近く休暇にすることにしたのだ。

 

 次のレースはなかなか悩みどころだった。

 

「ジュニアクラスの重賞というと、9月の頭に新潟ジュニアステークスと小倉ジュニアステークスが同日開催、9月終わりに函館ジュニアステークス。ここまでが地方で行われる重賞だね。10月に入るまで、中央場所ではジュニアレースは行われないから、9月までにレースに出たければまた地方遠征が必要です」

「なるほど」

「地方から来てるウマ娘だと地元に近いレースを選んだりしますけどね。で、11月にはGⅡのデイリー杯ジュニアステークスと京成杯ジュニアステークスが同時開催、12月中旬にはGⅢのラジオたんぱ杯ジュニアウマ娘ステークスと、テレビ東京賞ジュニアウマ娘ステークス、GⅠの朝日杯ジュニアステークスと阪神ジュニアステークスがほぼ連続開催ってところですね」

「G1全部出てみたいなー」

 

 どうせなら連闘でもGⅠに出たいな、とちらちらトレーナーさんをうかがうが……

 

「残念ながら、朝日杯ジュニアステークスは中山、阪神ジュニアステークスは阪神競馬場で同日開催です。物理的に両方出るのは無理ですよ」

「そっか……」

 

 さすがに分身なんてできない。

 もしかしたらフローラさんあたりに相談すればできるようになるかもしれないが、それはそれでヤバイ。

 どちらかを選ぶ必要がありそうだ。

 

「これってどういう基準で選ぶべきですかね?」

「基本、どのレースも西と東で行われます。西のほうに実家がある人が西を選びますが、トレセン学園が府中ですからね。西が遠征、東が遠征無し、という程度の差しかないです。あとはレース場の好みでしょうか」

「なるほど、でもどのレース場が向いていそうか、なんて正直よくわからないですよ」

 

 最低限知識としてレース場のことは一通り知っているが、実体験としての経験が少なすぎる。

 選び方なんてまるで分らなかった。

 

「うーん、どれでもいいんだけど…… それならGⅡのデイリー杯ジュニアステークスから、GⅠの朝日杯ジュニアステークスがおすすめかな」

「ふむふむ」

「デイリー杯は京都で開催されるんですよ。で、京都といえばコーナーの坂。函館であれだけうまくやったヴィオラちゃんならたぶん向いてると思うんだ」

「なるほど」

「G1は中山と阪神だとあまり変わらないけど、中山のほうが遠征距離が短いから、こっちかなーぐらいですね」

「9月ぐらいにレースでるのはだめなんです?」

 

 今のトレーナーさんの提案したスケジュールだと休暇の8月だけでなく、9月10月が丸々開いてしまう。

 もう1、2レースぐらい出られそうに思うけど……

 

「その期間はトレーニングに充てたいと思っています。たぶん、もっと速くなれるはずなんです」

「なるほど」

 

 トレーナーさんには何か腹案があるようだ。

 ボクはそれを信じることにした。

 

 こうして、ボクの次の目標レースは11月にあるGⅡのデイリー杯ジュニアステークスであり、この後にGⅠの朝日杯ジュニアステークスを目指す予定となるのだった。

 

 

 

 そうして夏休みである。

 トレーニングは一切禁止。

 完全休養するように言われている。

 

 これまで入学して1年半弱、トレーニングとレースを繰り返してきた以上、体に負荷がたまっており、完全休養でそれをいやす必要があるらしい。

 太り気味になってもその後のトレーニングで絞るから大丈夫と無制限完全休養であった。

 

 どうせなので実家に帰ってみたが、予想以上に暇である。

 母もイワシミズのお姉さんも、仕事があるので家にいない時間が結構ある。

 バージちゃんは幼稚園である。

 となると昼間から夕方まで、基本ボッチである。

 

 ルーブル姉さんは学園でトレーニングにいそしんでいるから邪魔できない。

 沖野トレーナーはニートじゃなくなったし、家庭もできたから呼びつけられない。

 3日で夏休みの宿題をルーブル姉さんの分まで終わらせてしまい本気で暇すぎた。

 

 暇を持て余しすぎたので、ひとまずらしい遊びをしてみることにした。

 どうせだから宣伝もかねて、自撮り動画をアップする決意も固める。

 まずは夏といえば海である。そしてひとまず海と言ったら湘南だろう、ということで電車に乗って江ノ島に向かったのだ。

 

 適当な海水浴場で、学校指定の水着に着替えて砂浜に飛び出したが、あまりに異世界すぎた。

 最低でも小学生ウマ娘が学校指定の水着で来ていい場所じゃなかった。

 それでも自撮りしながら焼きそばとかき氷を食べて、砂浜で砂の山を作ってみた。

 ひと夏のロマンスが繰り広げられるなかで辛すぎる体験だった。

 

 なお、この時自撮りした動画を「一人で江ノ島の海に来てみた」という形でウマチューブにアップしたら、「無の表情」とか「友達いないの?」というコメントが集まった。

 ボクは泣いた。

 

 だがめげない。

 次は動物園だ。

 小学生と言ったら動物園である。

 幸い近くに多摩動物公園があり、そこに行ってみたのだ。

 だが、実年齢は小学生でも中身は転生前の記憶もあるぶん、すでに小学生ではない。

 はしゃぐ気持ちがまるで起きず、ただただ名物のコアラを見続けるぐらいしかできなかった。

 コアラ、かわいいけど全然動かないな。そんなことを考えながらただただコアラをベンチで座って見続ける。

 コアラは23時間眠るから、本当に動かないのだ。

 

 そうして一日中コアラを見続けて、その日は家に帰ったのであった。

 なお、この時自撮りした動画を「コアラをみてきた」という形でウマチューブにアップしたら、「コアラより動かないヴィオラレジーナ」とか「かわいそう」というコメントが集まった。

 自分で見返してもマジでコアラより動いてなかった。

 ボクは泣いた。

 

 ウマチューブで高まる自虐芸人としての人気と、体調に反比例して、ボクのメンタルはボロボロだった。

 

 

 

 翌日、ふて寝をすることにした。

 開き直りつつ、明日は東京ネズミーランドにソロでいくことを考え始めていると、家の固定電話に電話があった。

 

「もしもし、ヴィオラですが」

「もしもし、ヴィオラ? テイオーだけど、一緒に遊びに行かない?」

 

 どこから番号を聞き出したのか、テイオーからのお誘いだった。

 

「んー、いくー」

 

 藁にもすがる思いで、ボクはその誘いに飛びついたのであった。

 

 

 

 そうしてテイオーに誘い出されたのは、府中にあるカラオケ屋だった。

 

「ヴィオラはさ、ライブの練習もっとしたほうがいいと思うんだ」

「え、付き合ってくれるの?」

 

 テイオーの主張はもっともだ。

 ライブ練習を3日前から始めたウマ娘は伊達ではない。

 ウマ娘にとってライブは憧れでもあり、小さいころから友達とライブごっこをしたりするぐらい人気がある。

 だが、ボクには全くそんなことした記憶がない。

 せいぜいバージちゃんのライブごっこに付き合ったことがあるぐらいだ。

 きっとこの前のメイクデビューも、函館ジュニアステークスのライブも、どう頑張っても付け焼刃であまりうまくなかっただろう。最低でも函館の仮面おじさんよりは絶対下手な自信がある。

 練習はしたほうがいいのだが、なんせ教えてくれる人がいない。

 おハナさんが合宿から帰ってきたら教えてもらおうと思っていたが、テイオーが教えてくれるならありがたいことこの上なかった。

 

「付き合ってあげるよ。これ以上、ヴィオラの虚無動画を見せられると精神的にきつい」

「虚無……」

「友達いなさすぎでしょ…… あんな人気の取り方してどうするのさ」

「うぐっ」

 

 テイオーもボクのウマチューブを見たらしい。

 テイオーは、正論でボクにダメージを与えながら、曲を選び始めた。

 

 ひとまず最初に選ばれたのは ENDLESS DREAM!! である。

 朝日杯ジュニアステークスでのウイニングライブ曲だ。

 

「ヴィオラのスケジュールは知らないけど、どうせ阪神か朝日杯、出るんでしょ」

「今のところ朝日杯の予定」

「じゃあちゃんと練習しとかないとね」

 

 そういってテイオーがお手本を見せてくれる。

 正直言って、無茶苦茶上手い。

 まずその歌声がやばい。ちょっとボーイッシュな感じもあり、無邪気な感じもあり、しかしその奥の闘志も熱く感じる声は本当にヤバイ。語彙が死ぬ。

 楽譜通りじゃない歌も、テイオーらしさ、みたいなのを感じてとてもヤバかった。

 振り付けも振り付けでとても良い。テイオーは小柄だが、動きが非常に大きく、にもかかわらず要所要所でぴったり止まってアピールするのだ。

 テイオーが天才だとよくわからされてしまったのだった。

 もう、ボク、テイオーのファンになっちゃうよ……

 そのまま、主要な歌と振り付けを見せつけられたボクは、すっかりまいってしまうのであった。

 

 だが、見ているばかりではいられない。

 ルドルフさんにライブを無礼ルナ、と言われないようにしなければならない。

 幸い、一通り見せてもらったので歌詞と振り付けは大丈夫だろう。

 テイオーが選んだ曲を順番に、練習を始めた。

 

 

 

「なんか、正確なんだけど、ヴィオラらしさを感じないというか、ロボットみたいというか」

「そう?」

 

 一通り見せた後のテイオーの指摘はそんなだった。

 まあ芸術的なものはあまり自信がないし、らしさみたいなものは苦手かもしれない。

 これが正しいだろう見たいなのを意識して歌って振り付けしていたし。

 

「だってヴィオラって、なんかやらかすのがお約束じゃない。今の歌と踊り見てても、何か意外なこととか起きることなさそう」

「ライブで何起こすんだよ…… 舞台でも爆発させる?」

「そんなありきたりじゃない出来事起こしそうなのがヴィオラじゃない」

「ワケワカンナイヨー!」

 

 舞台爆発がありきたりってどういうことだ。

 テイオーはボクに何を期待しているんだ。

 全くわからなかったが、最後に二人で一緒に歌って、それを動画にで見ると何となく言いたいことが分かった。

 ボクの動きは正確だが面白くない。簡単に予想ができてしまうのだ。

 それはそれで一つの形なのだろうが、テイオーはボクらしくないと思ったのだろう。

 なかなか悩ましい問題であった。

 ちなみにこのカラオケ画像もウマチューブにアップした。

「テイオーちゃんかわいい」のコメントで埋め尽くされた。テイオーは天才だ。ボクもそう思う。

 あと、「祝・ヴィオラレジーナに友人」とか言うコメントも送られてきた。

 大きなお世話である。

 

 テイオーと一日カラオケをした翌日から、ボクはカラオケに通って一人カラオケを始めた。

 走る練習はできない。トレーニングもできない。だが、ライブ練習はできる。

 テイオーに基本は教えてもらった。あとは反復練習である。

 延々と歌って踊り続け、どれも撮影し、確認する。

 動きが切れるようになってくるし、声も出るようになっていく。

 最後のほうはなかなかうまく出来るようになってきた気がする。

 自信をもって、ウマチューブにアップしたら、反応は「無の表情再び」とか「テイオーどこ? 早く行ってあげて」とかそういう反応ばかりだった。

 何が悪いのだ。

 ボクはさらに一人カラオケで特訓を重ねることにした。

 

 毎日一人カラオケでトレーニングを重ね、動きがキレッキレになっていき、そしてコメントがどんどん阿鼻叫喚に包まれていったのちの4日後、テイオーがカラオケの部屋に飛び込んできた。

 どや顔してテイオーに特訓の結果を見せたら、痛ましそうにボクを見て

 

「一緒に、遊びに、行こう?」

 

 と言ってきた。

 解せぬ。

 ボクは一人カラオケを楽しんでいたのに、なぜそんなに哀れまれるのだろうか。

 そんなボクを、テイオーは手を引いて遊びに連れ出すのであった。

 

 

 

「というかさ、ヴィオラって趣味ないの?」

「……読書と走ること?」

「無難すぎる」

 

 テイオーに連れていかれた場所は流行りのカフェであり、ウマスタ映えするジュースが人気であった。

 二人で並んで自撮りをする。後でウマスタにでも上げておこう。

 

「無難な趣味いう割には、そういう写真とか、動画とか好きだよね」

「んー、これはお仕事?」

「発想がドライ過ぎない?」

「でも人気集めておくと、レースでも一番人気になれるじゃない。そうするとスタートとか有利だし」

「理由がドライすぎる……」

「あとは収益化でお小遣いが入るし」

「……」

 

 テイオーが哀れんだ目で見てくる。なんでだ。

 適当に動画撮って流すとかわいいウマ娘のヴィオラちゃんかわいいってみんな見てくれてお小遣いが入るのだ。

 最近はかわいそうはかわいいにシフトしつつあるが、金が入るなら何でもいい。むしろ再生数が伸びて少しうれしいぐらいだ。泣いてない。泣いてないからな。

 

「走れないにしろ、読書すればいいじゃない」

「この前高等部の図書館の本まで全部読んだから若干飽きてる」

「え、本当に?」

「近くの公立図書館とラインナップそんなに変わらなかったからね」

 

 本を読むのが好きなのは本当だ。

 だが、ボクは二度三度と繰り返して好きなものを読むタイプではない、乱読タイプだ。

 速読もできるから、移動時間で大体読みつくしてしまったし、若干読書も飽き気味である。

 

「宿題は?」

「もう終わった」

「だよねー」

 

 夏合宿もあるトレセン学園の夏の宿題の量はあまり多くない。気合を入れれば2、3日で終わってしまうのだ。

 

 やっぱりそうするとライブの特訓ぐらいしか思いつかない。

 延々と一人カラオケがベストということになるのだが……

 テイオーが悲しそうな顔をして止めてきた。

 

「そういえばさー、函館のほうで面白そうなことしてたじゃない」

「? ジュニアステークスのこと?」

「そうじゃなくて、あの函館のおじさん仮面」

「あー、あれね」

「ああいうの、府中でもやればいいんじゃない?」

「やっても面白そうだよね。まあ、人の整理が大変そうだけど」

 

 テイオーの提案にふむ、と考える。

 東京競馬場にもウマ娘ふれあいコーナーがあるし、小さなライブ場を作ればいろいろできるかもしれない。

 函館と同じく、ウマ娘にあこがれている人も多いはずだ。

 

「じゃあ試しにやってみようか。今から予算取りに行こう」

「いまから!?」

「いまから。大丈夫、ボク、これでも生徒会長代行代行だから」

「カイチョー要素なさすぎない!?」

 

 現に権限なんて、ルドルフ会長と会長代行権限がある副会長がいない時しか使えないなんていう極めて限定的なものだ。

 だが、今はルドルフさんはリギルの夏合宿だし、副会長二人も夏合宿で不在である。

 つまりやりたい放題だ。

 

「今から東京競馬場の使用許可証と、予算取ってくるから、テイオーはメンバー集めて」

「ウソデショ…… イツノマニカマキコマレテル……」

「んじゃ、2時間後に東京競馬場のふれあいコーナー集合ね」

 

 テイオーの返事を待たずにボクは走り出したのであった。

 

 

 

 生徒会の予備予算と、東京競馬場の一部占有許可証を手に待ち合わせ場所へと言ったら、テイオーも友人らしきウマ娘を何人も集めてくれていた。

 さすがテイオーである。友達が多い。

 ボクとの違いに心が折れそうになりながらも、さっそく作業を開始する。

 近くのホームセンターで資材をかき集め、サポート科の子たちの助言の元、さっさとステージの土台だけは作り上げた。

 この間、わずか1日である。

 背景とか、いろいろ工夫できるところはあるが、それはおいおい好きな子に絵でもかいてもらえばいい。

 

「それじゃあさっそくこけら落としやるよー」

「え?」

 

 テイオーが動揺し、周りもざわめくが、できたんだからさっそく何かやるべきだろう。

 幸いいつもはライブをしないサポート科の子もいるんだから、彼女らにセンターでもやってもらおう。

 

 音響は、競馬場の放送設備の古くて余ったのをもらってきたから、スマホをつなげば音楽も流れる。

 つまり最低限のライブはできる環境だ。

 尻込みする子たちを強引にライブ会場の上にあげて、音楽を流し始める。

 

「うー うまだっち♪」

 

 台に上がって即座に流れるうまぴょい伝説

 ウマソウルに刻まれたこの曲を聴くと、ほとんどのウマ娘は踊りだすという。

 普段ライブ練習をしていない子だってそれは関係ない。

 皆、思い思いに踊り始めた。

 

「さて、使用ルール決めないとなぁ」

 

 しばらくは学園に残っている子たちのライブ練習で使えばいいだろうが、そのうち一般の人にも公開したいし、そうすると使用規約なんかも考えないといけない。

 幸い函館の前例があるから、ある程度は参考にできるだろう。

 ひとまず忙しい日々が続きそうだと気を引き締めるのであった。

 

 なお、新ライブ施設の宣伝がてらうまぴょい伝説動画をウマチューブにアップしたら、再生数が爆上がりした。

 解放はいつか、といった問い合わせコメントもたくさん来ていた。

 だが、それに加えて

「ヴィオラレジーナちゃんは踊っていない」「かわいそう」「練習の成果ちゃんと発揮して」といったコメントが届き、ボクはさらにへこむのであった。




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