ジュニアクラス三連勝のまま、ボクは初めてのG1、朝日杯ジュニアステークスに登録をした。
G1の出走者は2週間前には決まる。
今回の登録は15人、減ることはあっても回避馬待ちがいるわけではないので増えることはないだろう。
ならば、存分に研究も、展開予想ができる。
「朝日杯の相手も決まったし、ヴィオラちゃんがどうやって走るか、考えていこう」
「おー!」
「人気はどんな感じなの?」
初GⅠなので、テンションが上がる。
いつも聞いてるだけであまり口出ししてこないルーブル姉さんもとても興味津々だった。
「われらがヴィオラちゃんが、1番人気です!」
「いえーい」
「3連勝でGⅢ、GⅡって勝ってるんだし当然よね」
朝日杯の時期ぐらいまでは、メイクデビュー勝利からそのまま挑戦してくるウマ娘も少なくない。
そんな中、確実に3勝しているボクの人気は当然高かった。
「ほかにはだれが人気がありそうなの?」
「2番人気はカムイフジさんですね。今まで4戦2勝で2着1回、3着1回と安定した成績が評価されてるみたいですね」
「あれ? 京成杯に勝ったサクラサエズリさんは?」
ジュニアクラスのGⅡは2つしかなく、一つはボクが勝ったデイリー杯、もう一つは同日東京で行われた京成杯であり、そちらで勝ったサクラサエズリさんは、朝日杯へコマを進めていた。
人気なら、このGⅡを勝ったサエズリさんのほうが上かと思っていたが……
「3番人気ですね。展開の不利が予想されて、人気が落ちてるね」
「展開の不利?」
「今回逃げをしそうなのはサクラサエズリさん、この前のデイリー杯に出ていたヘイセイトミオーさん、メイクデビューから直行のアラカイセイさん、未勝利から出てきたアイネスフウジンさんの4人もいます。逃げは複数いると不利と言われていますからね。後方待機策をとれそうなカムイフジさんやヴィオラちゃんに人気が集まるわけです」
「なるほど…… あれ、そういえばライアンさんとかも見ないね。阪神のほうに行っちゃった?」
出走表を確認したが、メジロのメンバーを全く見かけない。
マックイーンさんはテイオー経由で脚部不安があるから始動が遅くなりそうと聞いていたし、パーマーさんは最近骨折してしまいこの前ルーブル姉さんと一緒にお見舞いにいったが、ライアンさんとかどうしているんだろう。
「同級生なんだしもうちょっと気にしようよ……」
「ライアンさんはなんか睨んでて怖いんだもん……」
最近、公式のウマッターとウマチューブ、あとは掲示板なんかは確認するようになったが、UMAINEとかはいまだ苦手なのだ。そういうので回ってくる連絡はルーブル姉さんが教えてくれるし……
「ライアンさんは、メイクデビューはあの後勝ったけど、じっくりトレーニングしてクラシックから本格始動するらしいね」
「ほえー。今回ライバルがいなくてうれしいような、今後ライバルが強くなりそうで残念というか」
ここでじっくりクラシッククラスに備えるというのも珍しいわけではない。
中学生という年齢的に体の成長もあるし、レースに出ずに備えれば、トレーニングはより密になるので、実力が飛躍的に上がるのだ。
アグネスフローラさんなんかも、最近やっとメイクデビュー予定で、目標は桜花賞と聞いている。
ライアンさんもそういう方向に舵を切ったのだろう。おそらくクラシッククラスに上がったときに当たれば、きっとメイクデビューとは比べ物にならない実力を持っているだろう。
「まあ、目の前のレースの分析に集中しようか」
「中山の1600mというと、前有利、内枠有利で有名なコースですよね」
「そうだね。コーナーが小さくて外と内の差が大きいから、大外からの差しは決まりにくいし、直線も短いから差しが不利で、さらに内枠有利、っていうコースだよ」
「なるほど、予想される展開は?」
「展開は逃げが4人、あと先行策を取りそうなのはクロスキャストさんぐらいで、あとは差しばかりだね。差しの鋭い子は、2番人気のカムイフジさんのほかは、5番人気のホワイトストーンさんかな」
レース図にコマを置いて、展開予想をしていくトレーナーさん。
「これだと、先行のクロスキャストさんが有利そうじゃない。ヴィオラが人気なのも先行策が期待されてるんじゃない?」
「ボクもそう思う。でもトレーナーさん、違う戦法考えてるんじゃない?」
紫色のコマを取って、クロスキャストさんの前に置くルーブル姉さん。
どんな脚質も許されるなら、その場所が一番無難そうである。
だがきっと、白井トレーナーのことだ。また変態的なレースプランを考えていそうである。
「二人の意見は間違ってないんだけど、忘れている点が一つあるんだよね」
「? なんです?」
「レース場の特性だね。先行策をとるっていうことは、後ろを警戒してるんだろうけど、中山の1600mは直線も短いから、前残りのレースで、とにかく内ラチをとったほうがいいんだよ」
「コース自体は、そうでしたね」
「で、さっき上げた差しの鋭いメンバーは、おそらく上がり3ハロン36秒台で上がってくるけど、ヴィオラちゃん、逃げた場合、上り3ハロンどれくらいで行ける?」
「37秒ちょっとぐらいじゃないですか? 逃げの程度には寄りますが、多少余力を残せば37秒前半は残せると思います」
秒差は最大1.5秒。
ウマ娘は時速60km、1秒16mぐらいは走るので24mほど詰められる可能性があるということだ。12バ身というとそれなりの距離だが…… 逃げるなら、第3コーナーの終わり、600m地点でこれくらいの距離は稼げる気がする。
「そうすると、見るべきは後ろじゃなくて前、逃げる4人と先行する1人なんだ。この集団で勝つのが一番重要となるわけ」
「ふむ、そうすると、逃げる4人にうまく優位を取って、さらに大内の一番いいところを、荒れてないタイミングで走れるポジション、つまり……」
紫のコマを持ち上げると逃げ集団四人の前に置いた。
「この、爆逃げポジションが、一番いいということになるわけですか」
「そういうこと。問題は、前を行く4人に、逃げの競り合いで勝てるかというところだけど……」
「逃げの競り合いで、ボクは負ける気がしません」
末脚の瞬発力勝負は自信がないが、こと、スタミナとハングリー精神なら負ける気がしない。
競り合いで必要なのはスタミナと負けないという気持ちであり、ボクの一番の持ち味が生かせるところだ。
こうして、ボクのレースプランが決まるのであった。
GⅠというと、もう一つ重要なのが勝負服だ。
デザインの検討自体は、札幌ジュニアステークスに勝利したころからしていた。
自分なりの好み、というのもあるが、自分のセンスにあまり自信がないボクは周りの人にも相談していた。
相談相手はラモーヌさんにお目付け役のアルダンさん、あとはルーブル姉さんとテイオーだ。
「こういう感じのルドルフさんに似た雰囲気で、軍服風のズボンにしようと思ってるんだけど」
「却下」
「なして!?」
ボクの希望は5秒でラモーヌさんに却下された。
「私も微妙だと思います……」
アルダンさんは眉をひそめる。
「いや、まずヴィオラは自分の体形考えなよ」
「体形?」
ルーブル姉さんからの突っ込みに首をかしげる。
「こういうかっこいい系のズボン衣装、長身でスマートなウマ娘なら似合うと思うよ。でもヴィオラって肉付きはいいし、太もも太いし、でもチビだから絶対に合わないって」
「チビっていうほうがチビなんだぞー!!」
「チビっていうなー!!」
ちなみにボクは身長142cm。ルーブル姉さんは身長140cm
どちらも否定しようがないぐらい小さかった。
「まあヴィオラなら、ズボンじゃないほうがいいのは間違いないよ。このまえライブ服のズボン、破けちゃってたし」
「うぐっ」
スリットの横腰丸見えになっているライブ衣装を思い出す。
サイズがあれ以上ないので、おそらくボクのライブ衣装はあのままである。
一部で尻がでかいと評判になっているが、隠しようがなかった。
「そうするとスカートかな。こういうのとか」
ラモーヌさんがサンプルで持ってきたのは、ひらひらのドレスである。
「スカートって苦手なんですよね。足にまとわりつくので」
見るの自体は嫌いではないが、着るとなるとかなり苦手だ。
制服のスカートだって慣れるまで時間がかかった。
勝負服が自分を表すなら、スカートは勘弁してほしい。
「じゃあさ、ヴィオラの外見的な特徴上げてみたらいいんじゃない」
「テイオー!?」
テイオーはきっと善意100%で言ったのだろうが、それは地獄への第一歩だ。
いいこと言われたら恥ずかしい、悪いこと言われたら心が折れる。
地獄への道は善意で舗装されていると確信した。
「まずヴィオラちゃん、かわいいよね」
「ラモーヌさんに言われても複雑です」
メジロラモーヌといえば、栗東のゴールドシチーに並ぶ二大顔のいいウマ娘だ。
正直外見だけ見たらやばいぐらいきれいだ。
アルダンさんも、ラモーヌさんの妹だけあって、美少女だ。
ルーブル姉さんも妹分の自分が言うのもなんだが美人である。闇レースの頃、あまり格好に頓着してなかったから灰被りなんて言われていたが、あれは美人だからつく異名だ。
で、テイオーはテイオーで無茶苦茶美少女である。顔が整いすぎている。シチーさんの地位を継ぐ、次の栗東のトップ美少女になるのは間違いない。
美少女に囲まれすぎて、うれしいような、自分のみじめさを感じるような、ちょっと複雑な気分になった。
「小さくてかわいい」
「ルーブル姉さんも一緒じゃないですか」
背の低さは散々触れられているが、年齢の割にはボクは背が低いほうではない、というか高いほうだ。
ただ、同学年のみんなの平均は155cmぐらいあるし、それと比べるとかなり小さいほうになってしまう。
でもきっと、あと数年経てば、人並み程度に背が高くなるはずである。ルーブル姉さんとは違うはずだ。
ここ最近全く背が伸びていないことには目を背けることにした。
「ヴィオラのいいところってやっぱり太ももじゃない?」
「膝の上に頭乗っけてくんなテイオー」
鍛えたから、太ももの太さには自信がある。
だが、そこを押してどうするのか。現状勝負服デザインにとってはズボンがはけず、ライブ衣装が破けるという被害しか生じていない。
「ヴィオラちゃんはかわいいですし、太ももとお尻をアピールしつつ、ふわふわ感を出して、足や手にふわふわがまとわりつかないのがいいのではないでしょうか」
「むーん」
アルダンさんの提案は、その通りといえばその通りなのだが、全然どういう服になるか、わからなかった。
だが、ラモーヌさんにはピンと来たようだ。
「じゃあこういう黒っぽいハイレグレオタードをベースにして……」
「スカートはだめですから、腰横にドレープができる布をつけましょう」
「サイハイソックスにして、太ももを強調するとか……」
「肩にもひらひらを追加して……」
なぜかボク以外のメンバーがノリノリで決めていく。
ボクは一口ジュースを飲んだ。
「ということで完成です」
「……これは、だめじゃないですか?」
全体的に肌のラインが明らかだし、ハイレグレオタードのせいで、尻も太ももも完全にあらわになっている。
露出はあとは肩ぐらいだから量的には少ないかもしれないが、いろいろ問題あるだろうという露出だった。
黒のハイレグレオタードの腰の横にはリボンやひらひらした布がついていて、ファンシーたっぷりである。
脚は太もも中央ぐらいまでの長さがあるソックスに、ハイヒールで、足の長さをアピールしているのとか、手も長手袋で二の腕が半分隠れていたりと、確かにデザイン自体はいいだろう。
だが、これをボクに着せて、レースに走れというのか。
痴女じゃないか。
「大丈夫、ヴィオラちゃん、初めて会ったころ下着姿で走ってましたし、これのほうが恥ずかしくないですよ」
「アルダンお姉さま……」
アルダンさんは、会ったころの朝練をいまだ根に持っているようだった。
ボクの抗議は全く聞き入れられず、結局ボクの勝負服の基本デザインは、ラモーヌさんが決めたものに決まってしまうのであった。
「……」
そしてその勝負服は、レース1週間前に届いた。
太ももから尻にかけて完全に露出するレオタードも、腰の横の部分についた白と紫のひらひらも、確かに動きは妨げない。
肩も露出しているから、腕の動きも問題ない。
かかとが少し高いが、走るのには何ら問題がなかった。
だが、単純に恥ずかしい。
太ももから腰に掛けての体のラインがはっきり出るのはやっぱりやりすぎだと思う。
喜ぶトレーナーたち。
太ももに擦りついてきたルーブル姉さん。
満足そうに頷くラモーヌさん。
ボクは一人だけ、虚無の表情をしていたと思う。
なんにしろボクのG1のレースの準備は整ったのであった。
朝日杯ジュニアステークス。
中山競馬場 芝1600m 天候は晴れ、芝は良である。
ウマ娘たちは各々自分の勝負服を着て、晴れ舞台で誇らしげに胸を張る。
そんな中、4枠6番になった、ボク、ヴィオラレジーナのテンションは地面を這いずり回っていた。
やっぱりこの勝負服、心もとなさすぎる。
生地が薄いし、何よりもちゃんと作られているせいで、着ている感じがしないのだ。
これだけの大観衆の中、全裸でいるような、そんな恥ずかしさを感じてしまっていた。
後、単純に寒い。
12月も終わりである。そこで太もも肩出しファッションはやっぱり寒い。
ウマ娘の不思議ちからで、ウマ娘たちは寒さに強いといっても限度があった。
ただ、何もしないわけにはいかない。
ひとまず、アルダンさんに教えられていたメジロ奥義第13番、ひとまず上品そうな動きをしていればその場は乗り切れるを実行する。
アルダンさんに教えてもらった、ラモーヌさんの十八番である。
スマートに歩いて、きれいにカーテシーだけして、さっさと脇によける。
ファンサービスなんかしている余裕は全くなかった。
白井トレーナーに言われた、注目するべき相手を観察する。
まずは今回3番人気になった7枠12番サクラサエズリさんだ。
和服系のピンクの勝負服がとてもかわいらしい。
ボクもああいう和服系勝負服にすればよかったかな、とサエズリさんを見て思った。
やる気は十分そうだが、あの、ダービーでのチヨノオーさんみたいな、ねばつくような闘志は感じない。あまり怖そうには感じなかった。
もう一人は5枠8番のアイネスフウジンさんだ。
未勝利上がりであり、ボク以外の逃げウマ娘4人の中では実績的に一番下だが、白井トレーナーは彼女を一番注意していた。
ピンクと白のジャージっぽい上着に、黒のミニスカート、その下に黒のレギンスと、スポーツ少女っぽい勝負服はとてもかわいらしい。ああいうのにすればよかったとボクはさらに後悔を重ねる。
そして、彼女を見ると身が引き締まる思いがした。
表面だけ見れば明るくみんなに手を振る、そばかすがかわいらしいウマ娘だ。
だが、彼女が背負う使命感の重さ。そして、それを背負いながらも自然体で気負いがないことを感じる。
ここはGⅠであり、皆、背負うものがあるはずだが、彼女だけ、その意志と精神力の強さを見るだけで感じるぐらい、圧倒的な何かがあった。
油断できない相手だとボクは気を引き締めたのであった。
GⅠともなるとゲートインの雰囲気もまるで違う。
誰もがピリピリしており、ゲートに入るのを嫌がる子も出たりする。
ボクはさっさとゲートに入り、スタートを待つ。
周りに意識を飛ばせば、それぞれの気持ちを、やる気をなんとなく感じることができる。
そんなピリピリした雰囲気を楽しんでいると、ゲートに全員が入った。
朝日杯ジュニアステークスが、今、スタートした。
中山競馬場1600mのコースもまた、かなりテクニカルなコースだ。
スタートしてすぐにコーナーに入ってしまうため、どのタイミングで内側に切り込むかが難しいのだ。
早いと斜行を取られて失格になりかねないし、遅いとスタートで遅れてしまう。
ボクはいつものようにすっとスタートを切ると、トレーナーさんに教えてもらった予定のコースで、内側の一番前に入った。
2枠2番のアラカイセイさんの前にうまく入れたはずだ。
外からはサクラサエズリさんとアイネスフウジンさんが競り合ってくるが、コーナーでの内位置の有利を生かして、前を譲らない。
ヘイセイトミオーさんと、アラカイセイさんはハナ争いはあきらめて、中段に回ったようだ。
3人並んで、どんどんスピードを上げていく。
先に出たがるサクラサエズリさんと、良さそうなポジションを冷静にうかがうアイネスフウジンさん。その最内をとにかく爆走し続けるボクというレース展開のまま、ペースだけがどんどん上がっていく。
第二コーナー終わりの下り坂を下れば、さらにスピードは上がり、誰もコントロールできない狂乱的なペースと化していく。
第三コーナーを回り、1000mのラップが出る。レース中に見えるわけではないが、体感は明らかに超ハイペースである。57秒を余裕で切っているはずだ。
だが、三人とも引き下がるつもりがない。
第四コーナーを回って、そのまま三人並んで直線へと入った。
直線に入って、ボクが一歩抜け出した。
皆スパートをかけているが、ボクが最内であり、中山のコーナーは角度が厳しい分、うち有利が大きいのでその距離の差で、一歩抜け出したのだ。
それに、二人に比べ、ボクのほうがまだ少しだけ余裕がある自信があった。
最後にもう一度スパートをかける余裕がある。
勝ったと思った。
しかしその瞬間、ターフに風が吹いた。
「ここで、それですかっ!!」
後ろから圧倒的な圧力を感じる。
よくわからないウマ娘の不思議力だが、一つ分かるのは、そう簡単に使える力ではないということだ。
極限まで自分を追い詰め、それでも届かないときに女神から与えられる祝福。
そんな説明がされる力であり、つかえるようになるのは大体シニアぐらいになってから。それも1年に1人いればいいほうな、特殊な力である。
何度もレースを重ねないと、自分を極限まで追い詰める方法などわからないのだ。
だから、ジュニアクラスでなんて見ることはないと思っていた。
だが、この圧力は絶対にそうだ。風が吹き荒れる。その渦巻く風の中心には、アイネスフウジンさんがいた。
こちらも全力で走りながら、精神を研ぎ澄ませていく。
だが、アイネスフウジンさんの境地にまるで足りない。
ラモーヌさんあたりに言わせれば、おそらくレースへの執念の差だろう。
彼女にはきっと背負うものがある。例えば、研ぎ澄まされた感覚に引っかかった、ゴール版前で必死に彼女を応援する、彼女にそっくりな双子のウマ娘とかかもしれない。
もしかしたらほかに何かあるのかもしれない。
ただ、一つだけ明らかなのは、ボクに比べてアイネスさんのほうが、精神的な力は一段上だということだ。
素質も、おそらく彼女のほうが上だ。この状況になり、末脚として発揮された速度はボクの全力よりも速い。
じりじりと追い付かれ、少しずつ追い抜かれていく。
先ほどまでの明るく元気な雰囲気とはまるで違う、全力の表情で駆けていくアイネスさん。
実力、精神力、そこに
だが……
「それでも、ボクの勝ちです」
中山の坂の途中、アイネスさんの末脚が、ガクンと止まった。
怪我などではないだろう。単にスタミナが切れただけだ。
最初の1000mを57秒を切るペースで走ったといったが、そのペースは最内のボクのペースである。
二人分も外側にいたアイネスさんは、さらに加えて10m程度は余計に走っていることになる。
そんなハイペースで走り、さらに10m、5バ身分の距離の不利もあるのだ。最内を走り、スタミナには自信があるボクですら厳しいこの状況で、いくら素質があるアイネスさんでもスタミナが残っているはずがなかった。
心臓やぶりの坂を上る余裕がもうなかったのだろう。精神力では庇いきれない、レースプランの勝利である。
それでも歯を食いしばり必死に逃げようとするアイネスさん。
ボクは最後に残った体力を振り絞り、もう一度スパートをかける。
坂を上り切り、平坦になったところでアイネスさんを抜き返したボクは、2バ身差でゴールへと飛び込むのであった。
豆知識
モデルは1989年朝日杯三歳ステークスですが、この時期は阪神三歳ステークスとは関東関西の分け方しかされていませんでした
なので阪神のほうにダイタクヘリオス出ていますし、ちょっと前は牡馬のゴールドシチーが阪神三歳ステークスに勝っています。