トレセン学園は全寮制、というわけではない。
寮制はあるが、全員入らなければいけないというわけではないのだ。
マルゼンスキーのように一人暮らししている学生も少ないがいるし、学園近辺在住の者ならば、自宅から通うことも可能である。
ボクも自宅からの距離という意味で言えば普通に通える距離である。
自宅は多摩川を挟んだ向かい側の市にある都営住宅である。
普通のヒトが徒歩通学するには少し距離があるが、ウマ娘の脚ならば走って15分とかからないぐらいの距離である。
寮は必須ではなく、あまり母と離れたくはなかったのだが、ボクは寮を選んだ。
一番は、特待生故、寮費も食費も免除だったことだ。
人一人分の食費が浮くだけでもそれなりに生活費が楽になる。
ウマ娘は牛飲バ食なんて呼ばれるぐらいよく食べるし、レースをするようになるとエネルギー消費が多くなって余計食欲が出てしまうから、食費は結構死活問題なのだ。
一人親で、パートで生活費を稼いでいる母の負担をできるだけ減らしたかったため、寮入りを決めたのであった。
トレセン学園の学生寮は、美浦寮と栗東寮の二つの建物に分かれている。
中高合わせて2000人弱の人数を収納できるだけあって、どちらの寮もそれぞれ500室もあり、非常に巨大な建物である。
どちらに入るか、希望を出すこともできたが、施設的にそう違いもなかったためお任せにしたら、美浦寮のほうに選ばれた。
入学式は無事終わり、新入生たちは寮のほうへと向かう。
新入生のほぼ半分が寮へと向かっており、100人以上がぞろぞろと向かう、ちょっとした大移動だ。
誰もかれもがソワソワしているのは、仕方ないだろう。寮の部屋番号はわかっているが、だれが相部屋かわかるのは、入学式後のこのタイミングだ。
期待半分、不安半分で皆寮へと向かっているのだろう。
そんな大移動の集団をボクは避けて、食堂併設のカフェでスイーツをいただいていた。
これだけの人数が一度に移動すれば、あまり広くない寮の入り口は大渋滞だろう。友達でもいれば、わいわいと無駄話に興じて時間をつぶせるのだろうが、残念ながら自分は友達もいないし、すぐに友達を作るのも少し難しいように思えた。
なんせ年齢と髪色の問題があるし、裏レースに出ていた噂を知っている者もいるだろうことを考えれば、遠巻きにされかねないことは想像できた。
それでも話しかけまくって、優しそうな子と友達になる程度の積極性を発揮することもできるが、せっかく新生活で期待に胸膨らませる皆に水を差すのも悪い。
友達作りはしたほうがいいだろうが、今すぐ焦ることでもないし、人込みを避けてボクはのんびり甘いものを食べていた。
学園内の食堂と寮の食堂はなんとすべて無料なのだ。
実際は学費や寮費に食費が含まれているのだが、食べるときにお金を取られないし、学費寮費免除の特待生には無料と変わらない。
食べたもの勝ちだと思い、入学式当日限定、数量限定の入学祝デラックスパフェを頼み、食べていた。
学園の食堂は、料理の量がウマ娘用なのもよいが、味もかなり良いように思う。
フルーツとクリームたっぷりのパフェも、コーンフレークの嵩増しもなく、とてもおいしい。
もぐもぐと一心不乱にパフェを食べていると……
「席、いいでしょうか?」
「? どうぞ」
こんな空いているのに、わざわざ向かいに座るのは誰だ、と思ったが反射的にOKを出してしまった。パフェから顔を上げると、そこにいたのは、先ほどの新入生代表挨拶をしていたメジロマックイーンであった。
黙々とパフェを食べるボクを見つめるマックイーン。
ちらちらとマックイーンの様子をうかがうが、こちらを見ているだけで話しかけてくることもなく、何を考えているのかはよくわからなかった。
メジロマックイーン。自分が知っていることは、彼女が名門メジロ家のウマ娘であることと、新入生代表であいさつをしていたことぐらいだ。
向こうもボクのことなんてほとんど知らないだろう。
だが、ボッチのボクとちがい、彼女には同じメジロ家のウマ娘とか、そうじゃなくても新入生に知り合いとかいるだろう。
そういった子たちと寮に向かわず、なぜこんなところに一人でいるのか、よくわからず、なんで目の前にいきなり座ってきたのか、全く理解できなかった。
いや、理解できないと思っていたが、結構すぐに理由が理解できた。
マックイーンのおなかが、きゅー、と可愛らしく鳴ったのだ。
「食べたいなら、あそこで頼めば、出てくるよ。数量限定って言ってたけど、ボクが食べてるのが1個目だって話だったし、ほかに食べてる人も見当たらないから、まだ残ってると思うよ」
「いえ、減量中なので……」
「ふーん」
ウマ娘の業界で、減量というのはあまり聞いたことがない。
ヒトの陸上選手、特にマラソンなんかの長距離だと、脂肪はデッドウエイトなので、できるだけ削り落とそうとする。女性マラソン選手に、生理が止まるまで減量させる、なんていう話も聞くぐらいだ。
だが、ウマ娘はみんな結構いいスタイルをしている。丸々しているレース参加者はさすがに見たことがないが、全体的に肉がついている子は珍しくないし、それで走れないといった話も聞いたことがない。
ヒトと違う原理で走るウマ娘にとって、減量は無意味だったり、場合によっては害悪だったりするのではないかとボクは思っていた。
だが、考え方は人それぞれだ。
目の前の美少女ウマ娘マックイーンちゃんが、スタイルに気を使って減量しているならば、別に言うことはない。
いうことはないのだが…… 目を皿のようにしてこちらを見ないでほしい。
よくよく観察すると、どうやらボクではなく、パフェに目線が固定されている。無視して食べるのは、少し居心地が悪かった。
「……食べたいなら取ってきなよ」
「減量中なので……」
「なにこれ、高度なセルフSMプレイか何か?」
食べたいけど食べられない、というのは特に減量中ならわからないでもない。
だが、なぜ目の前に座ってそれをわざわざ我慢しようとするのだろうか。
視界に入れないほうがよほど精神衛生上良いだろう。
なぜ自分から拷問のような仕打ちを受けに来るのか。ボクには理解できなかった。
「せるふ、えすえむ?」
「おーけー、お嬢様に聞かせる単語ではなかった。悪かった」
見た目は美少女ウマ娘だが、中身は前世のおっさん歴30年以上のボクと違い、目の前のマックイーンちゃんは、お嬢様であり、何よりもローティーンの女子中学生であった。
下品な単語を教えるわけにもいかないし、ごまかすようにボクは立ち上がると、注文窓口に向かう。
そうして同じく入学祝の数量限定ケーキプレートを受け取ると、そのままマックイーンちゃんの目の前に置いた。
「あの、これは?」
「どうせだからシェアしようよ。二つ食べるのはさすがに多いし」
「あの、私、減量中で……」
「問答無用」
「むぐー!?」
パフェから山盛りクリームが乗ったバナナをスプーンで掬うと、そのままマックイーンちゃんの口につっこんだ。
減量中だとか、ボクには関係ないのだ。目の前で見られるのはうっとおしいし、どうせだからおいしそうだったケーキプレートを味わうため、目の前のマックイーンちゃんに食わせることしかボクは考えていなかった。
口では何と言おうと、体は正直である。
スプーンを突っ込めば吐き出すこともなく、もぐもぐと食べ始めた。
「次はチョコソース付きのアイスクリームえいやっ」
「だからげんりょ、もぐもぐ」
一応抵抗の意思は示しているが、即堕ちマックイーンちゃんである。
所詮まだ中学に入学したてのお嬢さんである。
食べたいものを食べさせるボクに抵抗なんてできないのだった。
餌付けタイムの始まりである。
マックイーンちゃんは、最後の抵抗らしく自分では食べようとしなかった。
だから、ボクがスプーンでパフェやケーキを掬って食べさせていく。
自分も食べたいから、基本一口自分で食べて、一口食べさせて、の繰り返しである。
フルーツたっぷりクリームたっぷり、各種ソースもたっぷりなパフェは、いくらでも味変ができて飽きないし、プチケーキが6個も置いてあるケーキプレートも、どれも丁寧に作られており、チョコにフルーツにショートケーキにモンブランと、いろいろ楽しむことができてやはり飽きが来ない。
マックイーンちゃんは甘いもの全般が好きなようだが、特にモンブランが好きなようだった。
食べさせるたびに反応が少し違い、モンブランを食べたときには目が輝いて、しっぽがぶんぶん振られていたし、モンブランの上の栗を食べようとしたとき、殺気が籠った目で見られたので間違いないだろう。
なお、ちゃんとモンブランの上の栗は、マックイーンちゃんに差し上げた。じつはモンブランの上の栗、あまり好きではないのである。代わりにイチゴショートケーキのイチゴは頂いたが、マックイーンちゃんが絶望の表情をしていた。
結局スイーツを楽しみながら、マックイーンちゃんの表情七変化を楽しんでいたら、パフェもケーキもなくなってしまった。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした。おいしかったですわ…… って減量!?」
「いや、普通に無茶苦茶食べてたしもう遅くない?」
紙ナプキンでマックイーンちゃんの顔をぬぐってあげる。
こっちからスプーンで口に突っ込んでいたから、口の周りがクリームだらけなのだ。
壇上で新入生代表挨拶をしていたマックイーンちゃんは、綺麗なお嬢様だな、と思ったが、こう見ると普通の女子中学生だ。かわいいとは思うが、一気に親しみやすさが沸いた。
一方マックイーンちゃんは真っ赤になってプルプルしていた。
減量を無視させたのに怒り心頭なのだろうか、と思っていたが……
「も、もうお嫁にいけませんわ!」
「急に話が飛んだねぇ」
「飛んでませんわ!! だ、だって間接ちゅー、しちゃったんですから!!」
「いや、これくらい普通じゃない?」
さっきまでマックイーンちゃんに食べさせていたスプーンを見せつけるように舐める。
おっさんでやったら犯罪だが、今のボクなら許されるだろう。なんせこちらは飛び級同学年とはいえ、8歳美少女ウマ娘ちゃんだ。子供のいたずらでしかない。
だが、マックイーンちゃんはそう思わなかったらしい。思春期の子を舐めていた。スプーンも舐めたけど。
真っ赤になって叫び始めた。
「ひ、ひどいですわ!! わたくしの初めてをもてあそぶなんて!!」
「いや初めてじゃないでしょ。スプーン共有ぐらい、母親とかとしてると思うよ」
「そういうことではありませんわ!!」
ボクの初間接ちゅーは母だし、直接の唇へのちゅーは近所のウマ娘のお姉さんである。人工呼吸がチューに入れば、だが。
だから大したことしていないと思ったのだが、マックイーンちゃんにとっては違ったようだ。
「うわーん! おばあさまに言いつけてやるー!!」
「え、ちょっとまって?」
おばあさまって誰だろう。メジロの総帥とかだろうか。
そのまま走り去っていくマックイーンちゃんの背中を見送る。
面倒だし、まあこのままでいいだろう。
そう思ったボクは、食器を持ち、片付け口に向かった。
料理をしている人たちに、とてもおいしかった旨を語った後、そろそろ空いてきているだろう寮の入り口へとボクは向かうのであった。