紫電の女王の栄光の道のり   作:雅媛

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2 紫電の女王とトライアルレース

 クラシックレースにはトライアルレースというものがある。

 これらのレースに規定の順位で入ると、優先出走権を得られるのだ。

 これで大体18人あるうちの出走枠の半分ぐらいが埋まる。

 残りは出走希望者で、賞金順に優先順位がつけられていくのだ。

 

 ボクは今回、トライアルレースには出ない予定である。

 レースに出ればその分消耗し、調整が難しくなるし、すでにG1に勝っているので、賞金順で確実に出られるという理由もある。

 

 だが、トライアルレースは、つまり本番で有力とみられるウマ娘が出場するのだ。

 最初に挑戦する予定の桜花賞のトライアルレースは二つある。

 

 一つは報知杯ウマ娘特別。

 これはトライアルレースの中でもGⅡであり、格が高いものであるが、距離が1400mと本番の桜花賞よりも短い。

 だが、本番と距離が違ってしかし重賞からこそ、最有力なウマ娘が出がちであり、今回は朝日杯3着だったサクラサエズリさんが1番人気として参加していた。

 

「誰が勝ちますかねー」

「前評判で言えばサクラサエズリさんだけど……」

 

 阪神まで行くのは遠いので、今日はみんなでテレビで観戦である。

 現場に行くと臨場感や空気感がわかるのがいいが、分析するならテレビのほうがよい場合が多い。

 泣いても笑っても1回きりのトライアルレースが始まった。

 

 結果は、波乱含みだった。

 サクラサエズリさんは、ブランドピートさんの大逃げに巻き込まれ、12着の惨敗。

 2番人気だったキョウエイタップさんも垂れてくる前に完全にブロックされて10着惨敗。

 一着を取ったのは、6番人気のエイシンサニーさんだった。

 

「エイシンサニーさん、強かったね」

「あの末脚はすごかったですね」

 

 1400mという短い距離での、追い込み大外一気を決めるのはよほどスピードが必要だ。

 GⅠクラスの実力があるのは間違いなかった。

 一方で、キョウエイタップさんは桜花賞に出るのはかなり厳しくなっただろう。サクラサエズリさんは賞金順で大丈夫だろうが、キョウエイタップさんは賞金が足りない。

 人気のあるウマ娘でも、ときには出られなくなる、そんな残酷さがトライアルレースにはあった。

 

 一方のもう一つの桜花賞トライアル、阪神競馬場1600mで行われるチューリップ賞はアグネスフローラさんが圧倒的な実力で勝利した。

 1着と2着のケリーバックさんの間は1.5バ身差だが、2着と3着の間が6バ身差もあり、圧倒的な実力差である。

 

 こちらは本番と同じ距離であり、予行練習にもなるレースだ。

 そこで実力を見せつけたフローラさんが、強敵になるのは明らかだった。

 

 もちろんトライアルはこれだけではない。

 同時期には皐月賞のトライアルも行われるのだ。

 その一つ、GⅡ弥生賞では、1番人気のアイネスフウジンさんを抑えて、メジロライアンさんが勝利した。

 直線に抜けてから、短い中山の直線できれいに差し切るレース展開は、前の併走時の不安を一切感じさせない、王道な勝ち方だった。

 皐月賞ではアイネスフウジンさんだけでなく、メジロライアンさんも警戒するべき対象となっていた。

 

 

 

 さて、そんな風にライバルたちがトライアルレースで鎬を削る中、ボクは何をするかというと、特訓であった。

 

 タマモさんの指摘から、自分のピークはもう過ぎているのではないか、と最近思っているが、だからと言って成長の余地がなくなったわけではない。

 100%の力しか出せなくても、100%の力を120%に成長させればつまり戦えるはずである。

 もちろん現実はそううまくはいかないだろうが、成長の余地はあるはずであった。

 

 なんせ、年末のレースから桜花賞まで、4か月弱あるのだ。

 トレーナーさんに頼んで、パワーアップできるようなスペシャルコースを準備してもらうのだった。

 そうしてまず最初に行われたのが、障害練習であった。

 

 スピカでのトレーニングはあまり走らない。

 白井トレーナーや沖野トレーナーの方針なのだが、走るのはウマ娘にとって『楽すぎる』という考え方に基づく。

 ボクらウマ娘の体重に対して、筋力はかなり高い。

 そのため、自重だけでは走っても十分にトレーニング効果が生じないという思想に基づき、必要な負荷をかけるために走る以上に負荷のあるトレーニングを行うのだ。

 マシントレーニングなんかもかなり積極的に行うし、水泳での潜水といった肺活量を他で鍛えるトレーニングもかなり行っていた。

 

 そんな独特のトレーニングを行い続けるスピカで、新たに追加されたのが障害練習トレーニングであった。

 

 障害競走自体は日本でも広く行われている競技であるが、イングランドやアイルランドのような本場に比べれば、裏ルートの認識があるレースである。

 だが、賞金面での優遇や、長距離で難易度が高いレースゆえに、むしろピークを過ぎて安定したウマ娘こそ向いているといった側面もあることから、それなりに高学年なウマ娘たちがこぞって参加をしているレースでもあった。

 

 障害競走も公式レースであるため、学園内には練習コースが存在する。

 そこにチームスピカ全員で向かったのだが……

 なんというか、雰囲気も、居るウマ娘たちも、普段の練習コースとは違う異世界のような場所であった。

 

 まず、みんな大きいのだ。

 障害を飛ぶにはパワーが必要なのだろう。みんなトモが太く、尻もでかい。

 上半身も使うからか、腕や肩幅もいいし、胸板も厚い。

 全体的にガタイがいいのだ。

 そのせいで皆大きく見える。

 スピカメンバーはネイチャさんが平均的だが、あとはみなチビである。

 この場にいるウマ娘たちに比べたら小さいのが4人来た、みたいな光景だろう。

 

 あと平地のほうとは雰囲気が違う。

 向こうはよく言えば活発で元気、悪く言うとちょっと乱暴な雰囲気がある。

 みんな元気が有り余っているのだ。

 一方障害のほうは、皆大人で落ち着いた雰囲気が漂っている。

 年齢層の違いもあるだろうし、それ以外にも違いがありそうだ。

 

 なんにしろ、上品な大人の社交場に、子供四人が紛れ込んだ、みたいな雰囲気になっていた。

 とはいえビビっていたら話は進まない。

 ひとまず押さえている障害の場所へと歩を進める。

 

 置いてあった障害練習用の障害は、竹垣と水濠付の生垣である。

 生垣は高さ1.2m

 竹垣は高さ1.6m

 幅も2mを超える大きなものであった。

 なんせ、ボクが前に立ったら向こう側が見えない。

 竹垣なんてネイチャさんよりも背が高い。

 ウマ娘の身体能力があれば、飛び越えるのは難しくないはずだが、それでもビビってしまうぐらいの存在感であった。

 

 ボク以外のメンバーもみな、ビビっている。

 気が弱いプレさんなんかもう帰りたそうにしている。

 だが、ここに練習に来たのだから、ひとまずやってみないとどうしようもないだろう。

 意を決してひとまずは竹垣の前に立つが……

 

「そこのポニーちゃんたち? よろしければ私と一緒に練習しないかい?」

 

 そんな声が聞こえ、ボクはそちらに振り向いた。

 

「いやはや、君たちのようなポニーちゃんたちが障害練習場にいるのが珍しくてね。思わず声をかけてしまったよ。私はキョウエイウオリアという。ポニーちゃんたちの名前を教えてほしいな」

「あ、こんにちは、ありがとうございます。ボクの名前はヴィオラレジーナです」

「ナイスネイチャです。ご一緒できればうれしいです」

「イソノルーブル。よろしく」

「プレグラスニーです。よ、よろしくおねがいしましゅ!」

 

 キョウエイウオリアさんというと、去年の中山大障害春の優勝者であり、確か歴代最年長での勝者であったはずだ。

 何年にもわたり走り続けた彼女の知己を得られるのは大きいはずだ。

 まあそれ以上に、すごい美人さんなのにボクはビビっていた。

 どことなく男性的な、強そうなオーラがあり、顔もどちらかというと鋭い感じであり今着ているジャージだけでも男装の麗人に見えるような雰囲気がある。

 でも、ジャージ越しである女性らしいスタイルの良さはなんというか、いろいろヤバイ。

 出るところはとても出て、締まっているところはぎゅっと鍛えられているのがわかる体形は、筆舌に尽くしがたかった。

 ウマ娘は基本外見がいいし、学園中美少女だらけだが、その方向性とは違うキョウエイウオリアさんの美人っぷりにボクはやられていた。

 ネイチャさんもやられていたが、ルーブル姉さんは敵意むき出しである。ルーブル姉さんは顔がいい人が苦手なのだ。

 プレさんはやっぱり小動物のように震えていた。

 

 なんにしろ、経験者のアドバイスがあるのはうれしいものである。

 そうむずかしくないよー、というキョウエイウオリアさんのアドバイスで、みんな一度竹垣を飛んでみた。

 ジャンプしてみると、長い滞空時間にちょっとビビるが、超えるのはそう難しくなかった。こう、ふわっと一瞬浮き上がり、落ちるまで一瞬無重力があるのだ。

 

「独特の感じですね」

「でもそれが、空を飛んでるみたいで楽しくない?」

 

 キョウエイウオリアさんに空を飛んでるみたいだと言われると、少し楽しくなってくる。

 跳ねるではなくて、飛んでいる。一瞬の出来事だがそう思うととても楽しい。

 調子に乗って何度も飛びたくなってくる。

 皆も独特の感覚になれてきたようで、ぴょんぴょんと飛び跳ね続ける。

 

 だが、水濠のほうは少し難しかった。

 距離が長いので、それなりに覚悟を決めて横に飛ばないといけない。

 水だから落ちても怪我しないが、結構冷たい。

 最後のほうはみな跳べるようになったが、びしょぬれになってしまった。

 

「にしても、ヴィオラ君は確かこの前のジュニア最優秀ウマ娘になっていただろう? 障害なんて出るのかい?」

「最初はトレーナーさん提案の練習で来てましたけど、今日一日で結構はまってしまいましたし、できれば一度出てみたいですね」

 

 正直な感想であるが、この独特の跳躍感をボクは結構気に入ってしまった。

 全力で走ったことは数あれど、全力で跳んだことは今日が初めてかもしれない。

 お空を一瞬だが自力で飛んでいるかのような感覚は癖になってしまった。

 あとキョウエイウオリアさんが優しくて美人だし、練習に来ればまた会えないだろうかという下心もあった。

 

「はっはっは。新しい人が来てくれるなら私たちは大歓迎さ。次来るときはほかのウマ娘も紹介しよう。次はいつ頃来るかい?」

「じゃあ明後日ぐらいですかね」

「明後日だね。待っているよ」

 

 そんな約束までして、ワクワクしながらボクはその日の障害練習を終わらせるのであった。

 

 障害練習は、そんな下心から続け始めたが、結果かなりトレーニング効果は高かった。

 走る時の全力と、跳ぶ時の全力はことなり、跳ぶ全力の瞬間的な力は走る全力より大きいのだ。

 特にスタートやスパート初めに必要な筋力トレーニングにはかなり有効な気がした。

 他のチームメンバーと一緒に週に2回程度だが練習に参加していたし、そのたびにお姉さま方がかわいがってくれるのでとても楽しい時間であった。

 

 

 

 そのほかにも基本的な筋力トレーニングや、再度のフォームチェック以外には、コーナーリングの練習もかなり重点的に行った。

 レースメイクで重要なのは、全体で見た相対的な立ち位置を適切な場所に持っていくことである。

 そして、立ち位置が大きく動く場所はコーナーリングであり、ここで思ったように内側や外側、前に出られるかどうかはかなり重要なことであった。

 特に、ハイペースで回りが外に流れていく中、内側に食い込むといったテクニックはさらに磨きたい。

 メイクデビューのようなレース展開で、前が1人分しか開いていなくてもキレイにもぐりこめるだけのテクニックは欲しかった。

 

 それに必要なのは、もちろん練習による経験もあるが、それ以上に体のパワーと柔軟性であった。

 内側にもぐりこむというのは他人よりも大きな遠心力がかかる。

 それに耐えられるパワーと、何よりも足元が滑らないだけの踏み込みが必要である。

 滑らないようにするには、単純に地面との接触面積を増やす必要があり、足の裏は地面と常に水平が望ましい一方、力に耐えるため体を内側に大きく倒さないといけない。

 そうすると、体全体は内側に大きく倒れ、一方で足の裏が水平になるという姿勢が必要になり、それをするには足首はもちろん、そんな無理な姿勢で強く地面を蹴れる膝から股関節、腰の柔軟性も必要であった。

 

 今までもけが防止でかなり柔軟体操はしていたが、それ以上に関節を柔らかくする必要がある。

 

「裂けちゃいますー!!」

「大丈夫大丈夫、そういって裂けた人いないから」

 

 体を温めてから柔軟をするといいというのもあり、また、ボクもルーブル姉さんもやり方を覚えたのもあるので、最近は風呂場でマットを引いてやることも増えてきた。

 入りたての頃は堅かったルーブル姉さんも今ではかなり柔らかくなってきている。

 だが、入りたてのプレさんはまだがちがちだった。

 脱ぐと全体的にぷにぷにで柔らかいのに不思議である。

 ネイチャさんは比較的普通に柔らかく、黙々と柔軟体操をしていた。

 

 あまり騒ぐと周りに迷惑なのもあり、比較的遅い時間でみんなでお風呂に入りながら、全裸で柔軟体操をするのだ。

 別にチームメンバーに限ったことでもないので、最近はちらほら参加者が増えていっている。ホットヨガみたいだからダイエット効果もあるかもしれないとか思われているのかもしれない。

 

「無理ですわ! 無理ですわ! 裂けますわ!!」

「大丈夫大丈夫ー」

 

 後ろでテイオーがマックイーンといちゃつきながら柔軟をしていた。

 テイオーはびっくりするほど柔らかいが、マックイーンはかなり堅いようだ。

 テイオーがノリノリでマックイーンの背中を押している。

 

 キャッキャうふふした雰囲気に、時々悲鳴が混じりながら、夜は更けていくのであった。

 

 

 

 最終的に、4か月の特訓で、実力は目に見えて爆発的に高まったなんてことはないが、全体としてはいい仕上がりだと思う。

 最初のティアラのレース、桜花賞は近づいていた。

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