紫電の女王の栄光の道のり   作:雅媛

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6 紫電の女王の決戦準備

 皐月賞からオークスまで、時間的には1月半ほどある。

 そしてその参加者は、桜花賞そのまま、というわけではない。

 

 そもそもオークスは出走枠数が桜花賞より多い20枠だ。その分同時に走るウマ娘は増える。

 さらに、オークスのトライアルであるサンケイスポーツ賞クラシックウマ娘特別で、優先出走権を得たキョウエイタップさんとダイイチルビーさんが確実に出てくるだろう。

 

 もちろん桜花賞のライバルたちもほとんどがそのまま桜花賞から直行でオークスに出てくる。

 桜花賞ウマ娘アグネスフローラさんはもとよりケリーバックさんやエイシンサニーさんも出てくる。

 桜花賞で転倒事故を起こしたスイートミトゥーナさんも、怪我はなかったようでオークスに参加予定だった。

 

 一方のダービーのほうもまた、ライバルが増えている。

 ダービートライアルのNHK杯からはユートジョージさんとシンボリデーバさんが上がってきていた。

 もちろん皐月賞でのライバルであったメジロライアンさん、アイネスフウジンさん、ハクタイセイさんも健在である。

 ライバルが増え、より、厳しい戦いになることが予想されていた。

 

 

 

 そんな中、ボクは新しい特訓を始めていた。

 

 基礎トレーニングに関してはすでにかなり限界に近いところまで来ている。

 柔軟性や基本的な脚力はこれ以上大きく上昇することはないだろう。

 基本フォームだってできることはもう多くないだろう。

 

 ここからさらに能力を伸ばすとしたら技術的な部分が基本になる。

 だがここから沖野トレーナーと白井トレーナーは、新たにボクのスピードを大幅に伸ばす方法を考えていた。

 

「ヴィオラちゃんが普通に走ってもこれ以上の速さに、例えば皇帝やメジロの女王に追い付ける速さで走れないのはわかるよね」

「そうですね。同期でもボクより速く走れる子は何人もいます」

 

 別にボク自身の足がそう遅いわけではない。GⅠクラスだし、そこになるまで限界まで鍛えている。

 だが、最高速度という面で見ると、同期のアイネスフウジンさんやメジロライアンさん、何よりもアグネスフローラさんと比べれば遅かった。

 ピークを過ぎて安定してしまっているルドルフさんやラモーヌさんと比較しても厳しいところがあると思う。

 

「脚の速さ、特に最大速度は素質がかなり影響してるんだよ。例えば筋肉の付き方、例えば骨の太さ、例えば脚の長さなんて言う、あとから変えにくい要素がかなり影響しているんだ」

「ふむふむ」

「ヴィオラちゃんの脚の特徴は、とにかく骨が太くて丈夫。とにかく関節も丈夫、とにかく腱も丈夫。だからお肉はいっぱいついて怪我も非常にしにくいけど、そのせいで脚全体が重くてどうしても速度に限界があるんだ」

「なるほど」

 

 何がよくて何が悪いとかいう話はないだろう。怪我しないなんて、アルダンさんあたりが聞いたらとても羨ましがるはずだ。

 単に違うということであり、限界があるということだ。

 

 だが、そこは『天才』で『魔法使い』といわれる我らが愛しいトレーナーさんだ。

 何かペテンを考えているのだろう。

 

「だけど純粋な脚力、という意味で見るとヴィオラちゃんは素晴らしいものがある。これを速度に変換できれば、速度を上げられるはずっていうことだね」

「でもどうやって? 回転数を上げるのはたぶん無理ですし」

「回転数をできるだけ維持したまま、ストライドを広くする、ということになるだろうね」

「ふむぅ……」

 

 理屈はわかる。

 脚が重いので回転数は上げられない。

 慣性の法則がある以上重さと筋力をトレードでつけていっても回転数をあげられるわけではないのだ。

 ならばストライドを広くすればいい。そうすればパワーはより必要だが、足を速く回す必要はない、という発想だ。

 まあひとまずやってみようということで、ボクはストライドの長さを意識してコースで走る練習をすることにしたのだった。

 

 

 

「これは、正直かなり厳しいですね」

「速度は出ていたけどね」

 

 結論から言えば、半分失敗、半分成功みたいな結果になった。

 今でも週2で続けている障害練習でつかんだ、飛ぶように跳ぶイメージで地面を蹴れば、ストライドは驚くほど広げられる。

 通常の倍のストライドで走れば、最終的に速度はかなりのものになった。速度を上げるという面だけ見れば大成功である。

 

 だが、欠点が多すぎる。まず加速にすさまじく時間がかかる。

 ストライドの広さを急激に変えると、足の動かし方を急に変えることになり、一時的に速度が落ちるし、最高速度まで上げるには2ハロン、下手すると3ハロン近くかかるだろう。

 最高速度になるのはそこから先だし、このままだと5ハロン1000mぐらいスパートしないとむしろ全体としてはマイナスになりそうな走り方だった。

 

 次に、調整が難しくなる。

 ストライドが大きいせいで、宙にいる時間が長く、進路変更が難しい。コーナーリングも難しくなるので、いつものように一人分のスペースにもぐりこむなんて不可能だ。

 かといっていつものストライドにそこで切り替えれば再度失速するし改善するのは難しいだろう。

 

 最後にスタミナ消費がばかにならない。

 延々とスパートをかけているような状態である。

 すさまじい勢いでスタミナを消費していく。気合でゴールまで走り切れなけれスタミナが切れた時点で大失速である。

 

 速度は上げることができた。

 すさまじくパワーと柔軟性が必要なので、他のウマ娘にはまねするのが難しい、ほとんどボクだけの方法だ。

 だが、使い勝手が悪すぎたのだった。

 

「練習はして、できるだけ使いこなせるようにはしておきます」

「この速度はちょっと捨てがたいよねぇ」

 

 最高速度だけならルドルフさんのピーク時の差し脚にも引けを取らないだろう。

 そういう意味では捨て難すぎる技術だった。

 強そうで使えない、ちょっと使えるかもしれない新テクニックを身に着けたボクであった。

 

 

 

 レースまではそれなりに時間もあり、時には息抜きするだけの余裕もある。

 賞金も入って懐も温かくなったボクは、みんなと一緒にお出かけをすることにした。

 目標は、もうちょっと私服をそろえることである。

 現状ボクの私服は、Tシャツ数枚と、黒の短いレギンス数枚だけしかない。

 特にいままでこれで困っていたわけではないが、正直ラフすぎていけるところが限られるので、もうちょっと乙女的にちゃんとした服を買ったほうがいいのではないかと思ったのだ。

 とはいえ、ボクに乙女的なセンスを期待してはいけないのは自覚している。

 なのでチームメンバーに加え、アドバイザーをつけて服を買いに行くことにしたのだった。

「いやまあ、好きなだけ着せ替えさせてくれるなら全然いいんだけど……」

 

 本日のアドバイザー、ラモーヌさんが、ボクたちの服を見て言いよどむ。

 今日は意外にもパンツ姿だがとても似合っている。ちょっとかっこいい。

 

「えっと、まず誰から突っ込んだほうがいいのかしら…… ひとまずプレグラスニーさんはかわいいと思うし、ナイスネイチャさんは落ち着いていていいと思うわ」

「あ、ありがとうございます」

「私はもう少しセンスが欲しいんですけどね」

 

 ラモーヌ姉さんの突然の服装チェックが入る。

 プレさんとネイチャママは無事通過したようだ。

 

「で、次にブルボンさん、その、HANってなに……?」

「HANROです。太ももを鍛えるのに一番手っ取り早いのは坂路ですから、坂路は太もも教の聖地なのです。その気持ちがこもったシャツになります」

「ねえ、この子、マジで言ってるの? それとも冗談で言ってるの? 顔がヴィオラちゃんの自撮り写真並みに無表情で意図が読めないわ」

「なんでボクの自撮り写真を例に出すんですか!?」

 

 いきなりの流れ弾にボクはダメージを受けた。

 

「もちろん、サイボーグジョークです。し〇むらで適当に買っただけです」

「そ、そうなのね」

「私も服のセンスに自信がありませんので、アドバイスいただければと思います」

「え、ええ、頑張るわ」

 

 いつも他人を振り回す側のラモーヌさんが困惑していた。

 ブルボンちゃんのサイボーグセンスにボクは震撼した。

 

「気を取り直して…… 次にルーブルちゃん、その恰好、寒くないの?」

「慣れました」

 

 ルーブル姉さんはショートパンツに肩出しへそ出しのシャツである。

 かっこいいといえばかっこいいが、春先の今の時期には薄着すぎるだろう。まあ、Tシャツにレギンスのボクも同じだが。

 

 ボクたちお金がないシスターズは服もないのだ。

 布を節約することで日々をしのいでいる。多分。

 

「似合ってないわけじゃないけど…… もうちょっと露出のない服、買いましょうね」

「お願いします」

 

 そうしてラモーヌさんは、意を決してボクのほうを見た。

 

「ヴィオラちゃん」

「はい」

「そのTシャツ、どうしたの?」

「ルドルフさんが買ってくれました」

「やっぱりルドルフのよねそれ! ダサすぎるわよ!」

「アルミ缶の上にある蜜柑です」

「文字を読み上げないでいいから! ダサすぎていたたまれなくなるだけだから! これ、大丈夫よね!? 警察の人通りかかったら児童虐待で児童相談所とかに連れていかれないわよね!?」

「大丈夫です、たぶん」

 

 錯乱しかけるラモーヌさんの背中をネイチャさんが優しくなでる。

 

「いやぁ、無地のシャツはみんな洗濯に出してしまっていて……」

「というか無地のシャツかそのダサTシャツかしかないって選択肢の少なさがおかしいのよ! あと、ルーブルちゃんもだけどその靴、学校指定の体操着のものじゃない!」

「ほかにろくな靴がないので」

「おなじく」

「あー! 二人ともかわいいのに何でなのよ!! もう! 私が全部選んであげるから!!」

 

 発狂しつつあるラモーヌさんに連れられ、ボクらはひとまず府中駅前の百貨店に向かう。

 そこでラモーヌさんに、まともな服を一通り選んでもらうのであった。

 

 

 

 どうせだからということでふりっふりの少女趣味な服を選んでもらったボクはご満悦であった。

 とてもかわいいのだ。多分着ているボクもかなりかわいくなっている、と思いたい。

 皆にも評判は良かったが、ブルボンちゃんだけ「太ももが見えませんね」とマイナス評価をつけてきた。ブルボンちゃんはぶれなかった。

 

 ルドルフさんに見せたら、かわいいとほめてくれた。

 ルドルフさんも、ダサT以外はセンスがいいので、今度服を選んでもらおうかな、なんて思ったりする。

 

 テイオーにルーブル姉さんと一緒に新しい服を見せたりもした。

 

「二人ともにあってるんじゃない」

 

 とテイオーはぶっきらぼうにそっぽを向きながら言っていた。

 照れてるのか。

 隙を見つけた我ら姉妹は、テイオーに突撃した。

 そのままベッドに押し倒し、強引に膝枕にする。

 スカート越しにテイオーの頭の重さを感じる。

 

 何も言わずに尻尾で抗議をするテイオーだったが、逃げようとしないことからまんざらでもないのだろうと勝手に解釈しておくことにした。

 

 

 

 こんな感じで、ときに遊び、ときに走りながら、時間は過ぎていく。

 決戦の夏は、もうすぐそこであった。

 

 

 




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