紫電の女王の栄光の道のり   作:雅媛

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8 紫電の女王と日本ダービー

ボクが目覚めたのは、レース場内の保健室でのことであった。

 

限界を超えてまで力を絞り出して走った結果、倒れた後歩いたりする余力すらないレベルまで力を使い果たしてしまったようだ。

 

幸いケガも病気も見つかっていないということだったが……

 

まず、全身の筋肉が痛い。

筋肉痛であり、少し休めば治るようだが、むちゃくちゃ痛いのだ。

痛すぎて動けない。

 

そのせいで着替えすら難しい。

だから、さらに問題があった。勝負服からの着替えである。

こんな状態だし、寮なり実家に帰るかということになるのだが、さすがにこの露出たっぷりな勝負服で外を移動する気にはならない。

できれば普段着か、体操服に着替えたいのだが……

自分で着替えるのは難しい。

 

「いや、私が着替えさせてあげるわよ」

「この勝負服、構造の関係で下着とか着てないので、一度全裸になる必要があるんですよ…… 恥ずかしい」

「お風呂だってよく一緒に入るのに何言ってるのよ」

 

ぐずぐずしているが、ルーブル姉さんが着替えとか面倒を見てくれると名乗り上げてくれた。

まあ今まで一緒に温泉も入っているし、裸だってお互い見たことあるのだが、脱がされるのと裸を見られるのは少し違う気がする。

 

「ヴィオラ~ 面倒なこと言ってルーブル困らせるのやめなよ。じゃあ誰ならいいのさ。ボクがやってあげようか」

「テイオーはもっと勘弁……」

「じゃあ白井トレーナーとか?」

「……ルーブル姉さん、お願いします」

 

お見舞いに来てくれたテイオーもあきれている。

テイオーに脱がされるのはもっと勘弁だし、トレーナーさんとか貞操の危機である。

しぶしぶ、ルーブル姉さんに着替えさせてもらうのであった。

 

 

 

オークスの結果は、ボクが勝ったらしい。

ボクの位置からだと、そもそもゴール位置すらあいまいだったし、さらに外ラチぎりぎりにいたからフローラさん他の位置もわからなかったから、結果はまるで分らなかったのだ。

 

こんな状態じゃライブも難しいので、後日何か対応することを心の中でメモして、ライブはお休みになった。

 

「ヴィオラちゃんはこのまま夏休みにしようね。こんな状態じゃダービーは無理だよ」

「ですよねぇ…… はぁ」

 

トレーナーさんからダービーは回避するように言われてしまった。

現状筋肉痛なので数日安静にしていれば治るだろうが、そこから2,3日でレースのために調整するのは無理だ。

前回の桜花賞から皐月賞は疲れを抜くだけでよかったが、今回は動いていない期間で固まってしまう筋肉をほぐしたりすることから始める必要がある。

絶対調整が間に合わない。

トレーナーさんの反対があったら無理はしない、という約束もあったので、ボクはダービーを回避することにしたのだった。

 

そうすると、ボクは少し暇になってしまった。

ルーブル姉さんとネイチャさんは、今年デビューである。

二人とも順調なので、ジュニアクラスでデビューをする予定であり、初戦は関西のほうで考えている。トレーニングも徐々にレースに向けて詰めつつあり、忙しい時分だった。

また、プレクラスニーさんはもっと忙しい。

先日未勝利戦に勝利し、条件戦をじっくり一歩ずつ勝利していっている。

プレさんの目標は来年の天皇賞秋なので急ぐことはないのだが、今年中にはオープンクラスに上がる予定らしい。

 

今まではボクのトレーニングを白井トレーナーがして、残りのメンバーを沖野トレーナーがメインでしていたが、ボクが浮いた以上、白井トレーナーもほかのメンバーのトレーニングに対応している。

そんなこんなで1週間完全休養なボクは完全に暇になっていた。

 

ひとまず丸一日寝て火曜日、体中痛いが、普通に動けるようになったボクは適当に学園内を散策していた。

本当は最近おろそかになりつつあるルドルフさんの手伝いをする予定だったが、ボクのことを心配したルドルフさんにちゃんと休養しろと断られてしまったのだ。

 

しかしそうすると本当に暇なのだ。

チームメンバーは頑張ってトレーニング中。今日はリギルと合同練習とか言っていた記憶がある。

同級生の友達はそもそもほとんどいないし、来週の日本ダービーそのほか目標レースのため全力で努力しているところだろうから邪魔ができない。

 

怒りに任せてパンでもこねようかと思ったが体が痛くて断念した。

なのでボクにできることは、学園のベンチで日向ぼっこぐらいである。

昼間からぼんやりしていると……

 

「お疲れさま、ヴィオラさん。隣良いかしら?」

「フローラさん、お疲れさま」

 

アグネスフローラさんが声をかけてきたのであった。

 

 

 

「体のほうは大丈夫なの?」

「筋肉痛だけですからね。今日もまだ無茶苦茶痛いですが、普通に動けますよ。後に引く怪我とかもないですから」

「それならよかったわ」

 

フローラさんが差し出してくれるクッキーを食べる。

いつも通りおいしい。今日は光らないようだ。少し残念である。

 

「フローラさんのほうはいかがですか?」

「正直、難しいわね。もう、引退の予定」

「そうですか……」

 

秘密の情報なのではないかとも思うが、あっさりフローラさんは答えた。

 

「ピークはたぶん今頃なのよ。きっと秋には実力も落ちてきちゃうし、何よりも脚がもう持たないわ」

「……」

 

他人のピークがいつかなんて、誰にもわからないが自分にはわかるものらしい。

ボクは自分のピークがいまだわからないが……

フローラさんは自分のピークを実感してるようだった。

ここで引退する理由はもちろんピークの問題もあるが、もう一つは脚部不安があるのだろう。

うわさでしか聞いたことないが脚があまり強くないと聞いていたし、何より本人がいろいろしていたのは脚を丈夫にするための研究だ。察しないほうが難しい。

ピークが過ぎて暫く経ち、力が落ち着けばもっと丈夫になるだろうが、そうなるにはあと何年かかるかもわからない。

そうするとトゥインクルレース引退というのもやむを得ないのだろう。

 

「そんな悲しそうな顔しないで。私は嬉しいのよ」

「うれしい?」

「あなたが、私に負けてくれて、そして勝ってくれたから。きっと、私の思いを継いでくれるから」

「……頑張ります」

 

今回こうなる可能性もかんがえて、しかしこんな作戦を取ったのは、フローラさんに勝ちたかったからだ。

おそらく二度としない戦法だろう。体がもたない。

これで思いを継げるかどうかはわからないが、フローラさんのことを考えていたのは間違いなかった。

 

「それでさらに一つお願いがあるんだけど……」

「なんですか?」

「私と一緒に、アグネスに来てくれないかしら?」

 

風が、二人の間を流れた。

 

 

 

優秀なウマ娘の引き抜きは名家にとっては普通のことである。

ボクはこの時点でGⅠ3勝であり、よくよく考えたら今まで来なかったのが意外なほどである。

そんな引き抜きをフローラさんはしてきたのだ。

アグネスの家はこの業界でもそれなりの名家であり、そんな話をしてきても問題ないだろう。

家に所属すると特に経済的にメリットが大きい。

生活は安定するだろう。

一方家からの指示に従う必要もあり、自由度はかなりなくなる。

一長一短であるため、条件次第としか言いようがない。

母のことをできるだけ助けたいし、なんてことを考えると、絶対拒否したいわけでもないし、いろいろ悩んでしまう。

 

「うーん」

「もちろんただで、とは言わないわ。私が次期家長となったときには、ヴィオラさんには私のパートナーになってほしいと思っているの」

「……ん?」

「どうしました?」

「いや、パートナーって、結婚するっていうことですか」

「もちろん」

 

このタイミングでなされたのはただのお誘いではなくプロポーズだった。

そりゃウマ娘同士の夫婦というのも普通だが、学生のこの時分で結婚なんて、正直考えられるものではない。

そもそも、フローラさんがボクに恋愛感情を抱いているというのが若干疑問だ。

フローラさん、同じチームのダイイチルビーさんと仲が良いし。

ただ、フローラさんとボクも仲が悪いわけではない。

学年旅行で一緒にやらかしたりしていたし、彼女の作るよくわからない料理も毎回おいしくいただいている。味自体はいいのだ。

そう考えると、ある程度好意を持ってくれていても不自然ではないのだろうか。

 

なんにしろ、と気を取り直す

一番大事なのはフローラさんの意図ではなく、ボク自身の気持ちだ。

フローラさんと結婚し、暮らしていく。

そんな風に考えられるか、という話だ。

そうすると、悪いが結論は一つだった。

 

「ごめんなさい。ボクは、その話を受けられない」

「……そうですか。残念です」

 

本当に悲しそうな顔をしたフローラさんを見ると、彼女の気持ちを疑った自分が恥ずかしくなる。

ただ、答えは本気である。

もっと年月を重ねればもしかしたら違う答えになるのかもしれない。

ただ、今、それに対してイエスと答えることはできなかった。

想像もできない。未来も描けない。

それではただの恋に恋したウマ娘でしかないだろう。

 

そんな空っぽの自分では彼女の思いにこたえられなかった。

 

「ありがとうございました。友達では居てくれますよね」

「もちろんです」

 

立ち上がり、去ろうとするフローラさん。

ちょっと居心地が悪いので、ボクもこのまま去ろうかと、立ち上がろうとした瞬間……

 

「んっ!?」

 

突然フローラさんはボクの唇を奪ってきた。

あまりに突然すぎる出来事に、ボクは一瞬固まってしまう。

 

「ふふ、私の恋心を一瞬でも疑った罰です。これで許してあげます」

 

顔が熱い。

頭がグルグルして、何も答えることができない。

そんな照れるボクを置いて、フローラさんはさっさと帰ってしまう。

 

ボクはしばらく呆然としてしまい、その場から動くことができなかったのであった。

 

なお、このキスシーンは、合同練習していたリギルとスピカのメンバーにもみられていたらしく、あとでさんざんルーブル姉さんやテイオーにからかわれるのであった。

 

 

 

なお、日本ダービーはアイネスフウジンさんが勝利した。

レースでは、メジロライアンさんがすごい勢いをもって直線で追いすがっていたが、最後少しだけ届かずに終わった。

アイネスフウジンさんがそれだけ圧倒的だったということだ。

 

このレースをもって、この世代のクラシッククラス前半のスケジュールは終わったのであった。

 




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