マックイーンが走り去った後、ボクは寮へと向かった。
学園の正門を出て、道路挟んで向かい側が寮である。
すでに入寮ラッシュは終わっているようだ。のんびりと寮前を散歩するペアのウマ娘が何組かいるぐらいだ。
部屋番号はすでに教えてもらっているし、入り口も看板がそこら中に立っているのでどこだかすぐにわかった。
どうやら、入り口は複数あるらしく、部屋の位置によって近い入り口があるようだ。
これならラッシュ時でも余り混まなかったかもしれない。
それぞれの入り口には、金属製の扉付きの下駄箱がある。
下駄箱には部屋番号が書いてあり、靴はここにしまうようだ。
自分に割り当てられた部屋番号の下駄箱を開けると、すでに靴が入っていた。
どうやら相部屋の相手がいるらしい。
相部屋相手がどんな相手かは、部屋に行かないとわからない。
通常新入生は年上の先輩と相部屋になることが多いらしい。
優しい人がいいな、と思いながら、ボクは学校指定の靴を脱いで、下駄箱にしまい、指定された部屋を目指すのであった。
ボクに割り当てられた部屋はなんと6階にあった。
最上階である。
エレベーターもないので階段で上がらざるを得ないため、ちょっと面倒だ。
普段ならトレーニングのためと思えばいいが、怪我なんかしたらどうするのだろうか。自宅療養なのだろうか、なんてことを考えながら、二段飛ばしで階段を上っていく。
ウマ娘になって一番楽しいのがこの身体能力だ。
信じられないパワーとスピードはいつも楽しくてしょうがない。
1階は共有スペースらしく、くつろげるスペースや共用の大浴場なんかがあるらしい。ウマ娘たちが、キャッキャ楽しそうにしていた。
2階以降は各自の居住スペースだ。ところどころに談話スペースがあり、やっぱりみんな楽しそうにおしゃべりしていた。
だが、3階、4階と登っていくごとに人は少なくなっていく。
最上階の6階になると、人気がまるでなかった。
これ、もしかして、島流しされたのだろうか。
そんな思いが頭をよぎる。
ただ、相部屋には誰かいるはずだ。
少しの不安を感じながら、ボクは扉をノックした。
「どうぞ」
中から声がしたので扉を開ける。
「こんにちはー」
お邪魔しますは変だし、ただいまも気が早いし、なんて考えながら、無難な挨拶をしながら、ボクは部屋に入った。
部屋はあまり広くない。入り口の両側にクローゼットがあり、両側に机があり、その奥にベッドがある。
真正面にはサイドボードが置いてある、左右対称の部屋である。
一般的に言えばちょっと狭い、今までボクが住んでいた部屋に比べればちょっと広い部屋が目の前に広がっていた。
その部屋に先にいたウマ娘女性が、ベッドから立ち上がり、こちらを向いた。
その顔は、ウマ娘業界に疎いボクでも知っている有名人だった。
「初めまして、ヴィオラレジーナ君。私はシンボリルドルフだ。入学式でも見かけたね。よろしく頼むよ」
皇帝とも異名を持つウマ娘、シンボリルドルフであった。
シンボリルドルフ。無敗の三冠に、全七冠を持つ彼女は、皇帝の名にふさわしいウマ娘だ。
前世の競馬なんか比べ物にならないほど全国的に人気のあるこの世界のウマ娘レースにおいて、不朽の偉業を成し遂げた、疑いようもなく日本一のウマ娘である。
国民的アイドルであり、また国民的ヒーローでもある、そんな彼女と相部屋になぜかなってしまった。
URA、何考えているんだ。
ボクは本気でそう思った。
ボクは自分の立ち位置をわきまえている。
入学の成績は実力ではあるが、入学経緯は、ボクが参加していた違法レースの摘発がきっかけだ。
ボク自身だけなら、まだ小学生だし、賭け事をしていたわけではないから知らぬ存ぜぬで通せばおとがめなしにできたと思う。
だが、その処罰が周りに広がり、さらに母にまで及ぶことをほのめかされ、それを見逃すためにトレセン学園に入学することを要求されて、断れなかっただけに過ぎない。
母のことは大事だし、賭けていた連中はどうでもいいが、一緒に走っていたウマ娘仲間にだって最低限の仲間意識はあるのだ。
トレセン学園に入学するだけで有耶無耶にできるならそう悪い話でもなかった。
そんな立場にもかかわらず、入学試験で筆記は満点を叩き出し、運動試験も好成績で突破した。面接は知らないが主席合格扱いらしい。特待生になれて奨学金も出ている。
だから今のボクの立ち位置は主席合格で、一方で違法レースに関与していたウマ娘という最高に面倒な立場である。
どこかに隔離して、ふたをして封印したいレベルのウマ娘だと自分でも思う。
だからこそ、きっと相部屋の相手は無難にやさしくて気性の穏やかな、コミュ力の強い相手になると信じていた。
間違っても皇帝はない。
もしもボクが暴れて皇帝の顔に傷でもつけたらどうするんだ。学園の責任問題で済まないと思うんだが。
しかし、そんな現実逃避をしていても、ボクの目の前の現実は変わらない。
こうなったらウマ娘は度胸だと思い、丁寧に挨拶をすることにした。
荷物を下ろし、床に正座し、三つ指をつく。
「この度、同室になりましたヴィオラレジーナです。不束者ですが、よろしくお願いします」
「ヴィオラ君。君が必死なのは伝わるが、三つ指は家族間なんかで使う挨拶だから、こういう場面で使うものではないと思うよ」
「み゛!?」
なん、だと……
辞書なんかには丁寧に礼をすることって書いてあったのに!!
思わず動揺で変な声が出てしまう。
確かに、夫なんかに使う挨拶である。家族限定とか普通にありそうだ。
かわいいウマ娘になって早八年。キレイなしぐさの一つとしてとして練習してきたのに、根本的な部分で間違いがあったようで悲しくなる。
「まあまあ、そんなに落ち込まないで。仲良くしようとしてくれるのはわかったからね」
シンボリルドルフは、ボクのことを持ち上げると、そのままベッドの上に運び、おろしてくれた。
「私のほうが10は年上だ。気にせず困ったことがあれば頼ってくれ」
そういってボクの頭をなでるシンボリルドルフ。なんだこのイケメンウマ娘。かっこよすぎて惚れてしまいそうである。
最低でもボクは即堕ちであった。
「それでは、オリエンテーションに行くか」
「オリエンテーション?」
「主だった施設を回って使い方を説明したり、寮長なんかにあいさつ回りに行くんだ。寮に入ったら、先輩が後輩を案内するのが伝統なんだよ」
「へー。それじゃあお願いします」
「任せてくれ、と言いたいところだが…… もう何年も前に入学した時に受けただけで、やるのは初めてだから少し緊張するな」
「あれ? シンボリルドルフ会長、誰かと同室になるの初めてですか?」
「ルドルフさん、ぐらいで構わないよ。同室は、ヴィオラ君が初めてだな」
「へー、ちょっと嬉しいですね」
期待され、それだけ大事にされてきたのだろう。そうされるだけの実績もある。
そんな同室にどうしてボクみたいなのを入れてしまったのか、かなり疑問であるが…… まあ、おとなしくルドルフさんが不快にならない程度の生活をすることにしよう。
ひとまず案内する気満々なオーラをそこはかとなく出しているルドルフさんと一緒にオリエンテーションに出発しようかと思って立ち上がるが、ルドルフさんは制服ではなく私服であることに気づいた。
緑色のシャツに、白いスラックスと、雰囲気とよく合っているが、かなりラフな格好だ。
「ボクも私服に着替えたほうがいいですか?」
「どちらでも構わないが、楽な恰好なほうがいいかもしれないね」
「じゃあ着替えます。スカートはどうも落ち着かなくて」
制服をさっさと脱いで、クローゼットにつるす。一張羅なので汚さないようにしないといけないので大事に着ることにして、レギンス一枚の姿のまま、段ボールをあさり始める。
「あー、ヴィオラ君?」
「ああ、すいません。着替えを出してから服を脱ぐべきでした」
「いや、そうじゃなくて、ブラジャーはしないのかい?」
「まだ8歳ですし、早いかなーと」
白いTシャツを取り出して被る。
これで私服は完成である。
だが、ボクの格好に、ルドルフさんは怪訝な顔をしっぱなしだ。
余りにラフすぎたか。ボクは焦る。
退学理由、私服がラフすぎて皇帝に疎まれたため、は勘弁してほしい。
だが、ボクの私物を入れた段ボール箱の中には、同じ感じの白いシャツが3枚とレギンスが3枚しか入っていない。
どうコーディネートしてもこれ以上の服は出てこないのだ。もともと日常はこの格好で暮らしていたし、非合法レースの時に着ていた服は家に置いてきた。
あとは体操服だが、ここで体操服に着替えるのも何か違う気がする。
しかし、このまま何もケアせずにいたら退学まっしぐらだ。
空気を必死に読み、頭を必死に回転させて、ひねり出した答えは……
「あの、服がこれしかなくてですね…… あんまり服を買ったりもしないもので、ファッションも全然わからないんです。ルドルフさん、今度一緒に買いに行って選んでくれませんか?」
必死のおねだりだった。
服を借りる、という選択肢も一瞬思い浮かんだが、138cmと同年代にしては背が高いとはいえ、学園内ではおそらく一番小さいレベルのボクでは、170cmぐらいありそうなルドルフさんの服は大きすぎる。
ならば、改善するから今は勘弁してくれというしかない。
忙しくて一緒にいけないと断られても、この場は切り抜けられるだろう。
そんな挙動不審のボクの頭をルドルフさんは優しくポンポンしてくれた。
「いや、ヴィオラ君にはよく似合ってるよ。だがそうだね。もう少しかわいい服を選んであげよう。今日の午後、空いているからお出かけしようか」
「お願いします」
選択は正しかったようだ。どうやら私服で退学させられる、という事態は避けられそうである。
ひとまずこんなラフな格好のまま、ボクはルドルフさんとオリエンテーションに向かうのであった。
まずは寮長さんに挨拶である。
美浦寮の寮長さんは、ミホシンザン先輩であった。
ルドルフさんと同じぐらい有名な名ウマ娘、シンザンの縁者らしい。
「今日からお世話になります、ヴィオラレジーナです。よろしくお願いします」
「おーおー、礼儀正しくて何よりだ」
頭を下げると、ミホシンザン先輩もボクの頭をなでてきた。ルドルフさんといい、今日はよく頭をなでられる日だ。
ボクは身長が低いし、ミホシンザン先輩もルドルフさんも身長が高いから、なでやすいのかもしれない。
「困ったら何でも言ってくれ。ルドルフは世話を焼かれるのには慣れているが、焼くのには慣れていないからな」
「大丈夫です。ルドルフさんは良くしてくれます。今日もこの後、服を選んでくれる予定なんです」
「へー、ルドルフ。ちゃんと選んであげなよ」
「心配されるまでもないよ」
「ふーん。ヴィオラちゃん、買った服、後で見せてね」
「わかりました」
オリエンテーションというのは本当らしく、寮長さんへ挨拶に来る人は多い。
挨拶は短く、次へと向かうのであった。
次に向かったのは栗東寮の寮長さんのところである。
渡り廊下を通ると、栗東寮のほうに行くことができる。
栗東寮の寮長さんはメジロデュレン先輩、メジロのお嬢様だ。
だが、マックイーンさんとは違い、綺麗な鹿毛だ。同じ家でも血縁とは限らないらしいから、そんなものかもしれないが。
「本日入学しました、ヴィオラレジーナです。よろしくお願いします」
「ヴィオラレジーナ? ああ、マックイーンが言ってた子か。よろしくね」
どうやらマックイーンさんが何か言いふらしているらしい。すでにメジロ内では広まっているようだ。
「マックイーンは、結構天然だから、あまりいじめないであげてね」
「? 一緒に仲良くスイーツ食べただけですよ」
いじめるなんて心外である。スイーツを一緒に食べた仲ではないか。友達になれると思っていたが、そう思っていたのは自分だけだと思うと少しへこむ。
「ああ、ごめんなさい、わかりにくかったわね。仲良くしてあげてくれると助かるわ」
「はーい」
そういうと、メジロデュレン先輩もボクの頭をなでてきた。
ボクはそんなに撫でやすそうな頭しているのだろうか。メジロデュレン先輩は、目算身長150cm弱ぐらいだし、ボクとそこまで身長差はないように思うのだが……
そのあと、一通り施設を見せてもらった。
トイレにお風呂も見せてもらったが、どちらも非常に掃除も行き届いており、施設自体も非常にきれいだった。
食堂もあり、一日二回、朝晩食事が出るということである。
ほかには、部屋の隣にあるルドルフさんの執務スペースも見せてもらった。
寮の6階はあまり使われておらず、一部屋が丸々ルドルフさんの執務スペースになっていた。
大きな机があって結構かっこいいスペースである。ソファも置いてあったので、お邪魔することも可能そうであった。
この後、ルドルフさんと二人で服を選びに出かけた。
「デートですね!」
と調子に乗ったことを言ったが、ルドルフさんも微笑みで返してくれたのできっと許されたと信じている。
府中駅前のデパートに向かおうとするルドルフさんを止め、ボクが選んだのはし〇むらだった。
駅前にあるユニク□も考えたが、今着ているのも全部ユニク□だし…… ルドルフさんならかっこいいコーディネートしてくれるかもしれないが、たまには違う店を選んでみたのだ。
川を渡って向かい側の、聖蹟桜ヶ丘にしまむらはあった。
普段はこんな安価な服が売られている店に、皇帝は来ないのだろう。
ルドルフさんはとても楽しそうに物色をし始めた。
ひとまずこういう服のセンスは何もないので、適当に服を見ていると、ルドルフさんが嬉しそうにシャツを持ってきた。
「ヴィオラ君! これはどうだい!」
「ネコがネコろんだ」とプリントされたTシャツである。ご丁寧に2枚、ルドルフさんは持ってきた。ペアルックらしい。
ルドルフさんのセンスのやばさを今更ながら察した。
だが、まるで幼子に返ったかのような、純粋な目でこちらを見ているルドルフさんに、否定的な言葉を吐く度胸がボクにはなかった。
「いいと思います」
きっとこの時ボクは、聖母のようなほほえみを浮かべていただろう。
結局そんなおやじギャグTシャツを買うことになった。
ルドルフさんが「プレゼントだから」と言ってお金を払ってくれたが、正直扱いに困る代物だった。
そのままルドルフさんに連れられて、ユニクロにも向かった。
どうやらブラジャーをしていないのが非常に気になるらしい。まあ発育がいいし、そこそこ胸も出てきているので、ルドルフさんが言うなら着た方がいいのかもしれない。
ワイヤレスのタンクトップ風のブラジャーを何枚か買ってもらって買い物は終わった。
結局ボクの服装事情は、あまり改善されないのであった。
ちなみに、おやじギャグTシャツは、ミホシンザン寮長に見せたら大爆笑され、メジロデュレン先輩に見せたら憐みの眼で見られた。
でも、部屋の中ではよく、二人してペアルックでこのTシャツを着ていることが多い。なんだかんだでボクも毒されてしまったようだった。