夏に入り、引退していくウマ娘たちに寂しさを覚える中、ボクは一つの壁にぶち当たっていた。
トレーナーさんとよくよく話し合っていたのだが、能力的にこれ以上の大きな成長が難しいのではないかという話である。
ピークを過ぎたというのとは少し違う。ピークを過ぎれば落ちてくるが、今回の場合、頭打ちになっている感じである。
もちろんトレーニングをさぼったらすぐ衰えるのでトレーニングは大事だ。
だが、スピード、スタミナ、パワーといったものはこれ以上成長が難しそうだという話である。
では何もできないかというと、それはそれでまた違った。
ボクの持ち味は二つ。
一つは丈夫さ。
もう一つは状況に合わせた多彩な走法だ。
得意なコーナーリングを生かした内ラチ際強襲、ラップ走法による逃げ、超ストライド走法による追い込みまで何でもやる。
とくに後者をさらに鍛えるために、手札は多いほうが良い。
なので、いろんなウマ娘のいろんな走りを見て、参考にするといいだろうということになった。
なので今年の夏は、ほかのスピカメンバーがリギル合同夏合宿に励む中、ボクは学園に残り、いろんな人と併走するのがいいだろうという結論に達したのだった。
「で、私なわけね」
「がんばるの」
「よろしくお願いします。フローラさん、アイネスさん」
ひとまずお願いしたのはアグネスフローラさんとアイネスフウジンさんだ。
ふたりとも、まあ、仲がいいし、こうやって一緒に走れば、刺激されてもう少しだけ引退が先延ばしさせることができないかな、という下心もあり、である。
フローラさんへはトレーナーさん直伝のマッサージをすることで、アイネスさんへは一緒にお肉食べ放題に行くことを約束することで併走にOKをもらっていた。
「じゃあまず、軽く一本走りますか」
「お手柔らかによろしくね」
「がんばるの」
コースはトレーニングコース芝2400mを1周するというものだ。
スタートラインに並ぶと、すさまじい圧力がボクにかかる。
軽くといったはずなのに二人とも雰囲気がガチすぎる。
絶対に負けないという意思が伝わってくる。
内心少し冷や汗を流しながらも、1周目の併走を始めるのであった。
1回目はアイネスフウジンさんの勝ちだった。
特に妨害を受けないアイネスさんの逃げは圧倒的だった。
今までボクの2戦2勝ではあるが、朝日杯はすり潰して、皐月賞は大逃げラップ走法で、アイネスさんの実力を出させないようにしていたのだ。
だから全力全開100%の走りというのを見たのは今回が初めてだ。
特に最終直線。逃げなのにさらに直線で伸びるというチートみたいな走り方をされたら、後ろからついていくウマ娘が追い付けるはずがない。
追いすがったフローラさんが2着。ボクは3着であった。
2回目は、アグネスフローラさんの勝ちだった。
何もしないと追い付けないと気づいたフローラさんは戦法を変えたのだ。
アイネスさんの真後ろにぴったりついていき、スタミナを温存したうえで直線で抜け出す戦法である。
こういう王道戦術をさせるとフローラさんの強さは圧倒的であった。
隙が一つもなくて勝てる気がしない。
競り合ったアグネスさんが2着、ボクが3着だった。
3回目、負けてばかりで悔しかったボクは、どうにか勝てないかと皐月賞のラップ走法を行った。
1ハロン12秒1ぐらいのペースを維持したのだが、二人に完全にマークされて競り潰され、直線に入った時点でペースはぐちゃぐちゃ、スタミナはぼろぼろにされた。
結局ボクはまたまた3着であった。
「うう、結局勝てませんでした」
「ヴィオラちゃんが不利な状況で負けるわけにいかないの」
「ヴィオラさんのレースは本番で輝くタイプですからね」
併走後は二人にマッサージをしながら検討会である。
特にフローラさんは脚が弱いので異常がないか確認しながら念入りに行う。
待っているアイネスさんは椅子に座りながらフローラさんの淹れた紅茶を飲んでいた。
「わかるんですけど、でも負けると悔しいじゃないですか」
基本、大人数のレースでの駆け引きがボクの持ち味であり、少数でガチ勝負すると不利なのはわかっている。
だが悔しいものは悔しいものである。
「どうすると勝てますかねぇ」
「ダートを走るとかいいかもしれないの」
「ヴィオラちゃんはパワーがあるし、海外の洋芝とかもいいかもしれないわね。凱旋門賞とか」
提案が場所を変える方に行ってしまう。それだけ、芝のコースで二人は負けるつもりがないのだろう。
フローラさんのマッサージを終えて、次はアイネスさんと交代してもらう。
始める前に一口紅茶を飲んだら、体が虹色に光った。
「……」
「健康な証拠よ」
フローラさんはにっこり笑いながらそう言う。
何が健康なのか、全くわからなかった。
まあ、無視しながらアイネスさんのマッサージを始める。
「あー、これ効くの。疲れが抜けて、いっぱい走れそうなの……」
「そうですね。私ももう少しだけ走れそうな気がしてきます」
「トレーナーさん直伝のマッサージですからね」
トレーナーさんに2年以上されてきたマッサージだ。体が覚えてしまっている。
セクハラされまくった甲斐があったというものである。
「ということでこんなところで終わりです。明日もよろしくお願いします」
「ヴィオラさん、まだ終わってないわ」
「?」
「ヴィオラさんのマッサージが残っているじゃない」
「え、フローラさん、なんでボクをつかむんですか?」
「いつも髪とか尻尾とかが少し荒れているのが気になっていたのよ。尻尾ケア含めて、お風呂でゆっくりマッサージしてあげるわ」
「!! アイネスさん助けて! おそわれるぅ!!」
「私も興味あるの!! 一緒に行ってもいい?」
「どうぞどうぞ」
「にゃあああああ!!!」
こうしてボクは、フローラさんとアイネスさんにお風呂に連れ込まれ、体中マッサージされて尻尾ケアまでされてしまった。
今まで尻尾は石鹸で適当に洗っていたが、どうやらダメだったらしい。
丹念に尻尾をなでられ、もてあそばれてしまうのだった。
「うう、もうお嫁にいけない」
「え? ヴィオラちゃんが私のお嫁に来てくれるって?」
「冗談です!!」
下手な冗談を言うと本当に嫁にされそうなので慌てて訂正するのであった。
こんな風に、毎日のようにレースまがいの併走を続けていると、参考になることがいくつもあった。
まずアイネスさん。
直線でさらに伸びる逃げ、逃げて差すという手法だが、アイネスさんと全く同じことをする必要はない。
先頭にいるウマ娘が、さらに伸びると絶望感が半端ないということだ。
よくよく見てると、直線に入ってから、少し伸びて、そのあとは必死に逃げているので、ある種の見せ技である。
まあ、こけおどしじゃなくて、ちゃんと伸びてるから絶望感は大きく変わらないのだが。
なので重要なのは、伸びの速さじゃなく、伸びるタイミングであり、自分でもできる技だと気づいた。単純な瞬発力ならアイネスさんのほうが上だが、長く伸びる脚ならボクのほうが上である自信があるし、瞬発力で勝負する場面ではない。
メインでレースを作るための技術ではないが、ダメ押しには非常に有効なテクニックであった。
次にフローラさんだが、桜花賞で競っていた時よりも小技が増えていた。
進路の変更やら、視線やら、そういった小技で注意をひいたり、コースを誘導したり、そういうことをしてくるのだ。
「桜花賞の時、うまく内にもぐりこめたし、こういう小技がヴィオラちゃんには有効かなと思ってオークスで準備してたのよ。まあ、大外からぶち抜かれたけど」
「なるほど」
レースで他人に直接干渉するという発想があまりなかった。
もちろん物理的に接触したら違反行為だが、そうじゃない手段はいろいろあるのに今更ながら気づいた。
勉強になることが多い併走を繰り返してすごしていた。
そんなことをする一方で、ボクは生徒会の仕事の手伝いも再開していた。
デビュー後からは自分のレースに集中した方がいいとできるだけ控えていたのだが、余裕もできてきているので満を持しての再開である。
ルドルフさんの生徒会長も3年目に入り、かなりシステムも構築され始めていた。
さすがにルドルフさんも来年は卒業なので、生徒会長も変わる予定で、ルドルフさんは今までマルゼンスキーさんがやっていた、URA職員生徒会担当になる予定ということである。
なのでボクは引き継ぎなんかの事務を担当することになり、マニュアルやらなんやらをてこてこと作っていた。
「次の生徒会長は誰になるとおもう?」
「順当に行ったらラモーヌさんじゃないですか?」
作業中、ルドルフさんがそんなことを聞いてきたので素直に答える。
生徒会長には実績は不要にも思うが、そういったわかりやすい指標で判断する人が多いのもまた事実だ。
ルドルフさんの後となると、ティアラ三冠のラモーヌさんが実績的には一番だ。
ラモーヌさん自身の性格から言っても、面倒見は非常に良いし、人を惹きつける力がある。書類仕事は苦手そうだが、それくらいなら補佐をつければいいだけだ。アルダンさんあたりは自発的に手伝いそうだし。
そう考えるとラモーヌさん一択である。
「だが、彼女は立候補するだろうか」
「ルドルフさんが説得すればするんじゃないですか?」
本人がやる気になれば、という問題はあるが、ラモーヌさんも学園を愛しているし、ウマ娘を愛しているウマ娘の一人だ。
現状を丁寧に説明すれば確実に乗ってくるとボクは思う。
そもそも昔の生徒会、というかルドルフさんの前までは、生徒会というのは名誉職でしかなく、実態はURA職員さんたちが実務の一切をしていたらしい。
だが、生徒のため、ウマ娘のためを考えて、ルドルフさんが自分たちで、というかほとんどルドルフさんのワンオペで、仕事をしてきたという実態がある。
そのせいで副会長らはまだ名誉職みたいな雰囲気でほとんど仕事をしているのを見たことがなかった。
最初の頃はボクがかなり手伝っていたし、最近は庶務に入ってくれているマティリアル先輩やカリブソング先輩なんかも仕事をしてくれているので、それなりに軌道に乗ってきており、この前なんかは生徒会の自発的イベントであるライブ祭りなんかも実施できるだけの体制が整ってきていた。
だが、適当な生徒会長を選べばまた旧来の職員さんたちだよりの生徒会に戻ってしまう。
だから、この体制をさらに推し進めるだけの力のある人、というのが必要になる。
ラモーヌさんにそのあたりを話せば、あの人のことだから絶対に1年か2年程度背負ってくれると思う。
「ラモーヌは今、昔からの夢だったファッションブランドの立ち上げをしている。それを考えるとどうしてもね」
「うーん、逆に相談しないと怒りそうな気がしますが」
ラモーヌさんは嫌ならはっきり断るタイプだし、変に気を使って言わないとかすると激怒するタイプだ。
ルドルフさんの配慮は絶対逆効果だと思うが……
「ルドルフさん、何かラモーヌさんとの間にあるんですか?」
「個人的なものが少し、ね」
「……じゃあボクからお願いしましょうか?」
「いや、私から言おう。これも生徒会長の責任だ」
二人の間に何があったのだろうか。個人的にかなり気になった。
「ということでテイオー、何か知らない?」
「うあー、カイチョーと、メジロラモーヌの間でってこと?」
7月の夏合宿から帰ってきたリギル・スピカメンバーはみなへとへとになっていた。
東条トレーナーと沖野トレーナーが張り切りまくって、競い合うように限界ぎりぎりを攻めるトレーニングプランを実施していたらしい。
帰ってきたのでお帰りがてら、ルーブル姉さんの部屋に行ったのだが、ゾンビのようになったルーブル姉さんに抱き着かれ、同じくゾンビのようになったテイオーに強制膝枕させられていた。
「そうそう、下世話すぎるかもしれないけど気になるじゃん。ルドルフさんマニアのテイオーなら何か知ってるかなって」
「カイチョーマニアって、まあそんなことあるけど」
「あるんかい」
ルーブル姉さんの気の抜けたツッコミが入る。
「心当たりというと、カイチョーとメジロラモーヌの交際のニュースが一時期すごく流行ってたぐらいかな。メジロラモーヌがティアラ三冠とって、引退したころ」
「今も昔も変わらないんだねぇ」
ウマ娘恋愛ニュースは日常的に流されている。
この前、アイネスさんとフローラさんと焼き肉を食べに行ったのだが、その時の様子も無事ニュースになっていた。
正直、フローラさんが連れて行ってくれた叙〇苑という高級焼き肉店の焼き肉は、やばいぐらいおいしかった。
ボクがまず調子に乗って食べ過ぎて、アイネスさんも同じように食べ過ぎて、ボクとアイネスさんの二人につられてフローラさんも食べ過ぎていた。
三人で腹を大きくして、焼肉店から出てくるところ、しかもボクとアイネスさんはお土産まで抱えて出てくるところなんて、恋愛的な要素が何一つないだろうが、ゴシップ紙は無事「クラシックのGⅠウマ娘三人の三角関係!!」とかいうニュースを飛ばしていた。
あんまりフローラさんとボクのゴシップは、フローラさんが事実にしようとするので飛ばさないでほしいのだが……
閑話休題、そういうコイバナゴシップは今も昔も変わらないようだ。
特にルドルフさんとラモーヌさんは三冠同士だし、針小棒大どころか、火のないところから強引に煙を立たせるぐらい普通にありそうだ。
「ほら、こういう記事」
「さすがテイオーpedia。ルドルフさんのことだと執拗すぎてちょっと引く」
テイオーがスマホでルドルフさんとラモーヌさんの当時の記事を見せてくれる。
テイオーpediaはことルドルフさんの情報については完全網羅している。
過去の公式情報から新聞の切り抜きまで全部データベース化しているらしい。
ストーカーじみていてちょっと引くレベルだ。
さすがにこの二人のペアだとゴシップも多い。
気持ちはわかるし、そう不自然ではない気がするが……
後ろからのぞき込んでいたルーブル姉さんは何かに気づいたようだ。
「これ、博物館だけど、どうして二人はこんなところ行ったんだろう」
「?」
「ルドルフさんはリギルで、ラモーヌさんはアンタレスでチームも違うし、学年も違うじゃない。ラモーヌさん、生徒会も今まで入ってなかったはずだから、接点なくない」
「そういえば」
「テイオー、二人の接点って何か知ってる?」
「よく考えたら全然知らないね。こういうニュースがあったから、当然知り合いだと思ってたけど、ニュース前から何か付き合いがありそうな情報がないや」
テイオーpediaがそういうなら、きっとこのころから二人の付き合いが始まったはずだ。
博物館にきれいな庭園、水族館や映画館。
なんというか……
「いかにもデートスポットね」
「二人は本当に付き合ってて、こうやって騒がれたから別れちゃったとかあってもおかしくなさそう」
「もしかしたら今でも好きとかあるかもしれないね。よく思い出すと、ルドルフさん、ラモーヌさんの将来の夢を知ってたし、ラモーヌさんのこと、『ラモーヌ』って呼び捨てにしてたんだよね。ルドルフさんが他人を呼び捨てにしてるの初めて聞いた気がする。シンボリの家のウマ娘でもみんな何々君っていうのに」
「……」
「何さ、姉さん」
「いや、他人の恋愛関係は鋭いよね、ヴィオラちゃん。自分の恋愛クソ雑魚なのに」
「そんなことないですー、ボクは自分の恋愛関係もちゃんとできますー」
恋愛クソ雑魚とは失礼な。そもそもそんなにモテないし。
「フローラさんからいまだに迫られてるのに?」
「うぐっ」
「テイオーペディアにヴィオラちゃんのデータベースばっちり作られてるの気づいてる?」
「あ、あれは将来のライバルの研究のためだし!?」
「いや、テイオーがボクのこと恋愛的な意味で好きとかないでしょ。ライバルとしては見られてるだろうけど」
ボクもテイオーも否定したがルーブル姉さんは肩をすくめてため息をついて答えるのであった。
なんにしろ、ルドルフさんとラモーヌさんの話である。
恋愛関係はまあ二人のことだから、あまり首を突っ込んでもしょうがないが、生徒会長に関してはちゃんと説得してほしいところである。
テイオーペディアが二人が多摩川の花火大会で会うという情報をゲットしてきた、というかテイオーが花火大会にルドルフさんを誘ったらラモーヌさんと先約があると聞いてきたので、ボクらもまた花火大会に乗り込んだのだ。
ボクはたこ焼きの食べ比べをしながら二人の後を追う。
「よく食べるよね…… 体重管理大丈夫なの?」
「基本体重管理失敗したことないね」
「マックイーンが切れそう」
ほとんどエネルギーで消えるからそもそも食べないと太ももが維持できないのだ。
マックイーンさんはトレーニングはちゃんとやっているが、日常生活で動かないことが多いのと、結構偏食なのが問題だと思う。
人混みでうまく隠れられているかわからないが、どうにか二人を見失うこともなくついていく。
そうして二人がたどり着いたのは人気が少ない土手の上だった。
藪に3人で隠れながら様子をうかがう。声までは聞こえてこない。
ラモーヌさんがルドルフさんの胸に飛び込んだ。ちょっとドキドキする。
ルーブル姉さんはガン見だし、テイオーは両手で顔を覆い、指の隙間からガン見している。ボクも当然ガン見である。
何か、結ばれてはいけないこととかがあるのだろうか、なんてことを考えてしまう。
そのまま二人は別れ、どこかへ行ってしまったのを見届けたボクらは、普通に食べ歩きをして帰るのであった。
後日聞いたところによると、どうやらラモーヌさんからも同意を得られたらしく、次の生徒会長はラモーヌさんになるだろう。
だが、ボクは、あの花火大会での別れ際、ラモーヌさんの顔に、光る何かがあったのがいまだ忘れられなかった。