紫電の女王の栄光の道のり   作:雅媛

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13 紫電の女王とエリザベス女王杯

エリザベス女王杯は、京都競馬場芝2400mで行われる。

菊花賞から1週間後であるが、同じ競馬場ということもあり、移動の手間もなく、また菊花賞での消耗も大きくなかったのでそのまま1週間京都にとどまって出走することになった。

ついでにその翌週にはルーブル姉さんが出場予定の1勝クラスの条件戦もあるので、スピカはここまで京都にとどまる予定である。

 

「体調は、良さそうね」

「おかげさまでー。あー、効くー」

 

トレーナーさんにマッサージされているところに普通に入ってきているフローラさん。

一応目的は、体調管理のためのマッサージ技術の研修ということになっている。

フローラさんは次のエリザベス女王杯も出場することになっていた。

本人曰く、ピークは完全に過ぎているが、悪あがきを一度してみたいということである。

あとは気になることも一つあるのだとか。

さすがフローラさん、常に秘密を一つ持ち歩くなんて悪女の才能がある。

白井トレーナーがボクの体を隅々までほぐしていく。

疲労も残っていないし、レース翌日から調整もできている。これならエリザベス女王杯も体調万全であろう。

 

「白井トレーナー、私がやってみても?」

「構わないよ、どうぞ」

 

そういってフローラさんにマッサージが代わる。

フローラさんも出走予定なんだし、自分の調整した方がいいように思うのだが……

でもすごい気持ちいい。あとフローラさんいいにおいがする。花の匂いだろうか。

 

「ねえ、ヴィオラちゃん」

「何、フローラさん」

「次のレース、無様走りしちゃうかもしれない」

「? 一生懸命走るフローラさんはいつも綺麗だよ」

「……そっか」

 

ピークからどれだけ落ちているかなんてわからない。

もしかしたらすごく遅くなっているのかもしれない。

それでもきっとフローラさんの走りは、あの花咲き誇った桜花賞の時と変わらないだろうといういう確信だけはあった。

 

フローラさんにマッサージしたりされたり、ルーブル姉さんにマッサージしたりされたり、プレさんにみんなで寄ってたかってマッサージしたり、庶務補佐の仕事を押し付けたテイオーから怒りのメールが来たりしながら、ボクは本番を迎えたのだった。

 

 

 

ティアラのパドックは、クラシックに比べいつも華やかで穏やかだ。

そう、華やかで穏やかなはずであった。

今回、無茶苦茶睨んでくる子がいる。

イクノディクタスさんである。ボーイッシュな勝負服に眼鏡という、かっこいい感じの格好をしている彼女である。

桜花賞の頃からクラシック三冠には毎回出ているが、掲示板に食い込んでくるほどの相手ではない、そんな彼女からマックイーンさん以上に睨まれている。

 

正直男装の麗人っていいなーって勝負服を見ていたぐらいしか罪状が思いつかない。

イクノさん的には視姦は死刑だったりするのだろうか。ちょっと泣きたくなってくる。

 

(姉さん、イクノさんが怖いんだけど!!)

(彼女、マックイーンさんのルームメイトよ)

(だからってなんでこんな睨まれてるの!?)

 

アイコンタクトでルーブル姉さんとコミュニケーションをとる。

マックイーンさんのルームメイトという情報は増えたが、睨まれる理由はわからなかった。

 

仕方がないので腹をくくって、フローラさんとパドックを回ってファンサービスを行う。

一人でやると視線が怖いのでフローラさんを巻き込んだのだ。

幸い観客の受けはよく、少しだけ平常心を取り戻すことができたのであった。

 

 

 

レース自体は、特筆するべきところは多くなかった。

王道の先行策を取ったボクに、同じように競りかけてくるフローラさん。更にそれに競りかけてくるイクノさんという形でレースは進んでいった。

だが、ボクやフローラさんに真っ正面から勝負するにはイクノさんでは少し力不足そうであった。

大きな差ではない。だが、ちょっとした仕掛けのタイミング。ちょっとしたコース取り、そういった一瞬の判断が遅い。

更にボクとフローラさんがお互いに飛ばし合う牽制やらフェイントに巻き込まれて、どんどん振り回されていく。

第三コーナーごろにはイクノさんは完全に沈んで行ってしまった。

 

そして第四コーナーを回ると、フローラさんの異変にも気づいてしまった。

抜け出しの速度がズブい。

全体的な脚のつかえる距離はむしろ伸びてそうだが、速度はピークと比べ物にならなかった。

あの頃の花が咲き誇り、すぐ散るような華やかな末脚は全くなく、スパートをかけたボクとの距離がどんどん離れていく。

ピークを越えたことの意味を感じてしまう。

 

そのままバ群に沈んでいくフローラさんを置いて、追撃してくるキョウエイタップさんやトウショウアイさんの追撃を振り切り、ボクは1着でゴール板の前を通過するのであった。

 

 

 

 

「まった?」

「今来たところ」

 

ライブ後、フローラさんに呼び出され来たのは京都競馬場近くの宇治川のほとりだった。

いつもの私服だとさすがにちょっと寒いな、と思っていたらフローラさんがカーディガンをかけてくれた。いいにおいがする。

 

「今日の私のレース、どうだったかしら」

「んー、安心した」

「安心?」

 

フローラさんが聞いてきたことに素直に答える。

 

「今までのフローラさんの走り方って、なんかこの後散ってしまいそうな儚さがあって怖かったけど、今日全然そんな感じがしなくて、すごく安心した」

 

フローラさんが特に顕著だったが、全体的にみんなの走りは、いつ砕けそうかわからないような雰囲気をいつも感じていた。

だが、今日のフローラさんの走りはとても安定しており、そういう不安を一切抱かないものだった。

だから、ボクはとても安心したのだ。

 

「そうよね」

「わふっ!?」

 

急に抱き着いてくるフローラさんに少し驚く。

 

「体重も増えたし、サイズも全体的に少し大きくなった。ピークは過ぎて、足が遅くなっているけど、その分体が丈夫に、安定したということでもある」

「ピークの頃を知らないからよくわからないんだけど」

 

フローラさんの体はとても柔らかく、とてもいいにおいがした。

 

「で、ヴィオラちゃんが何で丈夫なのか、も大体わかったわ」

「え? なんでなんで?」

 

それは結構気になるところだ。

怪我をする子は残念ながら少なくない。

ウマ娘のそれを防止できたらかなりの偉業だ。気にならないわけがなかった。

 

「ヴィオラちゃんは、今ピークじゃないから」

「まだずっと先にピークが来るってことですか?」

 

確かにフローラさんより年齢的には4つも下であり、ピークがまだ先にあるといわれても不思議ではない。

だがフローラさんの結論は違った。

 

「多分、ヴィオラちゃんのピーク、かなり前に過ぎてるわ。おそらく、2年ぐらい前に理事長に啖呵切った頃だと思う」

「なんですと!?」

 

予想外の事実が発覚した。

 

「ピークの頃って能力的な問題もあるけど気持ちが高ぶりすぎるし、結構攻撃的になるのよね。学園入ってきたころのヴィオラちゃんもっとビリビリしてたし、多分あの頃がピークの終わりだったんじゃないかなって」

「そんなに性格違いました?」

 

今も昔もかわいい妹系ウマ娘だと自負しているのだが。

 

「普通の子はURA理事長脅さないわよ」

「確かに」

 

まあ、おそらく、気が立っていたのだろう。

今だったらもっとちゃんと根回しして交渉している。

 

「でもそれなら、なんでボクは勝てるんでしょう?」

「理由は二つね、別にピークを過ぎたからって走れなくなるわけじゃないのよ。120%を不確かに出せた状態から、100%を安定的に出せる状態になってるわけだからその100%を、積んで積んで積んでいけば強くなるわ」

「ずいぶん頑張りましたからね」

 

おかげで太ももも尻もむちむちである。ズボンは入らない。

 

「身体能力の高さに加えて、トレーナーさんの作戦能力でしょ。未来予知みたいなレース予想、怖すぎるわ」

「うちのトレーナーさんすごいですからね」

 

実際白井トレーナーのレース予想はほとんど外さない。

外れたのなんて、この前の菊花賞のホワイトストーンさんが突っ込んでくることぐらいだ。

あれはトレーナーさんの予想では外に回る分ボクまでは届かない予想だった。

あれは読み合いに負けたのだろう。

 

「それが合わさって、勝ててるんでしょう。安定してるから、作戦も立てやすいし指示も実行しやすい。トレーナーさんとあなたの能力がかみ合ってるってことね」

「なるほど……」

 

そういわれるとそんな気がしてくる。

 

「もう一つは、走ることを諦めてないことね。ヴィオラちゃんは何のために走ってるの?」

「え? お金のためですよ? お母さんに左団扇で暮らしてもらって、バージちゃんにおいしいもの食べさせて、ルーブル姉さんと豪遊して暮らすんです」

「清々しいまでの物欲ね…… まあ、そういうところが強いんだと思うわ」

「?」

「ピークを過ぎるとね、普通の子は、走る目標がなくなっちゃうのよ」

「そうなんです?」

「なんか、もういいかなって、そうなっちゃう感じ。まだ心残りがあるから走る子はいるけどせいぜい1回2回ね」

「ふむふむ」

 

つまり、物欲にまみれたボクは最強だということだろうか。

そう考えるとなんとなく、納得ができることが多かった。

 

「だから、私もまだ走れるんじゃないかと思った。エリザベス女王杯、5着だったけど、トレーニングを変えて、レースを研究すれば、レース自体はまだまだはしれなくはないと思う」

「そうでしょうね」

 

フローラさんの今日のレースは、前のフローラさんのものであり、今のフローラさんにはあってなかった。もっと早いタイミングで仕掛けて、脚を長く使う展開にすれば、もっと勝ち目はあっただろう。

 

「でも今日、ヴィオラちゃんと走って、もういいかなって思っちゃった。だから私のレースは今日でおしまい」

「ウーム、ちょっと残念です」

 

新生フローラさんの走りはそれはそれで円熟味があって綺麗だっただろう。

それが見れないのがちょっと残念だった。

 

「あとはヴィオラちゃんのレースを見て、それで楽しむ側に回るわ。もっとウマ娘の健康とか、そういうのの研究もしたいしね」

「頑張ってください。応援してます」

 

そう言って笑うフローラさんはとてもきれいであった。

 

 

 

「最後に一つ言いたいことがあるの」

「? なんですか?」

「私、ヴィオラちゃんのこと、好きよ」

「っ」

 

オークス後にも言われたが、ここでもう一度言われてボクは息をのんだ。

 

「前は、家のこととか、パートナーとか、掛かったこと言っちゃってごまかしちゃったから、私の本心を伝えたくて」

「……」

 

なんと答えるべきか。頭がグルグル回る。

 

「結局私は家のことなんかどうでもよくて、ヴィオラちゃんと一緒にいたいなって思ったの。だから、これはやり直し。私と、付き合ってくれませんか」

 

そういうフローラさんはとてもきれいで、とてもいいにおいがした。

 

 

 

 

 

 

「おかえり、ヴィオラちゃん。フローラさんにどう答えたの?」

「ルーブル姉さん、わかってたんです?」

「呼び出しなんて告白に決まってるじゃない」

「そうですか」

 

ルーブル姉さんに迎えられ、宿泊寮に戻ったら早速ばれていた。

さすがルーブル姉さんである。

 

「ん、断っちゃった」

「玉の輿なのに」

「正直、よくわからなくてさ」

 

好きか嫌いかで言えば明らかに好きだ。

だが付き合うとかいうのがよくわからない、というのが本音である。

こちらとてまだ11歳だ。そういう話は早すぎるし、それ以上にレースで頭がいっぱいなのだ。

 

いつか、フローラさんとまた運命が交わるときがあるのだろうか。

その時ボクはどうこたえるかはわからなかった。




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