紫電の女王の栄光の道のり   作:雅媛

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3 紫電の女王の天皇賞(春)

 中山大障害が終わり、桜花賞が終わった頃から、ボクとルーブル姉さんはしばらく実家で滞在をしていた。

 そもそもルーブル姉さんの足の裏の皮が剥けてしまったので、治るまでは安静だったのもある。

 桜花賞でのトラブルで、これ以上あまり、外に出ないほうがいいというのもあった。

 だが一番は……

 

「ああ、プリンちゃんかわいいよぉ」

「本当、いくら見てても飽きないわぁ」

 

 妹が生まれたということである。

 ヴィオラプリンペサ

 通称プリンちゃんである。

 

 髪色は母の遺伝でボクと同じ紫色。

 で、すごいぷくぷくしてる。

 ルーブル姉さんと二人争うように面倒を見ていた。

 

 そしてもう一人、うちでは赤ちゃんを預かっていた。

 東条トレーナーの娘、さくらちゃんである。

 沖野トレーナーとすったもんだあった末に、この前東条トレーナーが生んだ赤ちゃんだ。

 なお、東条トレーナーは出産3日前まで仕事をしてて、出産1週間後には仕事に復帰していた。ウマ娘より強いヒトは伊達ではない。

 だがそんな状態では当然、東条トレーナー自身でほとんど世話なんてできないので、沖野トレーナーが基本子供の世話を見ており、うちの母が乳母になっていた。

 

 夜泣きもするし、始終大騒ぎだが、母とイワシミズ姉さんも加えて沖野トレーナーまで面倒を見る5人体制ならそう大変でもないのである。

 

 おしめを代えて、母が二人におっぱいを上げて、ボクやルーブル姉さんがおっぱいあげてみようとしてやはり出なかったり、バージちゃんと遊んだり、充実した休暇が取れていたと思う。

 

 外出なんて、皐月賞にネイチャさんが出た時ぐらいだ。

 ネイチャさんが気迫でテイオーに勝っていて、あれは素直にすごいと思った。

 

 

 

 そんなこんなで、2週間もすればルーブル姉さんの足も完治して、

 

「オークスは裸足でも勝ってやる」

 

 と無駄に闘志を燃やして学園に帰っていったが、ボクはどうしようか少し悩んでいた。

 どうもやる気が起きないのだ。

 ルーブル姉さんのトラブルがきっかけではあるが、すでに理由にはなっていない。

 ルーブル姉さん自身がすでに気にしておらず「無敗の三冠がダメなら十冠ぐらいとって殺るわ」と何を殺るのかわからないぐらいやる気満々なのだ。

 

 勝負服自体も、ラモーヌさんがひどく恐縮していろいろ改良していたから、桜花賞みたいなことは起きないだろうし、正直万全のルーブル姉さんがオークスで負ける気がしない。

 ちなみに、ボクの新勝負服は直らなかった。スカートが完全に大破していて一から作るべきという話になったのだ。

 代わりに旧勝負服が、強度を増しながら軽量化するという改良がなされた。そのせいで微妙に露出が増えた。ボクは泣いた。

 

 それはそうとボクの天皇賞春である。

 ここまでやる気が起きないレースは初めてかもしれない。

 ひとまず母に相談してみよう。

 イワシミズ姉さんが子供たちの面倒を見ている間に、ボクは母にくっついた。

 母も何かを察したのか抱きしめてくれる。

 甘いミルクのようなにおいに包まれ、ギューッと抱きしめられるとやはり安心する。

 

「お母さん、なんかもう、レース走る気があまり起きなくなっちゃって」

「頑張りすぎたんじゃないの? 別にもうでなくてもいいかもしれないけど……」

「けど?」

「ほら、妹におねえちゃんすごいっていうの見せてほしいなとも思ったり?」

「がんばる!!」

 

 ボクは簡単にやる気を回復した。

 

 確かに、妹のせいでやる気がなくなったとか、妹にも申し訳ないし! 

 そもそもおねえちゃんかっこいいって100万回ぐらい言われたいし! 

 赤ん坊の時見るレースをどれだけ覚えているかは疑問だが、でも思い出話とかにできるだろう。

 ルーブル姉さんが戻った翌日、ボクも鼻息荒く学園へと帰るのであった。

 

 

 

 そんな経緯で参加した、天皇賞春は完全に調整不足であった。

 尻に無駄にお肉が増えてしまっていて、勝負服が食い込んでかなり恥ずかしい。

 一番人気は一応実績を買われてボクになったが、二番人気のホワイトストーンさんや、三番人気のメジロマックイーンさんにどこまで勝負できるか。

 そんな感じで軽く参加していたのだが……

 まず、メジロマックイーンさんのメジロ目力がいつも以上に怖い。

 なんか黒いオーラまとってるし、無表情でこっち見てるし、泣きたくなってくる。

 あの入学式の頃、間接キスでわたわたしていたあなたはどこへ行ってしまったのだろうか……

 

「ねえヴィオラちゃん、メジロマックイーンさんに何したの?」

「別に、大したことしてないと思うんですけどねぇ……」

 

 カリブソングさんがボクに話しかけてくる。

 1学年上で、生徒会庶務をしているカリブソングさんは顔なじみである。

 目黒記念1着、日経賞2着からの初めてのGⅠ参加であり、勝負服をうれしそうに見せてくれたカリブさんだが、今はその170cmオーバーの大きな背丈を縮めて、ボクの後ろに隠れていた。多分隠れ切れていない。全く隠れられていない。

 

 ライアンさんもホワイトストーンさんもあまり調子がよくなさそうだなと思いながら、カリブさんと一緒にパドックを回る。

 

「パーマーさん、ごきげんよう」

「ヴィオラちゃんも、カリブソングさんもこんにちは」

 

 パーマーさんがへにゃっと笑う。こちらもあまり調子は良くなさそうだ。

 

「無敗の輝峰さんらしからぬ雰囲気ですね」

「ははっ、黒歴史はやめてよ。まあ、正直調子はいまいちだね。でも頑張るさ」

 

 あの頃のような力強い何かは、すでにパーマーさんから感じなかった。

 ピークとかそういう話じゃないだろう。おそらく走る目的がないのだ。

 だがそれについて何も言えない。マックイーンさんの視線が突き刺さる中、ボクは早めにパドックを抜け出すのであった。

 

 

 

 ゲートインは何事もなく終わり、レースが始まった。

 逃げるパーマーさんの後ろにつけながら、前目のレースをしつつ、状況をうかがう。

 マックイーンさんは、相変わらずどす黒いオーラをばらまきながら、追走してくる。

 領域(ゾーン)とも何か違う、見たことのない何かである。

 その圧迫感が半端なく、ボクを含めた他のウマ娘たちの体力を削っていた。

 

 コーナーを丁寧に回り、向こう正面に回る。

 ボクはパーマーさんをペースメーカーに使い、慎重に走っていく。

 後ろとの差は1,2バ身ぐらいか。後続の追撃はまだまだ来ない。

 ただ、延々と重圧をかけられ続ける。

 この重圧は何だろうか。

 無理やり、やりたくもないライブに、わき役として参加させられているような、そんな不快感である。

 その中心はメジロマックイーン。彼女こそ主役だといわんばかりのオーラであった。

 

 反発心も入り、パーマーさんに圧をかけてペースを上げていく。

 ペースを上げれば前は残れなくなり、後ろが有利になる。3番手につけるマックイーンさんは、ペースが速くなればなるほど不利である。

 あとはスタミナ勝負で競り潰すつもりで、第三コーナーに入るのであった。

 

 第四コーナーでボクは抜け出し、パーマーさんに並ぶ。

 ぴったりとそのタイミングでマックイーンさんも仕掛けてきて、直線で並んだ。

 あとは完全な競い合いである。

 パーマーさんがスタミナ切れで脱落していく。

 歯を食いしばり、ボクは懸命にマックイーンさんと競り続ける。

 だがここで、マックイーンさんがさらに一歩伸びた。

 単純な、積み重ねの差であろう。今回のレース、ボクの調整は全くばっちりではなかった。

 一方マックイーンさんは、おそらくこれにだけ命を懸けるといわんばかりに仕上げてきたのだろう。

 その差は、この最後の直線で如実に表れた。

 マックイーンさんに突き放され、どんどん加速していく。

 残念ながらボクは全くついていくことができない。

 

 後続が完全につぶされていたので、追い込み集団に巻き込まれつつ、どうにかボク自身2着に滑り込んだが…… 単純に完全な敗北であった。

 

 

 

 

 マックイーンさんがこちらを見て意味深にほほ笑む。

 正直意味が分からな過ぎて、ボクはあいまいな笑みながら声をかける。

 

「今回は完敗ですね」

「……天皇賞はメジロ家の悲願ですから」

「やっぱり気合負けかぁ。次の宝塚記念では負けませんよ」

「……こちらこそ」

 

 正直今日のは素直に完敗だったし、普通にほめたつもりなのだが、マックイーンさんは少し微妙な顔をする。変なことを言っただろうか。それとも何か言い忘れているだろうか。

そう考えて、一つ思いつくことがあった。

 

「ああ、メジロ家といえば、ラモーヌさん、ルドルフさんとご婚約されたんですよね。おめでとうございます」

「ッ!! ありがとうございます……」

 

 一瞬驚きの表情をしたマックイーンさん。

 あれ、もしかしてこれ、秘密情報とかだった? 

 でもアルダンさんから普通に教えてもらったし、部外者ならまだしもマックイーンさんに言うのは問題ないような……

 

 なんとなくかみ合わない会話をして、ボクは控室に戻ったのだった。

 

 

 

 さて、天皇賞春の敗北原因。それはすなわち調整不足である。

 ムチムチしてて太り気味が残っていてヤバイ。

 健全な太ももは脂肪と筋肉のベストバランスであって、現状明らかに脂肪に偏っていた。

 ブルボンちゃんにも「ヴィオラさんの今の太ももはボンレスハム」と失格を言い渡されてしまった。

 なので調整しなおすことにしたのだ。

 ここで、素人なら脂肪を減らすことを考えるだろう。だが、重要なのはバランスだ。

 ということで、ボクはさらに太ももを鍛えることにした。

 

「ぬぎぎぎぎぎぎ」

「あと1回」

「んぐぐぐぐぐぐ」

「3セット、お疲れ様です」

「ふいいいい」

 

 ブルボンちゃんと二人、マシントレーニングである。

 走るというのは悪いことではないが、どうしても速度により負荷が増大するので、関節への負担が大きくなりがちである。

 その点マシントレーニングは計画的な負荷なので、過度な負担がすくないのだ。

 ちなみに最近はブルボンちゃんのほうが圧倒的にパワーが上回っている。

 ブルボンちゃんのバーベルスクワット500kg×10はさすがにちょっと引く。

 現状トレセン学園筋トレ記録保持者はブルボンちゃんである。

 ボクがやるとバーベルスクワット500kgなんて1回か、2回ぐらいなのに……

 ヒトの限界なんかとっくに超え、ウマ娘の限界に挑んでいるサイボーグがブルボンちゃんなのだ。

 当然その太もももぱっつんぱっつんだ。この前短パンが入らないとブルマに切り替えていた。

 

 だが、お互い補助役にはちょうど良かったりする。

 そもそも数百キロのダンベルの付け替えとか、何十キロものディスクを何枚も付け替える必要があり、ヒトはもちろんウマ娘でも慣れていないと危険なのだ。

 昔は白井トレーナーに補助をしてもらっていたが、いささか力不足の感があった。

 それがブルボンちゃんだとスムーズにできるのだ。

 

 ちなみに太ももを無制限に鍛えているのはチームでもボクとブルボンちゃんだけだ。

 プレさんやネイチャさんは、むしろ太くしすぎると遅くなるという白井トレーナーの分析から、重量物は基本タッチしない。100kgぐらいの軽いスクワットを20回とか30回とか行う、筋持久力メインのトレーニングしかしていない。

 

「まあ、あの二人のすらっとした太もももいいのですが」

「わかる」

 

 そのおかげで二人の太ももは非常にスマートだ。だが、鍛えられていて、密度は十分、まさに美脚である。

 ネイチャママの膝枕はまた別種の魔境なのだ。

 

 ルーブル姉さんもそろそろ限界らしく、最近はウェイトが増えていない。

 人によってベスト太ももは違うということなのだろう。

 

 ボクとブルボンさんは、さらに太ももを増強して、ボクは宝塚記念に、ブルボンさんはメイクデビューに備えるのであった。

 

 

 

 もちろんこれだけではない。

 今回、マックイーンさんがとてもヤバイ状態になっているのはわかった。

 次の天皇賞秋もきっとあのガンギマリな状態で出てくるだろう。

 ボクは凱旋門賞へ行ってしまうので、そのガンギマリなマックイーンさんとはやらないが、確実にプレクラスニーさんはあれと当たってしまう。

 

 なのでプレさんの、マックイーン対策を、一緒にすることになった。

 まずはラモーヌさんに、あのガンギマリックイーンが何なのか、聞きに行くことにした。

 同じメジロとして、何か教えてもらえるかもしれないし、領域(ゾーン)関係についてよく知っているウマ娘の一人だ。

 ついでに婚約祝いにおそろいのマグカップをもって、ラモーヌさんちに突撃するのであった。

 

「うーん、あんまり教えられることはないかなぁ」

「やっぱり同じ家のウマ娘の情報は教えにくいですか?」

「それもあるし、最近余計マックイーンちゃんがぐずぐずしてるのもあるんだけど……」

「ぐずぐず?」

「ヴィオラちゃん、何かした?」

「素直に完敗ですって言ったのと、あとはラモーヌさんの婚約おめでとうございますって言ったぐらいですね」

「あー、大体わかったわ。まあそれはいいわ」

「いいんですか」

 

 紅茶を一口飲む。甘くておいしい。

 いい紅茶なのだろうか、うちのと味が違う。

 ウチのプリンちゃんも、味がわかるようになるように色々食べさせた方がいいのだろうか。まだ先のことだが。

 

「マックイーンのあれは領域(ゾーン)の一種だと思うんだけど、たぶん思いが強すぎてぐちゃぐちゃになってる感じね。まあ領域(ゾーン)の一種で構わないと思うわ。ヴィオラちゃんなら領域(ゾーン)相手だって勝てる方法知ってるでしょ」

「まあ実際何度か勝ってますからね」

 

 領域(ゾーン)といっても、何か違う力が加わるわけではないのだ。持てる力すべてを使い切るための境地でしかない。

 だから、単純に勝負して勝てばいい。作戦、立ち回り、タイミング、速度、スタミナ、精神力、そういったものを総動員して相手を上回れば勝てるのだ。

 

「マックイーン自身の分析なら、あなたのトレーナーさんが十分してるでしょ。そう考えると話せること、あんまり多くないわ」

「確かにそうですね」

 

 なんでボクがマックイーンさんに負けたか。

 答えは簡単、マックイーンさんは負けられない思いがあった。

 ボクはプリンちゃんにほだされてふやけていた。

 ただそれだけだった。

 まああの状態のマックイーンさんを上回るのは純粋に相当大変そうだが……

 

「わたし、がんばりますから!」

 

 プレさんは力強くそう言い切った。

 実際プレさんの実力は現在うなぎのぼりだ。

 ピークが来つつあるのだろう。今年に入ってから、速さも、パワーも、スタミナも段違いである。

 秋になれば、マックイーンさんを上回ることも想像することは難しくない。

 

 プレさんには、天皇賞秋に勝ってほしいな。

 そんな思いをボクは胸に抱くのであった。




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