オークスで、ルーブルは4番人気だった。
一番人気は桜花賞を勝ったシスタートウショウ。
二番人気は最近調子を上げてきているツインヴォイス。
三番人気は桜花賞4着だったスカーレットブーケだ。
大外8枠20番という逃げに不利な枠番もあり、ルーブルの人気は低かった。
ボクが見る限り、誰も悪いウマ娘というわけではないが……
ルーブル相手に勝てるようなウマ娘とはとても思えなかった。
オークスは、桜花賞の時と同じようにヴィオラと一緒に応援である。
スピカのメンバーも応援に来ているはずだが、ヴィオラはそちらと別行動のようで、ボクと一緒に応援している。
ヴィオラがもってきた横断幕は、かなり派手なものだった。
「前回は、時間がなくて手抜きだったんだよね」
とヴィオラが言うが、今回は気合入りすぎである。
そもそも前のだって十分立派な横断幕だった。
「そういえばさ、テイオー。皐月賞の時は、ごめんね」
「ん? 何が?」
「今までのボクもそうだったし、桜花賞の時も今回も、こんなにさ、ルーブル姉さんの応援してくれてるのに、皐月賞の時はテイオーの応援できないじゃん。なんかフェアじゃないなと思って」
「そんなこと、気にしないでいいんだよ。チームメイト応援しないほうが問題じゃん」
「それはそうなんだけど…… 内心では、ボクはテイオーのことも同じぐらい応援してるよ。多分ルーブル姉さんもそうだから」
「ん、ありがとう」
ヴィオラも普段は雑すぎるのに、こういうところは意外と繊細である。
そういうところが人気があるところなのだろう。
もちろん実績もあるが、ヴィオラ自身生徒会に当然のようにいたり、あのルドルフさんとルームメイトを続けていても反発を受けないぐらいには人気があるのだ。
まあ時々変なところでよくわからない地雷を踏んだりするが…… マックイーンと、なんのボタンが食い違ったのか、現在冷戦状態で本当に口一つ聞かない仲になっていた。
「ねえさーん」
ヴィオラが手を振るとルーブルが手を振り返す。
「頑張れルーブル~」
ボクが手を振ると、やはりルーブルが手を振り返す。
お姫様のようなドレス風の勝負服と相まって、その笑顔は非常にかわいらしかった。
桜花賞の時のような違和感はない。
ボクはルーブルの勝利を確信した。
レースは特にいうことはなく、ルーブルの圧勝だった。
大外枠なんて関係ないとばかりにスタートダッシュから先頭を取ると
最初から最後まで、先頭を一切譲ることなく
府中の長い直線で差されるどころかさらに後続を突き放し
ルーブルは勝利した。
桜花賞でのURAの対応にくじけることもなく
満面の笑みで手を振りながらウイニングランをする彼女が
とてもキラキラして見えたのだった。
一方のボクはというと、何かがどうしても欠けてしまっていた。
トレーニングはいつも以上にちゃんとこなせている。
練習のタイムも伸びている。
だが、これでダービーに勝てるのだろうか。
そんな気持ちがどこかにこびりついたままであった。
今まで負けることなんて一度も考えたことがなかった。
練習で負けても こなくそ! 次は頑張るぞ! ぐらいしか思わなかった。
だけど、今は何かが欠けてしまっていた。
同じリギルのルドルフさんはボクのことをいっぱい励まして、褒めてくれる。
次は勝てる。
テイオーはすごい。
私のことだって超えられる。
きっとそれは本心で言ってくれているのだと思う。
だが、どうしても反発心が消えない。
無敗の三冠が消えてしまってなぜルドルフさんを超えられるのか。
ネイチャに散々振り回されて負けた無様なボクをなぜ「すごい」といえるのか。
そんな言葉にならない言葉が、心の中を渦巻いていた。
本当に弱っていた。
だからこそ、ルームメイトであり、一番甘えられる存在であったルーブルに頼ってしまったのだろう。
負けた時の対応なんて聞く相手はいっぱいいた。
リギルのマティリアル先輩やメジロアルダン先輩なんかは、勝ちきれないことが多かったウマ娘だ。それでも長く走っていて、モチベーションの維持や回復には一言あっただろう。
頼れる熟練トレーナーのおハナさんに聞いたって良かったはずだ。
だが……
ボクはいちばんやさしい言葉を言ってくれるだろう、ルーブルに頼ってしまった。
おそらくそれが、失敗であった。
テイオーとの関係を一言でいえば、一番の親友、だろう。
かわいい妹であり、嫉妬の対象でもあるヴィオラちゃんとは違う。
大好きな母であり、恋愛の情を向けるムラサキさんとも違う。
頼れる白井トレーナーや沖野トレーナーとも違う。
仲良くやれているチームのネイチャさんやプレさん、ブルボンちゃんとも違う。
なんでも雑に言える相手。それがテイオーだった。
当然感謝もとてもしている。
基本乙女的な何かが欠けている自分に、いろいろ世話を焼いてくれたのはテイオーだった。
尻尾の洗い方や髪の洗い方から、服の選び方まで、乙女の基本から教えてもらった気がする。
面倒見の良いテイオーは毎回文句を言いながら世話を焼いてくれるんだからいいやつである。
あと尻尾の洗い方がすごくうまい。毎日のように尻尾洗いをねだってしまう。
代わりに私もテイオーの尻尾を洗ってあげるのだが、きれいに洗えているか自信はなかった。
そんな感じでテイオー色に染められた私の学園生活は非常に快適だった。
ただ、テイオーにいろいろしてもらっていながら、何も返せてないな、という思いはいつもあった。
親友だし、貸し借りと考えるのは違うだろうが、それはそうと、何か返してあげたいと思っていた。
特に最近は桜花賞やオークスで応援してもらっていたのに、皐月賞ではチームメンバーのネイチャさんを応援しなきゃいけないのも、テイオーに後ろめたさを感じていたのだった。
だからあの時、テイオーが寄ってきて何かを期待するかのようにくっつき、膝枕をねだって甘えてきたとき、私は内心張り切った。
慣れないことを張り切りすぎてやれば、うまくいかないなんてわかり切っていたことなのに。
「ルーブルはさ」
「なに?」
「走れなくなったらどうする?」
「どうするだろうね。考えたことないわ」
「ふーん」
「テイオーは?」
「どうなっちゃうんだろうね…… ルーブルはさ、ボクが走れなくなったら、友達じゃなくなる?」
「はぁ? なにいってるのよ?」
「むにー!?」
ルーブルがボクのほっぺを引っ張る。
ぷにーと伸ばされるほっぺ。
「テイオーが走れなくなったって、何もできなくなったって、私とテイオーは一番の親友に決まってるじゃない。だって……」
きっとそれは、ボクが一番欲しかった言葉で
「私はテイオーのこと、大好きだからね」
そして、たぶん聞いてはいけない言葉だった。
安心とは人を強くするか弱くするか。
それは人によるとしか言えない。
ただ、ボクの場合は確実に弱くなった。
きっとルドルフさんやおハナさんはそれがわかっていたのだろう。
二人とも情が深い人だ。
だが、心を鬼にして叱咤激励していたのだろうというのは、当時のボクではわからなかった。
トレーニングはいつも以上にはかどるようになった。
スピードもパワーもスタミナも、どんどん上がっていく。
夜もよく眠れる。
ルーブルが心配してくれて膝枕してくれるし、ベッドも一緒で添い寝してくれる。
二人で寝る夜はとても暖かかった。
追切タイムは過去最高を更新し、ボクは絶好調でダービーに挑んだのだった。
今回のダービーに警戒するべき相手はそう多くない。
1番人気を取っていたネイチャは表面上平静を装っているが完全に復調していないのはボクの目から見れば一目瞭然だった。
皐月賞のあれの負担は大きすぎたのだろう。あの負担が抜けてないか、トレーニング不足か、どちらにしろ相手ではないと思った。
3番人気のレオダーバンは、青葉賞上がりで調子はよさそうだ。
だが、実力的にボクの相手ではないと思っていた。
「テイオー、がんばってー」
ルーブルがスピカのみんなから離れてボクを応援してくれていた。
多分チームでいろいろ話したのだろう。
横断幕まで持ってきてくれていて、とても嬉しい。
手を振ると、ルーブルは手を振り返してくれた。
レースは晴天の下、行われた。
スタートも特にトラブルなく行われ、ボクは自分のとりたいポジションを確保する。
ネイチャがうるさく牽制してくるが、皐月賞の時ほどの迫力はなかった。
ずっと4番手ぐらいの好位置をキープして、直線に入るところで一気に先頭に抜け出す。
あとは問題なく、先頭を走り続ければボクの勝ちだ。
そう考えていた。
レースとは減点法で考えるべき、というのがおハナさんの持論だった。
失敗を何かよりいいことでカバーしようなんて無理で、あくまで失敗を減らすのがレースに勝つために必要だというものだ。
ボクはこのレースでどれだけの失敗をしていたか、この時は考えていなかった。
それでも勝てると考えていた。
単純にそれは驕りでしかなかった。
ゾクッ
何か圧力を感じる。
気配が徐々に近づいてくる。
必死に突き放そうとするが離れない。
徐々に近づき、ついにその存在が横に並んだ。
青い勝負服。舞う鹿毛。
それは、レオダーバンだった。
並び、徐々にボクを追い抜いていく。
必死に追うがそのわずかな差が縮まる気配がない。
結局後から考えれば当然であった。
スタートから道中の雑なレース運び。
ネイチャからの牽制への雑な対応。
直線への抜け出し時の加速しすぎ。
どれもこれもレースが雑すぎた。
それでも多くのウマ娘を上回れるスペックはある。
だが、劣るとしても、どうにか勝つために、失敗を極限まで削り、努力をぎりぎりまで積み上げてきたウマ娘を相手にするとどうなるか。
その答えが目の前に現れていた。
ここまでくるともうどうしようもない。
日本ダービーを制したのは、レオダーバンであった。
ボクは負けた。
だが、負けても今までのような焦燥感に似た悔しさは湧き上がってこなかった。
淡々とライブを行い、チームで残念会をやって。
部屋に帰ればルーブルとヴィオラが待っていて、適当にワイワイ夜更かしして。
慰めてくれるルーブルに添い寝してもらって。
ボクは寝れてしまったのだ。
このままではまた、勝ちきれないレースを繰り返してしまう。
だが、どうすればいいのか、今のボクにはわからなかった。
「はっはっはー、日本ダービーもおなじみ三着、ってね」
「いや、むしろあの消耗からよく三着に入れたね……」
「ネイチャさん、自分がどんな状況でも、どんな相手でも三着に入れる能力とかありそう」