紫電の女王の栄光の道のり   作:雅媛

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6 紫電の女王の凱旋門賞

 凱旋門賞に備え、ボクらはフランスに渡ることとなった。

 飛行機で羽田空港から13時間程度かければ、パリの空港に到着し、そこからタクシーでロンシャン競馬場近くのホテルに移動する。

 

 ここが、ボクらの活動拠点である。

 レースまで1月、ここを拠点にレースに備えることにしていた。

 

 メンバーはボクを含めて3人。

 白井トレーナーと、ホクトベガちゃんである。

 

「噓でしょ…… いつの間にか連れてこられた……」

 

 サポーターとして連れてこられたホクベちゃんは茫然とつぶやいていた。

 

 

 

 最初、フランスは家族旅行気分で来るつもりだった。

 だから、ルーブル姉さんや母や妹なんかと一緒に来るつもりだった。

 だがルーブル姉さんはエリザベス女王杯があるし、妹はまだ乳幼児で飛行機に乗れない。

 勝手に一人で思い描いていた家族旅行プランが崩れ去った。

 

 そうなると誰に同行してもらうかという問題が浮上する。

 白井トレーナーは同行してくれるが、競馬場を視察してレースプランを考えることで忙しい。

 トレーニングプランとかの面倒は見てくれるだろうが、日常的な面倒はたぶん見てくれない。

 一人異国で一か月はメンタルが強いボクでもさすがにつらいので、同行してくれるサポートウマ娘は必須だった。

 そしてそれに選ばれたのが、ホクベちゃんであった。

 

 ウチのチームだと、

 プレクラスニーさんは天皇賞秋

 ルーブル姉さんはエリザベス女王杯

 ナイスネイチャさんは菊花賞

 ミホノブルボンちゃんは9月にメイクデビュー

 なので、10月初旬の凱旋門賞に皆付き合うことができない。

 そうすると空いていたのがホクベちゃんだったということだ。

 

 移動前日に同行してもらう旨をホクベちゃんに伝え、翌日朝一番の飛行機でフランスに来ることになった。

 

「え!? 明日!? 正気ですか!?」

「ちなみに7時の飛行機だから、4時には学園出るからね」

「!?」

 

 こんな感じでホクベちゃんから同意を得て、無事にフランスまでやってきた。

 だが時差ボケのせいか、フランスについた時にはホクベちゃんはよろよろしていた。

 

 ボクは、ホテルに向かう途中にあったエッフェル塔と凱旋門の写真を撮りまくっていた。

 

 

 

 極端な話、レース前日にフランスに来ても問題ないのだが、1月も前に来たのは理由がある。

 

 一つはもちろん時差ボケ対策だ。

 フランスと日本の時差は8時間。

 外国滞在経験がないボクにはかなりつらい可能性があるため、調整込みで早めにフランスに来ていた。

 

 だが一番の目的は、白井トレーナーの現地調査だ。

 紙面上の情報は集めきったようだが、現地を見て、芝の状況や天気を見ないと計画は立てられない。

 コースの実際の状況も丁寧に見たい。

 そういう白井トレーナーの準備もあって、ひと月も前にフランスに来たのだ。

 

 だが、実際問題として、ボクがフランスでやることは多くなかった。

 トレーニングは夏合宿で完璧に仕上げてきているので、あとは本番まで調子を落とさないようなトレーニングをするだけでいい。

 ホテル内にトレーニングルームが完備されているし、ホテル内だけで生活が完結してしまう。

 一度、フランスのトレーニングを見てみようということで、トレーニングコースに走りに行ったが、フランスのトレーニングコースではなく森と野原なのである。

 柵も何もないところをウマ娘たちが縦横無尽に走っている。

 これがウマ娘たちの野生を呼び覚まし、トレーニング効果が上がるという話だったが、こちらは東京生まれ東京育ちのアスファルトの上を走って育った都会っ子だ。

 虫がうっとおしいし、ボーボー生えた草がうっとおしいしで、一度でいやになってしまった。

 

 かといって街中では、府中近辺のようにウマ娘専用レーンはないし、車が多い。

 そもそもフランスの道路交通に関するウマ娘のルールを全く知らない。

 なので、街中も走るには不適当であった。

 

 結局トレーニングは引きこもってやるばかりになる。

 ボク自身は引きこもり気質があるし、スピカは走らないトレーニングがメインだからそれでもかまわない。

 だが、ホクベちゃんが一日中建物の中にいるのが苦手なようで、ストレスが溜まりそうになっていた。

 

「ということで、ホクベちゃんにはお散歩に行ってもらおうと思います。題して、『一等星のフランスぶらり旅』」

「名前が絶妙にダサいですね」

「まあでも道具はちゃんとそろえたし」

「私フランス語しゃべれないんですけど」

 

 今のホクベちゃんの服装は、アイネスフウジンさんの勝負服に似ている。

 ミニスカートの下に1分丈レギンス、上は青と黄色のジャージにサンバイザーという日常風だがすごくかわいいものだ。

 だが、サンバイザーにはウマ娘カメラが取り付けてあり、360°撮影され続けているし、GPSも体の三か所に付けている。防犯対策はちゃんとされていた。

 

「お小遣いあげるから、好きにお散歩してきてね。撮影風景は動画にしたり配信したりするから」

「まあ暇ですからいいですけど~」

 

 そういいながら、しぶしぶホクベちゃんは出ていった。

 ボクは一人、ホテル併設のトレーニング施設でトレーニングを続けるのであった。

 

 

 

「ただいま帰りました」

「おかえりー、ってそれ何?」

「お土産のケロ吉です」

 

 絶妙にダサい名前を言いながら、でかい蛙を両手に乗せて見せるホクベちゃん。

 緑に黒の模様がある蛙だが、妙にでかく、ちょっとキモい。

 

「蛙だよね? どうするの?」

「食用らしいので、ヴィオラ先輩へのお土産です、ヴィオラ先輩、料理できますよね?」

「蛙は捌けないよ!?」

 

 というか、名前まで付けて大事に持って帰ってきた蛙を食べようって、本気なのだろうか。

 やはりホクベちゃんもスピカの人間である。常識にはとらわれない。

 ケロ吉は、無表情なまま「げこ」と鳴いた。

 

 結局捌けないので、そのままスピカ公認ペットになったケロ吉。

 だが、ホクベちゃん動物園はこれで終わらなかった。

 次に買ってきたのは食用ウサギのウサ吉である。

 この子もなんかでかいし、丸っこくてかわいいのだが、捌けないのでペット枠になった。

 

 最初の頃は戸惑っていたホクベちゃんも毎日外出していると次第に慣れていく。

 半月も経つと、

 

「野生のハギスを探しに行きます!!」

 

 と言いながらスコットランドに旅立っていき、翌日、無事、生きたハギスという謎の生き物を連れて帰ってきた。

 

「この子、心の清らかな者の前にしか現れないらしいですよ」

「へー、そうなんだ」

「ハギャァァアアアア」

「なんかすごく威嚇されてる……」

「ヴィオラ先輩、心がやっぱり汚れてるから……」

「こんな純粋で清らかな乙女いないでしょ!?」

「清らかなウマ娘は誉をダートに埋めません」

 

 ホクベちゃんの正論に反論ができないのであった。

 幸いハギスのはっちゃんは、エサで釣りまくることで、しぶしぶ抱っこさせてくれる程度にはなつかせることができるのであった。

 

 

 

 そんな感じで引きこもったボクは、トレーニングとホクベちゃんのお出かけ実況と、謎に増えたホクベちゃん動物園たちとの触れ合いを糧に頑張り続けていた。

 

 食べ物関係は、ボクは基本日本からコメを持ち込んで日本食を基本食べている。

 いつもと違うフランスの食べ物を食べて体調を崩すのだけは避けたいので、涙を呑んでフランス料理を我慢しているのだ。

 レースが終わったら、絶対本場のフランス料理のフルコースを楽しみまくるんだと誓いながら、毎日おにぎりを食べていた。

 ホクベちゃんは下調べと称して毎日高級レストランに通い続けて少し肥えた。

 

 そんな生活をして1月。レースの5日前にやっと白井トレーナーはレースプランを完成させた。

 それを頭に叩き込んで、ボクはレースへと挑むのであった。

 

 

 

 ロンシャン競馬場。

 フランスの有名な競馬場であり、凱旋門の近くにあるそんな場所で行われる凱旋門賞。

 芝2400mのコースは極めてテクニカルなコースである。

 

 スタートから400m進むと、最大斜度2.4%高低差10mの坂が待ち受ける。

 ちなみに中山競馬場の直線にある、心臓やぶりの坂は高低差5mで最大斜度2.24%だ。

 だから、中山の坂よりも圧倒的にきつい坂である。

 そして、坂を上り切ると、第三コーナーに入り、第四コーナーまでで10mを下るのだ。

 そんな難しいコーナーを抜けたら直線、フォルスストレートが250m、そこから右に曲がってさらに直線が533m。すさまじく複雑なコースだ。

 

 平坦な直線が長いから末脚勝負になるが、それまでに如何にスタミナを残すかも大事である。

 最初の坂でスタミナはがりがり削られるし、コーナーの下り坂はコーナーリングの難易度をあげる。

 下り坂で勢いがついているからフォルスストレートで速度をあげたくなってしまうがそこでスパートに入ればゴールまでたどり着けない。

 最後の直線も長いからどこからスパートするかも大事である。

 

 

 

 走り慣れているフランスウマ娘が有利というのがよくわかる。

 難易度の高いコースだ。だが……

 

「だからこそボクにも勝ち目がありそうですね」

「そう、失敗を減らせばどんどん有利になる。だから、このプランで走れば、失敗を減らせて、それで勝てる可能性は高いはずだ」

 

 クマで目の下を真っ黒にしながら、しかしぎらぎらと輝いた瞳で、トレーナーさんはボクに告げた。

 

 

 

 凱旋門賞

 そのパドックに出た時、会場は一瞬ざわめいた。

 理由はまるで分らず、ボクは観客に手を振っていたが、あとで聞くとあまりの小ささに驚いたということだ。

 確かにパドックにいたウマ娘たちは平均身長170cmぐらいはありそうで、ボクは圧倒的に小さい。

 幼女が現れたと皆驚いたらしい。

 

 さらに、スピカ自体の悪評? もあったようだ。

 毎日ロンシャン競馬場で鬼気迫る雰囲気で会場を嘗め尽くすように調べるトレーナー

 ホテルから一歩も出てこない日本から来たウマ娘。

 そしてスコットランドで今まで伝説と思われていた未確認生命体ハギスを捕獲したサポーターウマ娘。

 特に最後は連日ニュースになっていたのだとか。

 

 大体ホクベちゃんのせいだった。なお、ハギスのはっちゃんはホテルでお休み中である。

 

 そんなあらゆる意味で話題をさらっていたチームスピカ。

 そして出てきたのはこんな小さいウマ娘では、会場はどよめかずにはいられなかったらしい。

 人気もフランス語だからまったくわからなかったがどうやら最下位だったとか。

 

 パドックでの立ち振る舞いもよくわからず、ひとまず愛想を振りまいておいた。

 虚紫集団だけはなぜかフランスにもかかわらず勢ぞろいしていたので、いつものように表情が死んだ。

 

 

 

 パドックもすぐ終わり、そのまま本バ場入場、そしてゲートインである。

 入場曲もなければファンファーレもないので、何か味気ない。

 結構さっさとレース準備が進んでいく。ゲートに入り、少し待てばすぐスタートだった。

 

 あっけなくスタートして走り始めるのに、少しだけ虚を突かれる。

 芝がそもそも日本と違って柔らかく、走るのに力がいる。

 慣れない環境だが、そこまで大きな問題ではなかった。

 

 先行ウマ娘たちが、焦るようにガンガン飛ばしていく。

 想定していたより速いペースだが、気にせず予定通りの位置をキープしながら予定通りに進んでいく。

 なんとかさん(名前がまるで覚えられなかった)がボクが邪魔だといわんばかりにプレッシャーをかけてくるが、気にせずにまっすぐ走る。

 体は小さいがフィジカルで負けるつもりはないのだ。ぶつかられてもはじき返すぐらいの意気込みでこちらも走る。

 前に行こうか、後ろに行こうか、横に行こうか、迷ったそぶりがあったが、結局横を併走し始めたなんとかさん。

 今回は相手への理解がなさ過ぎて、駆け引きも牽制もできない。

 そもそもフランス語が分からない。英語もかなり怪しい。ボクができる英語はジャパニーズイングリッシュなのだ。

 だからこそ、白井トレーナー渾身のプラン通りに、ボクはただただ走り続ける。

 

 先行集団がどんどんペースを上げていく。明らかに掛かりすぎだろう。

 あんなペースで坂を上がればスタミナがもたない。

 現地のウマ娘といえどもこの雰囲気には緊張するんだな、とどうでもいいことを感じた。

 隣で走っていた何とかさんもつられて前に出始める。

 ボクはあくまでプラン通りに走るだけなので、速度を変えず、そのせいで相対的に徐々に後ろに下がっていく。

 だが焦る必要はない。

 スパートできる余裕も、スピードを出せる余裕もまだいくらでもあるのだ。

 前を行く集団はそのままの勢いでコーナーを下り始めた。

 

 ちょっと前のほうがばらけ始める。

 オーバースピードで下り坂のコーナーに入ったせいでウマ娘によってブレーキをかけているのだろう。無駄にスタミナを消耗しているウマ娘が何人もいそうだ。

 ボクはマイペースでコーナーをなすがまま降りていく。

 完全にウマなりで走っているので、下手に力を使わずに済んでいる。

 特に頑張らなくてもこの下り坂だ。どんどん速度は出ていくのだ。

 コーナーを抜け出したところで、ボクはその勢いのまま、外から前に躍り出た。

 バ群が縦長なおかげで、そこまで外に出なくても一気に前に出られた。

 

 そして、その勢いのママ、ボクはスパートをかけた。

 

 なんとなく驚きの気配を感じる。

 なんせここはまだフォルスストレート。

 この後の直線まで力をためて、直線でスパートするのが定番だ。

 

 掛かったか。

 コースを勘違いしているか。

 そんな風に周りは思っているだろう。

 だがこれ自体計画通りだ。

 

 ここで抜け出さないと、直線二つのつなぎ目のところではかなり外に出ないといけなくなる。

 それが嫌だったのが一つ。

 もう一つは直線二つのつなぎ目のコーナーはそう長くもなければ急でもないという点だ。

 だからスパートかけながらでも十分曲がれるという計算があった。

 

 抜かれた先行集団が焦ってボクについてくる気配を感じる。

 ボクのスパートは計画通りだ。

 今の感覚から言って、最後までバテずにスパートをかけ続けることができる。

 だが、今まで無駄にスタミナを浪費して来た他の人はどうだろうか。

 その結果が、最後の直線であらわれようとしていた。

 

 

 

 コーナーを回ってすぐ、並びかけてきた先頭集団はずるずると落ちていく。

 完全にばてているのだろう。

 一方ボクはまだまだいける。

 残り500mを全力で走り続ける。

 もう振り返ることなどしない。

 とにかくゴールを目掛け全力で走り続ける。

 残り400m

 完全に抜け出した感覚がある。

 後ろから追ってくる気配は一切ない。

 かなり距離が取れている感じだ。

 残り300m

 油断せずに全力で走る。

 息が上がってくる。

 脚も重くなってくる。

 だがまだ走れる。

 残り200m

 すさまじい圧力が後ろで膨れ上がる。

 誰かはわからない。

 というか振り返る余裕もない。

 ボクはただ、前を向き、ゴールに飛び込むことだけを考える。

 残り100m

 後ろの圧力はすぐそこまで来ている。

 ここで粘れるかどうかが勝利の分かれ目である。

 全身全霊を込めて、走り続け、走り続け、走り続け……

 

 何もわからないままゴール前を走り抜けた。

 ゴール後、横には道中で絡んできたなんとかさんがいた。

 コーナーの時はかなり後ろの方にいたはずだが、ここまで追い付いてくるとはどういう末脚してるんだ……

 ボクは戦々恐々としていた。

 

 何とかさんは、一言フランス語っぽいことを話し、ボクの肩を叩いてその場を去っていった。

 かっこよかったけど名前は結局わからなかった。

 

 

 

 レース結果はボクが一着だったらしい。

 よくわからな過ぎて、のんびり帰っていたらトレーナーさんとホクベちゃんに抱き着かれてわしゃわしゃにされた。

 勝ったのか。

 なぜか実感がない中、そんなことをぼんやりと思った。

 

 

 

 何にしろ勝ったなら祝勝会である。

 チームメンバー3人プラス3匹で、フランス料理のフルコースをホテルでいただいた。

 いつもボクの食事を作ってくれるホテルのシェフが作ってくれたのだが無茶苦茶おいしかった。特にフォアグラがいけた。トリュフはよくわからなかった。

 普段の和食は正直微妙だったが、本業でないものを作らせて申し訳ないと思うぐらいとてもおいしかった。

 そのまま日本に帰るまでの数日、ルーブル美術館に引きこもったり、ホクベちゃんの選んだフランス料理を食べまくったりして、適当に過ごした。

 インタビューなんかはトレーナーさん任せだ。トレーナーさんはフランス語も行けるらしい。すごい。

 そんな風にフランス旅行を数日だけ楽しんで、ボクは日本に帰る。

 次は天皇賞秋で、プレクラスニーさんの頑張りの結果を見なければならないからだ。

 

 どんなレースになるのか、ボクは楽しみにしていた。




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