遅くなりましたが、不定期投稿なので許して
夏合宿に入ってもボクの調子は戻らなかった。
体の調子は良いのだ。
成長を実感できるぐらいスピードも、パワーも、スタミナも上がってきている。
タイムだって悪くない。
だが、レースに勝つための意気込みというか、そういう気持ちが本当に沸いてこなくなっていた。
これでネイチャやレオダーバンに菊花賞で勝てると思えるほどボクは楽観的ではない。
だけど、どうすればいいのだろうか。
トレーナーやルドルフさんに相談するのも気が引けて、ボクはルーブルにばかり相談していた。
今もトレーニングが終わり、夕日の見えるテラスで二人、ジュースを飲みながらお話をしている。
「ひとまずどうしてレースに出るのか、考えてみたら?」
「うーん、何だろう。ルーブルはなんでレースに出るの?」
「お金のためよ」
ルーブルはあっけなく答えた。
「賞金が出るし、何より今後の進路とかに役に立つって言われてるじゃない」
「まあ、確かにねぇ」
ルーブルはそういうが、今後の生活のため、という理由を述べるウマ娘はたぶん少数派だ。
トレセン学園進学を決めるウマ娘はそのころ小学生だ。
漠然としたあこがれや、走るための欲求をもとに皆トレセン学園に入ってくる。
そう考えると、ボクはなんでトレセン学園に来たのだろうか。
「ルドルフさんみたいになりたかったんだよね。でももう2回も負けちゃってるし」
「ふーん、でも、ルドルフさんって三冠とったからルドルフさんなのかな?」
「?」
「三冠のどこかで負けたらルドルフさんじゃなくなってたのかなって」
「……どうだろう?」
そこまでよく考えたことがなかった。
翌日、ルドルフさんを追いかける。
ルドルフさんは朝早く起きて、ヴィオラと自主練をしていた。
ヴィオラはえぐいハイレグの水着を着ている。
ルドルフさんも同じ水着のようだが上にいつものダサTを着ていてよくわからない。
一本走った後、ヴィオラはルドルフさんに頭をなでられていた。
羨ましく思った。
「いや、何で見てるだけなのよ。普通に混ざってきなさいよ」
「あ、そうか」
ルーブルに思ったことを伝えたら
突っ込まれた。
そもそもなんでボクは隠れてみてたんだ。
一緒にやってよかったじゃん。少し頭が回ってないらしい。
「明日、私も一緒に行くよ。場合によってはヴィオラちゃんのことルドルフさんから引き離すから」
「ん、ありがとう」
そんな作戦会議をして、一日が終わったのであった。
翌日、休養日なので4人でお出かけをした。
ヴィオラはルーブルにべったりである。相変わらず仲がいい。
ボクはルドルフさんと一緒に近くで買い物を楽しむ。
ルドルフさんはとても大人で、ボクに合わせてくれる。
考え方も視界も広くて、困っている子供を見つけて迷子センターに連れて行ったり、お年寄りにも手を差し伸べる。
ボクのことも気遣ってくれる。
まさに大人、といった感じだ。
そういうルドルフさんもボクは大好きだ。
だが、それと走りはたぶん全く別のものである。
ルドルフさんはたぶん、脚が遅くてもこんな大人で、こんな優しい人だったんじゃないかと思う。
4人で合流して、お昼を食べて、そのまま一度ホテルに戻る。
休むのも大事なので、ヴィオラもルドルフさんもお昼寝するらしい。
「結局」
「うん」
「ボクは誰よりも速く走りたいんだと思う」
「かっこいいね」
「かっこいいかな」
「かっこいいよ」
ルドルフさんのことは好きだし、とても大人で憧れている。
でも、ルドルフさんのダービーを見た時に、ボクは憧れを抱いたのだ。
ルドルフさんの人格も中身は何も知らなくても、かっこよかったのだ。
だから、速く走りたいと思った。
誰よりも、ルドルフさんよりも、ヴィオラよりも、ルーブルよりも速く走りたかった。
ただそれだけだった。
「じゃあさ。いっぱい速く走ろうよ」
「がんばる」
無敗も、三冠もなくなった。
でも、まだ速く走ることはできる。
誰よりも速く、速く、走りたい。
でもそれだけで、ボクは気持ちが少しだけ前向きになった。
速く走るには何が必要か。
フォームの正しさに筋力、柔軟性、要素はいろいろあるが、一番は正しい努力だ。
そういう点でリギルは非常に信頼の高いチームだった。
今まで積み重ねてきたもの。
今後積み重ねるもの。
菊花賞3000mを十分に走り切れるだけの努力を積み重ねていく。
最も強いウマ娘が勝つ菊花賞。
最強の称号は、誰にも譲るつもりはなかった。
ただ、それだけで勝てるわけではない。
皐月賞はネイチャの作戦と奥の手に負けた。
ダービーは勝ちたい気持ちでレオダーバンに負けた。
速さだったらずっとボクが一番だったはずだ。
速さだけではレースに勝てないのはわかっていた。
だからレースの組み立て方について、トレーナーさんやルドルフさんに相談した。
本当はスピカのトレーナーに聞くのが一番だろうと思うのだが、さすがにライバルのチームのトレーナーに聞くのははばかられた。
だが、それは間違いだった。
「ネイチャはここでマークしてくるから一歩外に踏み込むといいと思うわ」
「ついでに目線を一瞬だけ合わせるといい。相手の反応が一瞬だがおくれる」
「え、それありなの?」
トレーナーさんもルドルフさんも提案する内容がえげつない。
ルールすれすれ、とまではいかないが、いくつも牽制する方法を提案してくる。
「ふっふっふ、私の時はビゼンニシキ君がとにかく強くてな。本当に、勝つため彼女の鼻頭をゴール前でぶっ叩きたくなったものだよ」
「さすがにそれは反則だから、もうちょっとクレバーな方法いろいろ研究したわねぇ」
しみじみというルドルフさんと、肩をすくめるトレーナーさん
よく考えたらヴィオラも牽制やらなんやらが得意だ。
勝つためならここまでいろいろしているんだな、と自分の不勉強を恥じた。
成長するのはもちろんボクだけではない。
ライバル筆頭のネイチャの実力の伸びはバカにできない。
単純な成長量で見ればボク以上にみえる。
菊花賞は全く油断できないだろう。
スピカの一つ上の世代であるヴィオラは相変わらず強いし、プレクラスニーさんはそれをさらに上回りそうだ。
下の世代を見ても、うちのタンホイザはいつものように「普通の努力」だとか言いながらやばい量のトレーニングこなして「24時間が足りない!!」とかほざいているし、ミホノブルボンは太ももが余計太くなって最近は太ももでスイカ割をしていた。
皆成長していく中、一人だけ気になったのがルーブルだった。
皆と同じように努力はしている。
だがタイムが伸びていない。
確かに努力に比例してタイムが伸びるわけではない。
時に全くタイムが伸びないどころか落ちることもある。
だが、ボクは違和感を感じた。
何とも言えないこの感覚を否定できず、ボクはルーブルを二人きりの夏祭りに誘ったのだった。
二人きりで出かけるとき、まず違和感を抱いたのは、ルーブルの服装だった。
今回夏祭りということで、全員分の浴衣が用意されており、ボクはもちろん、着るものに頓着しないヴィオラすら浴衣を着ていた。
だが、ルーブルはシャツにホットパンツという、いつもの私服である。
浴衣が嫌だったとかいう理由もあるのかもしれないが、ボクは何となくそうではないと思った。
そのまま二人で出かけ、そのまま人気のないほうへと向かう。
二人きりで夜空の下、草むらに腰掛ける。
「ねえルーブル」
「なに?」
「何に困ってる?」
「なにも困ってないよ」
ルーブルが小さく笑う。
それが儚すぎて心配になり、肩を抱きしめた。
「何? 暗がりで二人きりで、なにかしちゃう?」
「ルーブル」
「はいはい、ふざけてごめんなさい」
「ピークが過ぎたとか、そんな感じかな?」
ルーブルの肩が震えた。
ピークがいつ過ぎるかは、外見ではわからず、また、本人以外は明確にわからないらしい。
だが、いろいろ不自然なルーブルを見て、それではないかと推測した。
おそらく反応から見て当たりだろう。
だが、ルーブルはそれ以上に、おびえてるように思えた。
「ピークすぎるの普通だし、走るのだってできるでしょう。何ならヴィオラにそうだ……」
「それだけはだめ、許して」
ルーブルが泣きそうな顔をしてボクの手を握った。
「? なんで? ヴィオラ、ピーク後の走り方の第一人者じゃない。家族なんだし相談したらいいと思うけど」
「もうすぐ凱旋門賞なんだから、心配かけたくない」
「……」
泣きそうな目でボクを見るルーブル
それを見返すボク。
ルーブルが言っているのは全く嘘ではないだろう。
夏合宿が終わればヴィオラはすぐにフランスに旅立つ予定だ。
だが、それまでの間ルーブルに走り方や心構えを教える余裕はあるだろう。
幸いルーブルの身体能力は落ちていないし、それなりの成績で走り続けることも難しくないはずだ。
「走ってもいいし、何なら引退してもいいんじゃない?」
「引退なんてできない!!」
ルーブルの、何か一番大事なところに触れた気がした。
引退を拒否するウマ娘、というのは珍しくない。
何かを背負ってしまうと、成績を残さずに辞めるということができなくなることがあるのだ。
だが、ルーブルの家族がそういうことを言うだろうか。
ルーブルの家族は現状、ヴィオラとその母親だけだ。
あの紫バカとも長い付き合いだ。いろいろ頭がおかしいところがあるが、身内には硬め濃いめのはちみーよりも甘いのは知っている。
ヴィオラのお母さんはそう多くは知らないが、昔不良トレーナーを殴って退学になったロックな人だと聞いている。そんな人が走れというだろうかという疑問がある。
そもそもヴィオラはルーブルが引退するとなったら嬉々として養い始めるはずだ。なんせ、母とルーブルと、最近生まれた妹を養うために走っていると公言しているのだから。
だがおそらく、ルーブルはそれを信じられていないのだろう。
「ほら、落ち着いて、ね?」
「だって…… 走れない私に…… 価値なんてない……」
ボクはルーブルをギューッと抱きしめた。
情報が少ない。
どうすればいいかわからない。
だけど、たぶん逃がしたら永久に追いつけない。
だから逃がさないようにずっと抱きしめ続けたのであった。
ルーブルに起きていることが何かはわからなかった。
だがどうにかしないわけにはいかない。
ヴィオラに相談するのはだめだろう。凱旋門賞遠征に影響が出るとルーブルが何を考えるかわからない。
スピカのトレーナーもダメだ。
そうすると相談相手が全くいなかった。
念のため、東条トレーナーに話を持っていく。
「はぁ、テイオーも問題抱え込むタイプよね……」
「そうかな?」
「そうよ。全く…… で、どうしたいの?」
「わかんない」
「そういうの沖野君の担当なのよね……」
東条トレーナーは肩をすくめた。
「まあいいわ、二人で組んでできるトレーニング用意してあげる。今は話しにくいのはわかるけど、ヴィオラちゃん帰ってきたらちゃんと話させなさいよ」
「ありがとうトレーナー」
「その代わり、厳しいメニューにしておくから、さぼったら承知しないわよ」
「はーい」
ルーブルはみんなの前ではなにもないかのようにふるまう。
だが、ボクの前だけでは情緒不安定になった。
そんなずぶずぶの関係を、夏合宿が過ぎ、9月に入っても続けてしまう。
ルーブルが頼ってくれるのは嬉しい。
だが、同時に安定しないルーブルに不安ばかりが募っていくのであった。
ヴィオラがなんか、本当になんか凱旋門賞に勝って、意気揚々と凱旋してきた。
だが、それでもまだ相談しがたかった。
天皇賞秋も近く、チームメンバーのサポートに回ったヴィオラは生徒会活動も合わせて積極的に働いていた。
ルーブルも普段通りにふるまって相談する気配がないものだから、ボクもグダグダとそれに付き合ってしまうのだった。
だがそれは悪手だったのだろう。
おとなしくいろんな人に相談しておくべきだった。
だが、ボクを頼ってくれるルーブルが嬉しくて、その気持ちがなんだか、ちゃんと考えなくて……
その結果が現れたのが、エリザベス女王杯であった。
16着惨敗
2番人気に押されたルーブルは、必死に逃げようとするも先頭を取れず
直線で沈んで全くいいところなしのレースだった。
控室に行くと、ルーブルはヴィオラに抱きしめられていた。
泣きじゃくり、すがるルーブルを見て、様々な気持ちが心をよぎる。
嫉妬、なぜここでボクじゃなくて、ヴィオラにすがるのだという気持ち。
怒り、なんでここまでヴィオラは気づかなかったのだという気持ち。
諦め、ボクでは入れない二人の絆があるのに気づいた気持ち。
そして、おそらくこれは、恋心。
結局ボクは、ルーブルが好きで。
振り向いてほしくて。
でもルーブルの気持ちがボクに向いていないのに気づいて。
頼られるのがうれしくて。
そして問題を放置してしまったのだ。
ルーブルが本当に求めていたものが何か、わかってしまった。
家族のぬくもり。
それをボクは与えられていなかった。
ボクはその場を逃げ出すしかできなかった。
「テイオー?」
「ヴィオラ? なによ」
「いろいろ話しておかないとと思って」
「ルーブルは放置していいの?」
「今寝てるし、ネイチャさんとプレさんにお願いしてるから」
「そう……」
「ごめんね、テイオー」
ヴィオラは頭を下げた。
「ねえヴィオラ」
「何?」
「ボクになくて、ヴィオラにあるものって何かな?」
ヴィオラは悩む。
きっとヴィオラは今のやり取りからしてボクがルーブルに惚れていたのを察している。
普段鈍感な割に、時々妙に鋭くて困る。
「うーん、速さ?」
「速さ?」
「これでもさ、ボクって裏レースで最強って言われてたんだよ」
「……すごいね」
おそらくヴィオラはあまりしゃべりたくない内容なはずだ。
でも話してくれるつもりのようだ。
「ルーブル姉さんがボクとつるむようになったのもそのあたりの頃で、とにかく速いのが気に入ったって言ってたね」
「……そっか」
「テイオーはさ、優しいし、かっこいいし、良い人すぐ見つかるよ」
「じゃあヴィオラはボクに惚れてたりするの?」
「うーん、結構好みではあるよ」
「じゃあルーブルはボクのことどう思ってるかな?」
「手のかかる妹?」
「そっか」
きっとここでいう速さは単なるスピードではない。圧倒的実績だ。
ヴィオラの実績は圧倒的だ。裏レース最強というのがどれだけすごいかはわからないが、そのコミュニティで一番だったということだ。
そして今では文句なしの日本一だろう。実績的にかなうのは、ルドルフさんぐらいだ。もしかしたらルドルフさんすらも劣っているかもしれない。
対してボクは……
「ねえヴィオラ」
「なに?」
「ボクが勝って勝って、ヴィオラを超えるぐらい勝ったら…… ルーブルは振り向いてくれるかな」
「どうだろう? わかんないや」
ヴィオラは正直だった。
次の菊花賞、ボクは6バ身差の勝利を飾った。
油断もなく、隙もなく、3000mを完璧に走り切った。
当然、これだけでは全く足りない。
だが、一つずつ勝っていく必要がある。
届くかもしれない彼女に届くために。
届かなかったとしても後悔をしないために。
ボクは走りだし始めた。