「ということで、香港に行くぞー」
「「「「おー」」」」
迷いに迷った結果、ボクは香港招待カップに参加することにした。
有馬記念に出ても勝てないのだ。
テイオーは怖いし、マックちゃんは吹っ切れて強くなってそうだし、プレさんは最近ガンギマってるし、ネイチャさんはいつも3位なのだ。
ヘリオスさんやライアンさんといった油断できない相手もいるし、
こんな有馬記念に出たら、ボクは無茶苦茶にされて掲示板外にポイってされかねない。
5位までに入らないとろくな賞金が出ないのだ。
じゃあ中山大障害は? というはなしもある。
こちらは参加人数が少ないだろうし、入着できる可能性はだいぶ高い。
だが、最近障害の練習を全くしていない。
下手に参加して転倒したら大変だ。
なので中山大障害もあきらめた。
どのレースに出ても勝てる気がしないしなぁ、と思っていたころ、香港から招待状が届いた。
香港招待カップ
香港で最近出来たらしいレースだ。
検討した結果、これが一番都合がよかったので、これに出ることにしたのだ。
理由はいくつかある。
一つはアルダンさんだ。
香港からURAへ日本の技術を得るためにウマ娘を紹介してほしいという話が来ているらしい。
それにアルダンさんが名乗りを上げているのだ。
その下調べや顔合わせなども含め、アルダンさんが香港に渡ることになったので、それと一緒に行くということである。
アルダンさんには、姉のラモーヌさんに、義姉になる予定のルドルフさんまでついていく。
錚々たるメンバーである。
ボクもそれにくっついていく予定である。
もう一つは家族旅行だ。
フランスの時は一人で行く羽目になったが、今度こそ家族みんなで海外旅行をするのだ。
香港なら時間も長くないし、時差も少ない。
ルーブル姉さんは今余裕があるし、母とプリンちゃんの説得だけである。
駄々をこねに捏ねまくってみたら、香港側がプライベートジェットを用意してくれることになった。
アルダンさんはもちろん、ラモーヌさんもルドルフさんも中国語はある程度しゃべれるそうだし、メジロ家からもシンボリ家からもURAからも通訳がつくので、現地生活も何も困らない。
フランスの時は通訳が足りてなくて本当に困ったものだ。
これなら安心である。
なお、今回、スピカのトレーナーさんは同行しない。
今回の有馬記念は、うちからプレさんとネイチャさんと二人出るのだ。
トレーナーさんも忙しいし、調整ぐらいならボクだけでも十分だ。
なお作戦はもう投げ捨てた。1800mをとにかく逃げまくって勝つつもりだった。
香港にはレース1週間前に入ったのだが、もう毎日がお祭り騒ぎである。
入国翌日からライブに香港トレセン学園での指導なんかもお願いされててんてこまいだった。
ラモーヌさんが張り切ってライブ衣装を用意していたが、いつも以上に露出が多くてアルダンさんがげんなりしていた。
だが、ボクとルーブル姉さんはもう慣れているし、ルドルフさんはラモーヌさんがやれといえば素直に従う。
アルダンさんに味方がいなかった。
朝から夕方までライブして、香港のウマ娘と一緒にトレーニングして、夜は夜景がきれいなところで家族みんなでごちそうを食べる。
マスコミがかなり集まってくるのが若干うっとおしかったが、対応は非常に好意的だし、アルダンさんがメインで対応してくれたから負担感はあまりなかった。
とても楽しい時間を過ごしていたら、1週間なんてあっという間に過ぎた。
香港招待カップの日となったのだ。
香港招待カップは芝1800m。
会場である沙田競馬場のコースは、坂が少しある程度で、比較的素直なコースである。
あのロンシャンのわけのわからないコースに比べればよほどわかりやすかった。
芝も日本と同じでスピードが出そうである。
それは逆に実力勝負になりやすいということである。
香港のウマ娘の実力は、というと、トレーニングで併走もしたりしたので、ある程度は把握できた。
香港のウマ娘は素質で言えば日本と同じぐらい良いウマ娘がいるが、レース技術としてはまだ磨く余地があるように思えた。
今回一番ライバルと考えられるのは、翠河さん。今まで6戦6勝のとても強そうなウマ娘だ。単純な実力勝負ならボクを上回るだろう。
だが、それで負けるほど単純ではないのである。
パドックでは、多くの日本人の観客も来ていた。
いつものように、最前列にいる人たちと写真を撮ったり握手したりする。
ボクのパドックアピールに、他の香港のウマ娘たちは皆あっけにとられていた。
アクティブすぎるように見えるのかもしれないが、こうした方がファンの受けはいいし。
わざわざ香港まで来てくれたファンも、香港で興味を持ってくれた人にも愛想を振りまく。
ただ、相変わらず虚紫集団は虚紫集団だったので、ボクはいつものように目の前で真顔になるのであった。
そのまま本バ場に移ると、視線を強く感じる。
ここまで他の出場者に注目されるのはあまり経験がない気がする。
ここではボクが女王として見られているのだろう。
では、紫電の女王の走りを見せてあげることにした。
レースの技術というのはいくつかあるが、一番の典型はスタートだ。
逃げだろうと追い込みだろうと、スタートがよければ自分好みのポジションにつきやすい。
今回逃げるボクは特にスタートが大事だが、これについては非常に得意なのだ。
ゲートが開いた瞬間、全速力でゲートから飛び出す。
周りから聞こえる踏み込む音から、全体的にスタートがばらけているのがわかる。
まあ日本でもスタートが苦手な子は結構いるので、人によるという技術だが……
そのまま特に妨害も受けずに先頭に立つ。
後ろから慌ててボクをマークしに来るウマ娘たちの気配を背中に感じる。
ラップ逃げ対応だろう。よく研究している。
だが、後ろへの入り方が甘いし、何より、今回はラップ逃げではない。
ルーブル姉さんと同じ、そして闇レース時代からしていた狂乱逃げである。
とにかくペースを上げるボク。所詮距離は1800mで、しかもコースは非常に素直なコースだ。スタミナ切れを恐れる必要はない。
マークしていたウマ娘がついていくか、控えるかを迷う気配を感じながら、ボクはさらにペースを上げた。
後続を突き放しながら、第三コーナーに回る。
コーナーリングもテクニックが必要な部分の一つだ。
特に今のように速度を出していると難易度は上がる。
とはいえ、このコーナーリングでの自在な位置取りが駆け引きで重要なボクにとって、何も駆け引きもせずに内ラチ際を全力で走るなどそう難しいことではなかった。
一番走りやすいコースを走りながら、直線に入る。
あとは何も考えず全力で走り続ける。
後ろから迫る気配がある。
だが考えてもしょうがない。これ以上できる手などない。
死ぬ気で走り続け、どうにかこうにかゴールに飛び込む。
ゴール後、左横を駆け抜けていった翠河さん。かなりぎりぎりまで迫っていたようだ。
だが……
「ボクの、勝ちだね」
同条件だったら彼女のほうが強かっただろう。
だが、優位な位置で逃げ切ったボクのほうが勝った。
レースは徒競走ではないのだ。
これでさらに技術を伸ばせば、きっとすごいウマ娘になるのだろうな、とボクはなんとなく思ったりしていた。
日本のウマ娘の実力も見せることができ、アルダンさんの顔見せは非常にうまくいっただろう。
ルドルフさんやラモーヌさん、それにボクとのつながりもかなりアピールできたし、こちらで冷遇されるなんてことはないはずだ。まあ冷遇されたら帰ってくればいいと思うけど。
「ということで、ボクもこれで引退しようと考えています」
レース後のインタビューで、ボクはそんな宣言をした。
正直、かなり勝ったし、それ以上にここから先、勝てる気がしないのだ。
凱旋門賞なんて前回皆が油断してくれてたから勝てたような話で、次やったら絶対マークでつぶされる自信がある。
国内で目を向けても、同期のプレさんやマックちゃんも、シニアになってさらに実力を増しているし、ボクのペテンにももう引っかかってくれないだろう。下の期のテイオーやネイチャさんだってすでにボクより実力は上回っているのだ。
駆け引きだけで勝ち続けるのはもうつらいのだ。
だから引退しようかなーと考えた。
この辺りはトレーナーさんにも相談はしているのだ。
一応しばらくはグダグダとレース登録は残す予定だが、出る可能性はあまり高くない。
「では今後はどうする予定なんですか?」
「普通の女の子に戻ろうと思います」
ただの学生生活を暫く過ごすのも悪くないだろう。
トレーナー業とか、バイト感覚でしてもいいかもしれない。
そう考えるとやれることは多いのだ。
ボクの宣言はいろいろなところへ波紋を投げかけたようだが、ボクにはあまり関係なかった。
中華料理を存分に楽しんで、母や姉や妹と存分にもちもちしてから、ボクは日本に帰ることにした。
有馬記念。今年の総決算だけは直接見ようと思ったからだ。
決戦の日はすぐそこまで迫っていた。
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