紫電の女王の栄光の道のり   作:雅媛

7 / 62
7 紫の少女と日本ダービー前夜

 さて、少しチームスピカの話をしよう。

 

 チームスピカは、天才といわれたあるトレーナーの率いたチームであり、一時期トップを突っ走っていた名門チームである。

 だが、その天才トレーナーが事故とトラブルで学園を去り、それを白井トレーナーが引き継いだ後、すぐに没落してしまった。

 引継ぎ前後で所属ウマ娘の脱退が相次いだため、所属ウマ娘がいなくなってしまったのだ。

 今ではトレーナー一人、チームメンバーはボク一人というさんざんな状況である。

 

 これは、ウマ娘はヒトとの絆で力を発揮するという考え方が非常に影響をしていた。

 あくまでウマ娘が走り、ヒトがトレーナーであるという固い信仰があるのだ。

 

 トレーナー資格の取得条件には人種の限定はない。ついでに年齢制限もないので、ボクでも取れてしまった。

 これはあくまで国家資格でしかなく、そういった人種限定がふさわしくなかったためだ。だが、そんなトレーナーをウマ娘たちが選ぶかというとそれは違った。

 皆人生がかかっているのだから、迷信として笑い飛ばすのは難しい。

 また、ウマ娘でのトレーナーは白井トレーナーが史上初めてで、ボクが史上二番目というぐらいレアな存在である。ウマ娘のトレーナーの数は非常に少なく、一方でヒトのトレーナーがわんさかいるのだ。

 そんな状況で、わざわざそんなリスクのあるウマ娘のトレーナーを選ぶ子はいなかった。

 

「チームメンバー増やしたほうがいいんじゃないの?」

「別にヴィオラちゃんいれば楽しいから、このままでいく予定だよ」

 

 とのんびりと答える白井トレーナー。

 ボクとしては、マンツーマンのほうが正直ありがたい。

 分析だって、体のケアだって、万全に行ってもらえる。

 なんだかんだでいっぱいかまってもらえるのはうれしいものである。

 だが、それはすべてボクの利益でしかない。

 

 基本的にトレーナーの成績は、勝ち数と重賞での実績で決まる。

 ルドルフさんのようにG1を7勝とかべらぼうな成績を残せば、チーム成績を補えるが、それは実際なかなか難しい。

 そして、この成績でトレーナーの給料が決まる。

 つまり、白井トレーナーはボクの専属をしている限り、お給料が悲しいことになりかねないのである。

 なので、どんなチームでも5人ぐらいは確保している。

 

 そんな状況のため、専属でやるトレーナーなんて、一部の物好きか、新人トレーナーぐらいしかいないのだ。

 だが、白井トレーナーはそんな物好きの一人だった。

 

「そっかー」

「ヴィオラちゃんは、ほかのチームメイトいたほうがいい?」

「いや別に? いないほうがトレーナーさん独り占めできてちょっと嬉しい」

 

 そんな答えをしたら、トレーナーさんは嬉しそうにして、すわってるボクの隣に移動してきて、トモをなで始めた。

 そういうセクハラなところは改善してほしいなと思った。

 

 

 

 しばらくはソロチームになることが確定したボクの所属するスピカであるが、ほかのチームとの交流は重視することになった。

 併走相手をチーム内で確保できないからだ。

 ひとまずはチームルームがお隣のリギルとは仲良くなっておくのは大事だろう。

 なんだかんだで東条トレーナーはうちの白井トレーナーが気になってしょうがないようだし、ボク自身ルドルフさんと仲良くできているので大丈夫だと思うが、向こうのチームルームにもちょくちょく顔を出すようにすることにした。

 

 リギルは、リーダーのルドルフさんが7回生のほか、6回生の天皇賞春覇者のクシロキング先輩、4回生にはスルーオダイナ先輩とマティリアル先輩、3回生にはメジロアルダン先輩なんかが所属している。

 リギルもメンバーが多くないチームだ。あまり多くなりすぎると管理が行き届かないと、人数を絞っているらしい。

 そんな現状で、リギルで一番期待されているのはやっぱりアルダン先輩であった。

 

 先日のNHK杯で2着に入り、次のダービーの優先出場権を得た彼女は闘志に燃えていた。

 このダービーは強大なライバルも多い。

 阪神ジュニアステークスを勝ったサッカーボーイに、皐月賞バのヤエノムテキ、朝日杯ジュニアステークスを勝ったサクラチヨノオーなど、錚々たるメンバーがそろっている。

 何よりも最近朝練に一緒にいる葦毛の怪物、オグリキャップさんがいる。

 

 だが、ダービー前に一つ大問題が発生した。

 オグリキャップさんのダービー参加問題、クラシック登録問題である。

 

 

 

 レースに出場するには、レースに登録しなければならない。

 これを出走投票という。重賞以外のレースの場合は開催日の週の木曜日までに手続きをする必要があり、重賞ならばその前の週の木曜日まで、G1ならば、さらにもう一つ前の週の木曜日までに手続きが必要だ。

 だが、クラシック5レース、クラシック路線の皐月賞、日本ダービー、菊花賞、そしてティアラ路線の桜花賞、オークスは、ジュニアクラスの年末までに別途事前登録が必要だというルールがあった。これがクラシック登録である。

 カサマツトレセン学園から中央に転校したのが、今年の1月だったオグリキャップさんは、当然クラシック登録なんてできない。

 そのため、中央移籍後、重賞3連勝をして圧倒的な期待をされているオグリキャップさんがダービーに参加できないという事態に陥ったのだ。

 

 

 

 これに対し日本全国からトレセン学園に抗議と署名が殺到している。

 学生の中でもこの対応に不満を持っている人が非常に多く、ボイコット説まで飛び出しているのだ。

 レース条件を決めるのは、トレセン学園の決定機関である理事会であるが、抗議なんかの対応は生徒会に投げられてしまい、ルドルフさんはてんてこ舞いであった。

 

「ちょっとこの量はうんざりしますね」

 

 山のような抗議文が全国から毎日届き、ルドルフさんの執務室に積み上げられる。

 ひとまず全部開けて、分類する必要があり、ボクが必死に開けていく。

 普通の抗議文、ちょっと文面が過激な抗議文、明らかにヤバイ脅迫状、もっとやばいカミソリ入りの脅迫状。

 さすがにカミソリまで入ると、警察に通報案件である。

 だが、毎日1、2通は混ざるのだからどれだけこの問題が日本全国で加熱しているのかがわかる。

 抗議文のファイルは、分厚いものがすでに10ファイルにもなってしまった。

 別途、署名運動の署名も大量に集まっている。これはオグリキャップさんのサポーターであるベルノライトさんにまとめを丸投げしている。

 それも近々届くだろう。

 抗議文の内容をまとめ、署名運動の署名数も計算し、理事会にたたきつけなければならない。トレーニングの量を減らしてもらって、ボクもこの状況に対応するべく頑張っていた。

 何より、あのオグリさんが、夢に目を輝かせていたオグリさんに、こんな理由で負けてほしくなかった。

 

 手伝い兼秘書もどきみたいなボクですら忙しいなか、さらに忙しいルドルフさんは規則改定にかなり強く動いていた。

 毎日のように理事と個別に面談し、粘り強く説得を繰り返していた。

 

 オグリさん自身は、この騒動に何もコメントしていない。

 ただただ、トレーニングを繰り返し、日本ダービーへと体調を整え、闘志と能力を高めていた。その何も語らないその背中が、ダービーへの渇望を如実に語っていた。

 

 

 

 

 だが、理事会での決定は……

 

「それで答えはNOです。シンボリルドルフ君」

 

 覆せなかった。

 

「あなたの思い、世論の強い後押しはよくわかりました。規則の改正は検討しましょう。ですが、伝統あるこの規則を、ダービー直前に改定するのは、公正に反します」

 

 理事会の場で、理事長がルドルフさんに厳かにそう告げる。

 

 理事長の言うこともよくわかる。

 ここで世論に押されて規則変更をしてしまうと、何かのたびに世論に左右されかねなくなる。

 この規則自体の改正の必要性は今回の件で理事会も感じているだろう。

 おそらくほとぼりが冷める再来年ぐらいには改正されるはずだ。

 

 そして、改正されるまでの被害者はおそらくオグリキャップさんだけである。中央に所属しているウマ娘は、ほぼ全員クラシック登録をしている。

 地方からのシンデレラなど、そう何度も出てくるはずがない。

 

 全員が妥協して、ちょうどいい落としどころとなるとここになるはずだ。

 ウマ娘たちのために頭を下げた、ウマ娘を愛する皇帝シンボリルドルフ

 頑迷だが公正を重んじた理事会

 そして悲劇のヒロイン、泥だらけでも輝くシンデレラ、オグリキャップ

 立ち位置も明確であり、だれも損をしない結論である。

 

 これと違う結論を出す必要があるならば、誰かが身を切る必要がある。

 例えば、ルドルフさんが生徒会長の職を賭して訴えれば、おそらくすぐに改正されるだろう。

 ここでいう職を賭すというのは、何かがあったらやめる、という意味ではない。改正されたら会長を辞職するという不退転の決意である。

 だが、確実にルドルフさんはこの選択を選べない。

 これを選んでしまえば、生徒会は大混乱だ。ルドルフさんに匹敵する次の会長候補なんて、現状全くいない。匹敵するというと、絶対女王のメジロラモーヌさんなんかがいるが、彼女はまだ5回生。

 ぎりぎりミスターシービーさんかニホンピロウイナーさんがありうるか、というレベルであるが、彼女らはルドルフさんより一つ上であり、尻ぬぐい感が非常に出てしまう。

 彼女らの実務能力まで加味すれば、生徒会全体が機能不全を起こし、学園運営に多大な権限を持つ生徒会全体の機能不全は、学園全体に多大な悪影響をあたえる。

 オグリキャップさんのために、そこまでのリスクをルドルフさんは犯せない。

 二番目に悔しいのはきっとあれだけ頑張っていたルドルフさんだ。だが、血を吐く思いで、ここは引き下がるしかないだろう。

 

 理事長だって同じだ。

 利権渦巻き、曲者も多い理事たちをまとめ、泥をかぶる姿勢を見せることでぎりぎり全員が妥協するだろう解決案を出した理事長は、かなりの調整能力があるのだろう。

 個別の理事回りの時、生徒会に押し付けるだけ押し付けて、けんもほろろに追い返されたことも少なくなかったのに、ここまで理事会を妥協させたのだ。

 

 理事長のことをよく知るわけではないが、ルドルフさんの反応を見る限り、彼女も切り捨ててはいけない人物なのだろう。

 こうなるともう詰みである。

 

 この決定を覆せるだけの何かを出す方法がない。

 そう、ないはずだった。

 一つだけ、今ボクが思いついてしまった方法がある。これならば、ひっくり返せると思う。

 だが、これはボク自身が身を切る必要がある。

 

 それは多くの人の信頼を裏切るのではないか。

 例えば、ボクの専属となってくれると言ってくれた白井トレーナー

 喜んで、ボクを送り出してくれた母

 母以上に大喜びして、あれこれ世話を焼いてくれて送り出してくれた、近所に住んでいたイワシミズのお姉さん。

 ルドルフさんや東条トレーナーなどもボクに良くしてくれる。

 

 こういった信頼を裏切ってまで、オグリキャップさんを助ける必要があるのだろうか。

 

 常識的に考えれば、ボクが身を切るのは義理もなければ割にも合わない。

 だが、どうしてもこういった不公平、というものは許せなかった。

 

 これはどこから生まれてくる感情なのだろう。

 あれだけきれいで頑張っている母が苦労し続けているのを見たことだろうか。

 努力して努力して努力しても、スポットライトの当たる場に立てず、闇レースに身を落とした彼女らを見たことだろうか。

 努力し勝利をつかんでも、不遇な目にあうイワシミズのお姉さんを見たことだろうか。

 もしかしたら前世の知識のどこかに何かそういった不公平を許せない何かがあるのだろうか。

 ぐるぐると頭をいろいろな考えがよぎる。

 

 ここで引き下がれ、と理性が叫んでいる。

 何もしないだけでいいのだ。あとは理事長が終わりといえば、この話は終わりだ。

 カサマツのシンデレラの悲劇が始まり、だが、そして彼女はきっとスターに上り詰めるだろう。

 ダービーの夢など、かなわない者がほとんどなのだ。

 だから、だからこそ……

 

「すいません、少しだけお時間よろしいでしょうか」

「なんでしょう? ヴィオラさん」

 

 口を出してしまった。

 

 

 

 

「先ほど公正ではない、と言いましたが、中央所属のウマ娘たちの99.1%はとりあえずという形でクラシック登録をしています。一方、地方からの移籍組は、ジュニアクラスに所属しないのが現状ほぼ100%です。この現状からみれば、改正しないことが不公正なのではないでしょうか?」

「……」

「そもそも、クラシック登録は、膨れ上がるダービーの出走者を適正数に限るための制度でした。導入当時、確かに30人以上の出走者がいましたから、危険を避けるための合理的な手段だったと思います。ですが、現状はフルゲート制ですから、そういった状況はもう終わったはずです。伝統という名でごまかすべき制度ではないでしょう」

「ヴィオラさん。トレーナー免許最年少合格者で、学年主席のあなたが頭がよいのはよくわかったわ。データをちゃんと調べて、よく分析しています。新入生にこんな優秀な子がいるのは学園としても誇りに思います。ですが、あなたに発言権はありませんよ」

 

 正論で押してみるが、当然のように理事長に躱される。

 当たり前だ。幼く、なにも実績も背負うものもない自分の言葉に重みなんて全くない。

 それでも理事長やルドルフさんが発言自体が止められなかったのは、天才少女に現実を学ばせようという教育者としての甘さなのだろう。

 

 だからこそ、このタイミングで重さを重ねる。

 

「では少し、非公式レースの話でもしましょうか」

 

 理事たちとルドルフさんの顔が引きつるのを感じた。

 

 

 

 入学当初、ボクは単なるスケープゴートとして飼い殺しにされるのだろうと思っていたが、入学してみるとかなり予想と違った。

 裏レースの経験について、学生の間では全くうわさが流れていなかった。

 おそらく学生で知っているのはルドルフさんとか本当にごく一部ではないだろうか。

 ウマ娘の元来の善良さなんかにもかなり助けられ、ボクの学園生活は快適に送られていた。

 

 そもそもスケープゴートにするならルドルフさんを同室にするということがあり得ない。

 よくよく考えれば、奨学金もしっかり受け取りかなり優遇された立場である。

 現状落ち着いて考えれば、学年主席でトレーナー免許最年少合格者、闇レースの件について脛に傷はあるが、ボクもまたシンデレラになれる素質の持ち主だ。

 そして、この件に関し、かなりURAに弱みを握っている。

 なんせ、理事の中にも闇レース会場で見たことがある顔がいるのだ。

 彼らは近々こっそり引退させられるだろうが、静かにソフトランディングさせるのと、全部公表されて大スキャンダルになるのでは、全く状況が変わる。

 そう考えると、ボクは弱い存在ではない。弱みを握った側なのだ。

 だからこそ、ルドルフさんがつけられたのだろう。

 同じようにスターになるように。

 多少の悪意は自然と遠ざかるように。

 そして、紫髪のシンデレラが生まれるように。

 

 当然この弱みは何度も使えるものではない。使えて1度。それを使ってしまえばあとは脛に傷があるだけの頭でっかちのウマ娘の完成だ。こんなの持てあますに決まっている。

 だから握っている弱みは抜いてはいけない伝家の宝刀として、大事に抱え込んでおくべき切り札なのだ。

 

 ゆっくりと理事たちの顔を見回し、3人ほどに微笑みかける。

 これだけで皆わかっただろう。

 ここにいるのがただの頭でっかちな夢見る少女ではない。

 皆と同じプレイヤーであり、自爆テロすら厭わない狂人であることが。

 

 

 

「ヴィオラレジーナ。あなたは自分の立場が分かっていますか?」

「よくわかっていますよ。URAに大事に守っていただいている身ですから」

「シンボリやメジロが助けてくれるなんて思っていませんよね」

「当り前じゃないですか。ルドルフさんも、メジロの皆さんも守るべきものがあります。こんな小娘なんてどうでもいいでしょう」

 

 理事長さんが問いかけてくる。

 ルドルフさんとの仲だけでなく、アルダンさんやマックイーンちゃんとの仲も調べているのだろう。良く調べている。それだけ監視している、というアピールでもあり、URAが守っているというアピールでもある。

 小娘が自暴自棄になって自爆するというならばそれは全員にとって不幸だ。

 だが、ボクがしているのは自暴自棄ではない。優先順位が皆と違うだけだ。

 

「何が起きるか、本当にわかりますか?」

「絶対勝てるなんて自信を持って言えるほど自信家ではありませんが、もし、ボクがG1なんかに勝ったらそのタイミングで爆発するんじゃないでしょうか。あとはトレーナーとしてやっていって、契約ウマ娘がG1なんかに勝った、なんてタイミングもいいでしょうね」

「ここで引き返せば、URAがあなたを絶対に守りますよ」

「わかっています」

「所詮、2年か3年程度の話です」

「2年後にはオグリキャップさんは出られません」

「オグリキャップさんとの面識は」

「大切な友達です」

「……」

 

 ルドルフさんがボクに声をかける。

 

「ヴィオラ君。もう帰ろう」

「……」

「ヴィオラレジーナ!」

 

 ルドルフさんが叫ぶ。

 だが、言葉で止まれる状況ではすでにないのだ。

 理事長がため息をつく。

 

「URAは脅しには屈しません」

「当り前です。これは脅しではありません。取引です」

「何を賭けているかわかりますか」

「わかっているつもりですが、どうでしょう。ただ、トレーナーバッジと退学までは覚悟しています」

「……仕方ありません。改正動議を出します」

「理事長!?」

 

 声を上げた理事にボクが笑顔を向ける。

 慌てて彼は目をそらした。

 

 結局ボクみたいな小娘の主張に、みながどう思ったのかわからないが、理事長が出した動議により、無事規則は改正され、オグリさんの日本ダービー出場は認められたのであった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「で、ヴィオラレジーナはどうしますか?」

 

 荒れ狂う激情と情けなさの中、努めてシンボリルドルフは冷静な表情で、理事長に尋ねた。

 シンボリルドルフはヴィオラレジーナを気に入っていた。ここ数か月の付き合いしかないが、かわいがっていたといって過言ではない。

 できれば彼女をかばってやりたい。だが、彼女をかばうこと自体がまた、彼女を侮辱することだともわかっていた。

 だからこそ、最後ぐらいは自分で対応したい。

 そう思って理事長に冷静を装って訪ねたのだ。

 

「あー、特に」

「特に!?」

「私が身を切りますよ。後任は、秋川やよい嬢にお願いする予定です」

「それは無理です!」

 

 秋川やよいは日本でトレセン学園設立に尽力した秋川家のご令嬢ウマ娘だ。

 自身の海外での競争実績や家のバックアップともに理事長にふさわしい出自の人材であるが、いささかウマ娘を偏愛しすぎている。その情熱は悪いとは言えないが、バランス感覚に欠く人物だった。

 さらに、年齢が20代とまだかなり若く、URAの職員ではあるが、現在理事ですらない。また、ウマ娘初の理事長ということになる。

 そんな不安材料しかない彼女が、目の前の理事長のように、魑魅魍魎渦巻く理事たちやURAを御せるとはシンボリルドルフにはとても思えなかった。

 

「きっとどうにかなりますよ。それに、あんな幼い子に身を切らせて、自分だけふんぞり返っているのだけはご免です」

「……」

「これはシンボリルドルフ君のためじゃありません。ヴィオラレジーナ君のためでもありません。私の大人としての意地なんですよ」

「……」

「後始末はシンボリルドルフ君やヴィオラレジーナ君にすべてを押し付けます。秋川嬢にもすべて押し付けます。頑張ってください」

「わかりました」

 

 自分は結局何もできなかった。シンボリルドルフは深く悩む。

 世論を御することも、理事会を御することも、身近な紫の少女を御することすらできなかった。

 皇帝などと崇められているが、これでは単なる置物と変わらない。

 

「あなたもまだ若いのです。悩み、精進しなさい」

「わかりました」

 

 日本ダービー。年に一度の祭典は、近づいていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。