紫電の女王の栄光の道のり   作:雅媛

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8 紫の少女と日本ダービー前夜2

 理事会殴り込み事件の翌日、ボクは母から呼び出された。

 

「ルドルフさんから話を聞きました。説明、してくれますよね」

 

 ルドルフさんが母にチクったらしい。

 理事長だろうと生徒会長だろうと怖く無いボクでも、いややっぱり怖かったが、圧倒的に勝てない相手といえば母である。

 母の前でひとまず正座する。

 

 目の前には母と近所でいつも良くしてくれた、母の親友のイワシミズのお姉さん。あとはイワシミズのお姉さんの娘でまだ3歳の妹分、バージちゃんがいる。

 

「どうしても許せないことがあって、理事長と生徒会長にケンカを売りました。自主退学とトレーナー免許返却になりそうです」

 

 明確に悪いことをしたわけではないから、処罰が来るわけではない。だが、けじめは自分で取らなければならない。

 覚悟の上だった以上、ちゃんと最後まで実行する必要があるのだ。

 

 ボクの説明に、母はため息をついて、イワシミズのお姉さんは大爆笑していた。

 

「やっぱり紫の姐御の娘だな!! 理事長と生徒会長どっちにも喧嘩売るのは姐御超えてるよ!! すげー!!」

「イワシミズ、甘やかさないでください」

「いいじゃん、姐御とおんなじことやってるんだから、やっぱり血は争えないよ」

 

 トレセン学園の学生時代から仲が良かったらしい母とイワシミズのお姉さんは、片方はレースすらしたことがない未勝利、片方は皐月賞優勝バという格の違いがあるにもかかわらず、非常に仲が良い。のみならず、イワシミズのお姉さんのほうが母を尊敬している節がある。

 だが、特に母が過去のことを話すのを嫌がるので、基本的に学生時代の話は聞いたことがなかった。

 

「昔、何があったんですか?」

「昔ってトレセン学園の内部の状況がもっとひどくてな。悪徳トレーナーとか結構いたんだよ。それに姐御が鉄拳制裁して回って、それで退学になったんだよ」

「イワシミズ!!」

「全部話してやったほうがいいって。姐御が殴った相手は特に評判の悪い奴らばっかりだったから、退学だーってなったときに学生から大反対が起きて、で、あの時はもう学園中上に下に大騒ぎになってな。ボイコットで日本ダービーすら飛びそうになったんだ」

「……」

 

 ボクの知る母は、毎日パートで働く元お嬢様といった風の女性だ。いつも物腰が柔らかいし腰が低い。言葉遣いも非常に丁寧で、母のような人になりたいと思うぐらい美しい人だ。

 だが、どうやら昔は違ったらしい。

 

「で、姐御がけじめを取るからダービーをやってくれって、退学届けを出して出て行ったんだよ」

「だって、イワシミズがあんなに目指してたダービーを、つぶすわけにいかないじゃない」

「まあ、ダービーはハナ差で負けて2着だったけどね」

 

 嬉しそうに母に抱き着くイワシミズのお姉さん。それをまねするバージちゃん。

 母はめんどくさそうになされるがままだった。

 

「昔のことはどうでもいいです。ヴィオラ、あなたがトレセン学園を辞めるのもかまわないし、トレーナー資格だってあなたが頑張って取ったものですからどうしようと母が言うことではありません」

 

 母は、二人をくっつけたまま、ボクを抱きしめた。

 

「でも、危ないことはしないでください。母は、とても心配なのです」

「ごめんなさい」

 

 母に抱きしめられると甘い匂いがした。

 

 

 

 母とイワシミズのお姉さんにバージちゃんと挟まれて一晩寝れば、ボクのメンタルは回復した。

 さて、退学手続きと免許返納手続きでもしに学園に行こうかなんて考えていたが、ルドルフさんからニュース情報が送られてきた。

 内容は、オグリさんの日本ダービー出場、そして、URA理事の大幅刷新であった。

 今回の騒動の責任を取って理事長を含めた数名が引退し、メンバーが一新するという。

 

 おそらく、ボクの大暴れの結果の責任を、理事長が負ったのだろうということがよく分かった。

 そして、それをルドルフさんが送ってきたということは……

 

「お母さん」

「なんですか?」

「ボク、学園に戻るよ。たぶん、辞められなくなった」

「そう、頑張りなさい」

 

 母は、そういってボクの頭をやさしくなでるのであった。

 

 

 

 オグリさんにはオグリさんの夢があった。

 ボクにはボクの意地があった。

 ルドルフさんにはルドルフさんの責任があった。

 そして、理事長さんには理事長さんの思いがあったのだろう。

 

 きっかけはボクで、見届けたのがルドルフさんで、夢をつないだのがオグリさんなら、きっとその思いを受け継がなければならないはずだ。

 逃げるわけにはいかなかった。

 

「お帰り、ヴィオラ君。そしてすまなかった」

「ただいま、ルドルフさん。ボクこそ、本当にごめんなさい」

 

 学園に戻ると、正門でルドルフさんが待っていた。

 お互い、頭を下げて謝る。

 ボクが正しかったとは思わない。ルドルフさんが間違っていたとは思わない。

 だが、それで生じた結果は、きっと背負わなければならないだろう。

 ひとまずは日本ダービーである。

 この騒動の行く末であり、結果である。絶対に見逃すわけにはいかなかった。

 

 

 

「というかヴィオラちゃんは私を手伝っていていいんですか?」

「何でです?」

「オグリさんのほうに行くかと思っていましたが」

 

 ダービーまで残り僅かのこの時期に、ボクはリギルに入り浸ってアルダンさんのサポートに徹していた。

 忙しいルドルフさんのフォローをするべきかもしれないが、この前の件で少しだけ、お互いに後ろめたさができてしまった。

 ボクはルドルフさんの好意を無下にしたという考えが抜けないし、ルドルフさんはルドルフさんでボクを見捨てたとどこかで考えている節がある。

 なので、ぎくしゃくするぐらいなら、ちょっとだけ離れたほうがいいと、お互いダービーまでは別行動することにしたのだ。

 で、ルドルフさんは新理事長との調整で仕事漬けとなり、ボクはアルダンさんの一時的なサポーターとなった。

 

 白井トレーナーと一緒に、メジロアルダンさんの練習に付き合っているのはほかにも理由がある。

 リギルで現役で走っているのは、スルーオダイナ先輩やマティリアル先輩だが、スルーオダイナ先輩は完全なステイヤーで3000m以上が得意だし、マティリアル先輩はマイルから2000mぐらいの距離が得意なウマ娘だ。

 会長は後始末で忙しいし、2400mのダービーにちょうどいい併走相手として、ボクが使われていた。

 

 ただ、今回の騒ぎを察しているアルダンさんは、ボクがオグリさんのほうに行くのが当然だと思っているのだろう。

 

「正直、ボクはオグリさんに日本ダービーに出てほしかっただけであって、勝ってほしいわけではないですよ」

「そうなんですか?」

「ボクが勝ってほしいのはアルダンさんです」

「ふふ、ありがとう」

 

 入学時からずっと世話になっているアルダンさんと、ここ最近ずっと面倒をかけられているオグリさんと、どちらの好感度が高いかと言われたら圧倒的にアルダンさんだ。

 あと単純に、上品にほほ笑むその表情とか、ボクのツボに刺さりすぎて惚れそうになる。

 

「中央の意地とか、メジロの力とかを見せつけてやってくださいな」

「そうね、頑張らないと」

 

 むんっ、と気合を入れるアルダンさんのその姿もまたかわいかった。

 

 一通り併走をすれば、レース展開の予想なんてことも行う。

 レースというのは、徒競走とは違う。

 駆け引きがあり、それに失敗すると前が詰まってしまったり、変にスタミナを使ってしまったりする。

 自分の得意位置がどこで、どこでどういうコースで仕掛けるか、というのは非常に大事なのだ。

 東条トレーナーと白井トレーナー、アルダンさんとボクという謎メンバーで展開の検討が始まった。

 

「ヴィオラちゃん、オグリさんはどこでどう出てくると思う?」

「おそらく第四コーナーまでは中団前目で待機して、コーナーから直線で抜け出してスパートをかけてくると思います」

 

 オグリさんとの併走経験は、ボクもかなりある。

 東条トレーナーに聞かれて、ボクは素直に答えた。

 オグリさんのレース運びは、差しとも先行とも言い難い、中間的なものである。

 それなりに良いポジションからやばい末脚を生かして抜け出すというのがオグリさんの必勝パターンだ。

 ダービーは東京競馬場で行われ、東京競馬場といえば圧倒的に長い直線が特徴だ。

 直線に入ってからスパートして間に合わない、という可能性は少ないはずである。

 

「で、オグリさんともよく併走しているヴィオラちゃんからみて、アルダンとどっちが強いかしら」

「……」

「正直に言って」

「オグリさんだと思います。彼女は化け物レベルです」

 

 アルダンさんだって一流のウマ娘。すさまじく速いが、オグリさんは別格である。

 あの末脚は圧倒的であり、正面から競って勝てる相手ではない。

 

「ですが……」

「ですが?」

「あまり駆け引きはうまくないと思います。練習の時、ボクが前でウロチョロすると、スパートが遅れることがありましたから」

「どういうこと?」

「ボクは結構逃げ戦術をとるので、練習の時は前を走ることがあるんです。それで、ブロッキングとかの練習もするのですが、ボクの拙いブロッキングでも、妙にスパートが遅れることがあるんです。おそらく、オグリさんの中で最適なコースがあって、そこを邪魔されるとコース変更して失速してるんじゃないかなと」

 

 あくまで仮説であるが、前をちょろちょろされたぐらいで負ける繊細さがオグリさんにあるようには思えない。

 別の何かで一時的に失速しているのではないかとボクは考えていた。

 

「なるほど。白井さん。あなたの予想は?」

「本命オグリキャップさん、対抗サクラチヨノオーさん、単穴メジロアルダンさんですね。あとは来ません」

 

 白井トレーナーは断言する。

 阪神ステークスを勝ったサッカーボーイさんとか、皐月賞を勝ったヤエノムテキさんとか、アルダンさんが2着だったNHK杯で勝ったマイネルグラウベンさんとか、ライバルはまだいそうだが、すでにうちのトレーナーさんにとっては3人に絞られてしまっているらしい。

 トレーナーさんに何が見えているかまるで分らない。アルダンさんも若干困惑しているが、東条トレーナーは理由も確認せず、それを前提にレース図から、レースの展開予想を始める。

 二人の間には何か特別な信頼があるのだろう。

 詳細な展開予想から、アルダンさんの戦術を決めて、今日の練習は終わるのであった。

 

 

 

「そういえば、アルダンさんはどうしてダービーを目指すんですか?」

 

 練習後、アルダンさんに軽い全身マッサージをしながら、雑談でそんなことを聞いた。

 東条トレーナーはルドルフさんと一緒でお仕事が忙しいし、うちの白井トレーナーも東条トレーナーに引きずられていったので、アルダンさんのサポートはボクのお仕事になっていた。

 これでも一応トレーナー免許持ってますし。返納はしなかったし、ちゃんと研修も受けたし、何より毎日白井トレーナーからマッサージを受けているので、受けるだけではなくやる方としてもそれなりの腕になっている。

 マッサージ台の上で下着姿のアルダンさんの背中を、足をやさしく揉んでいく。

 

 一流のウマ娘はトモが立派で、大殿筋も発達して大きい。

 アルダンさんもその法則から外れずに立派だった。

 トレーナーさんが思わず頬擦りする気持ちが少しわかった。やらないけど。

 

 閑話休題。

 アルダンさんがなんでダービーを目指すのか、少し気になり聞いてみた。

 オグリさんは、カサマツ時代のトレーナーさんとの約束であり夢であるという話をしていた。

 アルダンさんにもそういうのがあるのだろうか。

 

「そうですね、メジロの夢でもありますし、姉に追いつきたいという気持ちもあります」

「メジロの夢? 天皇賞でなくて?」

 

 メジロ家が天皇賞を重視しているというのは有名な話だ。

 だから、ダービーがメジロの夢といわれるとよくわからなかった。

 

「メジロは名門といわれますが、日本ダービーを勝ったウマ娘がいないのです。やはりダービーは日本一のレースですから、その勝利はメジロの夢でもあるのです」

「へー」

 

 同期のメジロの皆さんといい、メジロのウマ娘は結構見かけるし、素質のあるウマ娘も多い。

 直近の有馬記念で勝利したのだって、栗東の寮長でもあるメジロデュレン先輩だったはずだ。

 アルダンさんの姉、メジロラモーヌさんなんて、史上初のティアラ三冠ウマ娘である。

 そんな名門でダービーを勝ったウマ娘がいないなんて言うのは少し意外だった。

 鍛え上げられてミッチリ詰まったトモの弾力と、吸いつくようなきめ細かい肌触りをひそかに堪能しながら、アルダンさんの話を聞いていく。

 

「でも、最近は、トレーナーさんたちや、ヴィオラちゃんがこれだけ手伝ってくれるのを考えると、そんな期待してくれる人たちのためにも負けたくないなって思います」

「そうですか、頑張ってくださいね。期待しています」

 

 日本ダービーの開催はもうすぐだった。

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