ミハルは、看護師に手を引かれ、リノリウムの床を歩いていた。
子供用のパジャマに、右手には「オジサン」が誕生日にと買ってくれたソフトビニール人形。
昭和に放映されていた仮面ライダーという子供番組のヒーローらしい。
叔父さんは何時も、「仮面ライダー」というモノが、どれだけ偉大で、どれだけ人々に影響を与えたのか、幼いミハルに熱弁していた。
「会長、7号を連れて来ました。」
ミハルの手を引いていた看護師が、恭しく窓辺に立つ40代後半辺りの男へと頭を下げる。
広々とした室内。
そこには、会長と呼ばれた「オジサン」だけではなく、もう一人、白衣を着た男性がいた。
まるで牛乳瓶の底の様な分厚い眼鏡を掛け、髪はざんばら。
オフィスチェアに座り、会議用のテーブルの上に乗った最新型のノート型PCを覗き込んでいる。
少年の主治医を務めているゼウス博士であった。
「やぁ、ミハル。 久し振りだね。」
出入り口に立つミハルを、”オジサン”が朗らかな笑顔で迎える。
主治医である男は、看護師の傍に立つミハルを一瞥しただけで、すぐに視線をPCのディスプレイに戻してしまった。
”オジサン”‐ 鴻上光生に一礼し、持ち場へと返る看護師。
後に残されたミハルは、所在なげにその場に立っている。
「ミハル、随分と大きくなったね? 」
そんな幼い少年の傍へと、鴻上会長は歩み寄る。
まるで小山の如く大きな体格をした男であった。
身体を屈め、目線を合わせる壮年の男に対し、ミハルは精一杯の笑顔を向け、ゆっくりと頷く。
『お客様の前ではキチンと挨拶する事。』
それが人間(ひと)と円満に付き合う為の処世術だと、ミハルは常日頃教えられている。
日常の礼儀作法だけではない、通常の児童が学ぶ一般の教育もしっかりと受けていた。
国語、社会、算数、理科、生活、音楽、図画工作、そして家庭や体育に至るまで、時間通りのカリキュラムを毎日こなしている。
ミハルが生活しているセクターシティは、幾つかのエリアに分かれていた。
研究員が憩いの場として、日々の疲れを癒す居住エリア。
その広々とした公園で、ミハルは『お土産』と称し、鴻上会長が連れて来た犬型のロボットとボール遊びに興じていた。
「ああして見ると、普通の子供と全く変わらないなぁ。」
投げたボールを咥えて戻って来る、最新型AIのロボット犬と戯れる10歳未満の少年の姿を眺め、鴻上会長は眩しそうに双眸を細める。
「エクストリームメモリを使用し、データとして構築された人造の生命体ですからね。まぁ、赤子の状態から育成するというのが、非効率的ではありますが。」
公園に設置されている東屋にいる30代半ばぐらいの白衣の男は、ベンチに座り、9.7インチのアイパッドに視線を落としている。
この男にとって興味があるのは『ガイアメモリ』と『コアメダル』だけであり、他の事には一切の関心も無かった。
「園咲来人君みたいには、いかないという事か。」
「アレは、突然変異体です。 同じ工程で1号から6号を製作しましたが、人の形を保つ事が出来ませんでした。」
園咲来人とは、風都の名士である園咲家の長男だ。
財団Xの同志であった園咲家は、組織を離れ、”ミュージアム”という独立した組織を立ち上げている。
「ポセイドンドライバーと対になる為の合成人間ですが、コストが悪すぎる。量産型にするのは無理でしょうなぁ。」
「そうか・・・・無理か・・・・。」
鰾膠(にべ)も無いゼウス博士の言葉に、鴻上会長は諦めたかの様な溜息を零した。
彼等の目的は、古代の遺物‐オーズドライバーを量産し、それを扱う人間を造り出す事であった。
ドライバーの複製品は、製造可能な工程まで辿り着いたが、肝心の扱う人間がいない。
常人では、コアエナジーに対する負荷に耐え切れず、廃人と化してしまう。
そこで、彼等が目を付けたのが、地球が内包する未知なるエネルギーから造り出された合成人間‐ 園咲来人であった。
同じエネルギーから生み出された存在ならば、ドライバーを扱えると思ったのである。
「安心して下さい、会長。 他の課題は概ね良好です。 このままいけば”ムチリ”の量産化も可能ですよ。」
粗方仕事が終了したのか、ゼウス博士はアイパッドの電源を閉じ、足元に置いてある革の鞄へと仕舞う。
黒い革の鞄を手に、白衣の男は座っていたベンチから立ち上がった。
「失礼、これから私は、本社で次のプランニングについて大事な会議があります。後の事は、彼女が・・・。」
「アイダです。 宜しくお願いします。」
ゼウスと同じ白衣を着た女性が、鴻上会長へと恭しく頭を垂れた。
引き続き第一話を投稿