「僕と結婚して下さい。 」
目の前に差し出される真紅の薔薇の山。
あまりの出来事に、園咲文音は面喰っていた。
10歳にもならない少年にプロポーズされているのだ。
驚かない方が不思議だろう。
帝都大学、生物学研究棟。
午後の淡い日差しが包む、研究室での出来事である。
「絶対に貴女を幸せにしてみせます。」
「或人君。」
「新婚旅行は何処が良いですか? 治安の面からいってシンガポール辺りが・・・・。」
「或人君、あのね・・・・。」
「それとも、船で世界一周も良いですよね? 前に御爺様がクルーズ客船を・・・・。」
「貴方とは結婚出来ないの。」
ビシッと断られ、或人の妄想がそこで途切れる。
力無く項垂れる少年。
流石に言い過ぎたと反省し、文音が俯く少年の顔を覗き込む。
「或人君・・・・傷つけて御免ね・・・・私・・・。」
「良いんです、分かっています。」
子供とは、到底思えない低い声。
何かを決意したのか、唇が真一文字に引き結ばれていた。
「僕はしがない学生だ。 園咲教授みたいに文音先生を経済面で支えて上げられる事が出来ない。」
「あの・・・・違うのよ・・・・お金の事じゃ。」
「でも心配しないで下さい。 僕の研究にある企業が目を掛けてくれたんです。」
何故か顔を輝かせて悦に浸る或人。
文音は、どうやって説得して良いのか分からず、盛大な溜息を零す。
飛電或人は、スーパー飛び級をして、超難関で有名な帝都大学を一発合格。
若干10歳にして、幾つもの博士号を持つ超天才児であった。
遺伝子工学と機械工学を専攻し、現在は、園咲文音の学生として、日々、勉学に励んでいる。
と、言うのは建前で、毎日大学に来ては、自分の恩師である文音に、あの手この手を使って口説き捲っていた。
「貴女が首を縦に振ってくれたら、こんな大学とっとと卒業して、その会社に・・・。」
「或人君、好い加減にしなさい。」
恩師の常にない真剣な表情に、或人は口を閉じる。
「何度も言ってるけど、私は既婚者なの・・・だから、貴方とは結婚出来ないし、離婚もする気は無いわ。」
「・・・・・。」
「キツイ事を言って御免ね? でも、将来きっと或人君にも素敵な・・・。」
「文音先生も御爺様と一緒で、僕を見捨てるんだ。」
或人はそれだけ吐き捨てると、手に持った薔薇の花束をゴミ箱に捨てて、ラボから出て行く。
慌ててその後を追い掛ける文音。
しかし、廊下には既に或人の姿は無かった。
セクター・シティ、居住エリアにある高級ホテルのスィートルームの一室。
Wドライバーによりホログラフィーとして、映し出されている17歳ぐらいの少年‐フィリップと日本有数の大企業の社長‐ 飛電或人が対峙していた。
「文音先生は残念だった・・・もっと早く園咲教授を止めていたら、あんな悲劇は起きなかったかもしれない。」
「いいえ、もう、過ぎてしまった事です。」
あの忌まわしい『ビギンズナイト』が起こった当日、飛電或人は日本にいなかった。
否、正確には地球にいなかったのだ。
彼は、宇宙ステーション『ゼア』でプログライズキーの開発を行っていた。
「残念だ・・・・彼女の死は、学会では大きな損失だった。悔しくて堪らないよ・・・・。」
「教授・・・・。」
「と、まぁこの話は一旦置いといて・・・。」
「はい? 」
「君、このカリメロ君を説得して、私の兵隊になりなさい。」
唐突な豹変ぶりに、フィリップはついていけなくなる。
「大丈夫、成功報酬はちゃんと支払う。 君達を雇った依頼主の倍額払おう。」
「きょ、教授・・・・あの・・・・。」
「どうせ、君達を雇ったのは難波重工の爺さんなんだろ? 大丈夫、安心しろ。私が倍額報酬を支払うし、何だったら、君と個人的に契約をしても構わない。」
「おい、何を言ってんだよ? オッサン! 」
マシンガントークで、或人に丸め込まれそうな相棒を、椅子に縛られた状態の翔太郎が助け舟を出した。
蟀谷に青筋を立て、あまりの怒りに鼻息を荒くしている。
「俺達探偵を舐めんな! 依頼主を裏切る真似が・・・・。」
「私が話をしているのは、来人君だ。 カリメロはハンバーグでも喰ってろ。」
「なっ、だから、何なんだよ!? そのカリメロって! 」
「何だ? あの名作アニメを知らんのか? イタリアのパゴット兄弟が、創作したキャラクターで、頭に・・・・・。」
「飛電社長、時間がありません。」
話が再び脱線しそうになり、滅が素早く修正する。
スラリと、手に持っている日本刀を鞘から引き抜き、銀色に光る刀身を椅子に縛られている翔太郎の首元へと突きつけた。
「お前が選択出来るのは二つしかない、大人しく我々に従うか、それとも此処で死ぬかだ。」
冷たい刃を首筋に押し当てられ、翔太郎の蟀谷から汗が一滴流れ落ちる。
静かにぶつかり合う互いの双眸。
不図、滅の姿が生産ラインで死闘を繰り広げたアーマードライダーと重なる。
「てめぇ・・・・あん時のライダーか。」
「ミュージアムを壊滅したと聞いたが、案外、大した事は無かったな? 」
ライダーとしての基本スペックは、ほぼ同等。
しかし、扱う者の熟練度が明らかに違った。
悉(ことごと)く攻撃を躱され、必殺の一撃を喰らっていた。
「止めて下さい! 飛電教授! 貴方は母さんの・・・・っ!」
「母さんの元教え子なんだから、見逃せって? それは聞けないなぁ? 来人君。」
皮肉な笑みで、唇の端を吊り上げ、或人が隣に立つ少年を眺める。
「残念だが、ウチの秘書は冗談が通じなくてね? やると言ったら必ずやる男なんだよ。」
「・・・・・っ! 」
「頼むから、ウンと頷いてくれ、私だって、大事な恩師のご子息を苦しめたくはない。」
「・・・・・悪魔だ・・・貴方は・・・。」
「それは、依頼OKと受け止めて良いのかな? 」
十二分に嘲りを含んだ視線の先で、フィリップが悔し気に頷く姿が映る。
それを確認した或人は、満足そうに頷くと、秘書の方へと振り返った。
「明、カリメロ君を解放してやれ、あっ、それと”保険”も忘れるなよ? 」
「滅です。」
自分の名前を訂正しつつ、胸ポケットから小型の注射器を取り出す。
そして、何の躊躇いも無く、その注射器を拘束されている翔太郎の首筋へと突き刺した。
「うぐっ! 」
「翔太郎っ! 」
体内へとシリンジの薬液が流れ込んで来る。
一瞬だけ、血管が紫色へと変色するが、すぐに元通りの色へと戻った。
「もし万一、解放して反抗でもされたら面倒だからね? ちょっと彼には首輪を付けさせて貰った。」
「翔太郎に何をしたんだ! 」
何時もは冷静で、あまり感情を表に出さないフィリップが、怒りの形相で、隣に立つ若き総帥を睨み付けた。
「”バグスター・ウィルス”、4年前に世間を騒がせた”ゲーム病”と言えば、流石の君も知っているだろう? 」
「・・・・・。」
「致死性が高く、ストレスが高まると爆発的にウィルスが増殖し、人間の体細胞を食い荒らしてしまう、バクテリアの一種だ。」
まるで射殺せんとばかりに、此方を睨み付けるフィリップを、或人が面白そうに眺めている。
いくら契約したとはいえ、立場は此方が圧倒的に上。
それをこの少年と相棒の探偵君に教える為であった。
「でも、そのウィルスには抗体が開発されて、消滅した筈だ。」
フィリップが指摘する通り、このウィルスには既に免疫抗体が開発されている。
東京の都心にある聖都大学付属病院の電脳救命センター(通称=CR)と、衛生省との巧みな連携により、感染者はワクチンを投与され、バグスターウィルスによる脅威は去ったと思われた。
「そう君の言う通りだ。 ウィルスは確実に消滅した・・・衛生省が保管しているサンプル以外はね。」
「・・・っ、まさか。」
「そう、君の推測通りだよ。 衛生省から我々、飛電エントリジェンスに内々に依頼があってね? ウィルスを人体兵器に改良出来ないか? という事だった。」
ウィルスが爆発的に増殖し、末期の状態になると感染者の肉体は、影も形も残さず消滅する。
しかし、それは消滅では無く、人体がデータ化し、消える事であり、ウィルス培養が可能な装置があれば、現世に復元可能なのである。
日本政府はその特性を活かし、不死の兵士を造り出そうと画策した。
その白羽の矢が立ったのが、遺伝子工学でも権威を持つ『飛電エントリジェンス』なのである。
「愚かだ・・・・何て・・・・。」
「でも、哀しいかなそれが人間の本質なんだよねぇ。」
人間の醜悪な一面を突きつけられ、嫌悪感にフィリップが俯く。
それを横目で眺めつつ、或人は更に言葉を続けた。
「俺が開発したバグスターは、特殊でね。あるメモリを使用しなければ、除去する事が出来ない様にプログラムしてある。」
上着のポケットから、白いガイアメモリを取り出す。
ディスプレイマークには、無限回廊を横倒しにしたかの様なEの文字。
「まっ・・・・・まさか、”エターナルメモリ”? 」
余りの驚愕に、フィリップの双眸が見開かれる。
不死の軍団『NEVER』を引き連れ、風都タワーを占拠。
市民に消えない一生の心の傷を植え付けた狂気の男。
大道克己。
「な・・・何で、てめぇがソレを・・・・。」
激しい頭痛と嘔吐感に苛まれながら、翔太郎もまた驚愕の想いであった。
エターナルメモリは、適合者である大道克己と共に、葬り去られた筈である。
それが何故? しかも、風都タワーで起こったテロとは全く無関係なこの男が?
「何でって、このT2メモリを造ったのは、他でもない俺自身だからだ。あ、因みにWドライバーに刺さっているT2サイクロンメモリもね。」
「嘘だ、だってそれは・・・・。」
「大道マリア教授か? 彼女は元研究パートナーだった。美しい脚線美を持つ素晴らしい女性(ひと)だったよ。」
かつて『ビレッジ』で共にガイアメモリの研究をしていた懐かしい日々を想い出す。
当時、13歳だった或人は、大道マリアの美貌に骨抜きだった。
毎日、彼女に愛の告白をした。
その全ては、上手く躱されてしまったが、或人はそんな程度ではめげなかった。
研究で成果を出せば、必ず彼女は自分の優秀さに惚れ込み、その硬い股を開いてくれるだろうと思った。
或人は、頑張った。
食事もロクに取らず、睡眠を削り、T2ガイアメモリの研究に没頭した。
そのかいあり、26本のメモリが完成した。
しかし、或人の恋は祖父、是之助により儚く散った。
東南アジアに拠点を構える巨大企業『ビレッジ』が、財団Xの母体の一つだと判明した為、孫の身を案じた是之助が、半強制的に退職させたのである。
「それもこれも全てあの糞爺のせいだ。 もう少しで大道教授は俺のモノになるところだったんだぞ、それを・・・・それをぉおおおおお。」
過去の悪夢が蘇ったのか、呪詛の言葉を吐き捲る或人の姿に、翔太郎とフィリップは大分引き気味で眺めていた。
「大丈夫なのか? お前んとこの社長。」
「何時もの事だ。」
そんな或人の一人喜劇を、秘書兼護衛役の滅は、完全に感情が抜け落ちた顔で見つめていた。
砂漠エリア、廃棄物処理場。
一台の特殊装甲車が、処理場の建物前で停車している。
鴻上ファウンデーションのロゴが刻まれたドアを開け、治安維持部隊の第一部隊隊長、ウヴァが装甲車から降りた。
部下である機械歩兵『ガーディアン』数体が、ウヴァの後へと続く。
手には、セーフガードライフルやロケットランチャーで武装していた。
『兄弟の話し合いにしては、随分と大袈裟ですね? 』
ウヴァの同胞であるエノシガイオスが潜んでいると思われる、廃棄物処理場まで案内した滅亡迅雷フォースライザーが言った。
「アイツは、俺達の事を完全に格下と思い込んで、見下してやがる。それに、今回の件はこれが初めてじゃねぇ。」
右手に掴んでいる機械仕掛けのベルトに向かって、コンバットジャケットを身に着けているウヴァが、忌々しそうに吐き捨てた。
エノシガイオスは、同じグリードであるが、5人の中でも異質な存在であった。
人間体のミハルと怪人体のエノシガイオスの二人で一人の変わったグリードである。
態度は紳士的で、慇懃無礼なのだが、5人の中で唯一、ポセイドンドライバーを扱える為か、尊大で傲慢な面が見える。
又、人間体であるミハルに対し、まるでペットを愛でる様な態度を取る為、しばしば、メズールと口論になる事があった。
その上、自分達、兄弟の事を、『コアメダル』を産む道具としか思っていない所があり、現に何度も自分達から半ば強引にメダルを奪い取っている。
余りの仕打ちに、怒り狂ったウヴァが、一度詰め寄った事があったが、その時は、ミハルが泣いて謝るばかりであった。
「ミハルには悪いが、奴を拘束して、お袋に引き渡す。」
お袋とは、勿論、アイダ博士の事である。
彼等にとって、アイダは母親同様の存在であった。
彼女自身も、エノシガイオスの傲慢極まる態度には、腹を据えかねており、拘束し連れて来る様に命令を受けている。
廃棄物処理場は、地下三階の構造になっていた。
1階が、分別、減容化、不溶化等の作業が行われ、地下1階が、有毒ガスや汚水をろ過する所、地下2階が更に同じ工程が行われ、地下3階で地面に埋め立てられたり、浄化された水が川や海に放流される。
『アーク』の優れた探知システムによると、エノシガイオスは最下層の処理場に潜伏しているという事であった。
人間体から、本来のグリード体へと変身するウヴァ。
クワガタの顎の様な角と昆虫特有の複眼。
右腕には鉤爪を備え、先端に鋭い棘が付いた触手が二本、背から生えている。
機械歩兵『ガーディアン』を数体従えたウヴァは、最下層の浄化処理場へと辿り着いた。
耳が痛くなる程の静けさ。
苛立つウヴァが、舌打ちをする。
「おい、そこに隠れているのは分かっているんだぞ? ゴミ野郎。」
右手人差し指に蒼白い電流を溜め、エノシガイオスが潜んでいる砂の山へと撃ち込む。
処理場に溜まっている砂の山は爆散し、中から黒い影が躍り出た。
無数のセルメダルの群体‐エノシガイオスだ。
「ご挨拶じゃないか? ウヴァ。」
「あぁ? いきなりコアメダルを破壊されなかっただけ有難く思えよ?ゴミ野郎。」
溜まりに溜まった怒り故か、ウヴァの身体が蒼白い電流を帯びる。
『あの・・・・もう少し、電流を弱めては頂けませんか? このままでは配線が焼き切れて故障・・・。』
無遠慮に苦情を述べる『アーク』を、背後に従えている機械歩兵の一体に投げ渡す。
見事に受け取る機械歩兵、それを合図に、セーフガードライフルとロケットランチャーの銃口が、右腕だけ実体化しているエノシガイオスへと向けられる。
「此処で、ぶっ殺されるか大人しくお袋の所へ行くか、好きな方を選べ。」
「相変わらず下品な男だな・・・・そんなだから、前の君は人間如きに利用され、メダルの器にされるんだ。」
「あぁ? 言ってる意味が分かんねぇぞ? ゴミ。」
「おっと・・・・今の君は、全くの別人だったな? これは失敬。」
嫌味たっぷりの含み笑いに、ウヴァの堪忍袋の緒が切れた。
右腕の鉤爪を振りかざし、音速を超えるスピードで、一気にエノシガイオスとの間合いを詰める。
鋭い一閃。
しかし、返って来る筈の手応えがまるで無い。
見るとセルメダルの群体は、バラバラに飛び散っていた。
「ちっ、逃げてんじゃねぇぞ?ゴラァ! 」
瞬く間に一つの群体へと戻るセルメダルの塊に、ウヴァは何度も鉤爪を振るう。
しかし、エノシガイオスはまるで嘲る様に、己のセルメダルをバラバラにして逃げるだけであった。
「その単純極まりない性格は、800年前と全く同じだな? 否、少しだけ違うとするならば・・・。」
振り下ろされる鉤爪を、エノシガイオスは軽々と右腕一本だけで受け止める。
驚愕に歪むウヴァの双眸。
ガーディアン部隊も、どう対処すれば良いのか判断出来ず、発砲を躊躇う。
「”家族”か・・・・取るに足らん、唾棄すべき代物だよ。」
「うるせぇ!! 」
怒りの放電が、エノシガイオスを貫く。
まともに浴び、処理場に積もった砂の山へと激突するセルメダルの群体。
濛々(もうもう)と砂煙が辺りを包む。
「てめぇは、家族でも何でもねぇ・・・今すぐ此処で始末してやる。」
ウヴァの合図と共に、セーフガードライフルとロケットランチャーが火を吹く。
凄まじい破壊音と瓦解音。
ロケットランチャーによる爆風と火炎が吹き荒れる。
『あのぉ・・・・・流石にやり過ぎでは? 』
「うっせぇ、この程度でやられるタマじゃねぇよ。」
ウヴァの言う通り、セルメダルの群体が火炎の中から飛び出し、次々と機械歩兵達の身体を貫いていく。
鉤爪と触手を巧みに操り、セルメダルの礫を砕くウヴァ。
暗闇の中を、エノシガイオスの腕だけが浮いていた。
「君との遊戯も楽しいが、そろそろ私のミハルを迎えに行かなければならない。」
「んだとぉ? 」
「あの子は、私がいなければ駄目なんだ・・・・あの女では救えない。」
腕のみのエノシガイオスが、三枚のコアメダルを砂の山へと投げる。
忽(たちま)ち、砂はコアメダルと化し、眩い光に包まれた。
異形の姿へと形作るコアメダルの塊。
それは余りにも醜悪な姿であった。
ムカデの頭に、後頭部から垂れる胴体。
昆虫独特の複眼に、首にはミツバチの毛と両肩には、蟻の顔が付いている。
右腕は蜂の腹部の様な意匠があり、手の甲から毒針が生えていた。
「ぐ・・・・グリードだと? 馬鹿な、お袋以外に造れる訳がねぇ。」
「ふん、無知とは恐ろしいな・・・・あの女にグリードの生成法を教えたのは私だ。」
エノシガイオスの右腕は、セルメダルに変わり、異形の怪物‐ムチリへと吸収されていく。
複眼が赤く明滅し、ムチリが獣の如く咆哮を上げる。
長く垂れたムカデの胴体から、無数の毒針をウヴァ達へと射出した。
「ぐわっ! 」
『ウヴァさん! 』
避けきれず、左脚の太腿と、右肩に毒針が突き立つ。
従えていた機械歩兵達も、次々と毒針の餌食となり倒されていった。
居住エリア、6階建ての集合住宅。
その4階にミハル達、グリードが日々の生活を送っていた。
「お帰り。」
「只今。」
当たり障りの無い短い会話。
長い黒髪とスラリと美しい脚線美をした美少女‐ メズールは、青いメッシュが入った髪の少年‐ ミハルを室内へと迎え入れた。
環境システムエリアで、治安維持部隊の第一部隊隊長であるウヴァに保護された。
仮面ライダー ポセイドンに瀕死の重傷を負わされた侵入者‐迅は、中央エリアにある治療施設に運ばれ、今もICUで手当てを受けている。
ミハルは、ガメルの自室へと向かいドアをそっと開ける。
ヌイグルミと模型が飾られた子供部屋。
そのベッドの上には、グリード体に戻ったガメルが規則正しい寝息を立てて熟睡していた。
「お腹空いたでしょ? それとも先にシャワー浴びちゃう? 」
「うん、お腹空いて死にそう。先にご飯食べるよ。」
姉の方を振り向き、苦笑を浮かべる。
ウヴァに保護されてから、何時もの私服へと着替えていた。
紺色のジャケットを脱ぎ、ダイニングルームにあるハンガーラックに掛ける。
室内は暖房が効いており、快適な室温が保たれていた。
「ガメルの事なら気にしなくても大丈夫よ、沢山ご飯食べたから。」
暖かいクリームシチューをスプーンで掬(すく)って、口元へと運ぶ弟の姿を頬杖をついて眺めるメズールが言った。
彼等、グリードは人間と同じく栄養を取り、体内で吸収した食物をセルメダルへと変換させる。
故に、核であるコアメダルさえ破壊されなければ、彼等は半不死身なのである。
「でも、今は貴方が心配。 エノシガイオスが素直に戻ってくれれば良いけど。」
「・・・・・。」
メズールが指摘する通り、今のミハルはコアメダル1枚の状態である。
いくらコアメダルがあれば、幾らでも再生可能とはいえ、ミハルの場合は、コアメダルの大半を半身であるエノシガイオスが持っている状態にある。
もし万一、相棒のコアメダルが破壊されれば、ミハルにどんな影響が出るか分からない。
「ウヴァもそれは分かっているだろうから、一応、気を付けるとは思うけど。」
ウヴァは、5人の中でも一番激昂し易い質だ。
気性の荒さを母親であるアイダ博士に指摘され、日常生活においては影響が出ないぐらいにはコントロール出来る様になったものの、一度怒りに火が付くと中々抑える事が出来ない。
「・・・・・最近、ガイが何を考えているか分からない時があるんだ。」
大好物であるクリームシチューの入った皿に視線を落とすと、ポツリと呟く。
二人で一人のグリードであるエノシガイオスとミハル。
生みの親であるアイダ博士曰く、ポセイドンドライバーの適合者にする為に止む無くこの状態にしているのだという。
元々、ポセイドンドライバーは、古代のオーパーツであるオーズドライバーを基に造られている。
完全な複製体であるものの、コントロールが大変難しく、使用者はその膨大な『欲望のエネルギー』に呑まれ、自我を失い、暴走してしまうのだ。
その問題点を改善する為、適合者を右脳と左脳に分け、『欲望のエネルギー』に掛かる負荷を軽減させた。
つまり力をエノシガイオス、それを抑制又は制御するのがミハル、という訳なのである。
故に、力関係は常にミハルが上でなければならないのだが、「ある事件」がきっかけで、その関係は脆くも崩れてしまう。
それは、エノシガイオスがミハルを強姦、凌辱したのだ。
14歳になったばかりの時、それまで良き理解者であり、半身であったエノシガイオスが突然豹変した。
裏切られた絶望と余りの恐怖に、啜り泣くミハルをエノシガイオスが優しく宥めた。
「愛」の言葉を囁き、全力で護ると誓った。
最初は到底受け入れられなかったが、その事を誰かに打ち明ける事が出来なかった。
実母であるアイダ博士に告げれば、ポセイドンドライバーの適合者から外され、「処分」されるとエノシガイオスに脅されたからだ。
所詮、自分達は人間(ヒト)から造られた存在。
代替品等幾らでもあると、エノシガイオスは告げた。
「どうしたの? ミハル。」
急に黙り込む弟を心配して、姉であるメズールが顔を覗き込んだ。
そんな姉に対し、ミハルは何でもないと笑顔を向ける。
気まずい夕餉を終え、後片付けは自分がやると言って、メズールを自室へと帰した。
後に残ったミハルは、食べ終えた食器を纏め、シンクに持って行く。
蛇口を開き、食器用洗剤の付いたスポンジで皿を洗っていると、その背後へと忍び寄る影があった。
黒い液体と化した、エノシガイオスだ。
環境システムでの一件後、エノシガイオスは半身を囮として廃棄物処理施設に潜ませ、自我がある本体は、気配を完全に消し、ミハルを監視していた。
「が、ガイっ!? 」
突然、背後から抱きすくめられ、驚くミハルの口を大きな手で塞ぐ。
「しーっ、メズールやガメルが起きて来てしまうよ? 」
口元に一本指を立て、エノシガイオスが愛する少年を見下ろす。
耳元に鼻を摺り寄せ、愛しい者の匂いを嗅いだ。
「ああっ・・・・ミハル、久しぶりに感じる君の匂いと体温だ。」
本来、グリードと呼ばれる人造生命体には、欲望という欲求しか存在せず、味覚、聴覚、視覚等の肉体的機能は存在しないのだという。
エノシガイオスは、まさにその典型的存在で、肉体的機能と感情的機能をミハルが受け持つ分、それらが退化しているのだ。
だから、当然、体臭など感じ取る事は出来ない。
「ガイ、ウヴァはどうしたんだ? 」
「ウヴァ? ああ、あの出来損ないの事か・・・・。」
自分の身より、他者・・・しかも完全体である己よりも遥かに劣る兄弟達の身を案じるミハルに、多少の嫉妬を感じる。
同じグリードでありながら、彼等は完全体であるエノシガイオスとは明らかに「異質」な存在であった。
彼等には、味覚どころか人間と同じ感情を備え、普通に日常生活を送っている。
800年前、この島を支配していた王の側近‐錬金術師達が生み出したモノとは、違う生命体になっていた。
あの女‐ アイダ博士に教えた人造生命体の生成法と全く同じやり方を教えたにも拘わらず、出来上がった彼等は、エノシガイオスから見て異質としか受け取る事が出来なかった。
突然変異体なのか、それともアイダ自身が当時の錬金術師よりも優れていたのか、正直、エノシガイオスにとっては気に入らない存在である事に違いはない。
「大丈夫、先に私の一部になってくれたよ。」
「どういう意味だよ? 」
「知らなくて良い・・・どうせ、奴等は私達の一部となる為に生まれた存在だ。」
愛する少年の頬に舌を這わせ、肉体をセルメダル化させ、ミハルの中へと入り込む。
ミハルの意識は、深い闇の中へと堕ちて行った。
映画『仮面ライダー・ビヨンドジェネレーション』の主題歌は神。