ソフトウェアトーク系短編   作:みえふぁ

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私は悪くありませんわ!







軽 ト ラ バ ン パ ー ベ コ ベ コ 部

「少しゆっくりしすぎましたわね…」

 

東北地方のとある山中、軽トラックのヘッドライトのみが道を照らしているような暗闇の中で、東北イタコは車を走らせていた。

 

今日は地元からやや離れた場所から、口寄せの依頼があった。こんなこともあろうかと早めに取っておいた自動車免許が役に立ったと少し嬉しく思い、親戚から譲ってもらった軽トラックで依頼者のもとに向かう。

 

そしてやることを終えた後、すぐ帰るのもなんだろうとそのままもてなしを受けたが、終わらない雑談と次から次へと運ばれてくる茶菓子に帰るに帰れず、この様な時間になってしまった。おかげで結構な満腹感である。夕飯はどれだけ入るだろうか。

 

家の近くまで電車でも通っていれば楽なのだが、ここらは田舎も田舎であり、車がなくては多少遠い程度の場所への移動もままならない。妹たちは今まで通り徒歩なり自転車なりで学校に通っているが、特にそのうち高校を卒業する次女については、自分が送り迎えをすることも多くなるだろうと彼女は考えていた。

 

そんな自動車なくして生きられないような土地のはずなのだが、今はやけに車の通りが少なかった。暗くなってきているとはいえ、対向車の1つ2つとすれ違うこともない。山の夜道に1人という状況に心細さを感じる。

 

そうして、小さなトンネルの前。周りに1つの車もない状況と、満腹感のせいか、彼女が少しぼーっとしながら運転をしていると

 

 

 

視界の横から何かの影が飛び出した。

 

 

 

「ちゅわっ!?」

 

突然のことに意識を覚醒させ、ブレーキを力の限り踏みながらハンドルを左に切る。左側は、コンクリートの壁だ。ブレーキをかけられた軽トラックはスピードを急激に落としながら、コンクリートに衝突した。車体を通して、衝撃が彼女に伝わる。

 

 

「ううっ!」

 

 

目を瞑り歯を食いしばって、彼女はそれに耐える。そしてその二、三秒後、恐る恐る瞼を開けた。

 

 

スピードが落ちていたとはいえ、それなりの速度でコンクリートにぶつかった。結構な音もしたし、車が無傷ということはないだろう。エアバッグが作動しなかったのは年季の入ったものだからか。いや、それよりも

 

 

「あの影は…」

 

 

目の前に飛び出してきた何かはどうなった。ちゃんと避けられたか。大きく息を吐き、意を決してドアを開ける。トラックを降りようと足元を見て

 

 

 

赤い何かが、地面に飛び散っているのが目に映った。

 

 

 

「あぁ…」

 

 

声を漏らす。自分が何をしたのか、おおよそが理解できてしまった。そして、一度、ドアを閉めようとし、手を止める。見なければ良いという問題でないことはわかっているが、やはり一瞬、視界に入れることをためらってしまった。再び大きく息を吐いて、彼女は軽トラックから降り、車体の前に目を向けた。

 

 

 

つい先程まで動いていた、動けていたはずのその身体はピクリともせず、赤い体液が流れ出てている。

 

 

「私は…」

 

 

それを見て、彼女は小さく呟く。

 

 

 

「私は、悪く、ありませんわ」

 

 

周りには誰もいない。何もいない。虫の鳴き声ひとつ聞こえない状況で漏らしたその言葉は、果たして誰に、何に向けた言葉だろう。自分を見守る祖先の霊か、イタコである彼女にしか認識できない何かか、それとも、自分自身だろうか。

 

 

 

(だって、普通に運転してたら急に目の前に出てきて、避けられるはずありませんもの。いや、確かにちょっと注意が足りなかったかもしれませんが。でも、もしいつも通りでも、避けられなかったはずですわ。事故、事故です。)

 

 

 

イタコは、しばらく軽トラックの前で呆けていた。そこに車はおろか、人の1人も通りかかることがなかったのは、彼女にとって幸か、不幸か。

 

「雨…」

 

そして、そこに強い雨が降り出したことも、彼女にとって、果たして幸せなことであっただろうか。

 

 

 

 

 

 

地面に転がっていたそれは、谷底に落とした。血は、全て雨が洗い流してくれた。先程までの悲惨な光景はほとんどその面影を残しておらず、凹んだ軽トラックのバンパーと胸のあたりがぽっかりと空いたような感覚だけが、それが現実であったことを証明している。

 

バレないだろうか。バレたらどうなるだろうか。軽トラのバンパーについては妹に何か言われるだろう。何て返そう。こんなことをした自分に今後霊が降りてくれるのか。

 

不安と罪悪感に押し潰されそうになりながら、しかし、彼女は不気味な程冷静だった。こういうことをしてしまった後というのは、こうも頭が冷えるものなのだなぁと他人事のように考えながら、軽トラックを運転し、帰路に着く。

 

(大丈夫ですわ、きっと、大丈夫)

 

何が大丈夫なのか、何で大丈夫なのか、彼女自身もわからなかったが、とにかくそう自分に言い聞かせた。

 

そう、きっと大丈夫だ。そうでなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

「ただいま帰りましたわー」

 

「おかえりー!」

 

玄関の戸を開き、いつものように声を上げれば、家の奥からいつものように次女の声が返ってくる。三女の声はないが、部屋に入れば「あ、おかえりなさい」と言ってくれるのが常だ。

 

いつもの家だ。いつものやりとりだ。それらにイタコは心の底から安堵する。何の変哲もない日常の素晴らしさを、実感していた。

 

しかし、同時に後ろめたさが彼女を襲う。今から自分は、家族に対して嘘をつき、真実を隠し、騙さなければならない。まだ、気は抜けない。

 

「雨に濡れてしまったので拭くものがほしいのですけどー」

 

そう声を上げると、少ししてから次女のずん子が2枚のタオルを持って、かけ足気味にやって来た。それらをイタコに手渡しながら尋ねる。

 

 

「どうしたの姉さま!車で帰って来たんでしょ?」

 

「それが、その…帰り道に、軽トラを壁にぶつけてしまいまして…」

 

恐る恐る、といった風にずん子の表情を見る。

 

「え!?大丈夫だったの!?怪我は!?」

 

「わ、私は無事でしたが、譲っていただいたトラックが…」

 

「えー!?タコねえさま軽トラ壊したんですかー!?」

 

家の奥、居間の方から別の声が飛んできた。おおよそ寝転がりながらゲームでもしているのだろう。普段は夕飯ができたと呼んでもロクに反応しないのに、どうしてこういう話題に対しては地獄耳を発揮するのか。

 

そうしてドタドタと忙しない足音が聞こえてくるのと、三女、きりたんの姿が見えたのはほぼ同時だった。

 

「どうなったんですか!?ちゃんと走れるんですか!?」

 

「走れなかったらここまで帰って来られないですわ…。いつもの場所に停めてありますから、気になるなら見に行ってみなさいな」

 

はい!と元気よく返事をし、玄関を飛び出していく。段々と生意気になり始めた小学5年生。事故車の有様が気になる程度の無邪気さは残っているが、中学入ったら面倒なことになるだろうなぁとイタコは思っていた。

 

しかしひとまず、きりたんを遠ざけることができた。この隙にと、タオルで水を拭き取りながら言う。

 

「それで、先にお風呂に入ってしまいたいのですけど、いいかしら?」

 

「はいはい!ちょうど沸かしてたところだから、丁度いいタイミングだよ!」

 

ありがとう、とずん子に返し、足元を念入りに拭いてから廊下を歩く。

 

今は一秒でも早く、体を洗いたかった。家族に迎えられだいぶ楽になったが、それでも彼女の感じる冷たさと、不安は拭いきれていない。冷えた体を温めて、汚れを落としてしまいたい。

 

 

 

 

 

 

風呂から上がったイタコは、ずん子の作った夕飯を食べた後、仕事やら事故やらの疲れを主張して、妹たちから逃げるように床に就いた。すぐにでも寝てしまいたい程疲れていたのは事実だが、それ以上にトラックのことについて追求されたら、まともに返せる自身がなかった。結局、明日の自分が答えなくてはならないのだが、まぁ、それは明日の自分に任せよう。疲れがとれれば、今よりはマシな状態で受け答えができるだろうから。

 

しかし、いざ布団に入ると、疲れ以上に不安が迫ってきて眠れない。掛け布団を寄せて抱き枕のようにし、体を丸くする。

 

(バレないなんてことがあると思うか?)

 

頭の中に浮かんできたその文章を、浮かび切るまえに途中で抑え込む。考えるな、何も考えるな。そう言い聞かせ、別のことを考えようとする。しかし、油断すればまた、心配事が頭をよぎり、また抑え込む。これを10回ほど行った。余計な疲れが溜まったが、それでもやはり、眠れない。頭がうまく働かない。ぼんやりとした意識の中、ポツリと、声が漏れた。

 

「私は」

 

「私は悪くない」

 

「私が悪くないありませんわ」

 

「わたくしはわるく、ありません」

 

うわ言のように繰り返す。それはさっきまでと違い、すんなりと頭の中を埋めつくした。待ちわびたと言わんばかりに、疲労が彼女の体を襲う。

 

心地よく、眠れそうだ。

 

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