ソフトウェアトーク系短編   作:みえふぁ

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6月26日に行われたwebオンリー「ボイスガーデン」にて展示したものです




精霊と霊媒師が話しただけ

 その女性は、薄暗い路地を歩いていた。きょろきょろと辺りを観察し、何かを警戒するようにゆっくりと歩み続ける。妹と離れた場所からそう遠くはないのだ。まだ気は抜けない。

 先ほど道を歩いているとき、突然、じんわりと、何かに呼ばれたような感覚をおぼえた。一般人であればわけもわからず惹かれるように迷い込むのだろうが、経験上、彼女には何者かが自身を招いているのだろうと理解できた。

 だから、気づかれないよう何も言わずに妹たちから離れて、ここに来たのだ。無視をすれば何が起こるか分かったものではないが、かといって妹たちを引き連れて向かうわけにもいかない。

 慎重な足取りのまま角を曲がり、表の大通りから見えない位置に入ったことを確認して、彼女、東北イタコは口を開く。

 

「どなたでしょうか」

 

 声が、路地裏に小さく響く。その反響はわずかな間だけ続いた。音が空間に溶けていき、脇を通る用水路の音だけが残る。一拍置いて「へえ」と、感心したような声が聞こえてきた。

 

「そのへんの理解はあるんだ」

 

 声につられてイタコが顔を上げれば、一人の少女が民家の屋根に座っていた。長い桃色の髪を瓦の上に垂らし、青い瞳はじっとこちらを見つめている。

 イタコも見た目通りの子供だと思っていれば、屋根に上るという少女のやんちゃな行動に、注意の一つもしただろう。しかしイタコには、目の前の少女が少なくとも単なる人間の子供ではないという確信があった。

 

「もちろん。あなただって、私がそういう人間と知った上で呼んだのでしょう?」

 

 おそらく自分は、この者に招かれたのだろう。しかし、その招待が好意的なものか、あるいはその逆のものかどうかは未だわからないままだった。

 

「どうだろうね。今は素質があっても本人に自覚なしってこと多いから」

「なるほど。それで、私を呼んだ理由は」

「ねえ、もうちょっと会話を楽しもうよ」

「こちらが先です」

「段取りってものがあるじゃん?いいけどさあ」

 

 少女の不満げな表情を見上げながら考える。イタコは、少なくとも悪霊の類ではないのだろうとアタリをつけた。彼女が今まで見てきたものはその苦しみに喘ぎ、己を暴走させていることがほとんどだった。こうまでまともな会話のできる相手ではないはずだ。

 しかし、だからといって油断はできない。もし妹たちの方で何かあっても、ある程度の手合いならば逃げて来られるだけの術は教えてある。彼女自身も、すぐにここから逃げ出せるだけの準備は済ませてあった。

 彼女は警戒の色の滲む目を向ける。対面の少女は、イタコの中の何かを覗き込むようにその目線と向き合っている。

 

「君は何をしにここに来たのかな?」

「え?はあ」

 

 少女の言葉に、イタコは困惑の声を漏らした。何か、もう少し明確な目的があるものだと思っていたが、予想外にも飛んできたのは自分への質問であった。

 それはこちらが聞きたいことなのだけれど、と内心首を傾げながら答える。

 

「観光と、ついでに少し早めの妹の合格祈願に…」

「それだけ?本当に?」

「ええ。その前に別の場所で仕事がありましたので、主目的はそちらですが」

「太宰府天満宮に来た理由は、あくまで観光ってこと?」

「はい。言った通りですわ」

「そっかあ。はー」

 

 大きく息を吐いた少女はそのまま背中から倒れ、屋根の上で仰向けに寝転がる。彼女の身体は小さく、下から見上げるイタコには、その足と青みがかった髪先が見える程度だ。

 

「変に気張って損した…」

「疑わないのですか?」

「嘘ついたらわかるよ」

「それはまた…」

 

 恐ろしいですわね、とは続けなかった。結果として正直に話してよかったのだから、それ以上は余計だろう。

 この手の存在からの質問というものは、素直に答えるか嘘をつくか、どちらかが安定した正解というものではない。正直者が見逃されることもあれば、うまく嘘をつくことでその難を逃れられる場合もある。幾らか感覚を頼りにした部分もあったが、ほとんど反射的に素直に答えてしまった。その判断が間違っていなかったことに、イタコは胸を撫で下ろす。

 しかし、彼女の疑問は晴れないままだ。

 

「なぜあんな質問を?」

「そりゃ、君みたいなのが入ろうとしてたんだから」

 

 だらりと垂れ下がった足と髪先だけを覗かせたまま、屋根の上の少女が返す。

 

「『みたいなの』って…。私ただのイタコ、あー、霊媒師ですわよ?」

 

 イタコの言葉に、「フッ」という少女の鼻笑いが答えた。足が小さく、ぶらぶらと揺れる。

 

「ただの霊媒師?『それ』抱えながらよく言うね」

「…ああ、なるほど」

 

 ようやく合点がいった。少女の言うところの『それ』とはおそらく、イタコが身体の内に隠している狐のことだろう。一応耳と尻尾を引っ込めてはいたのだが、見抜かれていたようだ。これでは確かに、聖域に入り込む化生とその相方の人間として見られ、警戒されても仕方がない。

 

「今度からは気をつけるとしましょう」

「そうしなよ。おかげで私もこの後ミコトにどやされちゃうわけだし」

 

 そこで出た名前らしき単語に何かを察したイタコは、少し考えてから尋ねた。

 

「それは、あなたの片割れのことでしょうか?」

 

 イタコの問いに、少女はがばりと跳ね起きる。大きく見開かれた目は、その驚きをよく表していた。

 

「知ってるの?」

「いいえ。ただどことなく変と言いますか。今のあなたには何かがごっそりと、ちょうど半分ほど足りない気がしていたものですから、もしかしたらと」

「霊媒師って別に精霊について詳しいわけでもないだろうに、すごいんだね。君に変と言われるのは腑に落ちないけど」

 

 少女の言葉にイタコは苦笑する。彼女からすれば、この有様で、あろうことか霊媒師を名乗る自分の方が、よほど歪な存在だろう。

 しかし、この少女は精霊だったのか。頭の片隅に書き留める。

 

「イタコって名前しか知らないけど、そんな状態で霊って降りるものなの?」

 

 次に少女から飛んできたのはそんな質問だった。

 見てみれば、彼女の目からは先ほどのような警戒の色は消えていた。ならばこれはきっと、今までの相手を探るような問答ではなく、大した意図のない雑談なのだろう。

 

「時代が時代ならあちらから降りてくださることは少ないのでしょうが、環境が違えば霊もそのあたり、なかなか寛容になるものみたいですわよ?」

「人が変われば霊も変わるか」

「そんなところです」

 

 やはり少女の視線と声色からはとげとげしさが消えているように、イタコは感じた。

 だがそれは親しみに変化したわけではなく、目の前のおかしな存在を確かめるような怪訝なものであったが。

 

「まあその獣臭いの以前に、見た感じ霊媒師にしては随分俗っぽいけど。少し昔の霊とか降ろすってなったらまずいでしょ」

「そのような機会自体が稀ですし、それこそ時代によって霊も変わるのですよ。例えば私が恋人を作り、結婚し、子を成しても、最近の霊の半分は問題ないかと」

 

 それを聞いた少女は、何かおぞましい話を聞いたといったふうに顔を引きつらせた。

 

「今の人間を見れば全く考えられなくもないけど、ちょっと前の世代でも、うん、想像できないなあ…」

 

 彼女の言う世代がどの程度の『ちょっと前』なのかはわからないが、この精霊は人から見れば結構なお年のようだ。

 

「まあ霊側の事情を抜きにしましても、私これでもイタコとしては結構な実力ですのよ?多少の不利はどうにでもなりますし、もしそれでも難しいようならまあそこは、狐の力を借りてちょっと強引に」

「やっぱり、君の方がよっぽど変だね」

「違いありませんわ」

 

 己がイタコとしては異端中の異端で、見る者が見れば卒倒するような状態である自覚は、彼女にもある。開き直って羽目を外すつもりもないが、少なくとも他人から指摘され、それを否定できる立場にはいないだろう。

 イタコはふと、少し喋りすぎただろうかと会話を振り返る。油断して余計なことを話しすぎた気もする。彼女には今まで、自分と同じ『側』の存在とまともに話す機会が、知人相手を除いてほとんどなかった。普段は周りから隠している部分であり、仮に露わにしたところで一般人に通じる話ではない。そのような話題が通じる相手に出先で巡り合えた高揚感は、彼女が今まで感じたことのないものだったのだ。イタコは少し考えるが、どうせ喋ってしまったものは仕方ないと思考を切り上げる。

 

「そんな変なのが入ろうとしてるのにさあ、ミコトはさあ」

 

 少女は言いながら横に倒れる。今度は身体の一部しか見えないということもなく、疲れたような表情が見て取れた。

 

「『きっと大丈夫』とか『いい人そう』とか、信じすぎじゃない?そりゃ結果的には問題なかったわけだけどさあ」

 

 その顔と声色から、おそらく少女は愚痴を吐いているのであろうことはイタコにも分かった。

 

「片割れなのに、あまり息が合わないんですね」

「私とミコトはそういうもんなの。私が御傍にいてミコトが人との間を繋ぐ。まあ精霊って言っても色々いるから、そこらへんは経験だよ新人さん」

「そうですわね。一つ勉強になりました」

 

 イタコがぎごちない様子で頷いた。自分がまだ至らぬ身であることは理解しているが、目の前の少女に新人扱いされると何とも言えないむずかゆさを覚える。

 ふと、少女が声を漏らした。

 

「あ、こっち来る」

「来る?」

「ミコトのことだよ。あーあ、とりあえず今日はこのへんにしとこっか」

 

 答えながら彼女は上体を起こし、腕を上げて大きく伸びをする。

 

「別に話し相手が増えたところで、私は構いませんけど」

「わかってないねえ、こういうのはここで止めとくべきなんだよ。二人で始まったんだから」

「はい…?まあそういうことでしたら、一応私の方から名前だけでも」

「いいってば。少なくとも今回は、私は『精霊』で君は『霊媒師』なの。その続きはまた今度さ」

「はあ…」

「ミコトも無粋なんだから。まあ十分話したし、これ以上は蛇足か」

 

 困惑するイタコを傍目に少女はそう呟き勝手に納得すると、腰を上げて立ち上がった。

 イタコはそのとき初めて、少女の立った状態での身長を確認した。第一印象と比べてみれば、彼女が想像していたよりは幾らか年上に見える。最も、見上げているためはっきりとは分からないのだが。

 屋根の上の少女が見下ろしながら言う。

 

「じゃあね、また会えたらいいな」

「ええ。こちらに来る機会はあまりないので、先の話になるかもしれませんが」

「だーからさ、そういうのはいいんだって」

 

 呆れたような仕草をとる少女に、イタコが不満げな表情を浮かべる。

 

「…あなたの語る粋というものは、その、いまいち、捉えきれていませんわ」

「いつかわかればいいねえ」

「ええはい、そうですわね…」

 

 霊媒師はため息とともに返す。その様子がどうにも面白く映ったようで、精霊はクスクスと笑った。

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