ソフトウェアトーク系短編   作:みえふぁ

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あの人

 もしもし、私です。すみません。どうか今、話を聞いてくれませんか。私一人では抱えていられなくて、何処か、私の外に放たないと気がおかしくなってしまいそうです。お願いします。私は間違えたのでしょうか。もう、何が正しいのかわからないのです。ああ、すみません。聞こえていますか?はい、よかった。公衆電話なんて初めて使ったものですから、ちゃんとつながっているのか、不安になって。すみません。でも、スマホも手元になくて、頼れる人もいなくて。電話番号を覚えている相手なんて、貴女しかいなかったんです。先輩なのに、すっぽかしたのに、勝手な理由で損な役割を押し付けています、ごめんなさい、ごめんなさいね。もうご飯食べちゃいましたよね。何の連絡もしないで、勝手でごめんなさい。

 もう、どうすればいいのか分かりません。あんなに好きだと言ってくれていたのに、全部嘘だったんでしょうか。助けてください。いや、やっぱりこんなことは、誰にも話してはいけないのかもしれません。誰にも話さず私一人だけ、おかしくなってしまえばいい。ああ、でも、もう辛くて、耐えられないんです。どうしてこうなったのでしょう。あれからずっと、何かにつながれている。鎖みたいに重たくて、じゃらじゃらうるさくて、冷たい。でも、そんな、鎖につながれた私というものを、確かに存在させてくれているような、そんな気がします。これがあるから、私は生きられる。もし解き放たれてしまったら、どうすればいいのか分からない。とても不安で、恐ろしくなる。鎖の重みも、音も感じられなくなったとき、私は本当にそこにいるのでしょうか。ああ、だから私は、何があっても外れてしまわないよう、大事に大事に鎖を抱え込んでいるのだ。そうだった。でも、ちょっと重くなりすぎたので、これから少しの間だけ、貴女に支えてもらいたい。きっとそうです。100円入れたので520秒、それだけ、時間をください。お願いできますか?はい、ありがとうございます。ねえ、聞いてください。知っているでしょうけど、マキさんは眩しくて、とても強い人です。あの人を知ったときの私は、家族も友人も頼りにできなくて、なんとか一人で立とうと必死になっていた頃です。弱っちいなりに必死に生きようと、明るく孤高に振舞っていました。きっと彼女は、そんな私を気に入ってくれたのでしょう。だけどもう、そのうちすぐに、私はマキさんという拠り所を得てしまっていた。私は早々に、もう一人で立たなくていいのだと、力を抜いて、彼女にこの身を預けきってしまいました。きっとマキさんは、今でも、かつての無頼の私を求めているに違いない。でも、もう、そんな私はいない。そんな精神性は残っていない。けれど彼女は、私にかつての残像を見出そうとします。私にそれを思い出させようと、責めて、突き放す。そんなことをされると、私は恐くなってしまって、また彼女に縋りついて。そんなことを、何度も、何度も、繰り返した。もう、だめだ。いやだ。いつまでこんなこと続けなきゃいけないんだ。私を遠ざけないでほしいだけなんです。あの頃の私はもう戻ってこないけれど、どうか酷いことを言わずに。強い言葉を使わずに。あの人がいなくなってしまうことより、恐ろしいことはない。それが何よりもいやなのに。まだ、あなたのことを好きでいたい。ずっと愛していてほしくて、だから、私のことを愛してほしいんです。あなたには他があるのかもしれないけれど、私にはあなたしかいないんです。どこにも行かずに、ここで、どうか。ああ、ごめんなさい、貴女にこんなことを言っても、仕方ないのに。恐いですよね、ごめんなさい。でも、もう少しだけ、お願いです。 そう、そうだ。初めて見たマキさんは、ステージの上でした。貴女には何度も話しましたね。すごかった。ステージが、金髪を垂らしてギターを構えるあの人を、当然のことのように引き立てている、そんな風に見えた。舞台を従えるように、マキさんは立っていました。あの緑の目で睨みつけられたとき、心臓が高鳴って、身体中が熱くなって。いや、きっと、観客全体を見ていただけなのだろうけど、もうどうしようもなく、この人しかいないと思ってしまった。そう、私にはこの人しかいない。綺麗だったんです。彼女に、ちょっとでも近づかなければならない。そう考えていた時に、貴女がマキさんと同じ文化祭の実行委員だと知ったものだから、居ても立っても居られなくて、貴女に詰め寄って紹介してもらって、半ば強引に、友人にしてもらった。あの人は近くで見ても、眩しい人でした。家にいても道を歩いていても、ステージの上ほどではないにせよ、やっぱり彼女は周りを従えて立っている。そういう、強い人なのです。私は余計彼女に憧れて、どうしようもなく惹きつけられて。気が付けば、少しでも近く、彼女の近くの、できれば、すぐ隣がほしいと思っていました。あの人に、好かれなければならない。大事に思われたい。昔から私は、他人が自分に何を求めているのか、なんとなく察することができます。ずっと、そうやって周りの顔色を窺って、嫌われないよう生きてきました。だから、私の孤高の姿、実際のところ、裏側では張り詰めた筋肉でぷるぷる震えていたわけですが、ともかく、表面の独り立ちした私を見るとき、彼女の目が透き通った緑のまま、少し変わっているのが分かりました。だから彼女の前では、そういう面ばかり掬い取って見せつけました。いつもやっているように、求められた自分だけを、うまく彼女に提供したつもりです。そうしているうちに、彼女との距離を縮めることができたものですから、私は調子づいて、ますますそれを繰り返しました。ばかなことをしました。私はばかだ。彼女にあんな思いをさせてしまうのなら、こんなこと、しなければ良かったのに。私は、彼女との交際が始まってしまうと、急に力が抜けてしまって、それまでやってきたような取り繕いをやめてしまいました。ずっと、張り切り過ぎていたからでしょうか。でも、だって、彼女は、弦巻マキはもう、私のものになったのだから、何も気負わなくて良いと思ったのです。ステージや周りの人間を引っ張って行くように、私のことも引っ張って行ってくれるはずでした。この人についていけば、間違いない。彼女は強い。私は全て力を抜いて、彼女に思い切り甘え倒して。彼女の腕の中にいるときは、とても安心できた。ああ、そう、きっとこの頃が、一番幸せだった。今は、こんなにも息苦しい。彼女は甘える私を、恋人の前でだけ見せる、わずかな隙の部分だと思っていたのでしょう。そちらこそが私のほとんどだと彼女が気づくまでは、少し時間がかかりました。そう、時間をかけて、だんだんと、彼女の目が冷たくなっていきました。あれからずっと、お前はそんな人間じゃないだろう、とでも言いたげな目で。きっと彼女は、好きになった女が、もうここにはいないのだと知ってしまった。そういう目をしていた。でも、そうではないのです。違う。あの頃が特別だっただけ。誰も頼れなかったから、彼女に好かれようとしていたから、あのときの私は必死だった。でも、今はあなたがいる。もう頑張らなくていいんだと、一度でも思ってしまったら、どうにも力が入らなくて。だから、もう、あの頃の私は戻ってこないんだって。そう何度謝っても、許してはくれません。まるで私の中に、かつての孤高性みたいなものが眠っているとでも思っている。だから、それを呼び起こそうと、何度も。いやだ。違う、私は、こうなのだ。今はあなたがいるから、楽でいられるのだ。だから、ないものを掘り起こそうとしたって、何も見つかりはしないのに。それなのにマキさんは、目を覚ませと、お構いなしに突き飛ばすから、私はずっと不安になってしまうのです。そういう、酷いことをするのです。けれど、知っています。彼女も、もう私から離れられやしない。私が彼女無しでは生きられないのと同じで、彼女だって、私なしでは、生きられないのだ。何度突き飛ばしたって、私たちは一緒のままだ。また、二人でいられる。あなただって、私に愛想を尽かして、別れようとはしないじゃないか。ほら、やっぱりだ。きっと、ずっとこのまま。それでいいのかもしれない。そうやって生きて、二人で死んでいきたい。ああ、でも、あの人だって酷いのです。突き飛ばすときの彼女は、本当に酷い。あなたなんていらないだの、そんなだから素人なんだだの、もう嫌いだの、適当なこと、平気な顔で言いやがる。いや、きっと彼女も平気ではない。私がそんなことを、彼女に言わせてしまっているのだ。私の方が酷い。いや、それでも、とにかく彼女は、その一言で私がどれだけ傷ついているのかも知らないで、何度も恐ろしい言葉をぶつけてきます。そんなことが、ずっと続いた。そのうちに、私からもだんだんと、彼女への熱が失われてしまった。だって、あんなに痛めつけられたら、弱ってしまったって仕方ないじゃないですか。もういやだ。こんなつもりじゃなかった。あの日、ステージの上のマキさんに見た輝きが、目の前にいる彼女からは、すっかり失われた。そう、感じられてしまいました。もう、だめだ。お互いに、好きではなくなっているのかもしれない。空っぽになった、大きな、大きな愛の抜け殻だけが残っている。たくさんあったはずなのに、今ではもうそれだけが、私たちに残されたつながりなのです。それだけ。それが、命よりも大事になった。でも、そう、大事だ。やっぱり私は、マキさんを大切に思えます。彼女は、確かに強い。強いのですが、ところどころ抜けているというか、幼さのような、危なっかしさがあって、私は、彼女のそういう部分を補ってあげるのが好きで。彼女の隣で、ずっとそうしてあげたかった。そうしてあげたいのです。そう、私はやっぱり彼女が好きで、だから、彼女にそれを伝えてあげようと思いました。そうしたら、彼女も私に、冷たく当たらなくなるのかもしれない。きっとずいぶん、愛を伝え損ねてしまっていたのだと思って。私は昨日、彼女の部屋に泊まりました。ずっと彼女と一緒にいて、抱きしめて、愛を伝えました。あなたの傍にいたいのだと、今まで伝え損ねた分の愛を、飽きるほど。夜には、マキさんの好物のラザニアを作ってあげました。二人で好きな映画も見ました。そのうち、彼女も機嫌を良くしてくれました。ああ、これだ。これだった。これが足りていなかったのだ。きっと彼女も、だんだん愛が失われていって、不安だったに違いない。もっと早く、こうしてあげればよかったのに。昨夜は、とても幸せでした。付き合いたての頃とは何だか違っていましたが、確かに幸せだったのです。彼女は今朝、用事で出ていきました。私は部屋の、彼女が見落としていそうな場所の掃除とか、溜まった食器洗いとかをしながら、帰りを待っていました。前に一度、冷蔵庫の整理なんかをやったのですが、勝手なことをするなと、何故かカンカンに怒られてしまいました。彼女は家事なんてほとんどできなくて、部屋はいつもボロボロなのに、掃除以外のことをすると、強い言葉を使って怒り出すのです。だから怒られて以来、手をつけていませんでした。きっと、また深く傷つけられてしまうから。私が彼女にしてあげられることは、限られているのだと思っていた。でも、今日はなんだか、全部やってあげようという気になりました。私は、あなたのためなら何だってしてあげられる。それを彼女に示したいと思った。でも、いざ手を出そうとすると、色々な不安が頭をよぎってしまって。ようやく返ってきた幸せに少しでも減ってほしくなくて、結局やれませんでした。もしできていれば、少しは違ったのでしょうか。何故できなかったのでしょう。私は、彼女を怒らせたくなかったのでしょうか。いや、彼女に怒られたくなかった?あれ、どっちだろう。いや、たぶん両方。両方です。とにかく、私は臆病で、それ以上何もしてあげられませんでした。いや、でも、それでも私は嬉しかった。また、彼女を大好きでいられると思った。愛というものが、また二人の間に戻って来たような気がしました。彼女は、夕方頃に帰ってきました。どこかに食べに行こうと言いました。ええ、はい、そうですね。今日は、貴女と夕食を食べる約束をしていました。だから私は、それを理由に断ったのです。今日はあかりちゃんと食べに行く約束があるから、申し訳ないけれどまた今度、って。貴女とマキさんは面識もあって、私と貴女が長い付き合いであることくらい彼女も知っているから、まさか、浮気を疑われるようなことはないだろうと思ったのです。しかし、彼女は呆然と私を見つめて、がっくりとソファに座り込んでしまいました。そしてそのまま、蹲ってしまった。私は驚いて、本当に驚いて、彼女に言葉をかけました。そんなに大したことじゃない、今日はただ、友人とご飯を食べに行く約束があっただけ。あなたのことが、世界で一番大事なのだと、ついさっきまで噛みしめていた愛というものを、また彼女に伝え続けました。けれど、彼女は、ただ首を横に振って、もういい、としか言いませんでした。「もういい」、その言葉がいままでどれだけ私の心を抉ってきたか。私は何もできず、蹲る彼女に立ち尽くしてしまいました。力も入らなくて、意識が朦朧としていた。とりあえず、財布だけ拾って、出てきました。そのまま行くあてもなしに、何時間も歩いた。もう、何も分からない。どうすればいいのか、分かりません。あの人は、何なのでしょう。私だって、マキさんが他の人と遊んだり、楽しそうにしていたって、ずっと我慢してきたのに。私が少し友人と会うだけで、これですか。ふざけている。私の気持ちなんて知ろうともしないくせに、自分だけああやって。はい、はい?いえ、貴女が謝ることではありませんよ。違う、違います。ああ、いや、すみません。貴女は優しいですね。ありがとうございます。お気持ちだけ。いいえ、泣いていませんよ。色んなショックが、ようやく落ち着いてきたけれど、声はどうしても震えてしまうのです。そう、今、泣いていないんですよ。ずっと、涙が一滴だって流れてくれない。何故でしょう。こんなにも辛くて、泣きたくて、仕方ないのに。ああ、でも、今入ってるこの電話ボックス、ガラスがずいぶん傷だらけで、汚くて。それに囲まれて、ぼやけた街灯を見ているだけで、私は今、泣けているような気がしています。ああ、もうそろそろ時間ですね。はい、いい加減マキさんも心配しているかもしれませんから、帰りにコンビニに寄って、シュークリームでも買って、帰ろうと思います。話を聞いてくれてありがとうございます。少し楽になりました。また今度、謝罪とお礼を兼ねて、何か奢らせてください。はい、ありがとうございます、おやすみなさい。

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