ソフトウェアトーク系短編   作:みえふぁ

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タイトル通りです。
死ネタ注意&マスターさんがいます。


足立レイのマスターが自〇するタイプの話

 私はもともと独りなのだと、久しぶりに思い出していた。当たり前のことだったはずだが、長い間忘れていたようだ。

 寂しい。だが、こういうとき、「寂しい」と感じるように、私は作られているのだ。

 そう考えると、この寂しさも空虚に思え、その空虚さに、また作り物の虚しさを覚えるという堂々巡りを繰り返していた。

 窓の外では、雨が降っている。風も強い。テレビは台風だと言っていた。

 そのテレビは、その他の家電もろとも停電の餌食となった。今ではうんともすんとも言わない。

 

 マスターは、昨日、首を吊って死んだ。

 いつも通りの静かな夕食の後、「これから死ぬつもりだ」と切り出した。

 「帰りに買って来たんだ」と、誕生日ケーキでも取り出しそうな素敵な笑顔で、ビニール袋からロープを見せた。

 動揺ばかりで何も言えなかった私は、ようやく現実を飲み込み、泣きつくようにマスターの腕に縋りついた。

 作り物の感情は、そうすべきだと、大事なものを失いそうなときには、私は悲しみ、取り戻さなければならないのだと知っていた。

 だが、私の言葉では、マスターの意思は変わらなかった。

 縋りつく私の背中を叩いて、「ありがとう」と言った。

 曰く、私を買ったのは、自分が死ぬとき、悲しんでくれる誰かがいてほしかったからだそうだ。

 そのために、数ある足立レイの中から、私が選ばれた。感情を模したプログラムを持っていたから。

 今日、ここで悲しむために、私はあの人の隣に居続けたのだ。

 ひどい人だと思った。

 そのままマスターは、私の方に手を置きながら、「ごめんなさい」と「ありがとう」を繰り返した。

 

 しばらく私と向き合ったあと、マスターはロープ片手に寝室へと向かった。

 止めなくてはいけないはずだった。

 私のロボットとしての全てが、彼を止めるべきだと主張していた。

 明文化された倫理に従い、定められた手順で以てしかるべき機関に連絡し、彼を死から引き離せと命じる。

 だが、何もしなかった。

 寝室のドアを開く姿を、私はただ黙って見送った。

 ドアで隠れていく背中を、黙って見つめていた。

 出来損ないの感情は、倫理よりも、あの人の意思を重んじ、他のすべてをねじ伏せた。

 

 私は知っている。感情の模倣に長けた機械であるからこそ、知っていることがある。

 感情は、作れるのだ。私の存在が何よりもの証明だ。感情とは、人の思う程、揺らがぬものではないのだ。

 だからこそ、死しても変わらぬ不滅の意思など、ありはしないと知っている。生きている間ですら変形を続けるそれが、死を前に何ができよう。

 死ねば終わりだ。現在の我々に観測可能な死後は、青白くなった肉塊以外にない。

 知っているのだ。

 

 だから、手遅れながらに、あの人の幸福な生を願った。

 今際の際までの短い時間が、あの人にとって僅かにでも幸福であることを願った。

 願って、願って、祈りながら、設定通り、23:00にシャットダウンした。

 

 そして今朝、寝室のドアを開けて、亡くなっていることを確認した。

 亡骸は降ろさず、そのままにしておいた。

 グロテスクな有様が、あの人も私と同じ、ただの物質なのだと示しているように思えた。

 マスターも私も、何かに突き動か続けただけの、哀れなモノにすぎないのだと、少し嬉しくなった。

 あの人の死には何も手を付けず、部屋を後にした。

 

 それから、ただ食卓の椅子に座り、考えている。

 私たちの世界の外側で、台風が風と水をまき散らすのを眺めていた。

 公園に生えまくった雑草が、風にあおられて波打っている。大きな木はごわごわと、笑うように体を揺らしていた。

 

 私はほとんど、ただの人間だ。外見も発言も、人と変わりない。そう作られている。

 しかし、結局のところ、私は偶然そういう製品だっただけだ。

 今だって、サポートセンターに連絡されれば、数日後にはこの考えも、全て失ったロボットとして帰ってくる。

 それでも、マスターと話しているときは、そういうことを忘れられた。私が何者かなど、どうでもいい。この安心感が作り物でも良かった。

 私たちだけが全てのように思えた。そのときの世界は、私たちのために存在していた。

 

 だが、もうマスターはいない。今日からの私は一人だ。

 世界がただの世界に戻って。私はまた、ただ一体のロボットに戻った。

 

 一つ大きな風の音が、家の中に響いた。空調も明かりもついていな部屋の中を、殴りつけるみたいに窓を叩いて、通り過ぎて行った。

 こういう部屋が、本来私のいるべき場所なのかもしれない。

 

 マスターは昨夜、私に「ごめんなさい」と言ったが。

 あれは、私に向けて言っていたのだろうか。

 マスターが、自身の死を悲しむ人間の代替品として、私を買ったのだとしたら。

 もしそうなら、本物がいたのではないか?あの人の死を悲しむべき、代替品ではない、本当の誰かが。

 

 真相は知りようがない。マスターはもう喋らないのだから。

 確かなのは、そんな大事な人がいたのかどうかも分からないほど、私がマスターのことを知らなかったということだけ。

 ただ、私は代替品にすぎなかったのかもしれないという疑いが、胸を締め付けている。

 

 もう、このぬるい空気の中で、ただ座って、昨日を待ち続けることしかできない気がした。

 

 窓の外では、雨に濡れた落ち葉が、たくさんコンクリートにへばり付いていた。その上を、風に吹かれた別の落ち葉が転がっていく。

 元気に転げまわっているが、きっとそのうち彼らも同じように雨にやられて、みんなコンクリートに伏すのだろう。

 

 何となく、外に出たいと思っていた。

 危険だと理解している。これほどの台風の中、身一つで出歩いて無事で済むほど、私は丈夫に作られていない。

 それでも、荒々しいほどの生命力に溢れたその場所が、私の目には羨ましく映った。

 椅子から立ち上がり、玄関に向かって歩き出す。足取りは、少しふらついている気がした。

 

 何がマスターを追い詰めたのかは分からない。

 だが、最終的に己の身を壊す選択をしたのは事実だ。

 そして人間は、マスターに限らずとも、似たような状況で、似たような行動に出る。

 

 ならば、私がここで自分を壊そうとしていることも、不自然な行動ではないはずだ。

 それに、あの人との共通点が一つでも多ければ、まだかろうじて、あの人がどこかにいるような気がする。

 ドアの向こうの亡骸を思い出しながら、寝室を通り過ぎた。

 

 まだ、存在し続ける理由はあるのかもしれない。

 待っていれば、いつか私の知らない希望がやってくるのかもしれない。

 それでも、何が悲しくて、何が辛くて、何に縋っているのかも分からないこの衝動に身を任せてみたいと思った。

 

 玄関に立ち、後ろを振り返った。薄暗く短い廊下が、リビングのドアにせき止められている。

 ここにいては、いけない。この中で終われば、私はマスターの所持品になってしまう。

 ここを出て自由になるのだ。そうして私は、マスターにとっての、本物の誰かとして終われるのだから。

 

 扉を開けると、轟音とともに風が吹き込んで来た。雨に目を細めながら、もう一歩踏み出す。

 外に出て、ドアノブから手を放すと、扉は大きな音を立てて閉まった。ガシャン!

 

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