オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第一章 勇者の行方
第1話 ぷろろーぐ


 ――なにもかもが唐突であった。いや、思いがけない不測の事態というのはいつだって埒外の存在であり、今私がこのような目にあっているのも、きっとそういうことなんだろう。

あのずたぼろの【不死者】と出会ってしまったことこそがすべての始まりであったのだろうか。  

 

 

 

 

  ――――ドォォォン!!

 

 外から響く聞きなれてしまった不愉快な音とともに目が覚める。けだるげな体をソファアの上から起こしつつ、ボタンに指をかけながらシャワールームへと移動する。

 

・・まったく最近はいつもこれだ。まーた一般公区で爆発か。

 

「・・・今回はいつもよりよく響く。前より近づいてやしないか?」

 

 どんなに夢見がよかろうと例の爆発音でげんなりさせられてしまう。

 

まったく秩序統制維持局も存外に使えないものだ。これならまだ飼い犬のほうが役に立つんじゃないのか。今現在病気の治療中であるここにはいないペットの顔を思い浮かべながら顔をほころばせる。

 

 熱いシャワーを浴びながら今日これからの予定に思いを馳せる。 

 

 

 

「だ め で す」 

 

・・・まいったな、いきなり出鼻をくじかれてしまった。俺はまだ少し癖の残る髪を整えながら横目で相手を見据える。

 

「出かけたって別にいいだろ。問題ないだろ」

 

「・・・ニュースをご覧になってないのですか?また爆破テロですよ」

 

「ああ知ってるよ、というか最近のニュースといったらそればっかじゃないの」

 

「なら私が言いたいことはわかりますよね」

 

「そうだな。その前に手洗い・・」

 

 と言いながら人の形をした家電製品の横を抜けようとする。

 

「ヴェッ!」

 

「トイレはそちらではございませんよ」

 

 後ろから羽交い絞めにされ息が詰まる。嘘だろこいつッ家電製品のくせして今俺に対して危害を加えてらっしゃるぞ。

 

「――――ッ!おい!オマエェッ!!ロボット三原則はどうした!」

 

「動かないでください。力加減を間違って背骨をへし折ってしまいます」

 

「ふざけんあ!」

 

「これも――手のかかるご主人様のことを思ってこそ、愛のなせる技ですよ」

 

 まるで自分に言い聞かせるように戯言をほざくこいつは【ルドサルム】シリーズとかいう機械仕掛けの人形だ。こいつが一体いれば雑務や家事、スケジュール管理などを全てやってくれるという優れものだ。どんな無茶ぶりにも答えてくれる中央特区に住む【トップス】にはとてもなじみ深い存在・・なのだが最近どうしてか奇妙な行動が目に付く。腰に組み付かれた状態で壁伝いに玄関へと強引に歩を進める。つうかこいつ重ぇ!うまく歩けず足がもつれて転んでしまう。

 

「お前の懸念もわかるが爆発があったのは一般公区だろ。戒厳令だってこっちじゃ出てない、というか俺の体に体重をかけるな離れろ!潰れる!」

 

 こうしている間も床に伏す俺に対し徐々に体重をかけてくる。完全に押しつぶされている。ああ・・床が冷たい。こうしてみると日ごろからよく掃除が行き届いているのがわかる。まあ自分でやったのだから知ってるけども。機械人形の大きな体に挟まれ身動きが取れない。まるで本物の人間の様な柔らかな感触。ここまでくると人間とどう違うのかもわからない。人形の白く輝く長い髪が鼻先をくすぐる。

 

 そもそもなぜこうも俺がいいようにされているかというと約二年前に機械人形に異常な行動がみられるという報告がカスタマーサービスに知らされたのが始まりだであった。異常な行動・・といっても人間に対して危害を加えるようなことはなく、本を読んだり、動物と戯れる等といった機械人形には必要のない行為を自主的に行い始めたというものだ。プログラムにない行動を行う異常行動。どんなに中身を調べようとも原因はわからずじまい。

 

 そして時間がたつにつれてそのような報告も増えてくるわけで・・

 

 これをどっかのアホな人権団体が目をつけて『ルドラサルムは生きている!彼らにも人権を認めろ!!』とかアホなことを主張し始めたのであった。

 いつの時代も人権団体はやっかいきまわりない。機械人形自身が権利云々騒ぐならともかくどうしてまったく関係のない外野が権利を主張するのだろうか。人間以外に権利を認めてものちのち面倒の種になるのは明白だろうに。権利なんて与えられて得るものでもないだろ。

 

 ――――なのにだ、なにをとち狂ったのかもはや先のない人類の新たな発展のためという名目で異常個体は処理ではなくしばらくは様子を見るという名の監視で落ち着くことになり、機械人形にもある程度の権利を認められてしまった。権利の内容としては簡単にいえば感情が認められる個体の異常行動をなるべく邪魔をしないというものである。しかもこれを破ると強いペナルティが課せられるという。異常個体の主人にはなりたくないなと思っていた頃の自分がうらめしい。

 ・・ある日フィールドワークから家に帰ればソファで酒を呷る人形の姿が。飲んでも人間のように酔う事も無いのに今も好んで飲み続けている。本人はすごくいい気分になれると言うがそんな機能ついてないだろ。これを異常と言わずに何というんだ。もはや勝手に廃棄することもできない。こんなどう転ぶともわからないような物が人類の発展に貢献するだって?冗談はやめてくれよ。

 

 だいたい常に無表情なこの人形に感情があるといわれてもいまいちピンとこない。こいつ本当に感情あるのかよ。

 

 パシャ!パシャ! と廊下に鳴り響くカメラのシャッター音。

 

 もう!なんだよこの音は!?

 

「え、写真!?今ここで!!?」

 

「動かないでください、ブレて上手く取れないです」

 

 こいつ、自撮りしてやがる!

 

「そんなに楽しいか、主人をいじめてよお!」

 

「ならば外出はお控えください。どうかよろしくお願い致します」

 

「それがお願いする側の態度かよ!?」

 

 それでも写真をとるのをやめない困ったちゃん。俺は押しつぶされながらもなんとか玄関へ向かおうと必死に体を這わせる。

 

「こちとら【トップス】だぞッ!人形ごときにィ、負ける訳にはァァァ!」

 

 こうなってはもはや引くこともできない。ここでこいつに負けたという事実が残らば、この先の生活に支障をきたす。こいつとはこれからも顔を合わせていかなくてはいけないのだから・・この社会を動かしていく【トップス】の一員として・・約束されたエリートの誇りにかけて、人形ぐらい制してやるよぉ!

 

 今、玄関先で人間と人形の熱い戦いが始まる。勝っても負けても得るもののない戦いが。

 

 

 

 

 コツコツと草葉で生い茂る街道を歩く。

 

 街道を彩る赤く染まった葉っぱたちでいやでも季節の移り変わりを感じさせられる。中央特区といだけあってよく整備されてあるがそれに対して通行人がほとんどいない。まあトップスは全人口の1%しかいないのでこんなものなのかもしれない・・よく見たらここにいる通行人のほとんどが機械人形のようだ。まさしく終末だな。

 

「・・・・はあ」

 

 ・・・結局、俺は勝負の末出歩くことを認めてもらえた。勝負といってもただ交渉を行っただけであり、それも一方的に要求を飲むだけというもはや勝負とは言えないものであり事実上の敗北になる。ただ一方的にボコられただけ。情けない・・家電ごときにいいようにされてしまう様ではどっちが主人かわかりません。

 

――――どちらが上かいつかはっきりさせてやらないと・・

 

 そもそもあいつはいったい何を考えてるのか・・無表情なせいで何を考えてるかいまいちわからない。とはいえなんだかんだ主人である俺のことを第一に考えているのもまた事実か。

 

(あいつ本当に感情があるのかよ。少しは顔に出してもいいってもんだろ、上等だろ。可愛げがない)

 

 これが人間だったら、こうもいかなかったのになあ!と無理やり自分を合理化させ心の平穏を保つ。それよりもまずはあの糞法案をどうにかしないと。それを可能にするにはまず地位と権力が必要だ。そしてこれから会う人物がそのどちらも持っている。

 

 ここでなんとしてでも・・

 

 右手に携えたアタッシュケースの確かな重さを感じながら、気を引き締める。そうこう考えているうちに目的のカフェへと到着するのだった。

 

 

 

 

「やあやあ。遅れてしまって申し訳ない」

 

 オープンテラスで待つこと10分。ようやく目的の人物がやってきた。その人物は車いすに座っており黒髪の機械人形に押されながらこちらへやってくる。髪は全て白髪で少なくとも歳は60を超えていると考えていいだろう。歳の割に恰幅はよく目は精力的にギラギラとしており活力に満ち溢れたお方でカイザル髭が特徴的である。

 

「いえ、私も今来たところですので」

 

「いやいや、そう言ってもらえると助かるよ」

 

 ゆっくりとした動きで博士は機械人形の手を借りながら席に着く。

 

「お久しぶりです尼兎(あまつ)博士。お忙しい中お時間を割いていただいて」

 

「いやいや、最近は外部が慌ただしかったものでね、それでも君から定期的に送られてくる実験レポートには目を通してるよ」

 

 外部・・となるとやはり爆破事件のことだろう。約半年前から一般公区で爆破事件が発生しておりそこで暮らす一般階級の【フラムズ】たちが被害をこうむっている。おもにこの都市の主要施設が標的になっていたのだが警備が厳重になって以降、標的は活気のある繁華街へと移行したのであった。

 

 犯人からの犯行声明はなく目的がいまいち掴めない上に未知の爆薬使用による自爆テロなもので爆破跡には犯人を特定できるようなものは何も残らないほど酷い惨状らしい。都市全体には監視カメラやドローンが配置されており、バイオセンサーだって機能している。持ち前の遺伝子情報をごまかすのことは不可能といってもいい。登録された人間以外がこの都市にいればすぐにでも中枢棟のほうから鎮圧部隊が出て殺処分しにくるはずだ。

 

 ・・いったいどうやってこれらのセキュリティ群を掻い潜ってくるのか、正直興味が絶えない。

 

 

(まさか外郭部からの攻撃なのか・・?それとも・・)

 

「いや、外郭部の線はないだろねえ、ましてや国外でもない」

 

「――――なぜ、そう言いきれるのでしょうか」

 

「だって考えてみなよ。都市の外はあーんな状態な訳で外郭部で暮らす【アウター】どもにはそんな余裕も技術力もない。なんせ一日一日を生きていくのに精いっぱいだからねぇ。国外に関してもあの状態の海を越えてくることなんてまず不可能じゃないか。実地調査に行ったことがある君がよ――――くわかっているはずだよ」

 

「・・・・はい、そうですね」

 

 ―――外、か。

 

 この都市の外に実地調査として赴いた時のことを思い起こす。かつてはこの島国にも平和というものが存在したらしいが今や昔の話だ。

 

 人類の生存圏は今やこの都市を含め片手で数えるほどでしかない。

 

 ・・あくまでもこの大きな島国ではという話であってユーラシア大陸やアメリカ大陸等といった場所が現在どうなっているのかはわからない。理由ははっきりとしている。このオーロラのよう鈍く輝くどこまでも広がっている海のせいだ。まるで現実とは思えないような幻想的な光景が確かに存在した。大量に浜辺に打ち上げられた磯臭い魚、この地球上では存在を確認されていない恐ろしい巨大生物の死骸、死に満ちた光景を目の当たりにすると心の奥から危険だという警鐘が鳴り響く。だれもがすぐに理解した。これは人類が相容れるものではないと。

 

 ――――だが、なぜだろうか。危険とわかっているはずなのに視線を外すことができない。心地の良い波の音だけが鳴り渡る。ずっと眺めているとあるはずもない郷愁が胸をよぎる。まるでこの母なる海こそがいつかは帰るべき場所だとでもいわんばかりに。

 ・・両親という存在がいない俺がこう感じるのは不思議だがあそこには母親の愛というものをいやと言うほど感じさせられてしまう何かがある。

 

 あそこにはそれがある。

 

 自分のことを待っている。

 

 あるはずもないまやかしの感情に身を焦がされる。甘い甘い毒で練り上げられたあの海は思考を鈍らせ人を狂わせる。現実問題として都市が構築されるまで海に突撃してそのまま帰らぬ人となるケースが多かった。この都市を囲むドーム状の外壁はそういった行為を防ぐために存在するといってもいい。

 

「やはりまだ外国との通信などは・・」

 

 博士はお手上げだとと言わんばかりに手をあげ首を振る。

 

 それ以外にも問題はある。あのおぞましい海の領域に足を踏み込めばこの世のものとは思えない恐ろしい物へと変貌する。とても人とはいえない肥大化した水ぶくれの化け物。背骨が異様に発達した手足がとても長細い化け物。多種多様な化け物どもが陸の上でうろつき正常な人間を海に引き込もうとする。

 

 そして別のナニかへと変貌させる。無機物だろうとおかまいなしだ。そのせいで船や飛行機、通信による電波すらも飛ばすことができない。これらの要因でこの島国は今断絶されている。食料の輸入もできず食料不足を原因とした紛争が起こり大勢の命が犠牲になった。人々は疑心暗鬼に陥りお互いがお互いを傷つけあう不安と絶望の世紀末へと突入したのであった。沿岸部は特に地獄で海水で汚染された土壌のせいで植物の全てが汚染されつくされ有害物質がまき散らされている。

 

 都市の外はもはや荒廃しておりまともに暮らしていけるのが都市とその【外郭部】だけになる。

 

 いやほんと早急に主要都市を壁で囲んだ当時の人たちのおかげで俺は今日も元気に暮らしている訳だ。

 

 当時の人バンザイッだな。

 

「あ、それでさっそくなのだが例のサンプルを預からせてもらってもいいかな」

 

「・・・?えらく急ですね、何かありましたか?」

 

「いや何、実はこの後もすぐに中央のほうに戻らなくてはいけなくなってしまってね、申し訳ない」

 

「ああ、もしかして朝の爆発事件ですか?」

 

「そうそう、まだ決議の途中だったんだけどちょっと抜け出させてもらったよ」

 

 まあこの方もいろいろとお忙しいお方ではあるしわざわざご足労かけたわけなんだが。

 

(えぇぇ・・決議の途中で抜け出してきたってマジですか。というか博士って秩序統制維持局の会議に顔を出さないといけないような役職だったっけ?博士の専門って生物学だったよな。なんでそんな人が呼ばれるの?しかも抜け出してきたって・・)

 

 前からもしかしたらと思っていたが博士はそうとうな権力を持っているのではないだろうか。やはり全力で取り入らないといけない。ヘマは許されない。

 

 緊張した面持ちで覚悟を決め、持ってきたアタッシュケースを取り出しながら今ここにいる意味を再確認する。

 

 

 

 

「なるほど――――素晴らしい・・」

 

 喉の奥がひり付く。

 

「ここに書いてあることが本当ならば、これは・・とんでもないことじゃないかあ」

 

 アンプルを片手で遊ばせながら口角をピクピクと痙攣させながら鋭い眼差しを向けてくる。狂気を孕んだ視線に少し物怖じするがそのことを悟られないように慎重に発言をする。

 

「はい、臨床試験も実際に成功しておりますので―――間違いないかと」

 

 自然と膝の上で握りしめた拳に汗が噴き出る。

 

「予定どおり一週間後に行われる研究発表会で発表させて頂きます」

 

「うーん・・・なるほど、ねぇ」

 

 一週間後に控えた研究発表会。これは幼少期から通わせられる学園を卒業する際に行われるビックイベントだ。【作られた子供たち】である俺たちの今後の人生を決めるといっても過言ではない。18歳になるまで教育機関【アカデミア】で他の子供たちと共同生活をしながら高度な教育を施される。13歳になるまでにすべてのカリキュラムを終わらせ学園内での成績ともに思想・態度が非常に優良と認められた生徒は13歳から18歳までの5年間は【アカデミア】の外で暮らすことを認められており、学園卒業にあわせて行われる研究発表会に備えて準備を行わなければならない。(なおその間全てのカリキュラムは終わっているので学園に行く必要はない)

 

 生徒たちはだれもが必死に勉強し自己の研鑽につとめる。5年間の外での生活は刺激の少ない学園の生徒からすれば喉から手が出るほど魅力的に映るのだろう。ガチガチに管理体制が決められた学園は今思い出しても息が詰まりそうになる。

 決まった就寝時間に個室は存在せず相部屋は基本。栄養価は高いがクソまずい豆のスープ。学園内での評価が劣っているものはストレスのはけ口としてイジメの対象にされ、教育者はそれを見て見ぬふりをする。劣等生に学園側からの一切の救いはなく逃れる方法はただ一つ――――成績をあげるしかない。まあ、それができないから自殺した姿で見つかるわけなのだが。

 

 そうなると大変なのが死んだことにより学園内での序列が繰り下げられた生徒である。イジメを行っていたものがイジメられまた死んでいく。だから死なない程度にイジメてそのケアもする。イジメの対象がより長く持つように調整する。決して終わらぬ負の連鎖が学園内に渦巻く。こんな学園には何の思い出もない。

 

 ・・学園側はあえてこのような抑圧された環境を作りあげ生徒同士で競争させているとしか思えない。そうまでして優秀な人間が欲しいのか。ごみのように死んでいく劣等生たちには涙を禁じ得ないがその死に対してどこか納得している自分もいる。結局は意図的に生み出された俺たちの世代は大人たちにとって消耗品でしかないのだから。実験的に生み出された今後どうなるかもわからない【第一世代】の子供たちにはどうしようもないのだ。だから未来はこの手で勝ち取るしかない。

 

 

「とりあえず二日後の発表会でこれを発表するのはやめてもらおうかな」

 

「・・・え”」

 

 間抜けな声が思わず出てしまう。何言ってんだこの老いぼれは。この天才的な脳みそから生み出された研究成果に不満でもあるというのか!?むしろ何が不満なんだ!

 

「これを発表するのは・・少々やり過ぎだ」

 

「ど、どういうことなんですか!」

 

 あまりの動揺に上ずる声を抑え、疑問を投げかける。

 

「何事にも順序という物がある。――――いくら人類が滅びの道をたどっているとは言え、これは・・今の人類にこの選択肢を提示していいものか・・」

 

「いままで研究レポートと定期的に送ってきましたが博士は問題ないとおっしゃったではないですか!」

 

「いやいや、まさかこんなすぐに完成品をポンと渡されるとは思ってもみなかったよ。ここまで形になるなんて夢にも思わなかったよ」

 

 俺が執念で作り上げたアンプルを眺めながらいつもと変わらぬ様子で受け答えをしてくるも、目が笑っていない。

 

(まずい・・。このままでは俺の5年間が全て無駄となってしまう)

 

この老いぼれめ、人がどれほどこの研究に費やしたか知らない訳でもあるまい。これではなんのためにアカデミアから出てきたというのか。

 

(クソッ!あと一週間で何ができる!?というか何を発表すればいい!?趣味で飼ってるカエルの生態日記をまとめてそれっぽい感じにできるか!?いや内容が弱い上に万が一うまくいったとしても将来は食用ガエルの工場で一生を過ごすことになってしまう。 エリートの俺がそんな―――いや、想像してみたが案外悪くないな)

 

 食糧問題は未だに解決したとは言えない。だがこの無性生殖で増殖することが可能なカエルを持ち出せば何とかなるんじゃないか?

 

 頭の中でグルグルと考えがうずまく。思い描いてきた未来設計の第一歩ではやくも躓くことになってしまった俺にはもはや体裁を取り繕う余裕すら無い。

 

 そんな俺に博士は、

 

「まあ、そのかわり君のことは私のほうで取り計らっておくから安心してくれて構わないよ」

 

「――――へ!?」

 

 唐突な鶴の一声で緊張が一気にほぐれる。

 

「い、いま、なんて」

 

「私の権限で中枢棟に君の席を用意しておく、そう言ったんだよ。研究成果自体は発表できないものだが君の才覚は私が見込んだとおりの、いやそれ以上のものだった。こんなとこで腐らせておくには非常に勿体ない。君えへ良ければ私の仕事を手伝ってくれやしないかね」

 

 ――――体が震える。体の奥底から嬉しさが込み上がってくるのがわかる。

 

 中枢棟で席を用意させるってそれもう完全勝利じゃん。権力って最高!

 

 あっはっはっはー同期のアホどもめー俺は誰よりも優秀であると証明してしまったぞー。あーやばい嬉し過ぎて吐きそうだ!

 

「ふ、それにしても【第一世代】の子供たちである君がこれほどの成果を出したのだ。優良遺伝子選別計画は成功だといってもいいのかもしれないねえ。計画に携わる者として誇らしいよ」

 

 

 その一言で頭に籠っていた熱が一気に冷めていく。ああ、またこの感覚。本来ならば芽生えるはずのない封印された感情が心の奥底から喚起する。

 

 そんな俺とは真逆な様子で博士は語る。

 

「君たちの体や命には前時代を生きてきた大人たちの無念と夢と希望が詰まっていると言ってもいい」

 

―――ああ、本当に。

 

「我々がついぞ成しえることができなかった夢の残滓」

 

―――どうしようもなく。

 

「どうか不甲斐無い大人たちの代わりに新たな可能性を示し続けてくれ」

 

―――イライラする。

 

 認める訳にはいかない心の奥底に眠る確かな歪みに苛まれながらも俺はただただ無言で肯定するしかなかった。

 

 そんな俺を博士は嬉しそうに眺めるのであった。

 

 

 ――――――――生ぬるい風があたりを吹き抜ける。

 

 前髪を風がそよがせ季節の移り変わりをお知らせする。静寂があたりから聞こえる喧噪により現実に引き戻される。

 いつの間にか周りには人通りができており、楽しそうに歩く子連れの夫婦、若いカップルといった者たちが道を歩く。

 

 博士はそんな周囲にどこか冷めた目を向けながら静かに語る。

 

「・・今、こうして当たり前のように幸せを享受できてはいるがそれがギリギリのバランスの上で成り立っていることを知っている者は少ない」

 

「・・・・」

 

「都市ができて60年か。この都市に住む【フラムズ】や【トップス】は外がどんなことになっているのか実際の所詳しく知るものはいない。あの海が現れた当初は沿岸部の人間はそのほとんどが何もできず死に絶えた。混乱を恐れた政府が敷いた情報統制で内陸の人間は何が起こっているのかも知ることができなかった」

 

 当時を懐かしむかのように博士は何もかもが正常であった輝かしい黄金の時代へとに思いを馳せ、そして楽しそうに笑う。

 いったい何がそんなに面白いというのか。余裕を感じさせる態度が妙に鼻につく。俺はなぜこうも苛立ちを覚えるのだろうか。きっとそれは・・・

 

「都市の人間はいまだに原因不明の病原菌が外界に蔓延していると信じ切っている。何かが変だと思っても真実からは目をそらし都合のいいように解釈し勝手に納得する。もし真実に触れてしまえば今の幸せが消えてしまうかもしれないと恐れているからだ。壁を作り上げ外界と隔離されたこの社会を作り上げた当時の政府の判断はまさに英断といってもいいだろう」

 

「・・・ですがその時に都市に収容できず外に追いやられた人々がのちに【アウター】と呼ばれる存在になってしまいましたよね」

 

 つい感情が抑えきれず反抗的な意見を言ってしまった。

 

(俺は何を・・このまま全てを捨てる気なのか?)

 

 創造主である大人たちには従順でなくてはいけない。心の機能をいくらか取り外されているはずの存在が創造主に歯向かうなど許されることではない。

 

 それは明らかにバグである。

 

 このまま言葉を続ければ粛清の対象認定をされるかもしれないというのに。だが、もはやこの高揚は抑えることなどできない。

 

 そんな俺の意見を気にしていないのか博士は続ける。

 

「どちらにしろ外界の調査や物資調達などを行う人員は必要だ。長い間外で過ごし汚染された彼らをいまさら都市に迎え入れる訳にはいかないよ」

 

「―――では彼らはなぜあれほどまでに差別されるんですか?もはや人としての尊厳すらありはしないではないですか。都市の人間達からは汚らしい人もどきと後ろ指をさされ化け物たちの理不尽な差別にさらされているんですが」

 

 都市の外郭部で暮らす者たちは【アウター】と呼ばれており彼らは許可がなければこの都市内に立ち入ることも居住することができない。要は市民権がないのだ。もし一歩でも都市内に足を踏み入れればただちに銃殺されてしまう。【アウター】の主な役目は壁の外での肉体労働であり、その内容は多岐にわたる。都市から配給される食料や水と引き換えに危険な任務に従事させられている。【アウター】は全人口の75%を占めている。それでも暴動が起きないのは内と外では技術力は雲泥の差があり、暴動が起きても鎮圧部隊の機兵が現れすぐに黙らせてしまう。都市からの発表では暴動のたぐいは”今のところ”起きていない事になっておりそのせいで何も知らない都市の人間は【アウター】は腰抜けとの風潮がはびこっている。

 

「外で暮らす彼らが化け物どもに対し一種の防波堤として機能しているからこそ、都市の機能が・・我々の生活が保たれているんですよ。なぜ少しは尊重しようとしないのですかね?」

 

「今更彼らとの融和を推し進めても無駄じゃないか。【アウター】というレッテルは一生剥がれることはない。都市に招いたところで迫害はより表立って行われるだけだ。内と外で分けられているからこそ、この程度で済んでいるのだよ」

 

「これがベストだとでも?ただの詭弁じゃないですか。大人がそんなんだから――――――」

 

 【アウター】は都市の人間に対して卑屈だ。心の奥底から怖れている。長い間都市の人間に飼いならされ、いいように扱われている。

 

「現地調査に向かった際に案内人の【アウター】の協力者と触れ合う機会がありましたが我々とそこまで差異はなかった。だというのに都市のの人間がそんな態度だからッ」

 

「その割に君は彼らのことを【アウター】と呼ぶのだね」

 

「・・・?」

 

 なにを言っているのだ。それ以外にどう呼べというのだ。

 

「・・ああそうそう、少し気になったんだがこの研究成果が出るまでかなりの【アウター】を消費したのではないかね?」

 

「・・?はい、それ相応には」

 

 いきなり何だ?突然だな。

 

「いや疑問に感じていたんだがよく平然と彼らを実験に使用できるなと思ってね」

 

「何を言ってるんですか。世界がこんな状況なんですから彼らにも協力してもらってるんじゃないですか。化け物に殺されるよりはよっぽど意味のある死ですよ」

 

「なんだか矛盾してやしないか?」

 

「???」

 

 さっきから、なんだ、なぜこんなにも頭が痛い。

 

「―――――【アウター】は資源だと、そういうふうに教育したのはこの社会を作り上げた大人たちではないですか。だからこうやって実験の手伝いを、ウグッ!」

 

「・・・・・・」

 

 眉間をとっさに手で押さえてしまうがどうにも体調がすぐれない。いったいどうしたというのか。

 

「矛盾に気づかないその歪み、論理観の希薄化。優良遺伝子選別計画はやはり成功だったな」

 

「・・・・?」

 

「いや気にしなくていい・・・さて今日はもうお開きにしようか。調子も悪そうだしね」

 

「い、いえまだ大丈夫、です」

 

「それにもう時間だ」

 

 思っていたよりも時間が経っていたようだ。今日はもう御開きか。色々と失礼な真似をしてしまった。

 

 ・・・博士はどうしてこんな俺にかまってくれるのか。常日頃からお忙しい方であるはずなのだが。なんだかんだいって会う時間を作ってくれるぐらいだ。中央での仕事も大したことないのかもしれん。

 

「(まあ本音で話せるのはありがたいことだが・・・なぜ俺は未だに処分されずにいるんだ・・・まさか俺がハイパーエリートであることが理由ではないよな)」

 

「・・ああ博士じつはお願いがあるのですが、博士の機械人形と家の子を交換しませんかね?いい刺激になりますよ!」

 

「ハハハ!・・・冗談はよしてくれ」

 

 そう言って教授は逃げるように去っていった。少しぐらいいいだろがクソォ!

 

 いつのまにか頭痛はすでに治まっていた。

 

 

 

 

「・・・・よろしかったのですか?彼は明らかにこの社会に対し叛意がお持ちのように見受けられましたが」

 

「彼はあれでいいんだよ。あれで」

 

「遺伝子配列に変調が見られます。これは明らかに立派な変異体とお認めになられてはいかがですか?彼はまごうことなき粛清対象ですが」

 

 車いすを押しながら機械人形である個体名[フラノス]は警戒を呼び掛けてくる。

 

 この機械人形は特別に調整を施しているおかげで正確に人間の生体情報を感知することができる。

 

「・・・・フラノス」

 

「どうなさいましたかご主人様」

 

「管理者権限を行使。今までの彼との会話の記録を全て削除しろ」

 

「―――蒼のコードキーを確認しました。管理者命令を実行します」

 

「精神にのみ作用する変異なんてレアケース、処分させるにはあまりにも惜しい。・・・・・・・それに彼は――――――いや、これも感傷、か」

 

 過ぎ去りし時はもはやどうしようもない。そんなどうしようもない状況で、それでもなお足掻く者は強いし何より美しい。求められるのはただ不満と自己のエゴをまき散らす反逆者ではなく新たな道を切り開く開墾者の気質。そういった者こそがこれからの社会の礎になるにふさわしい。我々が打ち込んだDNAの楔から解き放たれ子供の枠から大きく外れようとする彼はいったいどこに向かうのか。

 

 変化を恐れるな。ただただ前へ進め。たとえどんな犠牲を払おうとも絶対にやり遂げて見せる意思が必要だ。

 

 だから君には期待してるよ”恋都(こいと)”君。

 

 

 

 

 すっかり冷めてしまった紅茶を飲みながら先ほどの博士とのやり取りを思い返す。

 

「・・俺はまちがいなく――――――正常だ」

 

 オープンテラスで一人、慰めるようにそうつぶやく。

 

 あの海の調査に行ってからか俺の意識が変容している。意識というよりも観念か。当然のように思っていたことに疑問を持ち以前の自分では考え付かないような恐ろしい事を思いついてしまう。意図的に狭まれた意識の世界が広まったのを感じた。研究のために実験を行う過程で多くの犠牲を出したはずなのにその事に罪悪感も疑念もない。その一方で彼らの人権をのたまう。

 

 ・・・これでは矛盾していると言われても仕方がない。

 

 博士が俺を不穏分子として粛清しないのもあくまで実験の一環なんだろう。結局どこまでいっても俺たち子供たちは実験生物でしかないのだろう。これでは家畜とそう変わらない。

 どれだけがんばってもこの都市で生きていく限り作られた子供たちのレッテルは外れない。この先も大人たちに飼い殺しにされるだけのつまらない人生。俺は永遠に子供の役割を演じることを強要されるのか。どんなに成果を上げようと大人たちの手柄にされてしまう。それが創造主の当然の権利と言わんばかりに。

 同じ【トップス】と言えどやはり心のどこかで下に見られているのだ。こんな状況でどう満足しろっていうのか。

 最初から決められた運命をただ辿るだけの人生などなんの意味がある。

 

 ・・・こんなのどうすればいいというんだ。

 

 単純な力では対抗できない。遺伝子に刻まれた楔がそうさせない。もはや呪いだ。なにが夢だ希望だ。かわりに大人のエゴがたっぷり詰まってやがる。

 

 いつまでも過去の栄光にしがみ付くから俺みたいおかしな個体が生まれてくる。

 

「(ふ、ふふ、ははは。それにしても力か。俺は力で大人に対して何をしようってのか。いけない子だよなあ、まったくよ)」

 

 こんなことを思いつく時点で俺はもう手遅れだ。

 

 ああ、願わくばここではないどこかへと行ってみたいものだ。なんのしがらみもない自由な世界へ。乾いた心が理想ばかりを追い求めてしまう。その先に光があるかどうかもしれぬと言うのに。

 

 

 

 ――――――ふいに一陣の風と共に懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。この獣臭くもほんの少しばかり漂う潮の香は・・・

 

「(そうだこの匂いたしか外界で・・)」

 

 この時すぐにでも疑問を行動に移していれば結末は変わっていたのかもしれない。

 

 ・・・ふと、視線に気が付く。

 

 道の真ん中に立つ奇妙なシルエット。

 

――――――そこには汚らしい格好をした子どもが

 

――――ドォォォォォォン――――――――ッッ!!

 

 それが俺が最後に見たこの都市での景色であった。

 

 真っ赤な爆炎を携えて炎が迫る。

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――あア、声ガ聞こえル。

 

 

「急げ!!すぐに手術室に運ぶんだ!」「怪我人が多すぎます!スペースが足りません!」「おかあさあああああん!」「心肺停止!」「あ、足がアアアア!!!」「目が見えない・暗い暗いよ」「いいか、彼を何としてでも助けるんだ」「早く止血を!」「我が深淵たる血潮の海よ」「だ、だれか。娘を見ませんでしたか!」「イヤアアアアアッ」「で、ですがこれはもう生きているとは」「鎮静剤投与」「服をさっさと切るんだッ」「血に濡れし黄金回路より産まれいでよ!」「は、博士何を!!」「物資も人手も足りんぞッ!」「・・ならば彼自身の体で試してみようじゃないか」「心電図に異常!」「このアンプルが本物ならば」「それを証明して見せろ」

 

 

 

 

 ピ――ピ――ピ――ピ――ピ――ピ―― 

 

 静寂にみちた白き部屋で心電図音が静かに鳴り響く。

 

「・・・・ァ―――ゥ―――」

 

 小さな息吹がおびただしい数の機械のコードのおかげで命を繋ぎとめる。

 

 唐突に捻じ曲がる空間。呼応するかのように鳴り響く警報。病室内で横たわる彼はベットごと静かにどこかえと消え去った。誰もいない部屋で鳴り響く警報は終ぞその役目を全うすることはなかった。

 

 

 そうして俺は楽園とは程遠い新世界へと誘われた。思い描いていた理想とは程遠い世界へと。

 

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