肌触りの良い天蓋から垂れる白のレースを右手で撫でる。そのままベットの上から床の上でひれ伏すイグナイツと名乗る女の姿を見やる。
「・・なるほど、じゃあ君は命の恩人ということになるか」
恋都はベットの天蓋を眺めながら獣の耳が生えた奇妙な女から事の顛末を聞かされていた。
(ここは・・・どこだ?)
俺が目を覚ました時からずっとこの体勢。どんな顔をしているかもわからない女の後方には嫌でも目に付く床にできた綺麗な円形の窪み。ぬいぐるみ、小物、本、服。様々な物が散乱した空間にぽっかりとあいた空白地帯が異常を主張する。自分との関係性を疑わざる負えない。
この場にできた空間の歪み。偶然生まれた”穴”から俺はやってきたらしい。普通ならば相手の正気を疑う話であるが俺はつい先ほどまで光に満ちた謎の世界にいたからか意外とすんなりと頭に入ってくる。そもそも勇者としてこの世界に召喚された時点で常識も糞もない。それから命を狙われるわ、追手を躱すために死体の山に紛れたりと碌な目に合ってない。
おまけにほとんど気絶していたせいで未だにこの世界の全貌を把握しきれていないのに理解が及ぶ前に更なる厄介ごとが降りかかる。世界は俺の事情など知ったことではないらしい。
元の世界が恋しく思える日が来るなど全然笑えない・・・
(はぁ・・・・)
欠けた左手を狭まった視界で再確認し話をどう切り出すか考える。
彼女が未だに土下座の様な姿勢のままの理由。どうも彼女は少し勘違いをしてくれているようだ。空間に穴が発生した際に俺は大怪我をしてしまいこうやってベットに寝かされているというのが彼女の見解。穴から半ばはみ出た俺の体を穴が閉じる前に強引に引っ張り出したのが原因だと思い込んでいるようだが体の傷は別の要因でできたものであり、自爆テロによるものだ。
そもそもこの場に現れた穴は謎の世界で生まれた莫大なエネルギーの爆発によって発生したのだろう。
・・・この状況は俺にとって非常に助かるものであった。
理由は全てフォトクリスの存在にあった。最後まで一緒にいたあの子がいない。口が悪く利己主義かつ傲慢で・・・どこか寂しげな彼女はもういないのだ。
この欠損した体だ。俺は非常にか弱い存在。こんな別の法則が働く常識も価値観も違うような世界で生き抜くには協力者が必須。
・・・俺の足は病院での施術で膝から下が無い。膝に出来た手術痕。きっとここから折れた骨が突き出ていたのだろう。一応骨は元通りの位置に戻されたのだろうが繋がってもいない。痛みは誤魔化せるがこんな状態では行動することもままならない。独りでトイレにも行けない事実に焦燥感を感じる。これが絶望なのか。流石の強化人間でもこれを再生することは不可能ではなかろうか・・・?
それでも治ることを信じるしかなかった。傷口が敢えて塞がれていなかったということは再生の可能性があったからかもしれない。そうでもしなければ泣きそうだ。俺は遺伝子構造をいじくりまわされた忌まわしき技術の遺児たる改造・・・糞人間。傷の直りだって早い。おまけに知能指数も高い。へこたれてもどうにもならない。完治することを願い恥を忍んで誰かに面倒を見てもらうのが当面の目標か。そして最適な人物が目の前にいる。
しばらく観察してわかったことがある。彼女の身にまとう服に部屋の調度品といいどれもこれも上質。裕福層の人間かと睨んでる。理由はあちこちに散らばった服に小物、本に至る全てが高品質で細工にやたらと手が込んでいるというのもあるがなにより目を引くのが部屋の隅に山の様に積み上がった財宝の類。裕福層の人間なのは確かなんだろうがどういう意図を持てあの場所にポンと置いてるのか意図がわからない。よほど防犯セキュリティーに自信があるのか・・・
・・・そもそもここって異世界、だよな?
聖王国の全てを知るわけではないが王都は俺がいた世界よりも数段技術レベルが下に見受けたが少なくともこの部屋の設備は元いた世界とあまり遜色なく見える。ただの早とちりだったのか?
あーもう、わからない。それを判断するには情報が足りない。
・・・正直他人の弱みに付け入るようで気が引けるが手段を選んでいられるほどの余裕もない。先ほどから体中に激痛が走っている。本来ならばプライドが邪魔し他人に対して決して弱みを見せる様な真似はしないのだが目的の方向性と利害が一致したため俺は我慢をやめた。もうそういう段階を通り越している。あくまで相手の罪悪感と庇護欲を刺激することで彼女の庇護下に収まるには自然体こそが一番という結論に至った。脳内麻薬の効果がそろそろ切れる。
・・・つまり。
「うぐぐう、いだぃ、死ぬう、あづぃよお」
言葉にできない痛みが波のように全身を飲み込んでいく。
今の俺は最高にかっこ悪いよ、涙が止まらん。
お優しい彼女はこれを見てどう思うのか?
罪悪感よ、響け。俺も大層必死だ。
彼女の良心の呵責に俺の未来がかかる。うおーいけー。口にたまった血をおもむろに吐き出しベットを汚す。おまけに血の咳もだ!
あ、やばい。咳が、止まらない!うげーマジできつい。先ほどから変な汗がボトボトと溢れているしガチで死にそう。余りの熱演っぷりに体の傷が開いたのか血が止まらないせいで息ができない。
「―――――ッッッ!!」
声すら吐き出せず助けを呼ぶこともままならない。動けぇ俺の体ァ!これ本気で死んじゃうやつではなかろうか?どうすれば地面に伏せたままの彼女が気付く?
死んじゃう死んじゃう死んじゃうッ。
ダメだ意識が消え――――あ
◇
「ハァァーハアーありが、とう。危うく、死にかけた・・」
「い、いえ。助かって良かったです」
イグナイツは彼の口から吸い出した痰のような血の塊を吐き出す。突然死にかけるんだからビックリするが王子様に感謝されたことでボクの胸中は申し訳の無さでいっぱいになる。
助けを求める王子様に気が付き恩を売る形になったのはよかったが意識のない彼を滅茶苦茶に破壊した前科のせいで後ろめたさを感じる。つい意味も無く微笑んでしまうのはどんな表情をすればいいのか分からないからだ。ちゃんと・・笑えているだろうか?
そもそも発見が遅れたのが土下座の姿勢をとっていたのが原因であるがそれには事情がある。あったのだ!
ずっとモグモグしていたのである。頭を伏せまだ処理しきれてない彼の一部を体で隠し食べることで隠蔽していたのもあるが、同時に冷静にもなってくる。
不死者であるはずの彼の体に起きた不具合。左手と両足に左目の欠損。半身を覆う爛れた傷。ボクが傷つけた部分は全て治ったのにどうしても治らない部分がある。
・・・彼は間違いなく不死者だ。伝説に根差す混迷の存在。脳をあんなに啜ってあげたのに完全に破壊されたはずなのにこうして蘇ったのが何よりの証拠。保有する”不死性”はまさしく最高位レベル。魂が破壊されても復活する可能性すらある。やはり彼のこの傷は不死性を得る前のものと考えるのが妥当だろう。最初はいろいろな事が起きすぎて欠損部位もボクのせいかと混乱していたが冷静になってみればなんてこともない。彼はすでにボロボロだったのだ。
・・・まあ、それでも彼をハンバーグみたいにコネコネしたのはやり過ぎだ。
ボクはなんてはしたないんだ。王子様にはこれからずっと一緒にいてもらわなければならないのに勘違いされちゃう。
ボクは・・・まともだ。まともでないと困る。
「・・・・・・・」
イグナイツはふと視線を感じ顔をあげる。
じ――と私の顔を見つめる王子様。取りあえず安心させるため笑みを浮かべるが急に不安になってくる。
ぼ、ボクの格好変じゃないかな?
生の男(父親は除く)とは未知との遭遇に等しい。それどころかなんの処理も受けていない人間との初めての対面。緊張してもおかしくない。
身だしなみをチェックしたい衝動に駆られるがぐっとこらえる。大丈夫、ボクは可愛い。パパはいつもそういってるからそうにきまっている。
・・・でも本当にそうか?パパにとってはそうなだけで外の世界ではどうなんだ。ボクは本当に可愛いの、か?ボクの感性は正常なのか・・・普通じゃないのにそれをどう証明する。
それに王子様にだって好みがある。
もし彼好みのタイプでなかったらどうする。い、いや大丈夫だ。立場で言えばボクに主導権がある。大怪我を負った彼にはボクの助けが必須。不死者であれさっき助けた事実が良い心象を与えた・・はず。
それにボクはいろいろできる。そこをアピールしていけばきっと。
―――――きっと、なんだ?
違うッそうじゃない。
そんな関係を望んでいたんじゃないだろう。ボクは純粋に彼と”いろいろ”と仲良くなりたいんだ。打算に満ちた後ろめたい関係なんて望んでいない。お互いをもっと理解しあいたい。ボクは王子様の事が好き。これは一目惚れに近い。終わることのない悪夢の中で助けにくれた彼の存在にどれほど救われたか。こうしてちゃんと邂逅も果たした。そんな人にあれほどの事をしたんだ。死なないから殺していいなんて道理はない。
でも、憧れの外界に出るには彼の協力は必須。ゆくゆくはボクが何をしても許してくれる関係になってくれればな~とは思っている。
もし、断られでもしたら、ボク、は どうす るル??
「おいッ、大丈夫か!?どこか怪我でもしていたのか!?」
心配をしてくれる彼を手で制しイグナイツは涙を拭う。辛いのは王子様の方だろうに、こんな獣じみたボクにも優しくしてくれる。ボクは情けない。だから決心がついた。
全て打ち明けよう!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どんな顔をするんだろう?
「聞いてください!実はボクことイグナイツめは王子様が死んでいる間に体をバラバラに引き裂いて食べました!」
「王子様??い、いきなりどうしたんだ。俺が死んだって・・俺はこうして生きている、というかついさっき君が、助けてくれたばかりじゃないか」
「違います!違います!王子様がここに現れた時にボクの食人衝動が現れちゃってそのまま・・・不幸中の幸いか王子様が保有する不死性の影響でこうやって直接懺悔する機会を得ることができました。危うく獣に堕ちかけるところでした。踏みとどまれたのは貴方様のお陰です。伝説の不死者である貴方様がいるからボクは現実でも夢を見れる。お願いしますどうかお力添えを――――」
彼の顔を正面に捉え懇願する。
ああ全て吐いてしまった。だが気分はいい。後ろめたさがなくなりようやく彼と同じ舞台に立てた。心の枷が解かれ体が軽く感じる。これでわだかまりは消えた。きっとボクの事を嫌いになるだろう。怒りに任せ罵倒するかもしれない。でもそれでいい。これから先嫌でも長い付き合いになるんだ。少しずつボクの事を知ってもらい信頼を得よう。そうした先に真の絆が芽生える。
・・・・・・小説通りならば!
故にそれを踏まえ彼がどう返答しようと好きにさせてもらう。ボクの物語をここから始めるんだ。
「待ってくれ。不死者?いったい何を言っているんだ?」
「・・・・・・・え?」
「・・え?」
返って来た第一声は罵倒ではなかった。それ以前の問題だった。思わず口を開け固まる。
・・・なぜこの期に及んで嘘を、不死者であることを隠す。
いや・・そうか隠して当然なんだ。外界では不死者の存在は忌み嫌われ迫害される立場にあると聞く。不死者の立場からすれば隠すのは当然。きっと苦労したのだろう。彼に関しては怪我を負った状態で不死者になったものだから尚更だ。
・・・・じゃあ900年近くどうやって過ごしてたんだ?
当然の疑問。流石に900年前の終末戦争時から時間が捻じれて直接やって来ましたこんにちは・・なんてことは考えられない。それは都合が良すぎる。ここに至るまでの永い人生があったはず。でも独りでどう生きるのだ。雪原うなばる地で人が生きれる場所は限られていおり、そこには必ず人が集まる。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
――――――彼には協力者がいる。それも女だ。イグナイツにはなぜかそれが女だとわかった。王子様には非常に強力な契約が結ばれていた。その事実が妙に癇に障る。初めて現実で嫉妬を味わうこととなる。苦い経験だ。
不安でしかたがない。彼にとってボクは絶対に必要な存在では無いのだ。一番ではない。代わりの利く女。
確かに誰が好き好んで人食いの傍にいようものか。うーん盗られたくない。ボクにとって王子様は唯一無二の存在。一目惚れなんだ。どんなにボロボロで醜くても彼でないと困る・・・本能がそう叫ぶ。絶対に逃がすなと。
イグナイツは王子様の手を両手で包み込むように握りしめる。
「安心してください、ここには貴方を迫害する者はおりません。ボクが必ずお守りします」
「??????待て、だから何を言っているッ?」
「大丈夫です!ボクわかってますから!」
◇
ニコニコと異様に距離を詰めてくるイグナイツに恋都は内心鬱陶しさを感じていた。それでも顔には出さない。この女まるで警戒心が無い。この距離感がいい証拠だ。都合はいいがどこか不気味でどうにもこちらからの距離感が掴めない。ガンガン押してくる。そう言えば研究で引きこもり過ぎた研究者がこんな感じだったな。普段は人好き合いを嫌う癖に好きな話題になると垣根を無視して押してくる。
そもそも彼女はさっきから何を言っているんだ。明らかに認識の齟齬がある。ニギニギと俺の右手を握りしめる彼女に一抹の不安を覚える。
不死者?聞いたことのないワードだ。何か勘違いをしているようだがそれよりも一番気になるのが”王子様”の呼称。
これもしかしなくても俺に対して言っているよな。気になり過ぎて他の事が頭に入ってこない。
なぜそう呼ぶのか聞きたいが・・今はやめておこう。予想もしない答えが返ってきそうで怖い。妙に言動が変だし、興奮気味な彼女に助けを乞うのに躊躇する。
「な、なあ、手鏡はあるか?少し貸してくれないか」
「あ、はい。これをどうぞ」
ひとまず問題を先送りにし、もう一つの疑問を解消することにした。いい加減無視できる限度を超えている。
「・・・・・・・・・・・・・なあ、なぜ俺は女装させられてるんだ?」
「・・・・・・えーと、それはですねー・・・・・・・」
「・・別にさ、怒ってるわけじゃないんだ。それに見た感じ男物の服はここには無さそうだしボロボロの俺を見かねて着せてくれたんだってのはわかるよ。ありがとね。でもさ、このウィッグにマニキュアといい・・・なんか、すっごく手が込んでるが、これいる?」
「はい、すごく似合ってますよ!だからその・・怒らないで☆」
「オゲェッッ!」
「うわ!王子様!」
思わず吐血し手鏡を床に落とす。
ベットに寝かされている俺は何だかフリフリがとにかくついたドレスの様な服を着せられていた。黒い眼帯が顔の半分を覆い頭に取り付けられたボンネットの隙間から・・これはウィックだろうか長い銀髪が垂れている。指の一本一本に丁寧にマニキュアがつけられ挙句の果てにドロワーズなんか履かされている。まるで着せ替え人形だ。俺の嫌いな自動人形どもを彷彿させる。俺じゃなきゃ着こなせてないだろこれ。ミイラ男にこんなの着せて楽しいのか?
「なぜにドロワーズ!?ふざけやがって!俺をこんなに着飾ってどうするつもりなんだッ!?」
履きなれない下着にむず痒さを感じる。これなら全裸のほうがまだましだ。すぐにでも脱ぎたいところだが独りではまともに着替えも出来ない事実を改めて痛感する。そもそもこんなタイプの服着たことがないし脱ぎ方がわからない。
ここにきて感情の発露が爆発する。頭痛が鬱陶しい。
「あああああああ、いったいなんなんだ!自爆テロに巻き込まれるし、異世界に飛ばされた上に、その上よくわからん陰謀に巻き込まれて命を狙われる!!挙句の果ての着せ替え人形!俺が何をしたッ!?」
「落ち着いてください大丈夫です。ボクがついていますから」
「うるさいッ!ゴフゥッ!」
口汚く罵る俺を余所にするするとイグナイツはベットを恋都の足元から這い上がる。傍から見れば押し倒されているように見えるだろうか。蠱惑な笑みを浮かべる彼女を改めて認識する。頭から生えた獣の耳にばかり気を取られていたが彼女は美しい女性だった。白い髪に赤と青のオッドアイ。長いまつ毛がかわいさを引き立て軽いアイメイクが目を映えさせる。服の上からでもわかる豊満な胸が呼吸の度に上下する。息遣いを感じ取る程の距離で・・・俺は違和感を感じた。
彼女は妙にこの空間から”浮いている”んだ。本来ならばここにいるはずがない存在がいるとでも言うべき現実感の無さ、型の合わないパズルのピースに無理やり収まっているような印象を受けた。
甘い匂いを振り撒くイグナイツの顔が次第に近づいてくる。なぜ初対面の俺に対しここまで好意を持つのかわからないが今は流れに身を任せるのも一つの手か。俺に対し負い目があるにしても主導権は結局彼女にある。しばらくは様子見と媚びを売ることに徹しよう。歯を食いしばり耐えよう。それが男だ。
怪我さえ治れば、あとは・・・
ここにきて彼女の髪に何かが引っかかっているのに気が付き右手で摘み取る。
「髪になんか引っかかって・る・・・よ・・?」
「・・・あ」
指で摘み取ったものを見て体が固まる。歯だ。犬歯か。なぜこんなものが。不安に駆られつい彼女の口に手を突っ込む。なぜだかそうすべきだと思ったのだ。口の端に付着した血の跡がそうさせたのか。
「もが」
・・・・・普段なら絶対やらないような軽率な行為。初対面の女性相手にしていい行動ではないが衝動のままに走る。丈夫そうな犬歯の手触りを感じながら口から引き抜く。
「・・・・・・す、すまない。女性にこんなこと」
「いえ、いいんですよ。その歯は王子様のですし」
「ああそうなんだ・・・・・・う、うん?」
「ですから、その歯はボクが王子様を殺した時のものですよ」
そう言うとイグナイツは落とした歯を摘み上げ飲み込む。これには思わず恋都もあんぐり。イグナイツは恥ずかしそうに照れながら目を逸らす。
「その、王子様って人食いってどう思います?」
「・・・は?なに言って、それに今食べ・・・」
「ボクには外に出るって夢があったんですよ。でもそれは王子様を探すために必要な事だと思っていたんですが、こうやって王子様に会ってみてボクは純粋に外に行ってみたいんだってわかったんです。それにはどうしても王子様の協力が必要なんです」
こいつは何を言っているんだ。足手まといにしかならなそうな俺がなぜ必要なんだ。この執着っぷりは異常だ。俺の知らない何かをこいつは知っている。
不死、殺人、食人衝動、そして歯。そして俺が作った例の薬。
まさか――――
「不死・・・協力ってまさか」
「外界では食人行為は許されません。社会規範を破る存在は排他されます。ですので衝動を抑えるためにも死ぬ事のない不死者である王子様を定期的に殺させてください!」
笑いながらイグナイツは俺にのしかかり媚びた目つきで提案する。内容は意味不明で頭が理解を拒む。言葉が入ってこない。確かに思い当たる節がいくつもある。真っ先に思い浮かべたのは俺が作り上げた例の薬。
(教授―――ッ死にかけの俺で試しやがったなッ!!)
もともとあれは普通の人間用に調合された物。遺伝子を弄られた俺にどう作用するかは未知数。
傷が完全に治らないのはそれが原因か?なんて余計な真似をしてくれやがったんだあのジジィ!
俺は一生このままなのかよ!?嘘だろ・・・・
「もしお願いを聞いてくれるのでしたらボクの全てを差し上げます。動けない王子様の代わりの足にもなれます。ほんと、なんでもしてあげますよ。気に入らない奴がいれば殺してあげますし、ボ、ボクの体だって・・・だからお願いです無知蒙昧なるボクと『契約』を、進むべき方向へと導いてください!・・・・て、あれ」
きっと俺が何度も意識を失っていたのは気絶じゃなく死んでいたからだ。改造人間であることを過信しすぎて今まで気づきもしなかった。俺は一生この”醜い”不自由な体で生きていかなければいかない。そう思うと涙が出てくる。この痛みは傷が治るまでの間だけだからと思っていたからこそ耐えれた。ゴールが見えていたからこそ普段通りに振る舞えた。
だが、例の薬でこの状態で完全に固定化されてしまった。死という安易な逃げ道も使えない。こんなのッどうしろっていうんだ。
そんな自棄になりそうな俺を柔らかな感触が包む。
「・・・・・・」
無言で俺を抱きしめるイグナイツ。目が合い笑みを浮かべ頭を撫でてくれる。他人の温もりがこれほどありがたいものだと初めて知った。彼女の匂いは思考を鈍らせる。これ以上の接触は危険だ。このままでは二度と自分の足で立つことが出来なくなってしまう。わかってはいても抵抗する気も起きない。安らぎに包まれた俺の思考は鈍く安易な救いを求める。もう無理そう。
足掻いたところで・・現状は何も変わらないのだ。
「何度も言いますがボクが王子様の事をお守りします。世界の誰からも嫌われていてもボクは味方です。だからボクだけの王子様になってください!」
「・・・その提案受けるよ・・・」
「え、ほッ本当ですか!?ボク嬉しいです!感激です!これでやっと・・・」
感激のあまりか前よりも抱きしめる腕の力が強くなる。
あ、はは、これでもう後には引けなくなった。少し早まった感があるが現状は誰かの助けがなければどうしようもない。それにどうしてか彼女の匂いは不思議と心地よく痛みを和らげる。
・・・・魔法なんて存在するんだ。もしかすればこの体もどうにかなるかもしれない。諦めるにはまだ早い。諦めるにはまだ早すぎる。そう考えないとやってられない。
密着する男女。傍から見れば恋人にも見えたかもしれない程に容赦のない抱擁。恋都側からすれば傷に触れ痛みを助長するだけであった。
・・・・・・そろそろ離れてくれないかなあ。やけに体温高いし服の上から傷口に触れているからすごくイタイ!
なんか、どんどん力が強く―――ッ!!!?
強烈な力による締め付けが息を吐き出させた。
「なにッス、ンゲェあ」
「フー、フーゥッ!!大丈夫です、すぐにすぐに済みますから!話は事が終わってからにしません!?ボクが全面的に悪いからボクのせいにしてくれていいからッ!!」
「せ、せめて心構えをグエッッ!」
抵抗する俺の右手を粉砕し首を絞めるイグナイツ。爛々と輝きを放つ赤と青の双眸が俺を見据える。
こいつッ・・笑ってる!
そのまま口を大きく開き歯を覗かせる・・・それが、最後に見た光景であった。
この時交わした契約にこれから先ずっと苦しめられるとは俺はまだ知らなかった。
・・・・・この世界の契約の重みを知らぬ俺には到底わかるはずもなぐああああああああああアアアアアッ!!