オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第5話 内なる闇

 

「・・なあ本当にここであっているのか?」

 

「前に幽霊ちゃんがここが扉になってるって言ってたから間違いないかと」

 

「(幽霊ちゃん?)・・ダメだ見分けがつかない。窪みや亀裂の一つでも見つかりそうなもんなんだが」

 

 恋都はイグナイツに抱きかかえられたまま何もない壁をペタペタと触り扉の在り処を探る。拳で壁を叩き音を探るも違和感はない。壁の厚さはどこも一律均等だ。。

 

「クソ!いいから開けよこのッ」

 

 ガン!ガン!と埒のあかない現状に苛立ちが募り意味もなく殴りつける。当然痛い。なんて無駄な行為だろうか。すでに腕力お化けのイグナイツが殴りつけた後なのに。拳は傷つくばかりで壁には傷一つできない。それは逆に何かがここにあるという確信を持つ理由でもあった。散乱したプレゼントの山がその証明だ。あちらこちらに割れ目が走る中、ここだけなぜか異常に綺麗なのだ。

 

「ああッ王子様それ以上はいけませんッ!」

 

「うるさい!どうせ傷は治るんだ。黙ってろッ!!」

 

「そう自棄にならず・・泣くほど痛いならやめましょうよ」

 

「誰のせいだと思ってるッ!主にお前に泣かされてるんだよッ黙って俺を支えていろ。もうやらせてやらんぞッ」

 

「ええ~」

 

 血が飛ぶのも構わず壁を殴り殴り殴る。

 

 ―――――ああぁ、イライラする。頭痛も酷くなる一方だ。

 

 いったい何度目の自己嫌悪だ。情けなくてしょうがない。俺は最低だ。イグナイツに当たったところで何の意味も無い。

 

 ・・・でも俺の命令なんでも聞くって言ってたしこれぐらい・・・いいか。俺を殺すような奴相手になんの遠慮がいる。そりゃ辛辣にもなるさ。

 

「だいたい、王子様ってなん―――」

 

『ピピ・・・・の・コ・・・を、をか・認・・異そ・・封・・解放・・す』

 

 その時微かな音が聞こえ真っ先にイグナイツに問う。

 

「ああッ!今なんか言ったかぁ」

 

「・・うそ・扉が開いてる・・・」

 

「は?」

 

 何を馬鹿なと・・

 

 確認をすれば先ほどまであったはずの白き壁は消え真っ黒な闇が口を開けていた。少し目を離した瞬間、壁は音もたてずに何処かへと消えてしまった。まるで最初からなかったかのように。まるで魔法だな。

 

「すごい!すごい!いったいどうやって開けたんですか!」

 

「・・・・・・・・」

 

「やっぱり王子様は私を導いてくれる道しるべなんだ・・」

 

「・・・あーはいはい、そうだね・・・・・・・それにしてもこの出口」

 

 ―――異様だ。口には出さないが怖いなと感じた。

 

 イグナイツは何だか嬉しそうだがこの真っ暗な通路に何も感じないのだろうか?

 

 ひたすら直線の通路。点々と照明が一定間隔ごとに取り付けられているが光は弱くとにかく暗い。どの照明もカチカチと光が瞬いており通路の先が見えない。真っ黒な闇がひしめいている。

 

 例の空間異常の影響は思っていた以上に広がっていそうだ。通路に渦巻く重苦しい空気に汗が噴き出る。

 

 この先に進んではいけないと警鐘が鳴り響いてしょうがない。思わずイグナイツに抱き着く。

 

 ・・・俺が恐れている?何に対してだ?これでは夜中にトイレに行けない子供と同列ではないか。

 

 それでも言葉にできない不安が押し寄せる。

 

「わわッいきなりどうしたんですか」

 

「別に・・・なんでもない」

 

「・・・・・そうですか」

 

 何も聞かず力強く抱きかかえられる。言葉にせずとも察してくれる。認めたくないがこの気遣いがありがたかった。

 

 ああそうだ。何を恐れているんだ。俺は不死者なんだぞ。死を克服した今、二の足を踏む意味も無い。

 

 無謀であろうが前に進む事こそが正解・・・・・にしてもこいつ胸が大きいな。押し付けられる柔らかな感触。邪まな考えがよぎるのは俺が男だからなのか。

 

「・・・この先に何が待っているかわからない。万全の準備で挑もう」

 

「何にビビっているのか見当もつきませんが大丈夫ですよ。ボクがお守りいたします。なんせパートナーなんですから!ムンッ!」

 

「はあッ?ビビってないし!さっさと仕度しろよノロマッ!」

 

「ではでは、こちらで少々お待ちくださいね。すぐに終わらせてきますので」

 

 ぴょこぴょこと耳を跳ねながら準備に向かうイグナイツ。あの耳どうなってんだか。髪に隠れて分かりずらいが普通の人間の耳もついている。となると耳が4つもついていることになる。耳は・・良さそうだな。2倍だぞ2倍!

 

「・・・・・あれが獣人ってやつなのかな」

 

 フォトクリスにはいろいろと質問をしたが会話の中に獣人という気になる言葉が出ていたがきっと彼女がそうなんだろう。生化学者を志した身としては非常に興味が尽きない。あの凄まじい膂力も獣人特有の能力として一応納得する。種としての違いを思い知らされる。

 

 暇になった俺は近くに置いてあった本を手に取る。右手だけで器用にページを捲っていくがやはり文字が読めない。会話はできるのに文字は読めないという事実にもどかしさを覚える。フォトクリス曰く会話ができるのは巫女との契約での恩恵らしいがどうせなら文字も読めるようにしてほしかった。

 

「その魔術書が気になりますか?」

 

 いつの間にいたのか横合いからピョコリとイグナイツが現れる。

 

「魔術書?」

 

「それは【ゲルムの死夕書】という魔術書なんですがこういうのに興味があるのかなって」

 

 興味か・・あるかと言われればある。だって魔法だぞ。元の世界では存在しない架空の技術体系。ビームとか出したらさぞかし気持ちがいいことだろう。誰だってそう思うに決まっている。

 それにフォトクリスが使っていたような魔法を使ってみたいと思うのは興味本位から来るだけのことではない。

 そもそも召喚魔法とやらでこの世界に飛ばされたのだから帰る為には魔法知識の習得は必須になる。そしてあわよくば魔法をぶっぱなしたい。絶対楽しいにきまってるだろこんなの。そう浮きたつ心を胸に問いかける。

 

「俺でも・・魔法の習得は可能なのか?」

 

「無理ですね」

 

「あぇぇ」

 

 期待をよそに否定されてしまう。さっそく夢は壊された。無慈悲な宣告にうなだれる。

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

「気を悪くしないでくださいね。王子様は魔力が存在しないので魔法の行使は難しいかと」

 

「ゴヘッ」

 

 あまりにショックで吐血する。そんな俺の背中をさすりながらイグナイツは慌ててフォローする。

 

「あーでも、それっぽい事はできますよ」

 

「本当か?」

 

「ちょっと失礼しますね」

 

 俺の顎に手を添え顔を近づけるイグナイツ。端正な顔つきが迫りドギマギしながら・・・俺は頭突きをかました。

 

「イ”ダイッ!急に何するんですかッー」

 

「それはこっちのセリフだッ!お前今ちゅーしようとしただろ!」

 

「ち、違います。誤解です!?ちょっと額出してくださいすぐ済みますから!」

 

 嫌がる俺の隙を突き強引に額と額と合わせる。

 

『王子様、聞こえますか?』

 

「ふぇッ!?」

 

 なんだこれ頭に直接イグナイツの甘ったるい声が響く。なんなんだこれが魔法ってやつなのか!?まるでテレパス・・!!

 

『はいそうです、【交感】という魔術になります。言葉にせずとも思念が対象に伝わりますよ』

 

『・・・まさか心も読めるのか!?』

 

『はいこうやって直接触れ合ってパスを繋がないといけないですが』

 

 まじかよすげえ。こんなこともできるのか。心も読めるとかこれが・・・魔法!!

 

 俺は感動していた。好奇心が溢れる。だからこそ悔しい。なぜ俺には魔力がないんだ。俺が異世界人だからなのか。子供の様に不貞腐れてしまいそうだ。

 

 あれ、と。そこでふと思う。この場合俺も相手の心が読めるのではなかろうか?

 

 ・・・せっかくだしこいつの心を読んでみよう。俺を王子様と呼ぶ理由もわかるかもしれない。体のいい理由を持ち上げ衝動的にイグナイツの心に潜り込む。

 

 これはほんの少しの意趣返しと好奇心からの行動であった。魔法が体験できて舞い上がっていたのだ。

 

 俺は・・・すぐに後悔することになる――

 

 

 

 

 

 

 ――――?、??――?

 

 イグナイツの奥深くに眠る深淵へと意識を集中させたはずが、俺はいつの間にか暗黒の内にいた。辺りをくまなく見渡すも何もない。突然の出来事に困惑していると向こう側から白い何かがこちらに跳ねてくる。

 

 あれは・・兎か?向こうは俺に気が付いたのか踵を返し遠くへと跳ねていく。あれはもしやイグナイツの心、なのか?

 

 とりあえずで追いかけるが距離は開いていくばかりで一向に追い付く気配がない。おまけに誰かの囁き声が聞こえる。

 

『早くボクを見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけて見つけろ』

 

 なんだこれは、これは本当にイグナイツの心の声なのか。頭が痛い。俺のすぐ横でボロボロの衣服を身に着けた少女が囁いている。声の発生源が一つ二つとどんどん増えていく。

 

 こいつは何を伝えたいんだ。そもそもお前は誰なんだ。次第に意識が消えゆく中で顔の潰れた少女の口が三日月に割れた。

 

『アハハハハハハハハッッ』

 

 

 

・・・

 

・・・・・・王・様、王子様!

 

 意識が声に引き戻され、ハッとする。

 

「起きられましたか。取りあえず準備の方は終わりましたが・・・まだ眠いようでしたらこのまま寝てても大丈夫ですよ」

 

「あ、え???・・寝て、た?」

 

「あの後すぐにぐっすりとお眠りになられてましたよ。もしかすれば魔術による何らかの負荷があったかもしれませんね。ごめんなさい」

 

 イグナイツは何も無かったように振る舞う。極めて自然体。その態度に安心・・していいのだろうか?。

 

 あれは・・・夢だったの、か。それにしてはリアルな夢だった。未だにあの少女の息遣いが耳元で聞こえるようで現実味がわかない。

 

 ・・・・・・ん?

 

「なあ、なんか近くない?いや近いよね」

 

「そうですかね・・・そうかもしれないしそうでないかもしれません。でも気のせいだと思いますよ。それに体調が優れないんですから無理しないほうがいいですよ」

 

「じゃあ俺の肩に頭を乗せるなよ!離れろ!耳が当たってんだよ」

 

 壁にもたれかかる俺の横でピッタリくっつくイグナイツ。反対側へ離れようとしても腰に回された腕ががっしりと俺を固定し離さない。

 

「ちょいっ!服の中に腕入れんな離れろッ!」

 

『まあまあそう無理せずに、こうして密着しているのが王子様としても一番楽なんですから』

 

「お前ぇ俺の心を読んだな!許可なく読むのはやめろ!?」

 

 というか額も合わせずに【交感】してるんだけどまさか触れ合うだけで可能なのではなかろうか。

 

「額を合わせることでパスを繋げることが可能なので次からはいちいち額を合わせる必要はありませんよ。まあ、王子様は肉体、ひいては精神もボロボロで外側と内側の潜在防壁がガバガバなんでとにかく情報が読み取りやすいってのもありますが」

 

「つまり俺が魔法に対して糞弱いってことなのか!?」

 

『そうなりますね~えへへ』

 

「ああ鬱陶しいッ!普通に話せよ!」

 

 クソッ!また一つ俺の弱みを知られてしまった。確かに彼女のすぐ近くにいると体調が幾分かましになるのは確かだ。気分が妙にフワフワする。苦痛そのものから乖離していくようなこの感覚。実際こんなに喋ってもまったく辛くない。体の痛みもほとんど感じないし気怠さに吐き気もしない。俺はすでに彼女に依存してるとでも言うのか?

 

 右腕を使いなんとか彼女から一歩分離れるもその分詰めてくる。それを繰り返すうちにどんどん壁に追い詰められていきとうとう逃げ場がなくなる。遂には壁と彼女に挟まれる。グググと優しく圧迫される。

 

「~~~♪」

 

 ぐああああああ柔らかいいいいい。

 

 心地良い匂いが脳を、交感神経を充足していく。彼女は自身の魅力に自覚がないのだろうか。いやそんなはずがない。こいつは自分がかわいいことを自覚している。その上で行動するタイプだ。だから大抵のことが許されると思っている。俺と少し似ている。

 

 この状態から抜け出そうにも移動で疲れてもう動けないし逃げ場も無い。代謝も相当落ちてる。恥ずかしさを誤魔化すかのようににイグナイツに頭突きし突き放す。

 

「いい加減鬱陶しいぞこの化け物がッッ。それに準備は本当に終わったのかよ!?・・手荷物一つ持って無いけどさッ」

 

「ば、化け物、うう~否定できないのがなんとも・・・・荷物についてはこの通り問題ないですよ」

 

 何もない空間から突然大きな手鏡が現れる。

 

「ふあ!?」

 

 次から次へと虚空から物を取り出していく。これも魔法の一種なのだろう。準備が終わったって・・・空間に干渉が可能とか聞いてない。

 

 

「いや何平然と凄まじい事やってのけてるんだよ。魔法使いってみんなこうなのか!?」

 

「【蔵書】の魔術ですけど別に大したことじゃないですよ。深淵に通ずる者なら誰でも使えるんじゃないですか????違うんですか?」

 

 少なくともフォトクリスが使ったところは見ていない。どうなんだろうか・・・

 

「嘘だろ・・この世界の人間やばい・・・やばい」

 

「この魔術すごく便利なんですよ。ほら前より部屋の中が綺麗になったと思いませんか?あれ全部別の空間にしまってあるんですよ」

 

 言われてみれば確かに雑踏としていた部屋は前よりもすっきりとしている。財宝の山が存在しないことになぜ気が付かなかったのか。あの大質量を音もなくごく自然に消しさるとか想定できるかよ。

 

 そのことを平然と語るイグナイツに戦慄する。

 

 俺の中で魔法に対する警戒度がどんどん上がっていく。なんかもう本当に何でもありなんだな。便利にも程がある。

 

 期待するに値する。その自由度の高さに嫌でも期待が募る。これなら体の不調も元の世界への帰還も可能なのかもしれない。

 

 だが間違ってもそういった魔術については根掘り葉掘り詳細を聞くようなことはしない。イグナイツは怪物でありながらあろうことか社会での生活を望んでいる。普通を装う為には衝動をぶつける相手が必須。無限に消費可能な命の俺、もとい不死なる肉体が必要不可欠であり、イグナイツにとって傷の完治は不都合である。

 

 当然だが傷が治ってしまえば俺はイグナイツを必要としない。結んだ契約は意味をなさなくなる。そうなればさっさとこいつの元から逃げ出すのは自明の理。誰が好き好んで生きたまま喰われねばならないのか。

 

 契約の途中破棄はいけないことかもしれないが好き好んで殺されるような人間はいない。

 

 もし逃げる場合・・・代用の不死者を生け贄にすれば俺に固執する理由もなくなるだろうが・・・それは現実的な案ではない。

 フォトクリスも言っていたが不死者は相当昔にいたとされる伝説上の存在でイグナイツは俺を今日まで生きてきた、かの伝説の存在だと勘違いしている。伝説だけが独り歩きする世俗に不死者の認知度の低さ、つまり今現在俺以外の不死者は確認されていないと見ている。

 

 これにより懸念していた問題に遭遇する確率が大幅に低くなった。

 

 それはもしも他の不死者が現れた際にイグナイツが俺を捨てて他に乗り換える可能性だ。俺への好意は不死性に対してのものだと考えるべきだろう。出会ったばかりの見ず知らずの人間を好きになるなんて都合のいい話があるものか。女である以前にこいつは怪物だ。そこには何か理由がある筈。でなければこんな襤褸切れのパーツの欠けた俺を男として見るものか。おまけに態度も悪いと来た。その自覚はもちろんあるが俺も余裕が無いのだからどうしようもない。とにかくイライラするのだ。

 

 イグナイツは長年思い続けてきたおもちゃが手に入り一時的に興奮し喜んでいるに過ぎないのだから代用品が現れればすぐそちらに飛びつくだろう。人形は綺麗なほうがいいに決まっている。

 

 だから過剰に媚びを売るなんてことはしない。反吐が出る。比べればどちらが優れているかなど知れたこと。悪態が許されるのはその変わりがいないのだからいくらかはお目こぼしもする。別の不死者が現れれば初めから勝ち目はない。

 

 ・・・不死者云々の伝説の真偽は不明でもある。俺自身はただの伝説だとは思っている。じゃなきゃ不死者が姿を消すはずがない。死ぬはずのない不死者の存在がここまで希薄なのはおかしな話だ。イグナイツはあくまでも終末戦争の伝承という枠組みに俺を当て嵌めそう判断しただけだ。フォトクリスだって何を恐れていたのか知らないが、神なんているような世界だ。きっと信心深いだけなんだ、切実にそうであって欲しい。頼むから伝説の存在は伝説のまま眠っていてくれ。万が一の事態は永遠に訪れるな。こいつに捨てられたら詰む。

 

「・・・王子様」

 

「・・・なんだ」

 

「王子様は・・王子様ですよね」

 

 なんだいきなり・・・・?

 

 突然の問いかけに疑問を浮かべる。そもそも王子様ってなんだよ。なぜそう呼ぶんだ。

 

 ・・・そういえば自己紹介もまだだったか。色々とありすぎて喋る気力もなくそのまま疎かになってしまった。流されている証拠だ。

 王子様という呼称・・今の俺からは最も縁遠い言葉だな。呼び方がわからなくてそう呼んでいたのかとも訝しんでいたが、多分違う。

 ニュアンスから何かしら特別な意味を込めて呼んでいる。イグナイツはいったい俺の何を見ている?不死者としての俺の他に重要とするファクターがあるとでも言うのか。

 

「なんだ?もう心は読まないのか」

 

「それはダメって言われましたから、それで・・・どうなんですか」

 

 心を読めばすぐにわかるだろうに妙なところで律儀で従順な奴だ。思ったよりも聞き訳がいい。この不測の出会いにずっと舞い上がっている様子。確かにこの出会いは偶然にしては出来過ぎている。お互いに必要としているものが都合よく手に入っている。イグナイツは不死者。俺は世話をしてくれる者。特殊な事情を抱える彼女の様な人物でなければ俺を助けてくれる人間はそういないだろう。

 

 こうも歯車が噛み合うと俺だって多少は運命を信じたくもなる。

 

「正直イグナイツが俺の事をなぜそう呼ぶのかわからない」

 

「・・・・・・・・」

 

「だが、おかしな経緯を持ってこうして男と女が出会ってしまったんだ。運命は感じているのだろ?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり」

 

「やっぱり?」

 

「いえ、なんでも。やっぱり王子様は王子様でした!」

 

 いや、答えになってねーよ。結局王子様ってなんだよ。独りで勝手に納得するのやめてくれ。こっちはもやもやしたままなんだぞ。

 

 ・・・終わったことを蒸し返す必要もない。藪をつついてなんとやらだ。頭痛もあるし今は余り頭を悩ませることはしたくない。そういう気力もわかないまでに疲労している。

 

「そろそろ行くか」

 

「はい、あと提案なのですがまずはボクのパパを探しに行きません?きっと王子様の助けになりますよ」

 

「そうだ、な。俺もいろいろと聞きたいことがある」

 

 遂に新たな世界へと一歩を踏み出す。彼らは口に出さずとも未知なる希望に胸を膨らませ闇の中へとその身を投げ出した。両者ともに胸の高鳴りを抑えられずにはいられなかった。

 

 

 

 だが、彼らは終ぞ気づかない。古いとても古い、終わりの見えない約束の履行がすでに始まっていることに。舞台はすでに整えられ人形(しゅやく)は揃ってしまった。彼らは気づかぬままにその身を闇に翳す。見えない糸で雁字搦めになった間抜けな自分の姿を誇らしげに彼らは与えられた役を蒙昧にこなす。誰かが描いた脚本の上で今日を始める。

 

 朝日は陰り夜の部が開幕する。帳より突き出た誰かの手がおいでおいでと不気味に揺れる。

 

 さあ早くこっちに来て。手招きするほうに来てください。そっちじゃないよ、こっちだよ。早くして。もう待てないよ。じゃないとこっちが来ることになっちゃうよ。

 

 ―――――だからだからだから、早く来てね。

 

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