俺はイグナイツに背負われ心もとない電灯に誘われるがまま先行き見えぬ影を踏み進む。
「暗すぎる・・」
壁の位置も正確につかめないのにイグナイツの足取りに迷いがない。右に曲がったかと思えば次は左にそれからまた右に。階段もあるのかズンズンと上へと昇っていく。一定に揺れる振動はリズムを奏で留まる事を知らない。
この程度の障害はイグナイツになんら影響を与えることもないようだ。頼もしい事だ。
それでも随分と進んだはずだが終点への兆しが見えない。いつまでも続く闇の行軍にうんざりさせられる。
彼女にとっては違うようだが。
「でも王子様ってすごいですよね。900年近くどうやって過ごしてこれたんですか?勇者や不死斬り部隊をその体でどうやってやり過ごしたんですか?」
「まあいろいろと、な・・・・勇者、か。何だっけな。確か不死者に対抗するために異世界から召喚された存在・・・だって伝わっているのか」
「伝説じゃその勇者は異能を振るい不死者を全滅させたって話ですけど本当に勇者は実在したんですか?」
「まあ、いたよ、うん。すごく強かったんじゃないかな、うん・・・」
嘘は言っていないはず。そもそも俺がその勇者らしいし。
勇者も不死者も確かにここにいる。終末戦争自体よく知らないが勇者が存在するんだ。逆説的に言えば不死者もいるんじゃなかろうか。そのための対抗存在なんだろ?いてほしくないけど。
「・・・勇者は俺たちを殺すために召喚された、それであってるんだよな?」
「違うんですか?伝承ではそう伝わっていますが・・・」
じゃあなんで不死者のいない時代に勇者が召喚されたんだ?どういった意図を持って聖王国はあんな大それた儀式を行ったのかわからないが内部のごたごたっぷりを考えるにいろいろな思惑が飛び交っていそうだ。フォトクリスやヴァーセイは無事なのだろうか。
・・・そういえば勇者は異能を得るとか言っていたがそんなものを習得した覚えがない。もしかしてそれが原因で殺されかけたのだろうか?それとも不死者であることがばれたからなんじゃ・・・なぜ命を狙われるはめになったのかほとんど意識を失っていた俺は知りようがない。確かなのはあの二人は味方ってことだけ。見ず知らずの俺を守ってくれたのだ。真意は分からないがそうでなければ俺はここにいない。
「それでどうなんですか?」
「話したくない。死ぬほど恐ろしい目にあってきたんだ。もう聞くなよ。思い出したくもないんだ」
「死・・・その反応、やっぱり不死者を完全に殺す方法があるんですね。それっていったい」
「・・・同じことを言わせるな。あと腕の匂い嗅ぐのやめろよ」
まあ何も語れないから誤魔化しているだけなんだが。そもそもの話、不死者を殺すだなんて矛盾してやいないか?死んだ時点でそいつは不死者でもなんでもないだろ。死んでるんだから。
伝説上の不死者は後から脚色され誇張されただけに過ぎないというのが個人的な意見だ。歴史が脚色されることはよくあることだ。そもそも不死者がそこらにいたら世の中おかしくなってしまう。
イグナイツはやたらと質問をしてくるが探りを入れると言うよりも興味本位で聞いているといった感じだ。内容も当然の疑問ばかり。俺を900年前から今日まで生きてきた存在だと信じている。これなら多少の粗があっても問題ないだろう。人は自身の見たいように情報を受け取る。致命的な隙を晒さなければ向こうが勝手に何かの間違いだと勘違いして都合よく解釈してくれる。
とは言え俺が不死者の事は大して知らないのでどこでボロが出るかもしれない。喋り過ぎは命取りだ。
「ん」
「どうした?急に止まって」
急に歩みを止めたイグナイツ。なにやらある一点を凝視しているようだがそこには闇が広がるばかり。何があるのか。暗黒を見通すことができる彼女にしかわからない。
「光る何かがこっちに来ます・・・あれは・・」
「何も見えないぞ」
「これでいけるんじゃないですか。【交感】」
イグナイツが魔法を行使する。するとどうだ目の前に青白い炎が現れる。腰が抜けそうだ。
「お互いの感覚を共有しました。これで私の目を通して見た映像が王子様にも見えるはずです」
「えぇ・・・お次は人魂かよ。勘弁してくれ」
ゆらゆらと揺らめく青白い炎がゆっくりと緩慢な動きでこちらに飛んでくる。
どうもできない俺は様子を見守っているとイグナイツが動いた。そうだこっちにはイグナイツがいるんだ。それに俺は不死者だぞ。なにを恐れているんだか。そのお得意の魔法でぶっ飛ばしてやれ。
そう意気込む俺を余所にイグナイツは人魂に話しかけるのであった。
「幽霊ちゃんこんなところでどうしたの?」
「それはこっちのセリフだよぉ。あの扉を抜けてくるなんて驚くぜ」
「ちょっと待って。え、知り合い??」
なんだか親しげに話すイグナイツと幽霊?どんな関係か想像もつかない。まさかこいつが例の幽霊ちゃん??
「で、私を触ろうとがんばってるこの男は誰。もしかしてデート中?いけないねぇクキキキ」
「王子様」
「え?」
「だから王子様。前にも話したでしょ。夢の中の王子様が私に会いに来てくれたんだよ、すごいよね」
「あぁ・・・・・そっかーこれがねえー。ふーん、君ってこういうのが好みだったんだねぇクキキキキ」
「そうだよ、こういうのが好きなんだよー」
多分皮肉を言われてるだけだがイグナイツはうっとりしたまま気が付かない。
「王子様、ボクのお友達の幽霊ちゃんです」
「やあ不細工」
「・・・・」
とりあえず無言で会釈する。こいつは性格が悪いなと俺は思います。
もはやこの程度の事で驚くまい。どうせこれからも非常識な目に遭うんだ。いちいち驚いていられるか。
「幽霊ちゃんはどうしてここに?」
「どうもこうも妙なことになってるもんだから様子を見に来たんだよ。あの場所から君が出ている時点で”こっち”でも何かがあったのは確かなんだろ?今、上の層じゃ、とんでもないことが起きてるよ、お祭り騒ぎってところさクキキキキ」
「上の層?ここって地下なのか?」
「そうさボロ雑巾。なんせここは・・・・おっとおっとお客さんが呼んでもないのに到来だ。警戒しないと死んじゃうよ。そら来るぞ」
コツリコツリと、妙に響く靴音。軽快な足音を響かせ誰かがこちらにやってくる。暗黒の一本道を優雅に踏み鳴らす。電灯が瞬きその姿を一瞬だけ捉える。
(なんだ?)
エプロンドレスを身にまとった金髪の少女。俯いていて顔は確認できなかったが右手に巨大なトカゲのぬいぐるみを抱え、左手には血塗れの人間を引きずっているように見えた。唐突な良からぬ来訪者。余りの異様さに鳥肌が立つ。
なんだこいつは・・・明らかに普通じゃない。ドロリとした空気がこちらに流れ込んでくるのがわかる。言葉にできない恐怖に気圧されている。
俺は不死者なんだぞ!と無理やり奮い立たせる。自己暗示はお手の物だ。
「ほら敵さ。動かにゃ死ぬぞどこまでも♪」
「なんだあいつ!?」
「だから敵だって言ってるだろ。親切に教えてるのに無駄にしないでークキキキキ」
「―――――ッ、おいッそこの女ぁッ!そこで止まれ!これ以上近づけば敵と見なすッッ!!」
「・・・・・・・・」
照明が瞬くたびにこちらに迫る少女の姿に危機感を抱く。
―――――殺るしかないってのか。
「王子様ちょっとここにいてください。すぐに始末してきますので」
俺を地面に寝かせ、そのまますぐにも駆けだしそうなイグナイツの手を掴み引き留める。
「わわわ」
「本当に大丈夫か?お前滅茶苦茶笑ってるぞ」
「・・・そんなことはないです」
獣の様な獰猛な笑みを浮かべながら否定されても・・・こいつ戦いたくてうずうずしてやがる。なんて好戦的なんだ。
「得体のしれない相手に無策で戦いを挑むな」
「大丈夫ですよ。勝負は一瞬で済みますからなんの心配もいりません。すぐにあの女の首をねじ切ってきますから」
「命が懸かってるのにわざわざ同じ土俵で戦う奴があるかよ。使えるモノは何でも使えばいいんだよ・・・・例えば”俺”とかな」
「王子様それは・・・」
なにをするかわからない正体不明の敵に突っ込んで無傷でいられるのだろうか。魔法やら異能が存在する世界でも戦闘で一番怖いのは初見殺しだと思う。元の世界での外界探索時に嫌というほど思い知らされた。未知は闇そのもの。恐れを知らねば抗う事もできない。
それに避けなければいけないのはイグナイツが負傷する事だ。この戦闘で勝っても俺を運ぶこともできないほどの傷を負っては意味がない。故に無傷が望ましい。
「せっかくここに不死者がいるんだ。使わない手はないだろ?」
◇
――――――――――Side/???
小気味良い音を立てながら来訪者は目の前の標的に向かってただ歩く。
この先に待つキラキラと瞬くとても綺麗な光に誘われ、気が付いた時にはどことも知れない場所にいた。暗黒の中でもなお強く輝く何かに心奪われ進み続ける。虫が火に集うのと同じこと。
そこに不遜にも影が立ちふさがる。水を差された。いや、先客か。
この先にお客さんがいる。それが酷く邪魔だ。だから抉る。
あと少しで”匙”が届く。我慢我慢。すぐにでも消してあげよう。
だが急にするりと生温い何かが全身を撫でる。
―――風が凪いでいる。
風がこちらに向かって吹き付ける。それと同時に不穏な予兆が迫る。風に紛れ飛んでくるナニか。闇に紛れてやってくる。
なんだか怖くなったので飛んでくる何かに”匙”を振るう。確かな手ごたえ。闇の中で何かが弾る。ピシャリと甘い汁が顔に引っかかる。まるでシロップの雨だ。楽しい気分になったのか来訪者はその場で小躍りする。
ピチャピチャ、ピチャピチャ
足を踏み鳴らせば愉快な音が響く。左手に持った、たいしておいしくもないお菓子を投げ捨て床に落ちたシロップの原液に吸い付く。シロップを掌で掬い取り啜る。
なに――――これ――ッッ
あまりの美味しさに目がくらむ。ほっぺたが落ちそうだ。
「~~♪」
犬のようにがつがつと貪る。口の中で様々な料理へと姿を変えていく。舌を通し刺激が脳髄にこの味を忘れまいと焼き付けていく。
―――グ―アェ
何かが聞こえたが気のせいだろう。お菓子が喋るはずもない。
ああ、今日はなんていい一日だろうか。
それが致命的な好きとなる。求めてやまない存在に出会えばこうもなる。この時だけはただの少女であったのだ。
「王子様を食べていいのはボクだけだぞ」
最後に声が聞こえた気がしたが食事に夢中で来訪者は結局死んだことにもわからなかった。