オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第7話 不帰の古戦場跡

 

 薄暗き通路で恋都の悲痛な声が響く。今まで体験したことの無い経験がそうさせる・・・

 

「ヒィ、ヒィぐッオエっ」

 

「もう大丈夫ですよ。敵はこの通り死にました~」

 

 恋都は膝立ちのイグナイツに泣きつきなんとか息を整えようとする。生きたまま脳みそ吸われてたのだから無理もない反応だ。初めての経験だった。イグナイツですら死んでから啜るのに。ここは人食いしかいねーのかよ。

 

 それよりも暗黒の中で何が起きた?

 

 いきなり意識が飛んだが・・・状況から碌でもないことが起きたのは理解した。

 

「い、いったい、何が起こった・・あがが」

 

「言われた通り王子様を敵に投げつけたら巨大なスプーンが現れて空間ごとくり貫かれて迎撃されました。そのまま謎の少女に頭を・・・」

 

「オゲェーどいつもッこいつもッッ!ここじゃ人食いは常識なのか!?まともじゃない!!」

 

 体の震えが止まらず尋常じゃない程に気分が悪い。イグナイツの脇に抱えられた首だけの少女と目が合う。見た目だけなら普通の少女。喰われた事よりも殺す方法しか取れなかった自分に嫌気がさす。

 

 意味のない感傷を奥歯で噛みしめる。少なくとも無傷で突破したのだ。それでいいじゃないか。仕方のない事だったんだ。

 

「王子様の言った通りでしたね。まさかあんなことをしてくるなんて驚きましたね」

 

「礼はいい。これから先も何があるかわからない。いざとなったら俺を盾にするぐらいの選択肢は頭に入れておけ」

 

「気は進みませんが王子様がそう言うのなら・・・」

 

「クソッあの女はなんなんだよッ!何か知ってるだろ」

 

「いやーどうだろねー不死者君に教えることはないなー」

 

 幽霊に問いかけるがまともに答える気はないようだ。それどころか今ので不死者であることが露見してしまった。慌ててイグナイツが擁護する。

 

「えっと王子様は不死者だけど悪い不死者じゃないよ!だから」

 

「でも幽霊ちゃんは不死者が嫌いなんだよねー伝説通りなら死すら喰らうらしいじゃん」

 

「お願い信じて!」

 

 死を喰うか・・・やはり世間一般の常識では不死者は歓迎されるべき存在では無いか。

 

「しょうがないなー。お友達のイグナイツの頼みだし信じてやるさ。それが友情、だよねぇ。それに幽霊ちゃんの協力がなければ”ダンジョン”からの脱出は夢のまた夢だもんねクキキキ」

 

「ちょっと待って、ここダンジョンなの!?」

 

 ダンジョン?初めて聞く単語だ。意味合い的にやはりここはどこかの地下なんじゃなかろうか。階段は上るばかりで下ることは無かった。

 

「なんだよ・・・ダンジョンって?」

 

「なんだなんだー?900年も生きてる癖にそんなことも知らんのか。不死者君は物を知らないねー脳みそ腐ってんの?」

 

「前から思ってたんですが王子様って結構・・常識がないですよね。今度ボクとお勉強しません?」

 

「き、記憶が摩耗しているだけだから・・そんな残念そうな目で見るなよ」

 

 900年前の不死者を装うのだ。本当のことを言えるはずもなく情けの無い言い訳を漏らし誤魔化す。イグナイツが俺をそう見るのだ。彼女が望んだ役に徹しなければならない。

 

「ダンジョンは世界各地に点在する迷宮のことで洞窟だったりお城だったり様々な形で存在します。いつ、誰が作ったかは不明。大昔から存在するものもあれば何もない場所に忽然と現れるパターンもありますね。周辺に様々な恩恵と災厄をもたらし一部の地域じゃダンジョンそのものを神聖視し信仰対象とし崇め祀る地域も存在するとか。神からの贈り物だと考えるのがごく一般的ですけど神の威光を強めるために勝手に権力者が紐づけてるだけだとボクは思いますけどね」

 

「クキキキキ同意見だね~詳細は誰もわかってないのだから。神とダンジョン、不思議なもの同士を脳死で一括りにしてるだけだと思わないか?・・・愚かすぎて笑えるよねぇ」

 

 脱線して宗教的な話をする二人。信仰とは無縁の俺にはどうにも頭に入ってこない内容だ。

 

 神、か。聞いた限りこの世界では信仰が重要視されそこかしこに根付いている。元の世界でも過酷な環境で生きるアウターの間でもおかしな宗教が流行っていたが過酷な環境で生きる住人は幻想に縋らなくては生きていけないのかもしれない。まあこっちじゃ本物の神がいるらしいし信仰しても損はないのだろう。”あの”フォトクリスですら時折祈りの所作を見せるぐらいだ。生活の一部としてしっかりと生きづいている。

 

「で、恩恵と災厄って?」

 

「・・・・・・本当に何も知らんのかこの不死者は。無知にも限度がある。なんだか心配になってきたけどそろそろ頭大丈夫?聞くまでもないか」

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな生暖かい目で見るなよ。しょうがないだろ不死者とか勇者以前に異世界人なんだぞ。こちらに非は無いのに相手を困らせてしまっている。ばつが悪くなんだかいたたまれない。

 こんな思いは初めてだ。ごめんね!そう思いながらも口にはしない。そのあたりに俺の人間性がよく表れている。

 

「・・・ダンジョンでの探索は危険がつきものですがリターンも多く、ダンジョン付近には必ず都市があるそうですよ。そこでしか採れない貴重な資源に【遺失物】を求め様々な人間が遠方から訪れるんだそうです」

 

「要はダンジョンのお陰で都市は人の流入が活発で力強い持続的な経済成長が見込めるってことか」

 

 外は一面雪原で危険と聞いていたのだが、危険を承知で人を突き動かすだけのメリットがあるということか。フォトクリスも危険だと警告したが別に都市間の出入りが全く無いとは言っていなかったな。

 

「資源と遺失物とやらはよっぽど金になるんだな・・・」

 

「もしダンジョンを完全攻略できたら金では得ることのできないこの上ない名誉と褒賞を得ることができるので様々な思惑を持ってるのは確かですね。それで災厄なんですがダンジョンの周辺では不可解な現象が起きるんだそうですよ。特に霊廟型ではそれが顕著ですね」

 

「・・・・・・・・・霊廟?」

 

「あ、ダンジョンは分類上、大きく分けて奈落型と霊廟型の二つのタイプがありまして奈落型は様々な制限下での探索を強いられるダンジョン。ハイリスクの割りにリターンが少ないのが特徴でダンジョン周辺には奇怪な現象が起こるんだそうですよ。神性を発生させるので濃度次第で神災を引き起こすことも。実際に都市の近隣に現れて一夜で全住人が消失し壊滅したなんてことも」

 

 神性。その言葉を聞き思い起こすは光満ちし神域。そして更なる異形へと変貌せしめた怪物の姿。

 

「それ変異でしょ!?知ってるッ!」

 

「・・・なんでこいつは変異は知っててダンジョンの事は知らないんだ。変だよ変変」

 

「まあ、ほら王子様も喜んでることだし・・・・ええと、可視化するほどの高密度の神性が霧のように一帯を覆っていて、一帯ごと変異しダンジョンが形成されるって話も」

 

「・・・じゃあここは奈落型じゃないってことか」

 

 高濃度の神性の流れをこの身で体験したおかげで理解できる。今のところ神性の気配がまったく感じ取れない。何者かが背筋で這い回るあの感覚が、ない。だがこの違和感はなんだ。ここには何かとんでもないものが眠っている気がしてならない。なぜそう感じるのかは俺にもわからないがどうにも腑に落ちない。

 

「お察しのとおりここは霊廟型のダンジョンということになります。恐らく最悪の部類の」

 

「まだなんかあるのか・・・」

 

「クキキキ流石だと言っておこーか。君の読み通りだと褒めて遣わすだから教えてあげちゃう・・・・・ここ、まだ”儀式場”として機能してるみたいだぞ」

 

「―――――ッということは”ゲームマスター”がいるのか。ん、でもそれって・・・・」

 

 肩がワナワナと震えイグナイツが歓喜している。と、思えば今度は急に眉を顰め悩み始める。重要なことを話しているのは伝わるがそれがなんなのか理解できず疎外感を感じる。

 

 イグナイツの様子を見かねた幽霊が補完するように説明を引き継ぐ。

 

「世間一般的な認識じゃあ霊廟型のダンジョンはダンジョンマスターと呼ばれる怪物が作ったとされているんだがね~実は違う。それらもまとめて作り上げたゲームマスターって存在がいる」

 

「要は仕掛け人ってことなのか。何者なんだ?」

 

 首を振る様に炎が乱れる幽霊ちゃん。どこか可笑し気に感じる。

 

「ゲームマスターの存在を知る者はほとんどいない。こういった地図の詳細に載らない空白の僻地に引きこもってるし、そのダンジョンを発見しても”遊び抜き”の難易度がね・・・ちゃんとした生存者の帰還率がやたら低いんですよ。内部がどうなっているのかわからないし情報が不足したまま様々な憶測だけが飛び交い好奇心に駆られた命知らずの冒険者が挑戦していく悪循環。そのダンジョンが有名になる頃には国によって禁忌区域に指定されます」

 

「ちょっと待て。ダンジョンの事は大体理解した。イグナイツはなんでそんなヤバイ場所に閉じ込められてたんだ?」

 

「・・・・・それはボクの・・」

 

 こんな大層なダンジョン内で部屋を用意され何不自由なく暮らしてきたイグナイツ。最初はどこかの訳アリのご令嬢が病院で牢獄のような施設にでも閉じ込められてんのかと考えたがここがそのダンジョンならばなお不可解。

 

 もしやイグナイツがパパと称し慕う者の正体は・・・

 

「またまたお察しのとおりこの子の父親がゲームマスターなのさ、世にいう三大禁忌の一つとまでに称された【不帰の古戦場跡】のなクキキキキ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「不帰の古戦場跡??・・・??????」」

 

「いや、アホな不死者はともかくなんで君も知らないんだよ・・もっと驚けよぉ三大禁忌なんだぞぉ。古戦場はこの世で最も詳細不明なダンジョンって言われるぐらい有名なんだがなあ~驚け!驚けったらよ~」

 

 二人して小首を傾げる。俺はともかくイグナイツが知らないのは単に与えられてきた外の情報に意図的に制限がかけられていたからだろう。父親がゲームマスタ-ならば理解できなくもない。父親にとって不都合な情報は娘に一切与えられていないとなるとその情報をひけらかす幽霊は父親側の存在では無い・・?

 

 父親側からすれば娘を閉じ込めておきたいはず。扉の在り処を教えイグナイツを外へと誘導しようとする幽霊には別の思惑があるように感じる。ただの親切心?いや違う、身の安全を考えるのならイグナイツをあんな化け物が徘徊する危険なダンジョン内へと引き込むはずがない。

 

 正直俺はこの幽霊のことが信用ならない。こいつが俺たちの目の前に現れたタイミングといいイグナイツの父親の正体を知っていることと、このタイミングでそれを明かしたことがどうにも腑に落ちない。明かすタイミングはいつでもあった筈。憶測だが毎朝の父親との会話でイグナイツにボロを出させないためだろう。

 

 それにダンジョンと明かされてからのイグナイツの食いつきっぷり・・・いままで小さな世界での幽霊との触れ合いの中で幽霊によって意図的に積み上げられてきたダンジョンへの憧れ。ここがダンジョン内であることを明かしより正確な詳細を知るためにイグナイツを父親の元へ誘導している?

 

 ・・・ただの考え過ぎか。俺に対しやたら当たりが強い幽霊に対し疑念的になってしまったのか。

 

 それにこのことをイグナイツに伝えたところで不信感を与えるだけだ。長い付き合いのある友達と昨日今日出会ったばかりの俺とでは積み上げてきたものが違う。機嫌を損ねられては困る。杞憂であればいいが警戒だけはしておこう。

 

「・・・それでどうするんだ。父親に会いに行くのか?」

 

「まあ、上がこんな状態だからねぇ。君もわかっただろう?君を殺しうる化け物どもが制御を離れ辺りをうろついているだ。こんなところにいれば命がいくつあっても足りないゾ~」

 

「それってパパが危ないってこと?でもパパはゲームマスターなんでしょ、だったら」

 

「もし統制がとれているのなら混乱は収まっているはずだけどねぇ、それもこれも空間異常のせいさ」

 

「え」

 

「あれのせいでダンジョン内に張り巡らせたシステム網はお釈迦になっちまったからなクキキキキ。あちこち断層まみれさ」

 

 イグナイツはぎょっとする。空間に広がった黒い穴。それを強引に拡張しようとしたあの行為、まさかこの事態を招いたのはボクなのか?脇に抱えた王子様の体をぎゅっと抱きしめる。事態を招き得た腕の中の確かな重みは間違いだったのか?

 

「大丈夫か?」

 

 唯一事情を知る王子様がボクを見つめる。その瞳には心配と不安が揺らめいていた。そうだ王子様の手足であるボクがしっかりしないでどうする。

 

 

 

 

 ――――王子様。

 

 ボクの活力そのものであり正しき方向へ導くボクだけの羅針盤。彼が現れてから事態が動き出したのがいい証拠。諸手を挙げて喜びを伝えたいが、急にそんな奇行に走ればビックリさせてしまう。残念ながら現状、ボクは王子様には嫌われてしまっている。これまでの行いを顧みれば当然の感情。時折、化け物を見るような目でボクを見るのが”堪らない”。

 

 ・・・でも大丈夫!今は嫌われていたとしてもこれから好きになってもらえばいい、それだけのこと。もっともっとボクの事を知ってもらおう。一緒にご飯を食べ、いっぱいいっぱいお喋りして、疲れたら一緒のベッドで眠るんだ。王子様が既に”誰かのお手付き”であろうと関係ない。この契約から女の匂いがするからなんだと言うんだ。こんなもの新たな”契約”を持って上書きしてしまえばいい。

 

 所詮は過去の女。今を生きるボクに勝てる道理があるものかよ。記憶の淵で永遠としがみ付いているのがお似合いだ。

 

 王子様に多くは求めない。たまに”滅茶苦茶”にさせてくれれば、どんなに暴力を振るわれようが罵倒されようとも構わない。どんなに辛くともボクが王子様の欠けたピースを埋め得る存在だといつか必ず理解してくれる。その時ようやく自覚の足りない王子様は理解する。 

 

 自分が何者であるかを。

 

 なんだ、やっぱり間違いなんかどこにもない、逆だったんだ。こうでもしなければ王子様に出会うことはできなかったんだ。

 

 大事なパパに迷惑をかけるほどの・・・それだけの価値があった。間違いなんてどこにもなかったんだ。ふふふ。

 

 

 常人であれば罪悪感に駆られる所かもしれない。だが生憎イグナイツは普通でなかった。それは環境から来るものか、それとも生来のモノか・・・

 

 

「まずはすぐにここを脱出しましょう。そうしましょう」

 

「おい、いいのか父親の事は?」

 

「大丈夫ですよ本当にゲームマスターならこの程度どうにもなるはずです、それに心配するのはボクたちの方ですよ。ここの連中にボクがパパの娘って知られたらどうなることか」

 

「??それってどういう意味だ」

 

「ダンジョンマスターって儀式を執り行うためにダンジョン周辺の村や都市から人を攫ってきては人間を加工したり家畜にしたりとやりたい放題で、相当恨みを買っていると思うんですよね・・・どうなの幽霊ちゃん?」

 

「このまま進めば嫌でもわかることだが敢えて言おう。君の父親は特大のクソだな。頭のおかしい実験を繰り返し、数多の憎悪が行き交い過ぎてちょっとした神性すら湧き出てる始末さクキキキキ。”何”をしたいんだかねぇ~」

 

「ああ、やっぱりそうなんだ。じゃあさっきの子も・・・」

 

 

 

 恋都は深く思案する。人体実験・・・いや儀式だから供物か。

 

 なんか、思っていたよりも状況が最悪だ。さっきの襲撃は娘の存在を知ったが為のエンカウントなのか。化物にしては姿が人間過ぎた理由って被害者だからなのか。これから先ずっと狙われ続けることになるのかよ。子も子なら親も親だな。

 

 ・・・子供か・・・・俺が・・・・・・言えた義理では無いか。

 

 不定期に光瞬く暗黒の道が急に恐ろしく感じた。人の形をした化け物が不意に飛び込んできそうで滅入ってくる。でも脳みそ喰うぐらいだし正気でもなさそうだ。何を考えて襲撃するのかわからないからこそなお恐ろしい。理解から遠い行動は怪物を異形たらしめる。

 

(ん?)

 

 歪んだ電灯が一瞬光を散らし、首のない女の死体が立っているように見えた。怪物が来た道を指差していた・・様に見えた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや・・・なんでもない。ここにいても仕方がないしそろそろ行こう」

 

 やはり、ここには何かある。

 

 そう確信を抱きながら二度と振り返ることなくイグナイツの背の中で揺られる。さっき見たモノは恐れから来る幻覚か、そうでなければなんだというのだ。

 

 たとえ自ら罠に飛び込むことになろうとも進むしか道は無い。

 

 

 

 

 

 

 ―――――くふフッ

 

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