恋都はフラメンツの頭から取り出されたプラグの様な部品を指先で転がす。
「納得いかねえ・・・・・あれで成功するのか」
時間にして15分ぐらいのオペ。手慣れた動作でフラメンツの頭を弄るイグナイツの腕前に驚きを隠せない。専門ではないが俺にも医術の心得がある。例の薬の臨床試験の過程で被験者の脳をいじったこともあるが、イグナイツほど上手くやれただろうか。それにあのポーションだったか。フラメンツの頭に空いた穴はすでにない。まったく綺麗なものだよ。それどころか先ほどの戦闘でイグナイツから受けた傷の全ても治っている。なんだその万能薬。無茶苦茶するにも限度があるだろ。常識を易々と超えてくる。
最初のイメージから一転して今のイグナイツはすごく頭がよさげに見える。その白衣を身に着けるに相応しい。本物のお医者様みたいだぁ。イグナイツはチラチラと褒めて褒めてとねだるオーラを放つが無視する。だってムカつくだろ。普段は知性も感じられないのに実は頭がいいとか。なんだか悔しいぞ。
「・・・なあ、あいつは幽霊の仇なのに、なぜ助けてくれたんだ?」
俺は幽霊が嫌いだ。口を開けば罵倒するし、口にしなくとも毛嫌いしているのを隠そうともしない。俺が不死者だからか知らないが仲良くする理由はどこにも無い。それでもイグナイツにとっては唯一無二の友人。何年もの親交があったことは想像に難くない。
「ん、ああ幽霊ちゃんのことですか・・・まあ死んじゃったもんは仕方ないですよ。替わりに今は王子様がいることですし。それにこれも契約ですから」
「替わりって・・・大事な友達だったんだろ」
「?・・・・死人のことなんてどうだってよくないですか?幽霊ちゃんとの思い出はボクの中で永遠に美しい記憶として残り続けるのですからそれでいいじゃないですか。王子様もこれからたくさん思い出を作りましょうね」
・・・なんだその感想。
数年来の友人が死んだのに、そんなものなのか。これまでのやり取りを見てもイグナイツは幽霊をよく慕っていた。それを替わりの一言で済ます精神性。いなくなった者の役割はそいつにしかこなせないんだぞ。
・・・屈託のない笑みが恐ろしいなイグナイツ。
やはり俺の代わりとなる者が現れたらこいつは平然と見切りをつける気がしてならない。替わりの利くものであればなんでもいいのか。本当に期待を裏切らないな。
お前は・・信頼からは程遠い存在だよ。
「・・・ボクからも一ついいです?あんな目にあったのになんで敵を助けたいと思ったんですか?」
「・・・・・・・」
戦闘時、爛々と赤い目を輝かせる少女は怯えているように見えた。俺にはまるで闇を怖がる子供のように映り、だからこそまだ話し合いでどうにかなると思った。でなければ戦闘停止の呼びかけをしたりするものか。
実際俺の懸念はあっていた。フラメンツの体をイグナイツが調べたがやはり頭の他にも手術痕があちこちに見受けられた。記憶がないことといい、これも儀式って奴の一環なのか?
確立された高度な医療技術と言い、きな臭すぎる。
俺は・・その境遇から同情しているのだろうか。俺がねえ・・・
「・・・・・・・もしかして、こういう小さな子が趣味なんですか?」
「・・・・は?」
「いや、わかるなあ~~!いいですよね子供って!未成熟な体に穢れ知らずの精神。この子なんて色白で白く綺麗な髪。明らかに人の手が入った体中の傷跡がこの子の存在の特異性をさらに引き立てますよね。来る日も来る日も実験に耐え続ける少女はある日指令を受け事の重大さもわからぬままに地獄の渦中へと知らず知らず踏み込むのであった。持ち前の臆病さに助けられたがそれも長くは続かなかった。目の前には出会ったこともないような比類なき怪物。少女は強かった。だが敵はもっと強かった。奮戦するも心半ば負けてしまい生きたまま貪られる。果て亡き饗食の前に心も体も穢され、少女は死を望む。『私を殺して・・・』ああ!ストーリー補完しちゃう!少女の冴えない人生に新たない1ページ刻んじゃった!それも勝手に!辛抱堪らない。辱めてあげたい。ねえそうだとは思わない。なあおい!フラメンツちゃんッ!いいよね。いいって言えッ」
「お、おいどうし――――――ッ」
不穏なサイン。ここに来てから感じていた言葉では言い表せない良くない予兆。
まさしく一瞬の出来事であった。
イグナイツの姿が消え、フラメンツの悲鳴が響く。事態に追いつけず何事かと鈍い体で姿を探す。
「ヒィッ!う、うぶぅ」
意識が回復していたのかとかそんなことはどうでもいい。フラメンツがイグナイツに組み敷かれていた。服の下に腕を差し込みまさぐる。必死に抵抗するも一枚、また一枚と服が脱がされ布面積が白い肌に剥かれてゆく。ふさふさな尻尾をせわしなく振り、ついに露わになった胸郭へとイグナイツは歯を立てる。
「あ”ああああッツ!ン"、ン"ン――――――ン”ん”――ッ!!!」
食み、血を吸い、うるさい口に蓋をするように口移しで血を流し込む。抵抗しようにもお互いの掌はがっちりと絡みつき恋人のように結合する。小さな体は全身でのしかかられ封殺される。
――――パキペキ
そのまま器用に小枝を折る感覚で指をへし折っていく。フラメンツの声にならない叫びがイグナイツの口内で芽を出すことなく死んでいく。あるのは死骸のような残響だけか。たまらず失禁してしまう。
長い長い一方的な欲望の発露は終わり二人の口元は血塗れになるがイグナイツはニタニタと笑う。それとは対照的にフラメンツは恐怖でガチガチと歯を鳴らす。完全に心が折れている。そんな彼女の態度にますます火がついたのか獣の手が下の方へと伸び・・・・
「いい加減にしろッッ!!この変態がッッ!」
「―――――――――――――」
背後から無防備な彼女の脇腹へと容赦なき拳の一撃が突き刺さる。恋都はそのままイグナイツの体を拳に乗せ押すように吹き飛ばした。
いくら声をかけても反応しないので必死に右手だけで這ってきたがやはり遅かった。イグナイツは血を吐きながらゆっくりとこちらに振り返る。その顔はまるで幽鬼の相であった。
「イグナイツ・・お前最高に気持ちわ―――――お前・・その目はどうした?」
髪の毛の隙間から覗く眼光。まるで焦点が合わない。
恋都は思わず守るかのようにイグナイツとフラメンツの間に体を血で滑らせる。イグナイツはこちらの呼びかけにいっさい反応することなく鼻血を垂らし能面のような顔でこちらを見つめている。その様子に短い悲鳴を上げるフラメンツ。背後から俺に縋りつき萎縮している。恐怖による振動が背中越しに伝わる。
・・・明らかに様子がおかしい。いや、元からおかしな奴だったがどうにも正気を失っている。こんなイグナイツは初めて見た。衝動に駆られている時でも不安定な感情の揺らめきに触れることができたが、現状のイグナイツからは何も感じとることができない。
いや、それよりもだ。
(なんだよアレ・・・)
イグナイツのあちこちに赤い糸が繋がっている。それはとても薄く焦点を外すとすぐに見えなくなってしまう。まるで最初からそうであったかのように存在するそれは一本また一本と壁や天井からイグナイツに接続していく。変調の原因はこれか。まるで操り人形だ。
「お前、動けるか?動けるなら全力でここから逃げろ」
「・・・・・・・なんで・・・」
「え、なに?」
「なんで助けてくれたの?あんなに滅多刺しにしたのになんでなの?ねえなんで?なんで?なにが目的なの?こんなことして意味があるの?なんで?なん」
「ああッうるさいッ!お前がいると邪魔なんだよッ!クソッ頭が痛―――――ッ!!」
イグナイツが離れた途端これか。痛みが蘇る。あいつ全身から変な成分分泌してるんじゃなかろうか。
ガギィン!!
突如振り下ろされるイグナイツの踵を拾った剣で防ぐ。降りかかる重圧が俺の全身をくまなく巡り容赦なく砕く。
「グェッ!い、いいから、さっさと、行げよぉッ!」
「――――――――――」
背後から足音が響き気配が奥へと消え恋都は少しだけホッとする。
せっかく助けたのに死なれでもしたら困るってのもあるがこれから人間社会に溶け込む予定のイグナイツに必要以上の殺人行為を許す訳にはいかない。そのための契約。死ぬのは不死者一人でいい。イグナイツは力があるためか暴力的な手段で解決しようとする傾向がある。
やや、いやかなり常識に欠けるが物腰は上品だし人当たりも悪くはない、と思いたい。ちょっとずつ慣れさせていけばすぐにでも自分なりの処世術を身に着けるだろう。なにより見てくれが非常にいい。周りが勝手に社会への迎合の難易度を下げてくれるだろう。これは俺の経験則だ。だからこそ力という安易な方法に流されないよう教え込む必要がある。
つまり俺が何が言いたいか要約すると、もっと他人を慮れ!
瞬時に傷を再生させる。欠けた左手で剣先を支えることでイグナイツを押しのけ、その勢いで腰をばねの如くしならせ斬りかかる。この動作だけで3回は気絶しそうになる。
必死な一撃。それを難なく機敏な動きで容易く躱される。
「グ、ぅぶ」
イグナイツの両腕が残像を伴い俺の体中から肉が抉り飛ぶ。
こちらの攻撃を避けた上でイグナイツの爪先が容赦なく切り裂いていく。あっという間に満身創痍。もとより当てれると思ってはいないがやはりだめか。
それでも試みは成功した。剣で原因と思われる赤い糸を切ろうと試みたがまるで手ごたえがない。物理的な干渉はすり抜けてしまう。首元に迫る爪先を捉眺めながら実力の差をあらためて噛みしめる。力に速さ、どれをとっても人間のそれではない。おまけに魔術も使ってくる。なんだこいつッ!怪我人が相手していい相手じゃないッ!なんだこいつッ!!圧倒的な力の前では泣き言も許されないのか。気絶だけはなんとしてでも避けねばならない!
気絶している間に事態が動き置いてけぼりになるのはもう御免被る。うおおおお俺の意識よ踏みとどまれええええ!
ドゴッッ!!
鈍重な衝撃が容赦なく頭部を襲った。
「――――――――――?」
頭から響く鈍い音。それは俺、のではなくイグナイツの頭からであった。
襲撃者は小さなシルエット。逃げたはずのフラメンツが助走をつけ飛び蹴りをかましたのだ。
「!?」
加速したフラメンツの蹴りが容赦なく突き刺さるがイグナイツは微動だにしない。
グリリと目だけが動く。
フラメンツは足を掴まれそのまま床へとたたきつけられようとする。容易にフラメンツが床に広がる赤い染みになるのを幻視する。力のままに振り下ろされる小さな肢体。だが想定していたよりも軽い音と共に床に激突する。
その予測を下回る結果に俺は驚く。そのままの体勢でフラメンツは足を掴んだままのイグナイツに魔術を放つ。
「【氷結】」
フラメンツを中心に冷気が渦巻き、何もかも凍り付く。攻撃的なフォルムをした氷塊が現れた。それでもイグナイツは凍った腕で足を掴んで離さない。床や空気まで凍っているのになんでその程度で済んでいるんだこいつ!?
直撃してない俺が凍傷で今にも死にそうだってのに、こんなの許されんだろ。
イグナイツは即座に氷に閉ざされた足を無理やり砕き振り上げる。未だ拘束が解けぬフラメンツを踏みつぶそうとするイグナイツの軸足を俺はとっさに拾った銃で撃ち抜き転ばせる。ここまでしてようやく解放されたフラメンツは小さな体で俺の前で構える。この構図は・・・さっきとまるで逆。小さいはずのその背中はなんだか頼もしい。
ぶわりとフラメンツから何かが放出される。神性とも違うエネルギーの波動。なんだろう、先ほどとまるで別人じゃないか。これまでと纏う雰囲気が違う。
なぜ俺を助けてくれたのか、それはひとまず置いておく。とにかくイグナイツをどうにかするのが先決だった。
今はただ、この少女と轡を並べて戦えることに新たな可能性が芽生えるのを感じていた。
二対一。お互いが向かい合い膠着状態に陥ろうとする中、明確な変化が訪れる。
「!」
これまでせわしなく輝きを放っていた照明が消え、辺りが完全な闇に覆われてしまう。
それはほんの一瞬の出来事。すぐに復旧され照明に明かりがともる。
だがそこにイグナイツの姿はなかった。
「俺を置いてどこ行くッ!イグナイツゥゥゥ――――ッ!!」
探そうとするも無理が祟って血反吐を吐く。
同じ時をもって一帯を襲う地震。このフロア全体が激しく揺れている。俺もフラメンツもまともに身動きがとれぬまま地面にしがみ付く。嵐の海のように先行き読めない展望の連続に理不尽さを感じる。
そんな俺を嘲笑うかのように機械的なアナウンスが空しく響く。
【―――第二階層で異常な力場の発生を確認。各方面の関係者は至急第一階層中枢ブロックにお越しください。なお、現時刻を持って第二階層及び第三階層は全て破棄するものとする。職員の皆さまは早急に第一階層へと避難してください。繰り返します。第二階層で―――】