「それで脱出の話は本当なのか?」
「こちらの条件を飲んでくれればの話だ」
先ほどまでの喧噪は何処へ行ったのか。すっかり落ち着きこの場を静寂が包む。耳をすませば遠くで爆発音や銃声が聞こえ危機感を煽る。ずっとここに留まるのは得策ではない。
マンディスは副団長としてどうするべきかと思案する。出された条件は2つ。一つはある人物の確保。もう一つはダンジョン中心部で発生しているという謎の現象の調査。どちらか一つを達成できれば脱出させてくれるとのこと。
達成するには非常に危険な場所に身を乗り出す必要がある。素性の知れない女に言われるがままに行動するべきだろうか。約束を守る保証はどこにもないというのに。相手の立場からすれば使い捨てにされるのが目に見えている。
一人で悩んでいてもしょうがないと仲間と輪になって話し合う。
「リズ、彼女が俗にいうダンジョンマスターなのか?」
ダンジョンはダンジョンマスターと呼ばれる存在によって支配されている。そいつを倒せばダンジョンの機能は停止されると聞く。だがリズの意見は違った。
「・・・そうかもしれないしそうだとありがたい。人型もいないことはないが・・・あれも変わった格好をしていた・・・・・だが・・」
何かを危惧しているのかどうにも歯切れの悪い。
服装はその国の文化を指し示す。宗教色が強いので服装には何かしらの宗教的意味や特徴が自然と細部に盛り込められている。氷水騎士団の仕事の都合上、こういったものには目ざとく偽装でもされないかぎり一目見れば分かるものなのだが半透明の彼女からは背景が何も見えてこない。類似性のひとかけらも無いのではな。わかるのはそんじゃそこらじゃお目にかかれない高級品ということか。そう、あれは遺失物特有のデザインに酷似しているが・・・・
リズは考える。
やはりこの女がダンジョンマスターと考えるべきか。
記録上でしか知りえない稀有なる怪物。霊廟型のダンジョンの全てはダンジョンマスターが作り上げた産物。ならばここの全てを知っていてもおかしいことはない。
受けようこの依頼。受けるだけなら特に問題は無い。
「作戦タイムは済んだか?」
「・・・わかった、受けよう。それで我々はどうすればいい」
「おまえたちにはこれから第二階層中央にあるメインシステムルームに向かってもらい、そのついでにある人物の捜索も並行してもらう・・・・これから案内といきたいがバッテリーの減りが激しい。連絡は必要になった際に随時行え」
「あんたが案内してくれるんじゃないのか」
「なんだエスコートが必要だったか?いちいち手を引いてあげなきゃ何もできないのか?」
マンディスは思わずハッとする。そうだ、なにを甘えているんだ。人類の脅威である存在になんと弱気なことか。決して相容れないことはわかっていたはず。一方的に寄り添うだけではいつまでも虫けらの枠組みから抜け出せない。
ここで我々が有用であることを示さなければ聖騎士の名折れ。聖王国を安く見られては困るのだ。生きてここでの情報を本国にもたらすためにも必ず帰還する。それが副団長である者の義務なのだ。
「いや、そこまで手を患わせるつもりはない」
「ふん、必要なデータとセキュリティーコードは既に送ってある。せいぜいうまく使いこなせ。―――そいつなら使えるだろ」
「彼女が?」
突然の指名に周囲の視線がグレイズの隣へと集まる。
たしかにこの投影も少女がやったことだが、ダンジョンマスターにしても特別な存在のようだ。ダンジョンマスターは俺たちを冷めた目で見るが、この少女だけは違う。
事あるごとに目の端でチラチラと様子を窺っている。ここまで興味を引く少女は何者だろうか。予想もつかない重大な何かを秘めているようでその隣のグレイズも気が気でない。
「できるのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(コクリ)」
「・・・では朗報を待っているぞ」
「あ、待ってください。この子の、この子の名前を知っていたら教えてくれませんかッ!」
短い沈黙。ダンジョンマスターは何かを考える仕草をした後、こう答えた。
「・・・・・・・アリスだ。そう呼んでやると”きっと”喜ぶよ」
ブツリ
ノイズの混ざった音と共にダンジョンマスターの姿は虚空に消えた。
切れた通信。緊張が弛緩し留まった空気が胸から吐き出される。グレイズはダンジョンに来てから常識外の出来事に遭遇し続け心が浮ついているのを感じていた。まるで現実味がない妙な感覚。
もっとしっかりしなければ足元を掬われてしまう。目の前で起きていることは全て現実。なんだか遠い場所まで来てしまった。帰郷の念が過るも、未だに祈りは心の奥底で機能している。神はちゃんとここにいる。この地に潜む秘密を少しでも解明しなくてはいけない。決意が心身を満たしていく。
ダンジョンマスターが消えた後すぐにアリスは新たに端末を操作し”図面”を浮かび上がらせた。
それは逆三角錐の形をしており三つの色に分けられていた。上から青、黄、赤の三色。なんだこれはと困惑しているみんなをよそに図面が拡大されていく。
それはびっしりと張り巡らされた光の線に長方形。何重にも重なり合ったそれは立体的に表示され、これが地図であることを次第に悟らせる。これはダンジョンの詳細地図だったのだ。
アリスはさらに操作し図面を拡大していく。光の線はどうやら通路のようで自分たちの現在地を確認する。それも俺たちの映像付きで。
!!?これは、僕か?ぼ、僕が僕を見ている・・・ざわざわと皆が騒がしくしている中、リズは振り向き冷静に指摘する。
「多分あれが俺たちを映しているんだな、写影術の一種みたいだが」
丸い突起物が天井に張り付いている。半透明のそれは中で何かが蠢いている。あれが僕たちを映しこんでいるのか。どんな技術を使えばこんなことができるんだ。
データを送ると言っていたがつまりは地図の事だったのか。こんな重要機密をほいほい渡すあたり我々への警戒心の低さが見て取れる。
画面が黄色いことからグレイズたちはダンジョンの真ん中の部分にいることがわかる。地図上でのこちらの現在位置は髑髏のマークで示されている。あの黒ずくめ部隊の隊章マークと似ているのは端末が彼らの物だったからだろう。これと別に地図上で様々なマークも表示されている。マークの数は多く全体的に幅広く分布している。普通に考えて端末を持つ者は限られてくる。あの悪夢のような部隊がまだこんなにいることに背筋が冷汗を垂らす。他のマークも何を意味するのか。
「広い・・・広いなあ。ダンジョン史上最大だろこんなの。ハハ!最高だな」
リズは楽し気に高笑いする。
「何笑ってるんだよ。こんな所から人探しとか無茶にも程があるだろ!これ全部敵のマークだろ。全部避けつつ中央に向かって調査だってッ?冗談は止せ」
「だが、俺たちに選択権はない!大人しく聞くしかないのでは?」
「いや地図があれば脱出できるんじゃ?」
「それは無理だなぁ」
リズがはっきりと断言し地図を指さしなぞる。
「ここを見ろ。あの髑髏の部隊に追い詰められたこの通路。あそこで終わりと思われたが地図上での表示には先が――ああ、あんがとね」
リズの指の動きに合わせアリスが画面をスクロールさせる。
確かにその行く先には赤い階層へ伸びる通路が存在する。そしてそれを妨げるように色の違う太い線が遮断している。あの袋小路は隔壁が下りていたということになる。
「ここも、ここもだ。上層に繋がる全ての通路全てが同じようになっている。ご丁寧にな」
そもそもの話。向こうにしても地図を渡したのは我々だけでは助力無しには脱出不可能と知っていたからだろう。
「条件を達成するしか道は開けないか・・・仕方がない、か。幸い敵の位置は把握できる。敵を避けつつ探索するしかあるまい――――リズ」
「お、なんだ」
マンディス副団長は決意を固め意を決して提案をする。常識が通じない場所でいつまでも過去に拘る意味も無い。大事なのは生き抜く今だ。
「これまでの非礼を詫びる。君に隊の指揮を任せたいんだがお願いできるか?」
「「「はぁッッッ!!?」」」
思いもよらない申し出に皆が驚く。それはリズも同じようで固まっている。
「みんなが言いたいことはわかる。納得はできないし抵抗はあるだろう。だが俺たちはダンジョンに対しどれほどのことを知っている?探索ド素人の俺たちだけではこの先、生き残るのは非常に難しい。実力は劣り知識もない。その上でさっきの条件をクリアしなくてはいけない。ならば少しでも成功確率を上げるためには手段は選んでいられない」
苦渋の決断。冒険者に指揮権の全てを預けるなど、聖王国への背信行為だと受け取られても仕方ない。
「ふーん、いいのかぜ?」
「いいのかじゃねえよ。お前がやるんだよ。今までの非礼は詫びる。頼む!知恵を貸してくれないだろうか」
そう言うと副団長は頭を下げた。騎士団と冒険者は仲が悪い。その上でマンディスはプライドを捨て部下の為に首を垂れる。
リズとしても珍しいものを見る目でそれを眺める。大の男が皆の前で頭を下げる意味。わからぬ訳ではない。恥をかかせるべきではない。
「・・・・ま、確かにあんたらじゃ長生きできそうにないな。せっかくだから俺が一人前の探索者にしてやるよ」
リズは複雑な思いを抱えながらも快諾する。リズにしても渡りに船。Bランク冒険者にしても無事にここを脱出できるかは怪しい。
後は他のメンバーの反応だが・・
「それでどうすんだ、ニューリーダー」
「よろしくお願いしますニューリーダー」
「よろしく!よろしく!オラッよろしく!」
「いや順応早すぎだろ、俺の聖王国への偏見を返せよ」
リズは一拍置き、互いの装備の確認をする。限られた条件下における探索か。楽しくなってきたな。
「取りあえず出来ることの確認をしてやる。あることないこと見栄を張らず全部話せ」
マンディス副団長は肩の荷が下りたのか体が軽く感じた。もともと副団長の座も年功序列で手にした地位。一度も自身が適任だと感じたことは無い。それでもマンディスなりに副団長としての振る舞いを心がけてきたつもりだ。職務を放棄するほど奔放にもなれなかった。
これからはサポートする側の人間だ。
暇ができた分、グレイズへの監視に時間をさける。
(グレイズ隊員の体、どこにも異常はない。まったく綺麗なものだ。一人別の場所まで連れていかれものだから本人のあずかり知れぬところに仕掛けが施されたかと思ったが特におかしなものは見当たらない、か)
そう、あくまで見た目は。それが逆に不安を煽る。言動にも問題は見られないが今はただ様子を見守るしかないようだった。