オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第15話 殺戮者

 シュウシュウと煙が立ち昇る。焼き付いた残り香がぽっかりと空いた地獄の穴へと誘うかのように漂う。

 

 そこに設置された照明が次々と点灯されていき、その全貌が露わになっていく。余りの惨状を前にすると慰めの言葉も存在感を消す。

 

「統括室長。こちらです、足元にお気をつけて」

 

 部下を引き連れ地面を這う電力供給用コードを跨ぎ、せわしなく働く作業員の垣根を器用に抜ける。

 

 熱い。この熱気は異常だ・・・環境保全システムが稼働していてこれなのか。咽かえる熱に当てられ頭がクラクラとする。

 

 辛い思いをしながら統括室長・・リフォルクルスはようやく目的の場所に到着する。

 

「報告にはあったが――――聞いていたよりも酷いじゃないか」

 

「はい、まさか第一階層を直接”ぶち抜いて”くる程とは・・・またデータに修正が必要になりそうデース」

 

 分厚い階層をぶち抜き居住区にぽっかりと空いた大穴。縦穴の側面にはこびりついた痰のようにドロドロに赤く溶けた壁面が窺える。どれほどの熱量を持ってすればここまでのことができるのか。

 

「約15分前に第二階層で膨大な熱量が確認されました。そのまま熱量は層を突き破り直上の居住区に直撃。直径1.2キロメートルの大穴を空ける大惨事を残す結果となりました。地上まで至らなかったのが幸いでしたよ」

 

「まったくだとも。天井に穴でも開いてみろ。外気と雪が入り込んで環境に不具合が起きるところだった」

 

 地上はこの大陸有数の豪雪地帯にあたる。雪には非常に強い魔力、電波等への遮断性、熱量の吸収と二つの厄介な特性を併せ持つ。もし天井に穴でも開けば第一階層の機能はことごとく停止し、気温は低下。文明の輝きも鈍り二次被害を被る事になっていた。

 

「それで人的被害はどうなっている?」

 

「交代で休憩に入っていた守護者が262人ほど、まだ所在の確認がとれていません。恐らくは・・・」

 

 ギ・・ギ・・、とリフォルクルスは奥歯を無意識に噛みしめる。この惨状を見れば生存が絶望的なのは言葉にしなくてもわかる。

 

 ここに来る前に確認した監視カメラがとらえた映像。地面がゆっくりと赤く光りマグマのように盛り上がり弾けた。そこから噴き出す真っ赤な炎の柱。余波で生まれた熱が周囲を溶かし監視カメラの機能を破壊する瞬間を目の当たりにした時、真っ先にある存在を思い浮かべた。

 

 こんなことができるのはA種だけだ。そう、個体名は――――

 

「―――――激おこアリスの仕業か」

 

「データベースに該当する異能のリスト的にそう見るのが妥当かと、ただ・・・」

 

「データ上の能力限界値を遥かに超えているか」

 

 端末を操作し特定種別A種の一覧表を閲覧する。

 

 激おこアリス:凶暴性=すごい危険、破壊力=すごい危険、異能=すごい危険・とても貴重

 

 A種の中でも扱いがひどく難しい”器”の候補の一体だ。

 

 あらゆるものを高熱源体に矯正する異能を保有。激おこアリスは能力測定で過去に一度ダンジョンの動力部に異能を直撃させダンジョン全体に機能不全を引き起こし多くの守護者を殺し回った過去を持つ超絶問題児であるが、未だに処分されないのはやはりその異能故か。

 

 この世界においてその能力は余りにも有益がすぎる。どれ程恐ろしい存在でも火に愛された者は畏敬を持って扱われる。だがA種と意思疎通がとれるはずもなく正直持て余しているのが現状だった。”マスター”は処分をお認めになってくれない。守護者はその扱いには非常に難儀している。

 

「能力測定時を遥かに超える異能の規模。今まで偽装していたとでもいうのでしょうか?」

 

「もしくは更なる成長を遂げたか。データは宛てにならないかもしれん」

 

 あとで守護者全体に既存のデータは参考程度にするように伝達しなければ手痛い傷を受けることになりそうだ。問題なのはそれを一番伝えなければいけない者たちに伝達するすべがないということだが・・・

 

 大穴が開いたことで物理的な壁は無くなった。

 

 だが、どうだ?

 

 ここからダイレクトに電波を飛ばしているのに通信は未だ沈黙を貫いている。異界化の影響が深刻化していると判断すべきか。穴の底が見通せないのがいい証拠だ。深い闇の膜が張られているようだった。

 

 ・・・いずれは第一階層にも手が伸びる。安全面を考慮してとにかくは穴は塞ぐ。高さがあると言えA種ならば這い上ってきても不思議ではない。

 

「とりあえずの応急処置は済ませますが、完全修復となるとどれほどかかるか・・」

 

「今はそれで構わない。ひとまずは各部署に状況の連絡。修復の見通しが取れ次第すぐに施工を―――」

 

「見てッ!誰かあそこにいる!生存者だ!」

 

 辺りが急に騒がしくなる。ここにきて生存者の発見、か。

 

 リフォルクルスは懸念していた可能性が危機感と共に頭をよぎる。そう、これを引き起こした下手人はまだ見つかっていないのだ。

 

「すぐに確認しろ。警戒は怠るなよ」

 

「はっ」

 

 護衛として連れてきた部下を人だかりに向かわせる。あの惨状から生き延びた生存者とはいったいなんだろね。

 

 ・・・大事をとってここから離れるのが賢明かもしれない。

 

 だが決断を下す前にすぐに部下が引き返し報告に戻ってきたのだった。

 

 

 

 

 

 

「―――――――――それは本当か?」

 

「ええ、間違いなく」

 

 急いで生存者の元へ歩む。

 

 そして人の垣根を超えリフォルクルスの目に映り込んだものは――――

 

「・・・・・」

 

 溶解した穴の縁で座り込む小さな輪郭。焦げ付き煤だらけの髪とどう形容していいのかわからないまでにボロボロの布地を身に纏っている。

 

 この白い髪に顔つきは間違いない。近づくことで彼女はうつむいた顔を上げる。

 

「よくやったネロスピカ。それでこそ祈り手だ。それが奴の首か?」

 

「・・・・・これ」

 

 ネロスピカと呼ばれた元気の無い女性は膝に抱えた首をこちらに寄越す。リフォルクルスが血の滴る”それ”を受け取り、顔に張り付いた金髪をどかし”それ”を確認する。

 

 この人間ばなれした端正な顔つきとA種の証明である眩い金の髪。A種はどいつもこいつも似た顔つきをしているのでこれが激おこアリスなのか判別付かない。唯一の目撃者である彼女の証言だけが頼りだった。首を部下に渡し解析に回させる。死体でも研究価値は大いにある。怪我の治療をさせながら報告を聞く。とにかく情報が欲しい。

 

 ネロスピカか淡々と事実を報告する。

 

「先のA種との戦闘で私以外の祈り手メンバー全員が死亡。A種の攻勢で大分前に黒殖白亜もほとんどやられちゃってる、です」

 

「なんだと!?」

 

 報告を聞いた周りの者たちが騒がしくなる。この場で聞くべきではなかったかな。私もまさかダンジョン内最高の部隊である二つの部隊があっさりやられてしまうなどと思っていなかった。

 

 もし、それが事実ならば沈黙したメインシステムへの直接アクセスは難しい。このままではA種が第一階層に殺到するのも時間の問題となる。一応の策はあるが”あれ”はあくまで最終手段。メインシステムの調整に向かった”マスター”の消息は未だ不明。せめて安否の確認だけでもしなくてはまだ切り札を切るには早すぎる。

 

 ――――――そう本当に壊滅していたらの話だが。

 

 手に持つ端末に自然と力が入る。わざわざ確認する必要もない。

 

 リフォルクルスは虚空から拳銃を取り出し、医療班から治療を受けるネロスピカめがけて引き金を引いた。

 

 パンパンパン!

 

 乾いた銃声。余りの脈絡の無い行動に誰もが私の凶行を前にして驚愕する。反応できたのはただの一人。

 

「なんだ、元気じゃないか。仮病はいけないな」

 

「ぐ、な、なんッ」

 

 怪我人とは思えない軽快な動きで銃弾を全て掌で受け止めたネロスピカ。とても怪我人が成せる動きではない。

 

「なんでって、裏切者の処分に理由がいる?」

 

 パンパンパン!と、リフォルクルスはなおも容赦なく撃ち続ける。

 

 冒険者達との通信が無ければリフォルクルス自身も騙されていた。通信の際にリフォルクルスは同時に相手の端末にハッキングをかけ自分の端末にデータを吸っておいたのだ。

 それで確認したのだがその時点で黒殖白亜も祈り手も健在であった。第二層と第三層全体に散ったダンジョン内最高の部隊たちが、それがたったの20分程度で全滅するものか。激おこアリスの異能でも全域に届かせるのは不可能だ。できたらホームはとうの昔に壊滅している。

 

「それに勝手に”首輪”を外すな。貴様ら祈り手を人たらしめる証明を自ら放棄する愚か者が!」

 

 カチカチカチカチカチカチと首筋に仕込まれた小型爆弾を起動しようとリモコンを操作し信号を送るが反応しない。首輪は元々反乱防止用に着けられた安全装置。徹底的に異能開発された奴らを野放しにはできない。

 

 それをどうやって解除したのやら。あれを外すには専用の機材と知識が必要。

 

 それを放棄する意味、即ち死を選ぶということ。曲がりなりにもA種と同等の力の恩恵を受ける存在を野放しにできる道理はない。

 

「ッ!統括室長ッッ!お前だけは必ず殺すッ!ここで死ねェェッッ!!!!」

 

 ネロスピカの突然の跳躍。守護者に囲まれた状況を嫌っての行動だろうが私は冷静にその軌道を読み空中に銃弾を置いていく。

 

「ぶぐっ」

 

 ネロスピカは血を撒き散らし作業員達を巻き込み倒れ込む。上手い具合に人ごみに落ちた。

 

「貴様らぼーとしてる場合か?早くそいつの息の根を止めろ。これは命令だ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。なにがいったいどういうことなんです!?撃ちますけどいいんですね!?」

 

「命令だと言ったはずだ。考えるのは後にしろ。でないと・・・・」

 

 

 ゴオオオオオ

 

 音と共に喉がひり付く様な熱波が肌を撫でる。人が、物が、燃えている。それは小さな火柱となり収束していき、その中でエプロンドレスの少女がこちらを見据えていた。

 

「み、みんな退避しろデェェェス!!!」

 

「―――――ああなる。ほら早く逃げるなり戦うなり行動しろ」

 

「もうやってますっ!――――支援攻撃を要請!・・・・いやだからA種が隊員に化けてたの!ああ構わないからやっちゃって。圧搾弾頭をぶち込んでいい!それと戦闘員以外は全員退避!退避いいいい!空間圧縮に巻き込まれたくなかったら全力で逃げろ!って室長!なにやってんですか!?」

 

「なにって、あいつをこの場に足止めしなきゃいけないからな。圧搾弾頭がどれぐらの価値があるか知らない訳じゃないだろ。二発も使用したら来年の予算がきついんだ。次席のお前も少し付き合え。控えに黒殖白亜が一部隊詰めてたのはこういう時の為だろ。それまで時間を稼ぐ」

 

「―――ッッ~~!わかりましたよ!死なんて怖くない!怖くない!私もお付き合いしますよ!祈り手如きに好き勝手させて堪るかよ。お前たちも無理のない範囲で付き合え!あくまでも時間稼ぎだからな!あとは勝手に全て吹き飛ぶッ【転移】持ちは足の遅い子たちを他の場所まで飛ばせ。それまで頑張るぞ!」

 

「はっ!」

 

 

 プオオオオオオォォォォォォォォォンン!!

 

 第一階層全体に甲高いサイレンがけたたましく鳴り響く。空気が震えるほどの大音量。アナウンスも流れる。

 

 

『―――居住区の皆さまは速やかにお近くの緊急時避難ポイントに移動しましょう。緊急時防衛システムが起動。これより居住区内にて圧搾弾頭が使用されます。居住区の皆さまは――』

 

 

 弾頭が着弾するまで3分程度といったところか。きっと退避が間に合わず多くの職員が巻き込まれるだろう。だがこいつを放置すればダンジョンそのものが崩壊する。天井に穴だけは開けさせる訳にはいかない。その為なら命は惜しくない。皆も同じ気持ちだろう。みんなで”ホーム”を守るのだ。

 

 リフォルクルスたちは意気込みA種に向き直る。相手はこのサイレンの音の意味がわからないようで興味深そうに辺りを見回している。

 

 そんな無知蒙昧なる怪物に何を思ったのかリフォルクルスは話しかける。

 

「なあ、”それ”つらくないか?自分が誰なのかわからなくなってくるだろ」

 

「・・・・・」

 

「さっきはちゃんとお喋りしてくれたのに急に黙りこくるな。一貫性がまるでないぞ。演じるなら徹底的にやれ怪物が」

 

 激おこアリスの血走った目が私たちをしっかりと捉えた。

 

 ジリジリと首筋にしびれるような感触が広がる。第六感が激しい警告を打ち鳴らす。これはまさに自身に何かが起こる前兆。A種の中でも最上位の優先度を持つ異能を前にどれほどのことができるのか。

 

 まったく、こんな奴と戦いだって?正気の沙汰じゃない。私の仕事は偉そうに椅子の上でふんぞり返る事だと言うのに、戦闘は服が汚れるから嫌いだ。

 

 ・・・・まあ、ここはひとつ。アリスの”特異性”に賭けるとしよう。

 

「統括室長として許可を下す。装備及び魔術の無制限使用をこの場において認める。行け」

 

「了解。我々が抑えているうちに、お願い致します。ッ行くぞ!!!」

 

 一般戦闘員の皆が【蔵書】の魔術を行使し虚空より道具を引き出し、そのまま飛び込む。

 駆け出した者たちは一応に首筋に薬を打ち込み、驚異的な運動能力で迫る。一時的に五感の全てを高め運すらも引き込む非認可のドーピング薬。手にはまだ試作段階であるはずの”天然”の遺失物を科学的に再現した光化学兵器。チリチリと空間すら焼き斬る光の刃は使用者をも焼き殺す。すでにボロボロの体となる部下たちは音速を超え一本の矢と化し複数の光の軌跡が尾を引き敵に殺到する。

 

 皆、死は覚悟の上だ。

 

 知覚できないほどのスピードの前に押し潰されろ。

 

 ジュッ

 

 嫌な音が聞こえた。

 

 嗅ぎなれた肉の焼ける音。それとともに激おこアリスの周囲が歪む。まるで陽炎のように揺らめく景色は次第に溶け合い真っ赤に染め上げていく。

 

 マ ズ イ !!

 

 リフォルクルスは首筋に走る痛みに導かれるままに体を動かし上空に跳躍する。何人か私の行動に追随し飛ぶもそこから視界が真っ赤に染まる。あらゆるものがくべられた薪となり炎上。吹きあがる炎の柱が襲い掛かり部下を飲み込んでいく。声を上げる事も無くあっけなく死んでいく。

 

「―――っっ」

 

 それを尻目に空中で魔力放出を行う。急激な加速に姿がぶれる。推力を得たリフォルクルスは軌道を変え強引に回避していく。全て勘頼りの逃げの一手。前兆の見えない攻撃にはもはや祈る事しかできない。空間が揺らいだ時点でそこはもうデッドゾーン。立ち上る熱気がこちらの視認情報を阻害し見分けがつかない。細い勝筋を辿り不可視の包囲網を超え上空からアリスの顔面めがけて飛び蹴りを突き刺す。その様はまさに流星だった。

 

 ミシッ

 

 まるで巨大な壁を蹴ったかのような感覚。巨木のように大地に屹立する。まるでビクともしない。寧ろこちらの右足の骨にひびが入ったぐらいだ。アリスの目だけがギョロリと私の姿を捕らえ背筋が凍る。

 

「!!??【転位】ッ――」

 

 ここから一手でも間違えれば死ぬ。すでに辺りは熱量で歪み原型をとどめていない。マグマのような大地が熱を発する。周りにはもう誰もいない。みんな高熱でダメになってしまった。息をすれば肺が焼かれ眼球の水分も蒸発する。

 

 私だけが持ち前の属性の恩恵で生き残った。火属性持ちは熱量をものともしない。そんな優秀な属性の副次特性が孤独を生む。ここから先は孤軍奮闘か。

 

 それでも過去の事例から異能による直接的な熱量変換は防げない事は知っている。直撃をもらえばそれで終わりだ。幻想に近しい者にこの世界の法則という枠組みはどうやっても足が出る。お陰でこちらの魔術は効き目が悪い。しびれる右足を抱えアリスの目の前から【転移】で翔ぶ。

 

 しっかりと置き土産を残して―――――

 

 バゴオオオンッ!!

 

 リフォルクルスが翔んだ先はアリスの背後。出現と同時にアリスの背後越しに爆発音と衝撃波に煽りを喰らい私は少し圧される。気を付けるべきは爆発による衝撃波と破片のみ。

 

 眼前での爆発でアリスはもろに爆発の直撃を受ける。転移する直前に残した爆弾が起爆したのだ。

 

 ダメージは大して期待していない。あくまでも目くらましが狙い。

 

 虚空より取り出したバケツをおもむろに振りかぶりアリスに中身をぶちまける。

 

「・・?――――――ッッ!!!??」

 

 激おこアリスはここにきて初めて見せる表情の変化。落ち着きのない様子で服や肌に付着した物を払おうとする。バケツの中身は漆。肌につくとすごく痒い。

 

 A種は綺麗好きだ。血や内臓は気にしないくせに服の汚れに異様に敏感だ。動揺はいかんなく現実に反映され見境なく周囲を炎上させていく。汚れを拭った先から広まり収拾がつかなくなる。そんなアリスの周りをみっともなく這い転がりながらリフォルクルスは今日食べようと楽しみにしていたケーキを取り出し顔面にぶちまけそのまま殴り抜く。

 

 どうせ正攻法じゃ勝てないんだ。貴様には存分に辱めを受けて頂く。馬鹿みたいな行動だが意外と有効。相手の気を散らせる。汚しに穢す。暴れるアリスの背後から組み付き、右腕を極めながら押し倒す。まるで暴れ馬の様に跳ねる激おこアリスの動きを止める。

 

「これでもう・・・終わりだなッ」

 

 爆音と共に訪れる長大な質量。居住区の上空を切り裂き迫る圧搾弾頭を積んだミサイルが着弾するまで5秒といったところか。我ながらつまらない幕引きだと思う。まだまだやるべき使命がたくさんあったはずなのに何もかもが手つかずのままにある。

 

 ・・・それは死んでいった部下たちにも同じか。皆が皆、役割をまっとうし殉じた。ならば最後は私が直接幕を引くしかない。全てはマスターのため。諦めてこの身を捧げよう。

 

 

 弾頭が着弾し、世界は――――光に包まれた。

 

 

 

 これで終わりであればまだ楽だっただろう。

 

 だが、終わりはこなかった。

 

 爆発後に発生した空間の圧縮。内に秘めたエネルギーの余波が周囲を消滅させる、はずだったのに・・・・

 

 あろうことか激おこアリスはエネルギーそのものを純然たる熱量に変換し空間消滅が起きるために必要エネルギーを不足させ本来起きるはずであった消滅の結果を不発にしてしまう。

 

 空間消滅に必要な要素を熱量に置換しその役割を破壊したとでもいうのか!?

 

 光が瞬き大爆発が巻き起こる。増大した熱量が広範囲にまき散らされ居住区全体を熱波が包んでいく。

 

「ゲホッガハッ――」

 

 リフォルクルスは爆風で吹き飛ばされ瓦礫の中から這い上がる。もはや高度な文明レベルの象徴であるすごく高い建造物は消え去り地獄の様相を呈す。

 

 まだ、生きている。

 

 辛うじてだが、まだ動ける。

 

 これほどまでに火属性であったことに感謝したことはない。

 

 まだ――――戦えるのだ。

 

 リフォルクルスは地獄と化した周囲を見渡しアリスを探す――――いた。

 

 爆心地の中央でアリスは一人佇む。その姿は依然変わりなく顕在。あまりに格が違う。黒殖白亜にはまったく苦労を掛ける。こんな奴らが下でうようよしているのだからな。まったくやってられんよね。

 

 リフォルクルスはふらふらとささくれた地面に足を取られながら近づいていく。

 

「やっぱり、か。流石に力の代償は大きかったようだな、なあ”ネロスピカ”。ゴフ、ゴホッ」

 

「ハァア、はぁ、ぐッくぅ、オエエ。――――――な、んで」

 

 アリスの体が次第に崩れていく。その姿はやがて最初に見たネロスピカのものになる。 

 

 今までアリスが化けていたものとばかり思っていたが現実はその逆だった。ネロスピカは異能を”本物”よりも使いこなしてしまったのが疑念を確信させてしまったのだ。

 

 ――――どういうことなんだろうな。彼女に発現した異能は肉体変化であって他人の力までコピーができる程上等なものではなかった。

 

 考えられる可能性としては力の隠匿。虚偽申告とはなかなか小賢しい。

 

「ああ、まさかの。まさかまさかのコピー能力かぁッ!本物と同一とも思える再現率!素晴らしい!実に素晴らしいぞ!」

 

「ゴッハァ!」

 

 拳を振り上げネロスピカを殴りつける。おや、ネロスピカの動きがとろいがどうしたのだろう?

 

 そのまま馬乗りになり拾った瓦礫を手に顔面を殴打する。

 

「だがだがだがッ!アリスはダメだ!ダメダメだ!変身するにしても相手が悪い!なお最悪!どこから来たかもわからない外様の存在を真似ればどうなるか身をもって知っただろうッいいか!覚えたか!この裏切者が!?恥を知れ!」

 

 ゴ、ゴッ!と綺麗な顔が歪んでいく。握りしめた瓦礫の破片はとうとう私の握力に耐え切れず砕け散る。

 

 ――――変身魔術、というものがある。

 

 肉体を変化させ変身したい対象に変身するというもので人しいては動物の姿にも変身が可能だ。

 

 だが彼女の扱う異能は既存のそれとは隔絶した力であった。変身した対象の服装、固有の異能ですら模倣してみせた。

 

 振り下ろした拳が急に腕が止まる。いや、止められた。

 

 まるで鏡を見ているかのような感覚。目の前にはもう一人の私がいた。

 

 また変身か。

 

 変身した瞬間すらわからなかった。まさしく一瞬。傷すらも完全再生だ。最初に銃弾を数発肝臓にかましたのだがアリスになった途端その痕跡も消してみせた。

 

 変身魔術でも肉体を変化させ傷を消すことは可能だが、ダメージまで消すことはできない。外ずらだけしか繕えない。それにこの変身速度。変身魔術は変身中完全無防備であり完了までに時間がかかる。変身速度が短ければ短いほどそれだけ精度が雑になり造形が崩れやすい。ちょっとしたことですぐに変身が解除される。変身魔術はそれだけ扱いが難しいデリケートな魔術。とても戦闘中に採用できる選択肢ではない。

 

 それなのにだ。

 

 ネロスピカの異能は明らかに既存の変身魔術とは一線を画する。ここまで来るともはや同一存在。完全なる形でのだ。

 

「ふぅッ!!」

 

 リフォルクルスの耳に手を伸ばし掴みかかり力を籠めるもう一人の私。

 

(千切られる!)

 

 引っ張られる方向に身を任せ体を傾ける。そのまま体を巻き込むように捻る。体勢を崩されネロスピカは上に跨った私を引きはがす。攻勢が入れ替わる。

 

 これでは逆にマウントを取られてしまう、と必死に地面を転がり追撃を回避する。

 

「ふうーフぅー」

 

 震える足を手で支えなんとか立ち上がる。

 

 いや当然か。合間に傷を回復しても痛みや体力まで回復する訳ではない。動きに精彩さが失われている。それはネロスピカにしても言えることだった。

 

「ぐ、ギギ。ゲホッア”ア”ア”ア”アア」

 

 時折頭を抑え呻く。最初に比べ動きが鈍っていた。

 

 種はもう割れた。こいつの変身能力は異能の再現も可能とするがその精神構造すらも真似してしまう。いやできてしまうのだ。”オリジナル”のことを考えるに異能は個人の精神が影響していることは判明している。この世界とは遥かに遠き地、源泉の違う場所からやって来た怪物を真似れば次第に自身の精神がおかしくなる。いやこの場合矯正されるか。ネロスピカは奥に入り込み過ぎた――――このままでは新たなアリスの誕生に立ち会うことになる。

 

 さて、問題はもう一つある。私に変身したのなら・・・私の抱える記憶を覗き”真実”を知るのではなかろうか?参ったな。マスターにすら秘密にしているのに。

 

「死ねよおおおおおおおおおお!」

 

 ネロスピカが虚空から取り出したるは変わった形の銃。可変式のそれはガシャリと銃口を展開させこちらに向けて構える。

 

 レールガン―――ッ!

 

 亜空間に仕舞い込んだ装備ですらコピーするとでもいうのか。ならば当然保有魔術もか。

 

「「【腐れ凪】」」

 

 お互いに地属性の魔術を発動し対衝突する。毒に侵されぐずぐずに腐れ落ちた果実がどろりと飛散し激突。毒性をまき散らす。威力も発生速度も互角。やはり思考も似るのか放った魔術は奇しくも同じ。相殺したことから属性のコピーも可能か。現在私をコピーしたことで火属性へと属性が変更されたネロスピカの本来の保有属性は地属性。持ち前の属性が変化していなければ属性の一貫性で完全に撃ち負けていた。

 

 毒煙を突っ切りレールガンの閃光が飛来する。

 

 だが、リフォルクルスはもうそこにいない。虚空を貫く閃光を背景に一撃が凪ぐ。ネロスピカの眼前に転移し掌底が顎を捉えていた。

 

「ガぁッッ!」

 

 相手も負けじと大量の手榴弾と液体燃料をばら撒き私の腕につかみかかる。

 

 道連れか?

 

 いや違う。その姿はアリスの姿へと変貌していた。なるほどその姿ならこの程度の自爆攻撃には余裕で耐える。万力のような握力が掴んで離さない。私の保有する火属性の付属効果は優秀だが炎に耐えれても爆発による衝撃や破片まで防ぐことはできない。私の魔力障壁でも防ぎきれない。

 

 ああ――――――これを待っていた。

 

 轟音と共に空気が揺れる。

 

 

 

 

 さて、ここで【転移】という便利な魔術について話をしよう。【転移】は火属性の魔術であり自身を既存の場所に飛ばすという非常に便利な魔術である。使用者の保有魔力量により転移できる距離が変わる。実際に訪れた既知の場所にしか転移できず緻密な精度が要求される。力場の不安定な雪の中などでは使えない、燃費が悪いなどの特徴はあるがもう一つ注意しなければいけないことがある。

 

 それは・・・

 

 

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