時間は少し戻る。
「なるほどなるほど。流石は聖騎士だ。魔術が使えて羨ましい限りだなあ」
ここはダンジョン内のある一室。中には無機質な箱がたくさん積み上げられた暗室の一角。
リズたちはやっとのことで敵や罠を避け辿り着いた休息地。どうやらここは備品の保管庫のようだ。今はニューリーダーのリズの指揮のもと手分けして道具を漁っているところ。机や椅子から休憩所も兼ねているようで食料の補給ができたのは幸いだった。もうずっと水しか口にしてなかったのだ。緊張がゆるんだ所で腹の音が自己主張を行い始める。
やたらとうまいブロック状の干し肉を口の中で噛み砕きながら各々がリズの話に耳を傾ける。定位置となったグレイズの隣にいるアリスは眠そうに肩に身を寄せる。甘い香りが妙に鼻につく。
「我々としてはすぐにも脱出したいところだが、それは・・・どうしてもやらねばならないことなのか?」
マンディスの問いかけにリズは肩をすくめる。
「あんたら、せっかくこんな場所まで来たのに何も手に入れずに帰るつもりか?情報もそうだが遺失物の一つや二つ持って帰ればある程度は評価に繋がるだろうに」
「そうではあるが・・・欲をかきすぎて身を亡ぼすのは御免だ。勝算でもあるのか」
「俺も別にここを攻略しようなんて思っちゃいねーのよ。ただ何も得ずに帰る事だけは冒険者としては認められん。このまま逃げ戻ったところで没収された装備品が戻ってくるわけでもない。帰った後も見据えないとな。兎に角金がないとな」
「金か、どこも世知辛いな・・」
帰った後、か。
何気ない一言に皆のテンションがひどく下がる。行方不明となっているが外界での行方不明は実質死亡扱いである。雪のせいで捜索活動もされない。墓石に名を刻まれていてもおかしくはない。氷水騎士団は事実上の壊滅か。行方不明など騎士の最後としてとても不名誉なことだ。何も残せやしない。
「・・・確かに何かしらの、聖王国の利益に繋がる物さえ持ち帰る事が出来たら我々は一躍有名となり存在の有意義さを示せるだろう。団長も戦死した。帰還したところで解散は免れない。それを覆せるだけの物がここに眠っているって確信があるのだな」
リズは自信満々にこくりと頷いた。かつてないほどに勘が囁いているのだ。自身が無意識に拾い上げた条理では測れぬ情報の集大成。その嗅覚は侮れない。
「アリスが持つ端末にしてもだがここは遺失技術の宝庫。過去に攻略してきたどのダンジョンよりも発展してる上に・・・かなり毛色が違う」
「それって守護者の装備品はどれをとっても遺失物と遜色ないってことですよね・・」
実際に戦ったからわかる事だが獣人化したグレイズの爪がようやく通じる程の防御性能。刹那に何発も弾丸を発射する銃といい、間違いなく第三級遺失物の一種に数えてもいいだろう。
――――遺失物。
ダンジョン内で入手できる卓越した技術の水位集積体。現代では完全なる再現は不可能とされる曰くの多い品々。第三級から第一級と希少度や有用性でランクが別れる。実際に目にすることが多いのは第三級遺失物だろう。第二級以上は唯一無二。第三級と違いこの世に二つとない一品。第一級ともくれば個人所有が絶対に許されない領域。理に反した力を保有する。
謎も多く力を秘めた品々故に、人々はこれらを神々の忘れ物と呼ぶ。
帝国の銃器も元をたどればダンジョン内で入手した銃を参考に生産された量産品。オリジナルに比べれば劣化もいいところだ。
問題はその数であり規格の統一性だ。これだけの量の遺失物を自前で揃えられる技術と生産力を保有しているということに他ならない。遺失物がどこで作られるのか、その謎の答えがここにある。
「ああ第三級遺失物なのは間違いない。あの銃は帝国だととんでもない価値に化けるだろうな」
帝国は独自の祝福から銃を主力武器としている。聖王国ですら脅威と見做すほどだ。
「・・・・第三級ではダメなんですか?」
「ダメとは言わないが物足りないな・・・それに俺は確信したよ。第三級にはやはり二種類あるってな」
過去の経験からの導き出した答え。遺失物に触れ合う機会が多くなければ分からぬ観点。
「なんというか、ここの・・霊廟型ダンジョンの遺失物はユーモアさや底知れなさがないな」
ユーモア?皆が首をかしげる。遺失物と余り縁がない者には理解の及ばない話か。
「遺失物のランク分けの基準は再現できそうか、そうでないかを基本としている。あいつらの装備品はどれも質は一級品と言えるがまだ常識の範囲内だ」
霊廟型ダンジョンで入手できる遺失物はとにかく実用性が高く何に使えばいいのかわかりやすい。装飾品に武器等がまるで是非ともここを攻略してくださいと言わんばかりに宝箱などに入れて配置されている。
まさに量産品だ。未知の技術で作られてはいるものの底知れなさやロマンがまるで感じられない。付与された特殊効果も使い勝手が良すぎる。
そして世に出回るそんな量産品に紛れ時折、意味不明な品が混じる。第三級にも存在するが第二級以上は絶対にその類しか存在しない。理外の奇品。
例えば、絶対に折れることの無い刃引きされた青銅の剣。細身の刀身でありながらどれだけ力を加えても叩きつけても変形しない靭性に、水につけても錆ず高熱でも溶けない絶対性。こんなもの誰に再現できるのか。それでいて軽すぎて剣としては非常に使いずらいときた。用途不明な不合理さ。第三級にはこんな品も分類される。
こういった品はああだこうだと用途を考えるだけで楽しいものだ。
リズ個人の意見だが遺失物はもっと意味不明であるべきなんだ。ここの遺失物ではわくわくを感じえない。未知とは程遠い。
合理性を追求し実用性しかない品と、不合理で使い道が見いだせない特異の品。後者こそ神由来の品として相応しい。だってそうだろ?人間に神の考えが図れるはずがないからだ。
これらの奇品はどこからもたらされたのやら。
「それでは何を狙う?火石の原石でも探すのか」
火石はダンジョンでよく手に入る需要の高い生活する上での必需品であり。それを媒体にすれば火属性以外でも火をおこすことができる種火。生活の必需品だ。
国でも火継守によって生産可能だがダンジョンで手に入る火石は純度が違い効果も桁違い。純度が高い程宝石のような煌びやかな輝きを放つ為、上流階級では宝飾品として流通されている。特にごく稀に発見される原石レベルであれば一生遊んで暮らせるほどの金になる。何かと宗教関連とも結びつきが強く祭事でも原石そのものが祭り上げられるなど需要に事欠かない。
確かに原石でも見つかれば大手を振って凱旋可能だろう。王族の王冠には原石を原料として使用されているとも聞く。
それよりもだ。もっと聖王国という魔法国家には相応しい物があるじゃないか。
「――――失伝せし
「ッ・・・・ダンジョンの古さ的にありえるの、か」
リズは不敵に笑う。やはり彼らは気が付いていなかった。あんな状況では”あれ”が何かと疑念を抱く余裕も無かったのだろう。
古い、とても古い魔術文明黎明期に生み出された基礎とも言える魔術。終末大戦時に失われたとされる魔術派生群の起点的魔術。一流の魔術師のみ観測可能な”暗き穴”の向こう側に存在する
そして新規魔術開発を大きく阻害するガンのような存在でもある。
新たな魔術が生み出されれば一流の魔術師曰く誰もが持つ暗き穴の奥にあるとされる
魔術は効果の重複は許されず類似魔術は決して作成できないルールがある。魔術の習得には熟練の習得者による教導か正しき記述が刻まれた力ある魔導書が必須。
見よう見まね、伝聞だけでは再現は不可能。習得過程は儀式であり正しく段階を踏まねば己が魔術容量に魔術基盤が形成されない。
そういう特性上、一度その魔術が失伝すればその時点で二度と復刻は不可能となる。詳細が分からねばどこがどう類似するのかもわからない。試行錯誤し想定から外れた代用魔術を作成し結果として劣化した魔術が産まれ粗製乱造の悪循環が始まり魔術の新規開拓の道が閉ざされていく。終末戦争で多くの者が死に失伝してしまった。戦後はまさに魔術界の暗黒期。
「俺が睨んだ通りならあれは【蔵書】の魔術だ。名前だけなら知っているんじゃないのか?空間干渉型の
【蔵書】の魔術の効力は記述で後世に伝わっているからまだマシだ。
初期に作られた魔術はどれも単純だが効力は強力であり優秀故に魔術の派生の起点として扱われる。
【発火】や【氷結】もそれに含まれる。魔術とは基本的に既存の魔術からさらに派生して作られ枝分かれしていき、さらにそこから分岐していく。それを派生魔術という。
【発火】から【火球】が産まれ【火球】から【嚇炎】といった具合に派生前の術式や理論が込められている。先人が作り上げた
こういう事情から魔術知識は昔よりも価値が飛躍的に上がった。故に魔術知識は貴族などの一部の者に独占されている。優位性の確保もあるのだろうが不用意な乱造を防ぐ意味合いが大きい。
現代の魔術は火属性以外は碌に伝わっておらず壊滅状態であり、魔術習得の際の必要容量や消費量が無駄の多い助長的な魔術が正規採用されている状態なのである。
人が一生に覚える事が出来る魔術の数は個人差があるが上限が決められている。魔術一つ一つに容量が存在し個人のメモリーを超える量の魔術を覚えることはできない。派生魔術のいいところは同じ理論を使う魔術の為、容量がかなり軽減される所だ。
もし、
「・・確かに奴らどこからともなく自前の獲物を取り出していたが、あれがそうなのか。なるほどまんま名前の通りだ」
騎士たちも遅れて納得に実感が籠ったのか気力が漲ってきたようだ。魔術の重要性を一番知っているのは聖王国だ。価値は他国とは比べようもない。
初期の魔術は今とは違い魔術の名前には無駄の無いわかりやすさが求められている。中には自分の名前を付けちゃう痛々しいものも存在するらしい。
【蔵書】は現代で生まれてたら
「ここはなんせ古戦場跡。900年以上も昔から存在する恒常の地。まだまだ他にも期待できそうじゃないッ?ええッそうだろ?」
「「「うおおおおおおおおおおおお」」」
思わずグレイズも叫んでしまう。なんせ世界を変えるほどの魔術がここに眠っていると考えただけで心の奥底が熱くなる。今なら少しだけ冒険者の気持ちが分かる。第三級遺失物にも【万能袋】という物が存在する。似た効果を持ち小さな袋に大量の物を詰め込めるため有用性が高く、相当な価値で取引される。【蔵書】の魔術が考え通りであれば、荷物の概念が消える。それがどれ程素晴らしい事か。
「与えられた依頼をこなして見返りをあの女に請求する。少なくとも目的の人物がこちらで確保できれば交渉可能だろ?それぐらい欲をかいても罰は当たらんさ」
さて、と。腰を上げ体を伸ばし解す。そろそろ出発かと準備の終えた者は追随し腰を上げていく。
グレイズもアリスの手を引き立ち上がる。
「さてここからは本格的に楽しい探索の始まりだ。忘れ物はないか?――――なら」
こちらに向ける視線の意図を察しアリスにお願いする。
「アリス、地図を出してくれないか?」
「・・・・・(コクリ)」
あ、口元が笑った。少しずつだがアリスは人間らしい反応を見せるようになってきた。最初の人形のような印象は大分払拭されてきたと思う。少しばかりドキリと心臓が跳ねる。その顔でその笑みは反則だと思う。
端末から地図が飛び出し投影される。外に出てばったりなんて御免だ。そのための索敵なのだろう。確認した限りシンボルマークは周囲にない。まさしく絶好のタイミングだ。
「よし、これから速やかに次の予定ポイントまで移動する!そこで―――」
リズの手がドアノブに掛かりそのまま――――
「――――ッッツ!?う”」
過剰なまでに勢いよく腕を跳ね上げ手を放す。突然の行為になんだなんだと注目が集まる。金属製の分厚いドアが異様にまで赤くなっていく。異常に気が付き皆下がる。
「おい、なんだこれ!」
さらに後方から困惑気味な声が上がる。視線は中空。地図にも異変が起きていた。我々がいる現在地よりやや南。そこを中心に付近にあったシンボルマークが放射状に次々と消えていく。
外では何が起きているのか。徐々に温まっていく室温。流れる汗はどうしてこうも冷たいのか。