その者はいつだって自由であり既知なる常識に囚われない力を持っていた。
「「!?」」
とびきり邪悪な気配を感じ、お互いに反応するもリズの対応だけが遅れた。知識の有無が動きをワンテンポ鈍らせる。
最初に冒険者達の背後から悲鳴が上がり対峙する両者の間に割って入るかのように人間の首が放り込まれたのだ。
「ッ!!?」「なん!、だッ」「は」「!?!?ッッ」
緊張が伝導する冒険者達の間に何かがいる。
あれは、あれはッ――――――
「―――ッ!ア”リスゥゥッッ!!!」
真っ先に動いたのはベルタであった。先ほどまで構えていたはずの機関銃はどこぞに消え、現れたのはさらに大きく歪な形をした銃らしき物。変形しながら銃口を伸ばし紫電が弾ける。それを見てリズは叫びベルタは迷うことなく引き金を引いた。
「全員端に寄れええええッッ!!」
「――――ッ死ねよやああアアアアアアアッッ!!!」
二つの叫びと同時に閃光が迸る。咄嗟に壁際へと飛び、避ける騎士たち。統制の利いた騎士だからこそできた動き。轟音と共に押し寄せる光のラインが一直線に標的に向かい着弾する。
「――――ッ!!!??」
放たれた光線は莫大な熱量を産み出し対象を焼き尽くし貫いたと・・・敵の詳細を知らないベルタ以外の者たちは余波に吹き飛ばされながらそう思った。
大抵の相手はこれで終わる、だが―――――拮抗した。
(!!!??)
やはり、間違いなく、まことしやかに奴はA種であったのだとベルタは再確認する。
光が、捻じ曲がっている。それもA種の小さな手で握りつぶされていた。エネルギーそのものに干渉しているとでもいうのか。
A種は両手で一直線に伸びる光線を掴みまるで綱引きをするかのように引っ張る。悪い予感が咄嗟に体を突き動かす。重い光線銃を放り捨てベルタは半身を逸らす。するとどうだ光線は紐のようにうねり先ほどまでいた場所を光線銃もろとも切り裂いた。
「――ッ~~」
どっと汗が噴き出す。一連の不可思議な現象でどの個体と戦っているのか理解してしまったからだ。
緊急時”要”抹殺対象の一匹、
増幅された光が、解放される。
先ほどの一撃をそのまま返すかのように数倍に威力が跳ね上がった光の奔流が私に向かって襲い掛かる。
それは、あまりに速く、とてもじゃないが私であっても対処できる速度ではなかった。
あ、死んだ。
無情にも光が視界を塗りつぶしベルタを包んだ。
・・・・・
・・・・・・・・・・
「―――――――?、、、????」
・・・・おかしい。
なぜ意識が存在する?
跡形もなく消滅していなくてはおかしいはずなのに。今もこうして思考が回る。光が焼き付いた網膜が徐々に彩を蘇らせ驚くべき光景を目の当たりにする。
目に映るは硬直した
何か様子が―――――おかしい。
「ッッハァッハァッ―――!!!」
リズは激しく息を切らせ肩で息をする程に疲労していた。
突然の乱入者による仲間の殺害。敵の姿は美しくも儚い少女。良く目立つ金髪の艶髪に思わず見とれてしまう程の顔つき。
一目見ただけで恋に堕ちそうな顔面パーツが俺には、とても、悍ましく見えた。
それは長年の経験からか来るものだったのか・・予感めいた感覚に身を任せ行動した。なにもこの感覚は初めてではない。これまで何度も死と隣り合わせな冒険をしてきたが、こうして生きていられるのもこいつのおかげだ。だからか顔つきが仲間であるアリスに似ている乱入者に対しても一切のためらいもなく切り札を行使することができたのだ。
出し惜しみは一切無しだから・・・
この迷いの無さこそがこれまでの仲間を死なせた原因と知りつつも冒険者の完成形に近しいリズには今更変えることができない生き方であった。
故に発動する。
掌を愚直に伸ばす。欲しい者があれば手を突き出すしかない。それがどこに繋がっているのかもわからない黒き穴であろうとも。未知なる闇に身を漬すしかないのだ。
――――特攻【劫奪】
ボタボタボタっ
リズの掌からこぼれる赤い液体。グニグニと掴みなれた肉の感触。無防備な背中からの零距離速攻。スラム育ちの子供の頃から培われてきた盗みの極意。いままで誰にも悟られる事も無くまるで最初から存在しなかったかのように記憶もろとも盗んむ普遍的に落とし込んだ特異の技巧。
月日は経ちそれはいつからか本当に記憶も奪うようになっていた。そこまで至りようやくそれが特攻の概念に昇華したのだとAランカーである”師匠”が教えられた。
それはまさしく、至高の一撃だった。
―――――――が、すぐにリズは驚愕することになる。敵はまさに彼に御誂え向きの未知そのものであった。
出会って、しまったのだ。
「――――――ッ!?ッッ!?」
リズをゆっくりと息を飲む。少女は何が起きたのか確かめるように自身の体をさも平然そうに見回している。
まさか心臓を抜かれても平然と生きている人間がいるとは初めての体験であり、リズは今まで戦ってきたどのタイプの敵とも違うことを悟る。
かつてないほどに心臓が鼓動を刻む。
結論、効いているけど効いていない―――
今ので少女から発射された閃光は守護者から僅かに逸れたことから間違いなく干渉はできていた。未だに掌の上で鼓動を止めぬ強靭な心臓がその答えだった。
次々と滴る血の流れが不快感を増す。そのままゆっくりと金髪の少女は踵を返し振り返り視線が重なる。
その顔は―――――――――とても楽しそうに笑っていた。
少女が、動く。
この距離は―――マズイッ
ゴォッッ!!
少女の拳が突き出され炎が生み出される。余りにも速すぎて知覚すらできない一撃。
それを――――――俺は避け、肘鉄を鼻っ柱に叩きつける。
後ずさる少女。まるで何が起きたかわかっていない様子。
「????、?」
効いているのかいないのか、不思議そうな表情で鼻血の垂れる顔を触れる。顔面陥没させるつもりで放った一撃のはずだが鼻の骨が折れた程度ですんでいる。こちらは息も絶え絶え。さっきから驚きの連続で心臓が破裂しそうだ。生きた心地がしない。今放たれた一撃で俺はかつてないほどの強敵を相手にしているとも理解させられた。
手にした敵の心臓が不気味に脈打つ。まさか俺に”ここまで”の動きを可能とさせるか。
こいつが・・ゲームマスターなのか!?
未知との遭遇に冒険心が震え嬌声を上げる。脳汁が溢れ出る―――
心臓を抜き取った特攻【劫奪】はまさしく盗みの極意。発動時、対象と距離が近ければ近いほど技の精度は高まり、2メートル内であれば確実に対象から盗むことが可能。装備品や臓器、はたまた相手の魔術基盤や才覚まで。
リズはその特性からある神言魔術を習得している。自身が信仰を修める【深紅の女神教】。お互いの血を混ぜた酒を拝し摂取することで血のつながりを持つと言う、いわば信者同士のつながりを強固にしていく風習。それは異教徒に対しても同じで相互理解を深めようとする寛容さにあふれた教えを掲示している。だからか祝福と固有の神言魔術は共振系の魔術しかない、とされている。共振系とはつまり精神作用を得意とする。
深紅の女神教のみで習得可能な神言魔術の秘奥。魔術基盤の容量を多く喰うが神性が付与された魔術は効果の通りが違う。なにより神言魔術は通常魔術と違い
俺がこの人の形をした化け物と戦り合える理由など誰にもわかる筈がないのだ。
「ッ!!」
次々と繰り出される拳や蹴りの殴打。音を置き去りに迫るそれらを全て躱し重々しいカウンターを捻じ込む。
ガンッッ!ゴォッガッッッッ!!!!
華奢な体から考えられないような悪夢の連撃。全てが死そのものであり掠ることも許されない。だんだんとギアが上がりゆく敵の猛攻に焦り、余裕すらない。天井知らずの体力にスピード。
まだ、本気じゃないとでも言うのかッ。
手に握りしめた心臓をお守りのように握りしめる。さらに加速していく世界。踏み入れたことのないスピードに身を纏わせ未知なる体験が恐れを語る。
奪った部位を自身の一部とし身体能力を相手と同じまでに高める神言魔術【正統なる血統】。その効力には時間制限がある。奪った肉体は鮮度を失い美しい命の輝きは次第に色褪せくすむばかり。
命が渇き切れば効力もそれまで、だった―――本来であれば。
こんな事態は想定にない。黙示録にだって載ってない。まさか奪った心臓を媒介に使い、その持ち主と戦うなんてこんなの誰に予想できるのか。
特攻による完全なる不意打ちからの神言魔術による自己強化。この流れはあくまで複数の敵を相手にした際に一番の強敵の心臓を奪い、その身体能力を持って残りを殲滅するなり逃走するためのモノ。
(―――心臓も無く奴はなぜこうも笑っていられるんだ!?)
少女の残像が重なりゆく。とうに音速の域を超え引きずられるようにリズのスピードを引き上げられていく。全く緩まぬ攻撃の手に、まともに息も吸えないほどの運動量を強いられる。敵からは呼吸を感じない。息継ぎ無しで疲労も無くどうして戦ってられるんだ!?リーチの長さがどうにか命を拾う。同等の性能になれば体の大きさが如実に主張し始める。
それでも止まるわけにはいかない。止まれば炎を纏う超速の拳が俺を射殺す。疲れ知らずの少女はあまりにも底が知れず絶望を振り撒く。
おまけに最初はただ腕を振り回すだけの力任せの攻撃は鳴りを潜め次第に技に磨きがかかり戦い方が洗練されていく。戦いの中で磨きをかける少女の成長性に脅威を感じていた。
このままでは、いずれ詰むッ!
傍から見て何が起きているかなど理解ができない程の次元の違う戦い。それでも事細やかに見えている者は確かにいたのだ。
ここにはそんな理不尽な権化と戦ってきた超戦士の部隊が在するダンジョン。
――――――黒殖白亜は靡かない。
「―――ァ!」
リズは繰り出される少女のバックブローを鼻先で避け、そのまま回転し勢いの乗った中段回し蹴りの連撃を見切る。獣のように誰よりも低く屈み蹴りを躱し無防備な少女の軸足を蹴り飛ばす。
そこまではよかった。そのままバランスを崩した少女の延髄に浴びせ蹴りをぶち込み首の骨を刈り取る、つもりだった。
少女はあろうことか何も無い空中を蹴りやすやすと飛び越えることでリズの渾身の一撃を難なく回避した。
呆気にとられ振り返った時には既に眼前まで拳が迫っていた。予想外の行動は思考に空白を生む。強化されたこの体でもとうてい耐えれるとは思えない一撃。これまでの走馬灯がよぎる。
ガッ!!
振り上げられた拳が唐突に鼻先で止まった。
少女の肘に誰かの腕が絡められ伸びきる前に止められていたのだ。
誰が?など考えようもない。リズは戸惑いも迷いも忘れ少女の顎を蹴り上げた。
――――――その背後から迫る黒い影に向けて。
瞬時の状況分析力こそリズの最もな強味。
3つの趨勢が、これより交わる。
「ガルルルルアアアア!!」
斜めに横断する漆黒の爪が少女の背中を切り裂いた。そのまま壁に叩きつけられる小さな体をよそに二人の乱入者がリズの横に並び立つ。
「喜べ冒険者。手伝ってやる」
一人は先ほどまで対峙していたはずの守護者。そしてもう一人は・・・
「グレイズ・・・・お前よく反応できたな」
黒い毛並みの獣人と化したグレイズに話しかける。まさか今の俺の動きに反応できる者がいるとは思っておらず嬉しい誤算であった。
あのままやり合っていれば間違いなくやられていた・・・
「コヒューコヒューッ!!こ、この姿でなんとかって感じですけども”ッ!」
グレイズも実際無茶をした。この姿でも二人の動きは捕らえようがなかったが、色づいた嗅覚がグレイズを導いた。
二人が戦っている間ただの傍観者でいたのではない。獣人の異能を期待し先輩たちが施した魔術による全力強化で瞬発力を極限にまで高め機会を待ち、祈った。祈りはあくまでも添えるだけ。
一撃加えれたのも、リズがこちらに少女を蹴り飛ばさなければ無理であった真実。
「反応できただけでも大したもんだ。頼もしいよグレイズ。俺一人じゃ手に負えないのでね!」
「ねえ、無視するなよ。聞こえてるんだろ?」
「リズさん・・」
「・・ああ」
ユラリと幽鬼のように体を起き上がらせるアリス。楽しそうに笑っている。
やはり生きていた。両断されてもおかしくない威力の爪撃を受けてその程度で済むか。
獣人の渾身の一撃は凄まじいがあの少女のポテンシャルは常識をさらに超えている。見た目に反したあまりにも硬いあの体だ。一撃で仕留めれるとは思っていない。右手の心臓が今も尚脈打つ時点でおかしいのだ。
・・・早急に片を付けなければいけない。こいつがまだ対応できる範疇である内に。
それを成すには、あと一人協力者がいる――――
「ねえ、ねえったら!命の恩人を無視しないでくれよなぁ!」
「うるさい。耳元で騒ぐなよ恩人ごときがさぁ」
「―――ッ生意気だ!冒険者の癖に生意気だなこいつー!感謝は無いの!?」
なんだこいつ?やかましいな。
先ほどまで緊張感張り巡らし対峙していた相手と同一人物なのかと疑ってしまう。さっきの強者全とした佇まいはどこにいった。戻してくれ。
「丁度いい。アレは恩人にとっても敵なんだろ。恩返ししてやるから手を貸せ。すぐにでいい」
「お、恩人に対する扱いじゃない・・・・・うへへ頼もしい」
「(喜んでるッ!?)」
険悪?な空気に挟まれおどおどとする獣人の構図。グレイズにはどうすればいいのかわからない。隊服に包まれ顔の窺えない相手だが声から女であるようだ。
「ねえねえ、赤毛。名前を聞いてもいい?」
「・・・・・・」
「ちなみにベルタの名前はベルタね。光栄に思うといいゴ・・いや君はこのベルタちゃんが認めるほどの実力者だもの!どおりで”アレ”と一緒にいる訳ね、納得するね!よろしくリズー」
「・・・・・・」
「ふ、実はこの通り名前はさっき聞いていたのだけれど・・む、無視は堪えるなリズーもっとお話ししようよリズー。生意気だって言って悪かったよ。そこの獣人君もいっしょにね」
さわさわとグレイズの毛並みを撫で上げるベルタにリズは警戒する。無理もない。この距離感は敵対する者同士の間ではない。それを無警戒に踏み込む胆力。
・・・なんだこいつは妙に馴れ馴れしい。さっきまでの底知れなさはどこにいったよ。喋れば喋る程に弱体化(リズ目線)していく。
それにリズは別に無視しているのではない。態度の急変具合に困惑してどう話しかければいいのかわからないのだ。
リズは女性との触れ合い期間が乏しかった。冒険に関する経験はすごいと自負するが女性に対してはすごくない。弱い。なまじ主導権を渡さぬよう強気な口調で出たのが失敗だったかもしれない。今更変えるのも変だと妙な考えに悩んでいた。
それにしたって距離が近すぎやしないだろうか・・?
冒険バカにはそれすらもまともに判断できない。リズは救済のシグナルをグレイズに送るもまったく気が付かない。
そこでリズの気を引きたいのに無視されるベルタは行動を起こす。
「【休息の摂】」
「ッなにをした!?―――ッ」
リズ、いやそれだけじゃない。戦いの余波により周りに転がる死に体の騎士たちに青白いオーラが炎のように湧きたつ。流石の聖騎士。魔力障壁で致命傷は防いだようだ。
リズはそんな感想を抱きながら反射的に音を切る速さの回し蹴りを守護者に叩き込む。
それに対しベルタは半歩下がり上半身を仰け反らせ必要最低限の動きで難なく回避する。ベルタは過剰にまで強化された俺の一撃を難なく避けてみせた。馬鹿げた動体視力だ。蹴りの軌道を完全に目が追っていると考えるほかない。
「待って、傷を治してるんだよ!ほら肋骨折れてたよねリズ!」
言われてみれば確かに体が・・軽い。
少女からもらった脇への一撃で呼吸がおかしくなっていたのだが以前と同じように深く呼吸できている。それどころか細やかな傷も全て治っている。
こ、いつまさか今の一瞬で傷を治したのか!?
――――――回復魔術だと?
それも広範囲をカバーするような高位魔術。戦闘の余波に巻き込まれ怪我を負った騎士たちが徐々に立ち上がる。この守護者もまた例にもれず只者じゃない。
回復魔術の扱いずらさは有名だ。そもそもまともに運用可能なのが神言魔術にしか存在しないし習得出来る者が限られてくる。決まった場所、神に捧げる祈りと媒介物が必要であり応急処置程度ならともかく傷はそう簡単に治ることはない。あくまでも命を繋げるための運用が基本。戦闘中に行使など余りにも悠長。とても現実的でじゃない。致命的な隙を前に敵が待ってくれる道理無し。
だが、それを、ベルタは、軽々とやって見せた。
神言魔術特有の宗教色の乗った”兆し”が全く見えなかった。単発魔術特有の駆動無しによる魔術の発動。なにをどう見ても今のは通常魔術だ。
使用者を選ばないが通常魔術による回復は魔力をとにかく喰らう。即効性はあるがたとえ魔術師が全ての魔力を使用しても治癒できるのは単純な骨折程度である。
これは莫大すぎる魔力量を保有するからこそ可能な芸当だと察する。
確かに世の中には回復を専門とする者はいる。結果的に見ればこれぐらいの回復を可能とするだろう・・・そう時間さえあれば。
だが、この短時間で複数人の傷を同時に癒すことが出来る者がこの世にどれほどいる。この回復力ならば戦線の維持も容易い。ある意味火継守よりも希少だと言っていい。
魔術容量の大きさは魔力量に比例する。この魔力量だ。習得できる魔術のレパートリーも4つ5つ程度では済まないかもしれない。
改めてベルタの、守護者たちの底知れなさを痛感する。
「もしかして驚いてる?ふふふ、ベルタちゃんは魔術の造形に目が無くてね!是非とも君の使用している魔術について語り合いたいけどなぁリズ。それ神言魔術でしょ?それも・・・共振系神話体系ってところさんかな、当たっているよねリズー」
「・・さあどうだろね」
「もー、じらせるなぁ」
やばい、めっちゃばれてるじゃねーか。そりゃ相手の肉体を利用するなんてわかりやすい特徴を見せてしまったんだ。分かる奴にはわかってしまうが鋭すぎるよ。
ぐいぐいと顔を近づけてくるベルタを手で押さえつける。やっぱり、近い!距離感おかしいって!
「でも分からないな。どうやって心臓を抜いたんだろ?物理的に心臓を取り出すにしてはA種の体は固すぎる。魔術的手法はもっとあり得ない。理解の及ばぬ外界の人間に【フルドリス】を破れる筈がない。となると・・・・ふくく、”剣聖”のご同類かぁ。こんな奴が紛れ込んでいたなんてねぇ。道理で無事でいられた訳だ。本当に、面白いなっリズ!うへへ、もっとよく見せてくれよ君の技を!」
こんな面白い奴逃がして堪るかと、ベルタは都合のいいように命令を解釈していく。この戦力を手放すには惜しいと感じさせるほどにリズは魅力的な存在であった。今回は非常時であるからして脱走者の優先度は低い。弱っちい雑魚冒険者と共闘する状況なんて想定されてないしマニュアルにもない。偶然共闘の形と成り得てしまったと、全ては任務達成のためだと自身を納得させる。
それ故の処分は見送りでいく
―――よし!いけるな!だからベタベタしても問題ないね!
「ちょっ何だお前、なんだお前ッ!?こんなことしている場合か!?敵はまだ生きてるのだぞ!」
直接的には見せていない切り札。【特攻】の存在はごく一部の者しか知らない。師匠ともいえるあの人以外に、この技を見た者を誰一人として生かして帰した覚えはない。どんな分析力が在れど埒外の魔技は看破されない、はず。
そう断言できないのがここの怖いところ。妙な不安が沸き上がる。
「お、ベルタちゃんはもう敵じゃないということなのかな?存外にちょろいけど大丈夫リズ?馴れ馴れしくない?」
「それはお前だ!こいつどうにかしてくれグレイズッ!」
嬉しそうな感情は伝わってくるのだが無機質なフェイスマスクで表情が読めない。思ったよりも小柄で、そんなやつがグイグイと迫ってくると対応に困る。
助けを求めグレイズが間に入る。アリスがいつの間にか獣人化したグレイズの背中によじ登ってる。それを見てベルタはすぐに引き下がる。明らかに警戒しているのはあの少女とアリスが似ているからか?無関係とは考えにくい。
「おっとベルタちゃんとしたことが・・・君は手伝ってくれないのかな名も知れぬアリスさん」
「・・・・・・・・」
少し間を置きアリスに話しかけるベルタ。アリスは言葉に反応することなくグレイズの毛深い背中に顔を埋めたままだ。
「だんまりか・・・ま、そうだよね。敵でないならそれで十分。―――さあ構えろ冒険者!
仲間を下がらせる、か。
かと言って別行動させるのもな・・・実力と経験的に彼らだけで生き残ることは不可能だ。
そもそも素直に逃がしてくれるのか?立ち上がる
それでも今は一緒に並び立つグレイズとベルタがとても頼もしいかったのだ。勇気が湧き腰に力が張る。
「どうすればアレに勝てる?」
「あれはA種って生命体なんだけどいろいろと種類がいて
そこから簡潔に伝えられた内容に唖然とする。
A種は【フルドリス】という特殊な防衛機能を保有しているらしく基本的に目に見える現象でしかA種に効果はなく、体内に直接影響のある魔術は効果が無い。本体の認識や理解が及ばない行為は全て無効化されてしまうとのこと。己の認識が絶対とでも言いたげな無茶苦茶な耐性だ。視野が狭そうな相手だな。
「だからこそ君の”それ”に期待してたんだけどその様子じゃ無理みたいだねリズ・・あくまで予想なんだけど勝手に語るね。さっきの”アレ”右手でしか使えないんでしょ?神言魔術にしてもだ。制約の一環で心臓をお守りとして握りしめてるんだ。少しでも、一度でも手放せば今の身体能力も失う。神からすれば祈りを捨てる行為と見做すから。だから左手に持ち替えることもできない・・・へーつまりこういった化け物は想定外の運用だったんだね!だからそんなにたまげてるんだね」
はい、まさしくその通りです。お陰で自分でも知らない仕様が知れました。心臓捨てて特攻ぶちかますとしてもアリスは脳みそ抜いても生きてそうで怖い。特攻を再使用するには心臓が邪魔だ。だがこの飛躍した身体能力を捨てることはリスキーすぎる。結局、最後に物を言うのはフィジカルだな。
「あーはいはいそうですねー」
「もー答えになってないよー照れ屋さん」
神言魔術は尊敬や敬いを蔑ろにする行為を許容しない。習得難易度は低いが通常魔術のように使い勝手は難しく、とにかく気を遣う。
「え、じゃあどうするんですか?リズさんBランカーなんだから何とかしてくれませんか?」
グレイズよ、無茶言ってくれるな。こいつ災害指定の害獣よりもよっぽど質が悪いんだぞ!今まで狩ったダンジョンマスターなんざカスだよ、カス・・・ああなんだ。所詮はエリアボスにしか過ぎないのか。つまりは手加減されてたのだな。目の前の敵こそダンジョンの本気の一端なのだな。
「それでどうするんです?その説明だと物理的に殴り殺すすかなくないですか・・・・え、本気ですか?」
「なんだ分かってるじゃない獣人君。フィジカルを期待して前面に一任するね。ベルタちゃんとリズは側面から挟撃する。あ、君たちは普段”どんな”獲物を使ってるの?」
なんだこんな時に。ほぼ丸腰の俺達を心配しているのか?
リズは少しでも身を軽くするために荷物は放り捨て、グレイズは獣人化した際の肉体の膨張で荷物袋の持ち手が弾けどこかに落ちてしまった。
「ナイフはよく使っているが・・・基本は体術だ」
「剣は持っていますけど僕は・・・この体なんで素手になるのかなあ」
どう見ても一回り大きくなった獣人の姿では腰の小さな剣のサイズじゃ合わないか。これならば爪の方がいい。
「・・・そっか。ほい」
どこからともなく立派なナイフや投げナイフが数本収められたベルトを取り寄こす。ベルタからすれば普遍的で何気ない行為だが、それを唖然とした顔で見るリズとグレイズ。予測はしていたがこうも間近で見せられると驚きも違って来る。
それをどうかしたのかな?とおかしそうに笑い見返すベルタ。
「さあ、戦いだ戦いだ戦いだよリズッ!異色のコラボだよリズ」
「待てッ!今のってやっぱり【蔵書】じゃ―――」
――――――バリン
息を飲む間もなく振動がダンジョンを揺らす。ダンジョン全体がまた悲鳴を上げる。肌が強張り身が竦む。
すげえ・・素手で空間割る奴初めて見た、と間抜けな感想を抱くリズ。
・・・今までいろんな奴と出会ってきたがここまで常識破りな奴に出会ったことが無いわ。
容易く異変を引き起こした。
「???――――――ッ!?」
ぐらりと揺らめく通路。
次の瞬間――――体がふわりと浮かび上がる。通路の先から彩の光が溢れ気が付いた時には天と地が逆転している。
気が付けばリズ達は何処とも知れぬ空中に放り出されていた。
「アハハハハハハハハッ!」
アリスの笑い声が栄し偽りの都市に不吉を告げた。ベリタの言う通りまさしくここからが本番であった。