馬鹿げた威力が大地に響く。
リズ達が降り立つ大地をもひび割れ捲り上げる。誰の目から見てもA種の死を確信する一撃。通常のA種であれば終わっていた。だが奴はブラックリストの常連。ここはもはや彼らの知る世界とは違う。相手は何処とも知れぬ異なる世界に連なりし系譜。
とても、まともではないのだ―――
押し潰した瓦礫の下から呪言が飛ぶ。
「【繧「繝ェ繧ケ繧堤衍繧翫∪縺帙s縺具シ】」
グレイズが瞬きする暇も無く脅威が迫る。
「ッ!!」
瓦礫の中で産声を挙げ巨大なシルエットがグレイズの体を弾く。突き抜ける大きく黒い影。それがのたうち回り空を泳いでいる。
ベルタは物陰から見た。黒い影が現れ獣人君を吹き飛ばしたが激突する瞬間背中に張り付くあのアリスが影を手で払いのけた。そうでなければ即死だったであろう。
A種が他人を庇ったこともだが、それより別の要因でベルタは驚愕した。
なんせA種が魔術を行使したのだ。その驚きは計り知れない。
A種は計り知れない量の魔力を保持していることが判明していたが隔絶した牢獄では魔術への知見の機会は無く、他者と意識が噛みあわないA種に現フォーマットの魔術が理解できるはずもない。だからA種に魔術の使用はないとされていた。切っ掛けとなるトリガーが無ければ魔導への叡智は永遠に開かれない。
数百年の膨大な記録がそれを裏付ける・・はずだった、今日これまでは。
渦巻く土煙から頭が潰れたアリスが現れる。首から上が完全につぶれ残骸が垂れさがる。体中から骨が突き出てあらぬ方向に曲がる。余りにも、おぞましい姿だ。何よりも恐ろしいのはその状態でも平然と無色の破片を振るい襲い掛かって来るところだ。命の終わりが見えない。見計らったかのように黒い影がベルタへと迫る。
これは召喚獣か!?
大きな巨体からは想像もできない速さで突進する黒い影。冷静に【転移】で避けるも、転移先正面に
剣を振りかぶっていたのだ。力強い剣圧が風を掻き分けベルタに迫っていた。
(こいつも【転移】だとッッ!?)
ベルタはそこで思い出す。A種の生態に関するある記録の話。第三階層は殆どがA種専用の階層と言っていい。多重の物理・魔術的防壁。防衛機構が幾重に仕込まれ厳重なる管理下で研究が行われているのだが、それでもA種は定期的に脱走する。
理由は様々であり、管理上の人的ミスもあるが・・たまにふと牢獄から消え去ることが確認されている。その場合必ず空間異常が検知されるが計器上では異常な数値を指し示すも現場では何も変化はない。いたって普通の景観、空っぽの独房が広がっている矛盾。監視カメラの故障でもない。
状況からの推論であるがA種には空間と空間を行き来する能力も持っているのではないかと議論にもなったが、そうであるのならそもそもA種を管理できるはずがない。奴らが牢獄に囚われ続ける理由が分からない。自ら囚われの身であるとでもいうのか。結局答えは出なかったが、
不思議で歪な剣の塊は既にベルタの鼻先。何度目だよと顔を見せる死を、迎えようとする。
(――――――)
黒殖白亜の隊員である以上いつだって死は隣り合わせ。外界から干渉を行う”外来種”どもの対応に雪原地帯及びダンジョンの調査、脱走したA種の対応。危険な任務ばかりでいつかはベルタも死ぬのだろうなと思いながらも任務に励んできた。同期の生き残りはもういないのだ。そう思いながらもなんだかんだ400年経った。案外しぶといもので気が付くと年長者の仲間入りだ。黒殖白亜メンバーの死亡率のおおよそが脱走したA種との戦闘によるもの。どんな強者も死ぬときはあっさり死ぬものだ。
それでも敬愛するマスターのためなら命も惜しくはなかった、はずだった。
今日は実に面白いものを見つけた。一介のクソ雑魚冒険者があのA種の【フルドリス】をぶち抜いたのを目撃してしまった。
有効打には成り得なかったがベルタの興味を沸かせるには十分な理由だった。それから心臓を触媒にA種と渡り合うリズの事が気になって気になって仕方ない。真正面からそれも一人でA種と殴り合える存在がホームにどれだけいる?黒殖白亜にも祈り手にもそういない。外界の冒険者は糞だと聞いていたがいるところにはやはりいるのだ。久々に相手を明確に認識できた。
心臓が酷く熱い。こんな症状は初めてで妙な心地よさを感じていた。マスターへの敬愛とも違った種類の熱。これがなんなのか知らなければ死んでも死にきれない。
ベルタは寸前の覚悟で微細な魔力放出を起こす。
急にベルタの姿勢が傾きぶれた。緻密な姿勢管制が命を繋げる。透明な剣は耳を掠め外れる。勿論これで終わりではない。
あの剣が空間を切り裂くことから防御は不可能。おまけに切られた部分に緑で鬱蒼とした植物で広がっている。都市部は段々とおかしな世界へと変貌を遂げていた。既存の世界を何かへと塗りつぶしている。既に手遅れかもしれないがこれ以上の狼藉は黒殖白亜の一員として許しはしない。防げないのなら最初から振らせなければいい。
ありがとう。その不可思議な存在がベルタの術式を完成に至らせた。
だからもう死ね。
「――――――
その瞬間、何かが起きた。傍から見れば
A種との戦闘は【フルドリス】の存在から否応なくとも正面からの戦闘を強いてくる。認識のできない攻撃は攻撃として成立しないか?答えは否。一つだけ抜け穴が存在した。
生物であれば誰しも睡眠をとる必要がある。寝ることで成長や新陳代謝が促進され心身のケアを行う。極端に言えば睡眠を行わなければ生物は死ぬ。
でもA種は眠らない。常に覚醒しているのだが当時一介の研究職に着いていた頃、別部署と共同で行った実験結果で面白いことがわかった。
A種は活動中も常にノンレム睡眠であり、深い眠りにあるということ。寝ているはずなのに起きているA種の存在に多くの者が頭を悩ませた。どう見ても意識が完全覚醒しているのにデータ上では眠っていると機械は数値で吐き出す。分かっていることの少ないA種の謎がまた増えただけ。矛盾だらけの存在だった。データが参考にならないなんてよくあるよくある。
マスターの目的であるA種の異能の解析は遠のいていくばかり。異能を研究するマスターの真意もわからないまま誰もが嘆いた。役に立てれず力になれない事がつらかった。
それでも研究に参加していたベルタはある仮説を立てることになる。その閃きはただの偶然。A種専門の研究職も今ではA種の飼育係と成り果て研究の意義を失っていた。後方勤務の癖にやたらとA種との戦闘が多すぎたのもあって死亡者・転属者続出。いつの間にか繰り上げ式で責任者の地位にいた。寂れた部署である。
ベルタは戦闘職でもないのにホーム内個人ランキング上位に名を連ねるまでに強くなっていたのも当然の戦歴。この見た目もあってか歳を聞かれると驚愕されるのは見ていて楽しいけどね。
いい加減異動を願い、ちょうどそのぐらいに黒殖白亜で新たに新設する部隊の隊長になるため独自の魔術を制作していた。睡眠や夢の方面からA種にアプローチを試みる研究をしていたこともあり自然とそっちの方向性で切り札を用意することになる。夢はあくまで幻。自由があるようにも思えるだろうが、その人が見る夢によって方向性が存在しルールがある。そこでふと思う。常に寝ているのに起きているA種ってまるで夢の世界の住人のようだなと。
・・・A種にとって
我ながら突飛すぎる発想だと笑う。それでも妙にしっくりくる。それだと前提そのものが狂う。この世界が夢だなんて馬鹿な話があるものか。異物は明らかにA種の方・・・いや、そもそも我々はA種の何を知っているのだ?
マスターがどこからか連れてくる謎の存在。そもそも我々は何を研究している?日々の身体データに異能の調査ばかり。外界ではホームをダンジョンと呼ばれているが、この巨大構造物は全てA種の為にあると言っても過言ではない。表層のダンジョンモドキはいきのいい雄の冒険者を確保するためのモノ。マスターがどこでそれを何に掛け合わせているかは誰も知らない極秘事項。同胞の中からそういった後ろ暗いう噂は聞いたことが無い。我々がどこから生まれてきたのか誰も知らないが重役の守護者ならば薄々勘付いているが確信も無い。
それらをもっと知るためにも禁止区画に立ち入る可能性が高い黒殖白亜に入らねばならない。A種へのストッパーとして交戦する機会が多い栄光と殉職の世界。それでも常にA種に対し目を光らせる生活よりはマシに思えたし単身よりも集団戦で戦う方がいいに決まっている。その方がこの魔術理論を実証する機会も訪れてくる。こちらの定義する夢はA種にとっての現実。もしそうであれば夢を介した攻撃は現実への死に直結するのではなかろうか?
――――長きに渡り温めてきた魔術。その考えはこの時をもって実証された。
グラリと体から力が抜け地面へと力なく落下する
理不尽なる象徴でもある
「ハアッ、ハアァ!」
ああ、息苦しい。
ベルタは留め具を外しフェイスメットを取り外す。押し込まれていた髪が濁流の様に溢れ汗が跳ねる。銀髪に赤い瞳。強く息を吐き深く息を吸う。魔術の反動で乱れた意識を必死に回復させることに注力する。
(深く、入り込み過ぎたッ―――!)
通常ここまで負荷を受けることはない。
発動条件は睡眠、昏睡、気絶と精神が無防備な相手に強制的に夢を作り上げ、夢の中の出来事を対象を介し現実に出力させる。術者がきっかけを作り対象である本人自身の思い込みの力で死ぬ自死の誘発。ベルタを前に一瞬でも意識を弱めれば即時に白昼夢を挟み込み即死させる。その時ほんの一瞬相手と同調するのだが、それはあくまでも夢のとっかかりを作るための浅いつながり。
・・そのはずだったのに
―――――となるとこれもう既に通った道なのか。流石はマスターだ。
・・・一か八かの賭けだったが成功したか。やはり自身が提唱する理論は間違いなかった。だからこそA種の危険性がさらに浮かび上がる。異端の存在だとわかっていたつもりだったがまさかここまでとは。
踵を返し黒い影と戦うリズ達の元へと向かう。”次の局面”にも備えなければいけない。
だからこそ頭上から聞こえる重苦しい金属音がベルタに嫌でも不吉な予兆を知らしめた。
「??」
頭上より落ちてきたのは鈍い輝きを放つ重厚なギロチンの刃。それがいくつも降り注ぐ。
・・・間違いない。夢で
視野の狭い無知相手に今からこれでお前を殺すと1から10まで教えねばならないのだ。やっぱり目の前で刃をこれ見よがしに見せびらかしそのまま斬殺するのが最適格。お似合いの末路だ。
さて、なぜ夢の中のギロチンが現実世界に現れたのでしょーか?
そんな疑問を呈す前に第一階層全体に何者かの声が響き渡る。
『―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――』
まるで地震でも起きたかと錯覚するような振動。地獄の奥底から響いているかと思わせる絶叫が、叫びが、唸りが、嬌声が世界を揺らがす。この世の物とは思えなかった。
でもビリビリと振るえる空気がどこか懐かし気な気分を催させる。もちろん声に聞き覚えは無い。でもベルタは知っている。この胸に蟠る郷愁こそ答えなのだ。
それも・・・・女だ。
それと同時にマスターがベルタの提出したA種の夢に関する論文を握り潰した真意を悟る。精神干渉も実際危険ではあるのだが本当は干渉されるのを避けるための口実。A種がどんな存在かマスターは最初から知っていたのだ。だから余計なことをさせないようにと研究職から黒殖白亜へと遠ざけた。マスター直接の異例の黒殖白亜への推薦の真意がこれか。
夢世界からの干渉。存在しないはずの物が現実へと幅を利かせる横柄な摂理。一見無茶苦茶な法則がまかり通っているように見えるがここはもうすでに現実ではないからこそ。
いったいいつからだ――――?
煌びやかな摩天楼の都市は見る影もなく、あちらこちらに草木が生い茂り霧が立ちこみ天より降り注ぐ光はぼやけている。緑の氾濫とでもいうべきか、未知なる空間が浮きぼりになっていた。未だ消えぬ文明の象徴である近未来的な建造物の残骸が異物感を醸し出し立場が逆転していた。こんな光景は初めてで圧倒される。あの叫びと同時に世界は飲み込まれようとしていた。ここは既にベルタの知る場所ではないのかもしれない。
目の前でバラバラであった
何かを確かめるように自身の肢体を確認し獰猛な笑みを浮かべていた。思わず後ずさるベルタを見向きもしない。それもそうか、この世界に引き込まれた時点でもう勝ち目がない。
これも一種の”劇場”かそれ以上の―――――
ここがどこかは知らない。一見、劇場共演型の魔術にも似ているがどうにも毛色が違う。ああいった型の魔術は敵を逃がさないよう空間に閉じ込め必ず魔術の影響下に晒し運命を握る。それをこうまで世界を広げる必要性はあるのか?術者の内面がよく表れるのも特徴であるが殺戮の徒であるA種の内面がこうも穏やかなものであるか疑念が残る。
蝶は舞い、鳥が囀る。
この陽気は一体なんだ?どうしてこうも温かい?それになぜ、こんなにも戦意が削がれる?
ベルタは自身の胸中から湧き上がる感情の波に混乱していた。懐かしさと安心感に包まれどうしても構えた銃の引き金に指がかからない。目の前のA種は仲間を惨殺し尽くしたまごうことなき敵。あれほどまでに感じた殺意が、敵意が、湧かない。それどころか敵対することを拒んでいる。どう考えても精神に何かしらの干渉が行われている。
精神汚染―――――既に術中に落ちている。
ゆっくりとした動きで
とんでもないものに触れてしまったと後悔する。夢経由からの死は通じるなどと、研究者としての探求心と好奇心が傲慢を生んだか。その結果がこれだ。マスターの言いつけを緊急時だからと拡大解釈し強行した自身の行いに酷く打ちのめされる。
(申し訳ございませんマスター。ベルタは言いつけを守れませんでした)
ただ強く罰を望んでいた。それはきっとすぐに叶うだろう。
ベルタを一刀両断にせんと
―――――その間にリズが割り込まなければ望み通り死んでいたことだろう。
「なッ!?」
「ウオおおおおおおおおおおあッ!」
なにを考えてるんだこの男は!?割り込んだからってどうにかなるものではないだろ!?
思わず目をつぶる。余りのも無謀。マスターの命令も碌に守れない自身への罰だと受け入れていたところに思わぬ助け。余計で無駄な行動に苛立ちを覚えた。リズは確かに外界の人間にしては強いが彼に何者も両断する歪な剣を防ぐ方法はない。
これでは無駄死にだ。
こんな愚者を救おうなどと。ベルタのせいで死なせたに等しい。また過ちを犯す。更なる後悔の中で剣がリズの突き出した”右手”と激突する。
思わず目を瞑った。
なにをするでもなく子供の様に震え、裁決の時を待つ。
だが――――いつまでたってもその時は来ない。どうした、ベルタはまだ生きているぞ。
ゆっくりと目蓋を開きぼやけた輪郭が姿を捉える。
そこには・・・・体の中央から縦に両断された
リズの右手から形容しがたい空間の破片たる剣が揺らめき色めき立つ。
・・・???・・し、死んでる・・?・・え、マジで?
「・・・・・・は?――――ッ!??――??」
理解が追い付かない。あれほどまでに強大な存在であった
「お前・・そんな面だったのか・・」
「リズ!?」
唐突に倒れるリズの背中を受け止める。それと同時に右手の剣も霧散した。どこか怪我でもしたのかと心配する。
「す、少し腰が抜けたな・・・起き上がるから肩を貸おごぉ」
「別に構わないよ。疲れてしまったのならしょうがない、うんうん。まったく楽しい奴だなぁ君は」
「・・・・・・やっぱ近いよな」
ベルタはリズを背後から羽交い絞めに抱きしめるも反応が弱い。抵抗されるかなとも思ったがまさかの無抵抗。喜びの余りに少々大胆になってしまったが、今の気持ちを分かち合うにはこれしかない。
ああ、まさか冒険者がA種を打倒するとは卿は驚かされてばかりだ。すんすんとリズの頭頂部に鼻を擦り付け匂いを嗅ぐ。ここか、ここに秘密が・・あるわけないか。リズも殺すべき対象なのだが、もっと匂いを感じていたかった。
まさか要抹殺対象の一人をよりにもよって外界の冒険者が撃破するとは・・・すごい。
おかしい、ベルタちゃんはもっと理性にあふれた知的な女だったはず。はしたな過ぎる。これはきっと破廉恥だ。どさくさに紛れリズの手元に
やはり敵の力で敵を屠るに限る。この土壇場で頭がよく回る男だ。おまけに手癖の悪い破廉恥だ。Bランクの称号は伊達ではないのだと上方修正する。今までの冒険者とは踏んできた場数も格も違う。
もっと―――彼の事が知りたい。
「(うーん、欲しいなこれ。どうにかリズのまま生かしておけないものか)」
「はぁッぜぇはぁ・・・・おぉーぃぃぃ」
不穏な事を考えているベルタをよそにアリスを背負ったボロボロのグレイズが近づいてくる。召喚者が死んだことで黒い影も消えたか。獣人君もよく生きていたなぁ。A種の加護があるだけのことはある。
「リズさん酷いですよッ!僕一人にあの化け物の相手をさせるなんて!消えたから良いモノを洒落にならないですって!!」
「悪かった。正直すまん」
「僕の扱い酷くない!?自分の役割はわかってるつもりだけどですねッ。惨い!ですよ」
やけくそ気味に叫ぶグレイズにリズは僅かながらに罪悪感を覚える。仕方がないんだ。役割的にあれほどまでに囮に適した者はいない。タンクは敵からの注意を引き攻撃を受けるパーティ戦における守りのかなめ。異常な再生力とたっぱのデカさに意識せざる負えないあの見た目。ついつい昔が懐かしくて甘えてしまった。でもそれは、こいつなら死なないと信頼した上での判断でもある。
おぶさるアリスになでなでと頭を摩られるグレイズ。そしてベタベタと俺に張り付くベルタ。
結果として誰一人欠けず生き残った。
・・・奇跡的だ。
妙な一体感が久しく遠い記憶を蘇らせる。仲間とはこういうものであったなと。苦くも美しい若かりし頃の青臭い記憶が蘇る。