”死神”とまで揶揄されるほどまでにリズは仲間を死なせ自分ひとり生き残ってきた過去がある。安息を求める仲間と、未知を追い求め刹那に命を注ぐリズとの意識のすれ違い。冒険者としてのランクが上がる程それは浮き彫りになっていく。Bランクに上り詰める頃には誰一人として仲間は残っていなかった。意識と才能の壁が容赦なく間引いていく。上位ランカーにソロが多い理由の一つがこれだ。ランク持ちまでいくと何でも一人でこなせる様になっている。
冒険の渇きを埋めるためには危険な場所へと赴くしかない。だからか、みんな俺一人置いて死んでいく。誰一人ついてこれない。いや、その領域に至れたのが俺一人だったという話か。
どれほど経験を積もうと死は唐突に訪れる。それもそのはずだ。仲間との冒険に対する意識の乖離が生み出した結果がこれなのだ。安住と刹那の刺激を求める者が相容れるはずもなく、それに気が付けないまま邁進し・・・一人になっていた。
だが、それでも楽しかった。楽しかったと言えてしまう。
死神と糞みたいな陰口を叩かれようとも気にしたことなんてなかった。寧ろ誇らしく感じていたほどだ。つまるところ俺は仲間の悲劇をも冒険を彩るスパイスの一部としか認識していなかった。死は際どさを浮き彫りにし冒険に彩を添える。死人の数だけ過酷さを際立て武勇を高まらせる。それほどまでに数多の名も知れぬ冒険者の死体で踏み固められた世界に魅せられていた。
・・・・そのはずだったんだ。
ある時の話。取るに足りないランク外・・通称”
・・・それは偶然でありただの気まぐれの出来事。彼らの運が良かっただけ。
リズは冷気渦巻く雪原の中をいつものように一人で近場の都市へと帰還中、血の匂いと複数の気配を感じた。興味本位で付近を探ると息も絶え絶えの冒険者がお互いに身を寄せ合い魔獣に対して身構えていた。敵は四足歩行の魔獣が6匹。それに対し冒険者側は5人。そのうち一人はどうやら気絶している。
戦況を見るに全滅一歩手前といったところか。リズは丘の上から見下ろしながらそう判断を下す。たいして珍しくもない光景。魔獣たちは頭がいい。吹雪いてきたところで帰還中の冒険者に奇襲を掛けたのだろう。帰還中はどうしても気が緩みやすく、その瞬間を狙われたか。
寒さをモノとしない魔獣たちは体色が白く姿が捉えずらい。雪の中での戦いは魔獣側が基本有利であり熾烈を極める。冒険者初心者はこの洗礼を生き延びれるかどうかで今後の生き方が決まる。都市内でセコセコとちんけな依頼をこなすか、恐れず冒険に出るか。嫌でも現実というものを思い知らされる。
(・・・これは死んだかな)
足元には火の消えたカンテラ。火元は冒険者の手元にもう一つ。あのサイズのカンテラが展開する火の結界は有効範囲半径約3メートル。その中でなら寒さで死ぬ事も無い。
だが怪我人を抱えたまま身を寄せた所でどうしようもない。魔獣たち何度も言うが頭がいい。最初の奇襲でカンテラを持つ先導役を潰し足手まといを作ることで移動に制限を掛けたか。帰還中はカンテラの炎の勢いも弱くそんな炎では魔獣は恐れない。炎の勢いを考え余裕をもって帰還しないとこういったリスクが生じる。膠着状態が長く続けば灯された火はいずれ消えてしまう。火の大きさから猶予はあと少し。
この様子だと燃料の火石も持ち合わせていな。依頼を達成した帰りであろうと確信する。金が無いような末端冒険者はどうしてもギリギリを攻めねば稼ぎにならない。外界探索にはそれなりに準備費用が嵩む。
このまま魔獣たちは時間を稼いでいればよい。あらゆる角度から来る散発的な攻撃で挑発しながらストレスを刺激する。
必死に身を守る冒険者たち。反撃を試みるも雪の迷彩で対応を誤らせる。
鮮血が雪を染める。更に倒れる仲間の姿に動揺が広がる。
――――――ほらまた対応が甘くなる。
動揺を察し攻め時だと判断したのか同時に圧し攻める二匹の魔獣。勢いよく爪を振りかぶる。
ズギャンッッ!!!
倒れこんだのは・・・意外にも魔獣の方であった。
雪の中で迸る紫電。今のは電撃系の魔術・・・珍しい事に”魔術師”がパーティ内にいたようだ。
魔力を阻害するこの雪の中で術式を崩さず行使できるのは魔術師しかいない。”スキル”による魔術を使える冒険者は多いがそれは使えるだけであって魔術師を名乗れるほどの知見を兼ねそろえているのではない。威力もキレもまるで違う。雪の届かない結界内ならば十全の威力を発揮できる。結界外に出た魔術は雪によって効果が減退し散るが3,4メートルは形も威力も維持する。あれならば殺傷力も高い。
だが今の一撃で魔獣側も動きを変えてくる。普通はこれで退散するがそれをしないということは・・・・なるほどこの気配はあれか。そこまで無理に攻める必要はないのか。足止めさえしていればあとはどうにでもなる。
魔術の使用回数も限られている。さあどうするんだ。”余り”時間は無いぞ。
いつの間にか何かを期待するような心持で俺は冒険者の行く末を見守っていた。それは最初で最後の後悔。若き頃の俺が失敗した状況とよく似ていたからだろうか――――――
吹雪が次の展開を推し進めようとさらに吹き荒れていく。状況はさらに悪くなるばかり。先に動いたのは冒険者だった。そうだ、動くしかないのだ。
魔術師はカンテラを構え―――――無事な二人を連れ駆け出す。
残りを囮にして。
(・・・・・・・)
なんとも有り触れた幕引き。なぜだかリズはがっかりしていた。
別におかしな判断ではない。残酷にも思える行為だが死んでしまっては意味がない。雪に閉ざされた外界を探索する者は必ず帰還するようギルドから強く推奨されている。外界は特別な火が込められたカンテラがなければまともに探索ができない危険地帯。特に詳細も分からない空白地帯など積極的に探索する者はそう多くない。
地図上ではまだ探索されていない未踏の空白地帯。そこに何があるのかを確認しギルドに報告すればかなりの報酬が得られる。ギルドの職員と懇意にもなれる。たとえランク外の
一番大きいのはやはり火を一手に取り扱う火継守への取次をしてくれることか。ランク外の木っ端冒険者が受けるには過剰なまでのサービスの数々。なぜそれでも外界を探索する冒険者が少ないのか。答えは単純。帰還率の低さにある。だから重宝もする。
そう、ああそうさ。彼らは何も間違ってはいない。そう何も・・・どこからどこまでも同じ行動を辿る冒険者たちに少し苛立つ。まるで過去の自分を見ているかのようだ。やはり俺は仲間を見捨てたことを後悔しているのか。思えばあれが分岐点だった。あれから俺は仲間を仲間として認識できなくなった。表面上では仲間だと取り繕っていても結局は都合のいい冒険への付属品としか見れていない。何も期待しちゃいない。思い出を美化するだけの添え物としての役割くらいにしか思っていない。悲痛な叫びをあげ逃げ、俺たちの背に助けを求める仲間の声が忘れられないのに町に無事に辿り着いた時、見捨てた罪悪感よりも生き延びたことへの喜びと満足感がたまらなかった。俺は心の底から笑っていた。楽しかったと笑えてしまう。
・・・・・・・それでも時たまに思う。もしあの時仲間全員で生き延びていれば何かが違ったのかと。
囮を置いて一目散に離れていく冒険者を尻目に魔獣は警戒しながらもゆっくりと置き去りの冒険者に近づく。逃げた冒険者を追うつもりはないようだ。
それもそうかあの先には・・・・
我慢できなくなったのかその内の一匹が瀕死の冒険者に齧り付いた。魔獣の噛みつきは岩をも砕く。人間では到底耐えられるものではない。人体など容易く破壊する。
だが、捉えるはずだった冒険者の体は忽然と消える。踵を返そうとした俺の足は思わず止まる。
バチバチッ!
空気が弾ける音と共に再び紫電が走る。群がるように集まっていた魔獣どもの体が焼き焦げ雪が舞う。何が起きたのか分からず狼狽える魔獣たち。それでも俺の目にははっきりと捉えていた。
死に体の冒険者の幻術が消えそこから現れたのは逃げたはずの魔術師。
まさかの幻術。囮の体は最初から幻。先に逃げた冒険者は動けない仲間の体を幻術で偽装して担いで逃げたというのか。魔術師が己を犠牲にしたのか・・?冒険者において魔術師の価値は計り知れない。それが囮を引き受けるなんて、それほどまでに固い絆があるということなのか?
だが、どうして冷気の中を動ける。カンテラは残り一つだけだったはず。あの魔術師はどうやって寒さを耐えているんだ?そもそもこの雪の中でどうやって幻術を維持できる?
リズの疑問は直ぐに氷解する。舞い上がる雪がブワリと風で薙ぎ払う。幽かに輝く赤の光。魔術師は杖を右手で構え、左手には火が燃え移っていた。
凍死しないようにするために自身に継ぎ火した!?しかもあの状態で幻術を維持し続けていたというのか!?
素晴らしい集中力、凄まじい覚悟たるや。人生の瀬戸際だからこそ実行できる決断。それでもここが限界、傍から見ても衰弱している。好機を逃すはずもなく魔獣が襲い掛かる。
魔術師が笑みを浮かべているのは仲間の安全を確信したからか。とても満足したものであった。
「ギャギッッ!!」
魔獣の背後から矢が飛来する。完全に予想外の出来事で魔術師は唖然としている。この状況での援護。誰が来たかなど語るべきことでもない。まさか戻って来た?仲間を助けるために?
そのまま奇襲を受けた魔獣たちの勢いは瓦解する。魔術で数が減らされたこともありそのまま一気に殲滅された。
涙を流しあるはずのない再会を果たす冒険者たち。傷を負いながらも皆が皆、笑い合っていた。
肩を借り過ぎ去る一団の背中を眺めながら俺は居た堪れずにいた。彼らの笑顔があまりに眩しすぎた。光に煽られ影が差す。
どうしようもないほどに俺は一人だった。
ああ俺はどうして今も一人なのだろうな。いつからか、どんなに危険な場所への冒険を果たしても満たされぬ心。
答えは簡単だ。それを共有できる存在がいないからだ。どんなに素晴らしい財宝も壮健な光景、未知なる出会いも語り合うべき相手がいなければ何の意味もない。
そうだった・・・俺はただ、みんなと同じものを見て肩を組んで大笑いしたかっただけなんだ。酒場で旨い酒を飲み交わし朝まで語り明かす。それだけでよかったのに。
いつからだ。あんなにも欲っしていた名声がどうでもよくなったのは。
「・・・・・・・・ふくくく、ほんと。今更だよなぁ」
名声は重く圧し掛かる。その名に恥じぬ働きをしてきたつもりだったがそれが高まるほど俺を孤独に追い込むジレンマ。憧れと恐れと嫉妬の混じった視線。名声はその人間を見る者の目を曇らせる外装。
皆は俺を孤高だと称するが本当は仲間が欲しかっただなんて、俺は今まで何をしていたんだ。
「―――――――――――まだ、間に合うか」
冒険者になりたての頃、辛いことばかりの生活であったがそれでも当時はたくさん笑っていた気がする。
今は、どうだろうか。ちゃんと笑えているだろうか?一人では、なにより自分自身では確認のしようもない。
俺も、あの冒険者達のようにまた笑うことができるのか。
・・・・・・・やっぱりあの依頼、受けてみるべきか。
「ああ、とても尊いものを見た。進むべき道が示されいい気分だ。だが、その前にやっておかないといけないなぁッ!」
ズズン!!と、積もりし雪を震わす足音。吹き荒ぶ銀幕の奥底からその巨体が徐々に正体を現す。存在はずっと感じていた。予定にないイベントだと見向きする気も無かった。金銭に余裕もあり普通なら無視する相手。
だが悩みの途切れた清涼沸き立つこの読了感を台無しにしたくない。そう、ただの気分だ。
このまま無残に冒険者たちが殺される希望のない結末なんてケツ舐めやがれってんだ。例え相手が災害指定の害獣であろうとも邪魔はさせない。
ようするに・・邪魔なんだよおまえが。
「――――これはまあ、サービスだ。新たな冒険者達に祝福あれ!うおあおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉッッ!!!」
この時の俺に負ける要素はどこにもあるはずがなかった。
この日、都市の近くで放電現象が確認された。それは次の朝方まで続く稲光。夜がまるで日中の如きしらけさを保ったとのこと。翌日、その首をもって資金を確保し俺は三大禁忌の定期評価のための集団調査に参加することになる。
素敵な仲間を夢見て新たな門出するつもりだったのだ。
「・・・・・・・そうだこれなんだ」
そして今。これほどまでに充足していたことがあっただろうか。心臓の躍動が彼らとならここを脱出できると確信させる。何の根拠もない。でもこの出会いは値千金にも勝る。アリスとかいう化け物に勝利したこの結束感こそ俺が求めていたものじゃないか。
ベルタの手を借り立ち上がり、グレイズの元へとフラフラとした歩みのまま近寄る。浮ついた精神が心なしか歩みに表れている。すぐにも倒れそうだが、それでもみんなで健闘したくて堪らなかった。
だからか、俺は全く背後に気を留めていなかった。ベルタとの共闘とその麗しい見た目でどこか油断していたのかもしれない。勝利した後こそ気を引き締めなくてはいけない基本中の基本も忘れ、ただただ浮かれていた。欲しかったものに触れ言語化できない熱に浮かれてしまった。
思い出さねばならない。この共闘はあくまで一時的なもの。倒すべき共通の敵がいなくなればどうなるかなど、終わった後まで見据えていた者からすればこの瞬間こそまさに絶好の機会と言える。
バラララッ!!
乾いた銃声が、鳴り響く。
「―――――――」
最初何が起きたか理解できなかった。思考に空白が生まれる。いや、理解しようとしなかった――――
頭を撃ち抜かれ倒れるグレイズ。
その動きはとてもゆっくりで緑の大地に倒れこもうと、
「う、ぐおおおあああああッ!?」
せず、足を踏みしめこちらに駆け出す。
同じく俺の脇を通り抜けベルタが機関銃を乱射しながらグレイズに肉薄する。
――――――――!
一瞬、目が合ったがベルタは構わず駆ける。
そうだ。そうだった。ベルタは―――敵だった。敵らしからぬ奇天烈な態度も全ては演技か。
リズは吸い寄せられるように後を追う。思い起こされるはベルタとの会話。ほんの僅かな間ではあったが魔境の住人との会話は困惑しつつも可笑しく楽しいものであった。
その背を追随する内に芽生えた感情の一切を過去のものとしていく。
忘れてはいけない。この女も存外に化け物であることを。
「ベルタアアアアアアアアアアアアッ!」