ベルタはテキパキと装備を整え懐から取り出した器具をリズの首筋に打ち込む。流れ込む液体がリズを無力化する。
・・これで暫くは目を覚まさない。手に持った心臓は・・もう必要ないし手首から斬り落としておこう。地面に落ちた時点でもう媒体として機能しない。神は認めないだろう。
そう考えると敵を殺しつつ自身を強化する流れは無駄がなく美しいなあリズ。はっきり言って媒介が一々必要な、それも他人の部位がないと効果を発動できない魔術なんて使いずらい。
狙いも読みやすくなるし、一対一ならともかく複数と戦う場合部位をどうやって回収すのか。疑問なんだがベルタが実演したように超再生で心臓を再生した場合前の心臓は媒介としての役割を果たせるのだろうか?
ダメだ想像が及ばない。こういう回りくどい魔術をこちらでは使うことがまずないから判断できない。もっと使いやすい魔術使えよとも思うが仕方がないことか。いや、そもそも魔術をまったく習得していないのではなかろうか。魔力による自己強化はしているみたいだが。
ああ、かわいそうに。初期の魔術はいくつも失伝してるし、まるでタイミングを見計らったように魔術学会が一部の魔術を独占したせいか一般への普及を積極的に阻害している。魔術学会は多くの国に点在するがその実、本部が設営されている聖王国がほとんど独占している状態だ。開示するにも何かと金、金。ゴミみたいな魔術を高額で売りさばく糞である。もはや拝金主義者の巣窟だ。魔術師が増えれば競合者が増え、深淵への門を狭めるんだろうけど暗き穴の先に座する深淵の探求はそんなにも魅力的かね。そんなことしている暇があったらさっさと外界の空白地帯とか他のダンジョンマスターをなんとかするべきなんだが、じゃないと人類滅んじゃうんだけどなー。
だからこそ帝国みたいな独創的な祝福と神言魔術の可能性に魅せられた国が現れる。国としての歴史が浅いくせに信仰の多様性で聖王国という一神教と戦り合えるまでに成長するんだから面白い。
「なあ、君もそう思うだろ?」
「・・・・・リズさんをどうするつもりだ」
枯れ木のような炭化した体は鳴りを潜めいつの間にやら復活を果たしたグレイズ。その体は獣人形態ではなく人間の姿だった。剣を構えこちらをを見据える。そのまま寝ていればいいものをなぜ立ち上がるんだ。汗だくじゃないか。必死だね~。
「その剣飾りじゃないんだ」
「答えろ!どうするのかって聞いてるんだッ!」
「う~ん、彼はどうしても生かしたいから、今からダメもとでマスターにお願いしに行くよ。まあ、十中八九死ぬだろね。はぁ、やだな~やだやだ」
「それを聞いて素直に通すとでも思ってるのかッ!」
「・・・・???・・・・あ、ああ~~ここって笑うところ・・なんだよね?うーん、人間のこういう冗談って好きじゃないな~止めるって、いやいや獣人君じゃ無理でしょ」
ベルタはゆっくりと近づきながら困った表情で丁寧に指摘していく。
「まず剣なんか構えているけど本当に使えるの?獣人擬きのほうがまだ可能性があるよ。せっかく異能も成長してたのになんで変身解いた?魔術も身体能力増強ばかり。だったら異能を使うべきだよ。なぜそこまで獣人の真似事に拘るのか知らないけどここにきて拘りを捨てる意図がわからんね。拘りって要は君にとって絶対に譲れない領域なんでしょ。すごいよね聖王国ってあの人喰いどもと敵対しているのに差別の強いあの国で敵をリスペクトしてるんだから」
「ぼ、僕が人喰いどもの真似事を、、しているだ、とっ」
「違うのか?」
「貴様ァッ!!」
抜き身から放たれる剣。元の姿でも大量の魔力がある。強化魔術と磨き上げた技を重ねたこの斬撃を回避するのは不可能!!
意気揚々に振りかぶるも、相手は避ける素振りも見せない。
――――その余裕に満ちた面が気に入らない!ふざけやがってッよりにもよって僕があの人喰い畜生どもの真似事だとッ!?舐めるのもいい加減にしろよおおおおおおッ!!
さあっ聖句よ!
「祖ッたるは!望まれぬ落胤【強――――」
「いや、遅いよ」
グレイズの眼前で火花が散る。
ベルタの拳による連撃が炸裂したのだがそんなことがわからぬほどの速さ。突き抜ける激痛が飛沫となり後方へと吹き飛ばされる。何をされたのかまったく理解できていなかった。
「グ―――ブェ―――あああああアッ―――」
グレイズはベルタとの間に超えようのない実力の差を再確認させられる。今の僕ならどうこうできると思ったのは傲りなのか?
あれ、なん、だ。あれ、僕は確か。
そもそも今、何された?一瞬で意識が消えそうになる。暗い点滅が瞬くたびに意識が引き戻され、また遠のく。
なんだ、あの目・・・・僕のことを敵とすらも認識してないの・・か。
僕は未だに何者にも成れないのかよ。いつになれば僕は――――――ッッ!!!
「―――――だからッなん、だってんだあああああアアアッ!!」
それでも踏みとどまり・・・強引に剣を振り下ろす。何がグレイズを突き動かすのか、彼にもわからない。あるのはちっぽけなプライドとつまらない矜持。後退の道など既に閉ざされていた。彼はあの日誓ったのだ。
そんな執念に燃える男の姿もベルタの目には冷たく映しだされる。
「そんなにがむしゃらに振るもんじゃない。剣はこう、使うんだよ」
ベルタによる【蔵書】の使用。虚空から取り出された漆黒の剣。それを構え、襲い掛かるグレイズの剣を断ち切った。
動作のすべてが淀みなくグレイズにはそれが美しく思えた。自分には決して到達できる領域。透き通った水面に一つの波紋が広がる。
グレイズは膝から崩れ落ちる。切り刻まれた剣が完全に敗北したことを如実に語る。
「なん、で・・ッ」
「いや当たり前じゃん。偉大なるマスターによって生み出された守護者が外界の人間に負けるはずがないじゃん。そもそも――――」
やめろ。それ以上しゃべるな。ベルタが次に発する言葉。それを聞いてしまえば積み上げてきたこれまでが壊れてしまいそうで――――――
「――剣の適性が低いベルタちゃんから見ても、君って正直、まるで全然剣の才能が無いよねー」
「―――――う、う”ああああああああああああああああああ!!」
「そんな無駄なことするよりも・・って、あー」
そのまま耳を抑えグレイズは逃げ出す。そのみっともなく逃げ出す後姿はあまりにも情けなく哀れに感じた。追撃する気にもないほどに。そも実力的に敵として認識すらしていなかったからこそどうでもよかった。
「・・・あの再生力は面倒だけど、弱いし放置でいいか。勝手に死ぬ・・・・・・あれ?よく考えたら
ベルタは切っ掛けを作るだけに過ぎない。対象の力を利用して死を誘発させるのは楽でいい。その対象の在り方が鋭ければ鋭いほどよく刺さる。
禍根の象徴たる不死者であろうと例外ではない。この世に生まれた時から不死である生物はいない。先天的に保持する不死性とは死を押し退けるまでの溢れる生命力のことである。長寿の血脈を持つ者たちは基本このタイプ。死から遠くも絶対ではない。
そして歴史上、不死者と謳われる存在はなんらかの後天的な要因で変化した者らの総称。元は不死とは無縁の一般人。不死者になると生来持ち合わせた気質をも歪め不死性を獲得する。
どこから捕まえてきたのやら今では珍しい歴史の立証人。”祈り手”最強の【氷結界域】のお嬢様がまさにそれだ。
不死者を殺すには不死殺しの兵装を使用するのが一番だが、わざわざそこまでしなくてもベルタの組んだ術式なら生あるものならば必ず殺せる。夢の中では絶対性の裏打ちとなる力の象徴も持ち込ませない。原初の記憶を呼び起こし遡らせる。なんだったら精子や卵子の頃まで遡らせるのもありだ。本来のありのままの自分を俯瞰させるなら胎児の頃で十分。意思があるかもわからぬ段階でもまごうことなき本人なのだ。誕生には常に死が寄り添う。まだ人ではない獣と何ら変わりのない胎児に生と死以外に何があるというのだ。ただ生きるだけの存在にはそれしかあるまい。究極までに二極された境目が挟み殺す。
ま、夢を見なかろうが捏造して殺すんだけどね。それぐらい無茶苦茶理不尽な魔術なのに全部不発とかどういうことなんだか・・
夢で現実を上書きし無理やり奴は蘇った。奴には回帰すべき更なる幼少期が存在しない。まるで最初からその姿が一であり全であるとでも言いたげだ。これでは効きが悪いのも頷ける。なにより奴の奥底には何かが潜んでいた。干渉された可能性も大。
やはりあれは生物ではないのかもしれない。夢、奥底に潜む何者か。あまり、考えたくないが可能性が頭をよぎる・・・・
・・なら、獣人君はどうして生きてるんだと疑問を抱く。まちがいなく即死だったはず。
夢の中では不死性が面倒だからと異能を獲得する前まで遡らせ再生力は排除したはずだが・・・・もし夢に干渉できる第三者がいれば即死は防げる。そしてA種は誰かが見る夢の住人、夢の扱いは手慣れているだろう。
リズを担ぐ前に一度周りを見渡す。霧の立ち込めた草原が悠然と広がるだけで特に変なものはない。浸食しきれていない現実世界の瓦礫が異物に感じるぐらいだ。
やはりいない。あの正体不明なA種の姿が消えている。あの獣人擬きを追ったのか。
(・・・・)
もしかしてとんでもない相手を見逃したのかもしれない。果たして逃がした魚は大物かそれとも、、
考えても答えなんてない。完全に世界が塗り替わる前に脱出しよう。今はどうやってマスターをどう説得するか考えるんだ。
でも、失敗するのは目に見えているから、できるだけゆっくり行こう。この歩みが断頭台への階段に変わる前に、永劫にも思える一歩にしよう。