――――ズズン!
これで何度目かの振動。落ち着きとは無縁なダンジョンに恋都も初期の頃は息を飲んでいたがこうも繰り返されると普遍化してしまう。
慣れとは恐ろしいものだ。一々反応するのも億劫になる。それよりも天井がいつ崩壊するかが心配である。ここは未だに最下層。生き埋めだけは御免だった。
「む」
急に動きを止めるヨルム。担ぎ上げられた俺は何事だとヨルムの見据える先の見えない暗闇通路に意識を注視するがよくわからない。
キンッ
凛とした金属音が響き何かが地面で跳ねヨルムの足元まで転がる。
元の世界で聞き慣れた音。恋都はすぐにそれが銃弾だと結びつく。この弾の形状、まさか狙撃されているのか。
「おい、狙撃されてるぞ」
「そうみたいじゃな。なにも問題なしじゃ。行くぞ~」
まるで気にすることなくヨルムは軽快に歩み続ける。その姿はまさに強者そのもの。キンキンと引っ切り無しに地面に次々と転がる銃弾。銃弾はこちらに届くことはない。何かに阻まれている・・?
姿なき相手も効果がないと悟ったのか攻撃が止む。
それで諦めたのかと思えばドッ!と大きな銃声が響くのであった。
――――が、コトンと何かが床に落ちゴロゴロと転がるだけであった。結果はまるで同じ。
さっきとは打って変わって重厚で大きな銃弾。なんだこれ、対戦車ライフルでも撃ってるのか?こんなの人に向けて撃つもんじゃないだろ。姿なき敵の殺意の高さが窺える。
「♪~ほれほれ、返すぞ」
ヨルムは床に転がるそれを空き缶を蹴るかのように警戒に蹴り飛ばす。銃弾は闇に消え少ししてから激突音が炸裂する。
ズズンッ!!と、また一帯が揺れる。
・・・なんか無茶苦茶だなこの子。少し聞かされてはいたがヨルムは一定以上の速度の伴うモノならなんでも増幅もしくは減退が可能とのこと。弾丸が効かない理由はこれだろう。銃弾は失速しここまで届かないのだ。
異能ってすごい、そう素直に思った。勇者である俺にもあるはずなのだが未だに実感が掴めずにやきもきしてしまう。
少し進むと先ほどの銃弾で崩壊したと思われるT字路の壁に行き付く。そこにどこぞの部隊員めいた死体を見つける。意匠は違うが前に見た死体と似ている・・・
「やはり、か。まさかとは思うたが解せんな。なぜこやつらが我を襲う?」
「あー・・・・そもそもこいつらってどこの誰なの?なんかそこらで死んでるんだが」
「こやつらは黒殖白亜と言っての、ここの防衛や環境保持を主にする守護者の中でも精鋭だけで構成された特殊戦闘部隊じゃ。我ら異能開発部隊”祈り手”と共に特定種別A種の撃退に参ったのじゃったが・・・の」
ようやくダンジョン内の勢力が把握できてきた。あのエプロンドレスの少女がA種とやらなのだろう。A種が不測の事態で逃げ出しそれを始末するために二つの系統の部隊が総出で処分しようとしている。
やっぱりここって研究施設なのではなかろうか?実験体はもちろんA種であり、ヨルム達は管理職員。そんな印象を受けた。
「む、こやつ何か持っておるぞ」
ヨルムは床に伏せた黒服の死体を無警戒に足で転がす。
ポシュッ
気の抜けた音と共に何かが死体の陰から舞い上がる。
――――ブービートラップッ!!?
恋都は気が付くとヨルムの肩から守る様に身を乗り出していた。
ボン!
と身構えするには弱すぎる爆発に耳を疑う。
(・・・・・・?)
小規模な火薬が爆ぜる。思ったよりも衝撃はなく・・いや、何もなさ過ぎる。というか無傷。
どういうことだと真っ先にヨルムに視線を送った。
「安心するがよい。瞬発的な膨脹、爆発力の伴う一撃は我が異能の前では格好のカモにしかならん」
「・・・異能って滅茶苦茶だな。ヨルムちゃんみたいのが他にもゴロゴロいるのか」
「案外そうでもないのじゃがな。ほとんどのメンバーは”オリジナル”に比べればカスみたいなもんじゃし・・・それよりも庇ってくれて我は嬉しいぞ!やはり不死者は体を張ってこそ健全じゃな!」
その一言からなんとなく終末大戦での不死者の戦い方に察しがついてしまうのだが・・いや、それよりも。
「待てオリジナル?どういう・・・まさかその異能は後天的に与えられたものなのか?」
「おお!察しがよいのっ!まさしくその通りじゃ、この力はA種と同種のものなのじゃ」
「いったいどうやったらそんなことが・・」
「なあに簡単な話じゃ、A種の因子を脊髄に植え付けるのじゃよ。祈り手のメンバーは皆その洗礼を受け生き延びてしまった哀れな適合者じゃ」
薄々感ずいてはいたがやはりそうなのか。
自嘲気味に語るヨルムの眉間にしわが寄る。触れてはいけない琴線に触れてしまったか。
「ふむふむ、残りの奴らは撤退したようじゃの。判断が早い。ふむむ、少し語るとしようか」
歩みを再開しながらヨルムはぽつぽつと語り出す。ヨルムは思い出した記憶をフラメンツであった空白期間にパズルのピースをはめ込むように情報の整合性を求め導き出す。記憶なき頃のもやしのような”私”の時代もまごうことなく”我”なのだ。随分とぬるま湯に浸かっていたのだな。
「ここはの、まさしく地獄なのじゃよ。多くの実験体が痛みと苦しみの中で産声を上げ蠢いておる。守護者どもも哀れじゃの。己が何者かも知らずに実験に加担しておる。全てはゲームマスターの手の内というわけじゃが・・・ああそうじゃった。はっきりと思い出した」
「・・?」
・・・知らないワードが盛りだくさんだ。聞きたくても迂闊に手を出せないのが辛いところ。
「A種・・・あれの正体が何か予想はつく。忘れもしない・・大戦中に列強国が呼び出した異界の化け物ども。その中の一人、大戦末期に現れた奴の顔と名は一生忘れまい。”不思議の国のアリス”と呼ばれた
その名を聞いて恋都の頭に頭痛が走る。なんだ?どこかで聞いたような名前。既視感が脳裏を這っていくがすぐに行方がわからなくなる。
どこかで女の声が誰かを笑った・・・気がした。
「この先地獄が待っておるが行ってみるけ?」
恋都はただ頷くしかなかった。
◇
長い階段を下り進む事数分。大きな扉が現れる。まるで核シェルターでも完備してあるような硬い守り。
扉のこの辺りからどうにも古ぼけている。施設としては初期の段階で建設された区画だろうか。時代の境目を感じさせる寂れ具合。
既に何者かが訪れた痕跡が残っており扉が幾重にも破られ、重厚だった扉の破片が床に転がっている。扉は凄まじい力でねじ切られたかのような呈そうであり、おまけに変な匂いもする。当たり前の如く血がこびりついている。既に先客がいることに他ならず周りを警戒しながらヨルム達は進む。
その先に待ち受けるものとは・・・
(これは・・・やっぱり)
「ふむ、あまり驚かぬのじゃな。それとも驚きで声も出ぬか?」
「いや、十分に驚いているが・・これはすごいな」
扉を抜け、カンカンと音を立て階段を昇り上の通路から見渡す。そこにはたくさんの円柱状のガラスで張られた装置がいくつも直立しており、中には体に悪そうな緑色の液体で満たされている。
その中には人間が器具に繋がれ浮いていた。薄暗い一室は鈍い緑の発光で怪しさに包まれる。
恋都はそれを見て強い関心を覚えた。研究者としての興味、そして納得。やはりこのダンジョン全体が研究施設なのだ。そろそろダンジョンの概念がよくわからなくなってくる。
「我は昔ここにいた。因子を埋め込まれた後はしばらくをここで経過を観察し、形が崩壊しなければ適合となる」
「じゃあ、こいつらも全部・・・」
「いや失敗作じゃろな。形が崩れかけておる。この中にいる間は何とか維持出るじゃろうがそう長くはあるまい。まあ外に出したところでもはや自発的に呼吸も食事もできぬじゃろうて、哀れよのぉ」
これ全部が、か。数は優に50は超える勢いである。中に詰められた実験体のいくつかは体組織を崩壊させどれもが色を濁らせている。昔、研究のために俺が投薬したアウターみたいだなと懐かしむ。あれも自己崩壊した個体がいた。
「・・・・・おまけに騒動が原因で生命維持装置が切れてしまっておるようじゃが、むしろこれでよかったかもしれん。あ、別におんしをせめておるつもりじゃないぞっ。生き延びたところで実験の日々しか待っておらんし、使い潰されるのがオチよ」
「・・・そもそも、これってなんのための実験なんだ。ゲームマスターは何を目指している?」
「わからぬ。そもそも適合者の選定・・・・異能の発現は本筋ではないと噂で聞いたことはあるのじゃが・・・守護者どもも知るまい」
異能の発現がおまけ?ようは元の世界における超能力開発にあたる。
人類って追い詰められると、とんでもないことをやり始める。元の世界では化け物の検体から細胞を取り出しアウターに植え付けることで新たなる能力の拡張を行う実験に心血を注いでいた研究者グループが存在した。成果はあり確かに能力は発現した、だがそれ以外の機能が使い物にならなくなるという欠陥付きではあったし偶然の産物であった。結局法則性も解明できないまま計画は頓挫した。
しかしどうだ。ここでは能力開発のプロセスを確立していることに他ならない。それをよそに優先して行っている実験とはいったい?
「A種ってのはここでは作られてないのか?」
「ここではない別の場所じゃろうがそれがどこかは知らぬ。900年近く生きているとは言えここは広い。何より祈り手は移動制限がかかっておる。まあとにかくあれがこのダンジョンの根本に関わる存在なのは間違いなかろうて。なんせあれは勇者の血を引いておる」
「異能は遺伝するのだな。どおりで・・・でもなぜにあれが勇者の子孫だって断言できる?ここじゃあ異能が遺伝するのは一般常識なのか?」
A種が勇者の血族だとしても900年以上昔の存在の血がなんの変化もなく受け継がれるはずがない。血は取り入れた別の血が混ざり、薄れ、もはや別種のモノとなる。何を根拠にヨルムはそう断言するか?
彼女の表情からは確信めいた自信を感じる。
「A種は勇者アリスと非常に似ておる。異能によってその姿形には明確な差異はある。我が合いまみえた時よりも成長した個体もおる。じゃが実際に相対してみてよくわかった。雰囲気といい世界から”浮いた”俗世離れした空気、捉えどころのない実体。今でも昨日の様に思い出す。これは勇者アリスと同種のものだとの。くふふ」
ヨルムはどこか興奮気味に語る。
恋都も普段であれば言っている意味が理解できず、ただの思い込みだと断じていただろう。
だが俺も似たような感想をある人物に抱いていたではないか。そう、イグナイツの存在を。奴もまたどこか浮いている。
「じゃあそのオリジナルである勇者アリスがここにいる可能性があるのか」
「む?――――あふはははははは!安心するがよい。勇者アリスは大戦中にくたばっておる。そのことを知らぬとはおぬしはやはり相当前の過去から飛ばされたようじゃの。それならば奴の死が大戦を終わらせる切っ掛けになったことも知らぬのか」
恋都は少し迂闊な問いかけだったと肝を冷やしながらも疑問を投げかける。大事なのは自然さだ。動揺はするな。
「どういうことだ?大戦を終わらせた?」
「奴が最後にしでかしたことが原因となり戦争どころじゃなくなったのじゃ。伝説では悪の不死者軍団は列強どもに負けたとされておるが、実際には痛み分け。双方に多大なダメージを負わせ戦う余力すら奪っていきおったのじゃ・・・奴はまさに最後まで我々にとっての死神でありおったわ。ああも同胞を殺してみせるか、まったく!憎たらしい宿敵じゃよ」
「・・・・・・なにがあったんだ」
不死殺し。
無視できないキーワード。俺がこの世界に来てから考えていた可能性であり不死者が伝説上の存在となってしまった要因。やはり不死者を殺すすべがあるのは確定か。
「我はその時、戦地におらず物資の運送に終始しておったからの。我が属する叡智派はもはやその大戦で勝つつもりもなく、一度姿を隠し寿命の長さを生かし敵国に紛れ中枢機関に入り込み大規模テロを行う気の長い計画に移行しつつあっての。貴重な遺失物などの輸送中だったが、我の目にもあの光景ははっきり焼き付いておる」
それから長い沈黙が続く。それほどショッキングな出来事だったのだろうか。俺にとって重要な情報。焦りが心臓の鼓動を早くする。
「さてここで問題じゃ!当時天凛の塊であった我の目に何が映ったでしょうか!?答えてみよ!!」
「いや、そういうのいいからはよ、はよ」
「なんじゃ、ノリの悪い。って待て鼻に指を突っ込むな。女性にすることじゃないぞ!我の服で拭うのやめるのじゃ!ああもう悪かったッ正解は天が割れたじゃ!」
天が割れた。
つまり・・どういうことなのだろう?
ヨルムの小さな穴を弄りながら考える。
聖王国で見た薄暗い灰色に覆われた空を思い起こす。こっちの世界じゃ年中雪が降り積もり、空は鈍い光を共に放っている。暗くなると空は黒く染まり世界は闇に覆われる。夜はしっかりと存在する。聖王国には人工太陽があれども月や太陽、それどころか星の概念もこちらには存在しないのだ。ずっと曇り空の世界。フォトクリスは知らないと言っていたがやはり納得がいかない。この世界には時計が存在するのだ。時間と天体は密接な関係にある。それならやはりあの分厚い灰のヴェールの奥に空があるのではなかろうか。
「光の柱のような物が戦地でそびえ立っておった。あの時は皆その光景の前に圧倒されておった。開いた口が塞がらなかったのはあれが初めてじゃ」
異世界の住人である俺にはそれが雨雲に覆われた雲間からのぞき込む太陽の様に聞こえた。
「光は20秒程度ほどで収まったのじゃが、その光を浴びた者は敵も味方も関係なく全員塵になってしもうた」
「・・・は?塵?」
「今でもあれが何なのかわからぬままじゃ。魔術にしてもあれほど広範囲かつ装備品を残し生物だけを塵にする複雑のプロセスを術式に組み込むなど・・列強は勇者アリスの力とのたまうが、奴の力はもっと別のモノであった。直接相対した我にはそう断言できる」
ますます意味が分からなくなった。太陽の光ではない?塵になった?まるで意味がわからん。それも異能か?
「大戦後の他の勇者は王族や有力貴族と結婚するなりと一族に勇者の血を取り込むのに躍起になっておった。顛末は聞いたが終戦後の1年後に奴は死んだと公表されておった。あれ以降勇者アリスの名は聞かなくなったがどうも奴は列強国でも手に余る存在だったらしい。奴もまた例の事象で致命傷を負ったと聞いてはいたが・・・・そのままどこぞで飼い殺しにされたまま死んだんじゃろう。そのまま歴史からも消えてしまって・・・つまらぬ・・最後じゃよ。もう誰も・・・奴の事を知らぬ」
どこか、悲しそうに笑うのはなぜだろうか。
「まあ、その勇者がいないことはわかったけど・・・気になることが一つある」
「なんじゃ?」
「まず前提として聞いておくが大戦は何年で終結したんだ?」
「そうじゃのお、我が10の時に”あの”事件が起こったからそこから数えるに・・うむ、おぬしもよく知る”不落の日”の翌年から大戦は始まりそれから82年後に終結したぞ、まあ合意も公約も結んでおらんから公式に終結してはおらんが」
こいつ、記憶を失う前からして90年以上生きているのか・・めっちゃ年上じゃん。しかも何か重要そうなことも言ってるけど聞くわけにもいかない。不死者ならば知ってて当然の知識。今は記憶にとどめておこう。
「アリスが現れたのは?」
「奴が現れたのは戦争終結の2年前じゃな。異界より召喚された最後の勇者と認識しておる」
「実際に見たって言ってたけど何歳ぐらいだった?」
「我とそう変わらぬ様に見えたが・・・何が言いたい?」
つまり10才ぐらいか。
・・・・ん?
「いや聞いてた感じ勇者アリスって子供らしいけど子孫がいるっておかしくない?若くして死んだんだよな」
するとヨルムは一時置いて何を言っているのか理解したとばかりに頷いた。恋都は固まる要素あったかなと失言を気にする。
「あーそういうことか。まあ・・・戦争末期じゃからな。当時は奴隷に爆弾持たせて特攻させたり病気を蔓延させたりは基本じゃし、お互い倫理観を吐き捨てたような禁術や人体実験のオンパレードじゃったからの。そこらへん、まだ”お上品な”戦いをしていた戦争初期とは違うからして。心が疲弊すれば論理観も欠如する。国によって保有する勇者の扱いは天と地の差があったと聞くし、まあ”そういうこと”なんじゃろな。戦後の勇者の使い道など限られておる。奴はそのためにギリギリまで生かされていたのじゃろ」
それはまた哀れなことで・・・追い詰められると何をしでかすかわからないのは世界が違えど共通事項らしい。その時代に恋都は勇者として呼ばれなくてよかったと心底思うのであった。いや、今の現状もアレなんだが。取りあえず聖王国はクソ!それだけははっきりわかる。
「ん?誰だあいつら」
見下ろす先。装置の間を歩く人物に気が付く。白に黒とを基調とした服装。そうヨルムの格好と雰囲気的に似ている。
「――――――ッあやつら生きておったのか。ふむ行くぞ」
「てっうお」
俺を抱えたままヨルムは二回のフロアから飛び降りた。