オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第30話 早すぎた対決

 

 世界の均衡――――新たなる選択の啓示。深淵にまた一つ魔術の星が瞬いた。世界のどこかで誰かが驚いたかもしれない。ヨルムは静かにそう笑う。

 

 それは数百年ぶりの失われたはずの【氷結】からの派生魔術の誕生であった。

 

 樹界目録(テーブルレコード)・・そこに【雹月】の魔術とヨルムング・サナトリアージの名が刻まれる。誰もが忘れた古ぼけた不死者の名。

 

 これにより現代の魔術師に【氷結】がまだ完全に失われていないことが広まるだろう。

 

 【氷結】ヨリ分岐セシ新たな可能性。

 

 ――――だが残念!

 

 この魔術は我のみに扱うことが許された最果ての極み。決して誰にも真似させない無明たる深淵の詮術。異能と魔術、そして祝福が合わさり普遍的で当たり前な常識を塗り替えていく。

 

 つまらぬ世界の悲鳴が聞こえるようだ!もっと面白くしてやる。

 

 身体機能低下、体温低下、氷魔術威力増幅、エンチャントアイスそして、そして、そして。

 

 ――――その演目は無名。

 

 素知らぬ”運命”など介在させない。

 

 消える事の無い楔を打ち込んだ者だけにわかる情報の羅列。世界の一端とは真に奇怪なものである。これがまことしやかに囁かれし神の見る”世界”なのやも知れぬが必要のない要素は切り離す。

 

 それは・・・人には、ましてや不死者には不要。戦場は直接この手で制すに限る。

 

 

 

 

 術式の展開直後に天鳴が見事に不具合を起こし始めた。漂う小さな雪の結晶がその動きに呼応し蝕んでいく。これで火器の使用は不能となった。遺失物を搭載したあの機体に対しこの影響力。

 

 やはり我は誰もが認めるところの天才であることを証明してしまったなあ!

 

 じきにA部隊の連中も我が術中に堕ちる。

 

 ・・・・後はこいつをどうするかだ。

 

 最大の障害は未だ継続中。

 

 死は覚悟せねばなるまいて――――――――

 

「これは・・・何をした。なんだか面白いことになっているな」

 

 セイランはどこか楽し気だ。その余裕が気に入らない。

 

「よかった、自爆覚悟の判断は間違いじゃなかった・・・嬉しいな。やはりそれだけの価値があった!そうでなくてはなッ”氷結界域”!!!」

 

「だったらまだ遅くない!今、すぐにでも死んでしまえァァァッッ”!!」

 

 掌から魔術が発露する。

 

 剣と剣が密着した零距離での【氷結】の発動。その効力は至って簡潔。近くのモノを凍らせるとても単純な現象を熾すシンプルな構成の魔術。ストレートな魔術の共通点として保有魔力の絶対量が威力に大きく関わってくる。投じた魔力の分だけ影響力は増幅する。

 

 終末戦争当時11人しかいない最高位魔術師の認定を受けた我が繰り出す【氷結】。それも最年少の認定!!

 

 天凛たる我のの一撃。

 

 それすなわち――――必殺の一撃と成り得た。

 

 キュギャギキーン!!!

 

 ガラスを引っ掻いたような音が耳を劈く。目に映るモノ全てが青白く染まり狂う。空間の一角が凍結し空気と共に死をまき散らす渾身なる一撃。

 

 

 ――――――それなのに、未だに我にかかるこの重圧はなんだというのか。

 

(耐えたじゃと。こやつ――――!!?)

 

 全身を白くコーティングさせながらもセイランはギリギリと力で前に前にと我を剣で押し潰す。

 

 周りの惨状と比べると明らかにダメージが低い。凍り付いた空気が息をすることも許さないなのになぜ生きていられるのだ。

 

 やはり一筋縄ではいかない。”剣聖”の称号を与えられるだけはあると思い知らされる。

 

 これほどの実力者であればと、信じ避けること折り込み済みで【氷結】を繰り出したのだが避けるのではなく耐久という選択。瞬時に避ければその速度が【雹月】の網に引っ掛かり死ぬ。

 

 先ほどの隠形からの不意打ちと言い異能の情報はあらかた敵に共有されているのは確定。こうやって密着したまま力で押しつぶそうとしているのがいい証拠だ。このままでは体がもたない。背骨が捻じれそうだ。

 

 ヨルムの剣ごとセイランの刃は既に首元まで押し切られている。不利ではあるがまだマシ。寧ろ距離を取られれば死ぬのはヨルムの方だった――――”アレ”を使われる前に決着を付けねばならない。

 

 できるのか・・・・我にッ!!

 

 

 広がる【雹月】は一帯制圧型の魔術。

 

 範囲内に在するモノ全てが水属性へと変貌する。エンチャント魔術の究極の応用。人が産まれ持った属性をも上書きし強制的に水属性単体とし装備品、床や天井、空気までも水属性を付与する。自己属性の変更で魔術の威力や魔力消費量にも変化が現れる。

 

 なにより火属性の専売特許である銃火器と魔術の使用が不可能になった。これで厄介な【転移】も封じた。火の魔術は火属性にしか使えないことがデメリットとなり牙をむく。他の属性魔術をサブで採用していなければ魔術は封印したも同然。これで問題であった天鳴や火属性持ちが多く在籍するA部隊は銃火器を使えず弱体化を余儀なくされた。

 

 驚くことにこれらの要素は全ておまけに過ぎない。魔術と異能の情交がこの程度なはずがない。

 

 【雹月】の真価はそこではない。

 

 (仕方・・あるまいッ)

 

 非常に危険な賭けだが術式の真髄を知られる前に仕留めるしかない。

 

 覚悟を決めすぐさま【氷結】を再発動する。ただし、対象は自分。踏み抜かれた指先だけを器用に凍らせ壊死した部分を砕き切り捨てる。素足であることが逆に助かった。

 

 そのままバックステップ。

 

 前方のセイランへと魔力放出を行い速度を確保。異能の全力行使。一定の速度を得たことで異能を適用。超加速で後方へと離脱する。絶対にやってはいけないと自ら戒めた無限加速。光を置き去りにする。

 

 剣をセイランへと投げ捨て、当然来るであろう追撃に備え身を丸め最小限に的を絞る。凍り付いた空気の壁が幾重にも集中展開し追撃者を隔てる。

 

 

 ――――――ああ、あの技が来る、来てしまう。覚悟はしていたはずじゃ。もはや祈るしかないじゃないか。

 

 

 影を置き去りに飛び退くヨルム。その目に映るは魔力放出の煽りを喰らいつつも移行するセイランの構え。

 

 流水の所作は淀みなく、その場に君臨する絶対者の極印であった。

 

 

              

   特攻【一文字】

 

 

 

 上段に構えられた変わった形をした長い剣。一部の獣人が好んで使うとされる刀と言ったか。美しき刀身を燦燦と輝かせまっすぐに振り下ろされた。

 

 それだけで、たやすく堅牢なる我が守りを斬り分ける。

 

 離別する現実の境目が一直線に牙をむく。

 

 

 ゴオッッッッッ―――!!!

 

 

 世界が軋み、揺れ動く。次元そのものが振動する。

 

 

「―――ァッ!!―――ァァァアア!!?ゲブェッッ―――ガア”ア”ア”アアアアアアァァァァッ!!!」

 

 斬り裂かれ飛ぶ左腕。斬撃で次元の溝が発生し圧し出され発生した空間の壁がヨルムの全身を殴りつける。地面を激しくバウンドし柱に激突しぶち抜く。

 

 距離を稼ぐ。それだけの為に足先に腕一本、全身打撲か。ああ、左目も潰れたか。

 

 床を転がりその跡が血で点々とこびり付く。空気はこんなにも冷えているのに体が熱い。体がきしみ骨がいくつも肌から突き出ている。不死者でなければ死んでいた。氷結魔術がブーストされたこの空間でだからこそ受けることのできた一撃。ここまでしてようやくだ。

 

 それでもせいぜい直撃を逸らすよう認識をずらす程度が限界か。二度目は通用しない。

 

 ―――あくまでも敵の誤った認識を利用した回避。これまでの”私”の事前情報を基にした為に生じた隙間。無限加速は相手の目算を僅かに狂わせた。一文字はそもそも回避できる攻撃ではない。ここでもまたフラメンツとしての過去の”私”に助けられた。

 

 それでも支払った代償は高すぎる。無限加速に【雹月】。

 

 手札を晒し過ぎなのだ。

 

 

「・・・・・・ぐ、ゲボェッ」

 

 だが、事はようやく為った。こっちは新魔術初披露なんだ。初回ボーナスで最初くらいはちゃんと決まってくれないと困るというもの。

 

 ゆっくりとした動作で血塗れの体を引き起こす。こうした間もさらなる追撃は無い。完全に嵌ってくれたか。ピントの合わないぼやけた真っ赤な視界がその姿を確認する。

 

 奴はどこだ・・・この目で確認しなければ安心できない。

 

 

 徐々に認識が正しき答えを出力する。

 

 セイランは・・・・・・剣を中腰に構えたまま氷結していた。刀から全身にかけて完全に凍り付き見事な氷像へと変わり果てていた。

 

 

(成ったか――――――)

 

 

 【雹月】の影響下で一定の速度を出せばその速度に比例して侵食するかのように凍らせる。

 

 魔力も無しに現象にまで昇華させた所作。構えを見てからではもう遅いとまで言わしめたセイランの特攻【一文字】。

 

 術式の影響下でそんな極技を使えばどうなるかなど目に見えて明らかだった。まさか絶対零度まで振り切るとはあまりに予想を超えていたが・・・

 

 特攻はやはり恐ろしい。流石は特異点を普遍に落とし込んだ歪な世界のあり方と言われるだけの事はある。

 異能であろうが【雹月】の影響下であろうとも必ず一撃入れてくると知っていなければ間違いなくヨルムが死んでいた。

 

 発動中の特攻を止めることなどできない。どんな行動に対しても後出しで上を取り動作が終了するまで無敵そのもの。優先権の化け物だ。空気を幾重にも固め障壁を重ね空気中の水分を凍らせ光の屈折を利用し認識をずらさなければ片腕だけではすまなかった。

 

(フェイスガードがなければ、まばたき一つで失明じゃったがなぁ)

 

 まばたきの速さは0.3秒。余裕で凍結可能な速度域である。目を開け閉じる二重の動作が入念に眼球を凍結させ壊死させる。完全なる初見殺しなのだが今回は残念ながら敵の標準装備である密着式の特製スーツでそれを拝めなかったのは残念だ。特別製を謳うだけはある。

 

 漂う霜が接触した箇所から凍結は始まる。一帯のエンチャントアイスは副次的な現象で安定して霜の精製を行い、ばら撒き散布する。速度が敵を殺すのだ。

 

 一流の魔術師はフィールドを支配する。それは流れを掴み時の運すらも有利な方向へと意図的に動かすことが可能だからだ。

 

 最大の障害は死に、この場は制した。

 

 あとは――――――奴の体を砕き、仲間の手助けをするだけ・・・そこまでしないと安心できない相手であった。

 

 グラリと体がふらつき粉砕された支柱に寄りかかる。

 

 体が重い―――正直、奴にあそこまで接近を許した時点で終わったと思った。近接の鬼に対し我は魔術の天才。

 どう考えても【一文字】で死ぬ運命しか見えなかった。不意打ちに気が付いた時は死ぬほど驚いた。とっさに自身を加速させ一文字を撃たせないよう無理やり近づくことで密着できたのは運がよかっただけに過ぎない。不死者の我でも頭を綺麗に真っ二つにされれば死ぬ。かつての大戦中、勇者アリスとの幾度もの戦いがヨルムの不死性を削っていた。なにより一文字は斬られた箇所の因果を断つ。もう左腕は再生しないだろう。天才特有の神の天啓にも似た閃きが無ければこうして息をすることも叶わなかった。

 

 ボタボタと腹の中から何かが垂れるのを右手で押さえつける。まったく・・懐かしい感触だ。ダメ、だ。意識を保つので精一杯。動けそうにない。

 

 傷は深くすぐにも気絶しそうだが意識を失えば術式が中断されてしまう。

 

 後は仲間に託すしかあるまい。行けガンヘッド達よ。今のお前たちならばやれる。

 

 なんせ・・【雹月】の対象は任意。精密な術式の展開と行使が可能な我により仲間は一切の制限を受けないのだから―――

 

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