少し―――時は戻る。
「ガンヘッドッ!インクリウッドッッおおおおお!誰でもいい止めろおおおおおオオオッッ!」
「もう遅い!」
ヲタルは柱の影から飛び出す。身を翻しナイフを瀕死のフラメンツへと振りかぶる。特攻【影喰み】により自身以外の影を借りそこからフラメンツのいる柱の影へと瞬時に移動する。瞬間移動と見間違えるような移動手段。
――――――特攻【影喰み】
もともとヲタルは相手の視界から一瞬でも姿を消せれば自身の所在は悟らせずに相手を不意打ちしなおせる特殊歩法を習得していた。瞬き一つで何度でも仕切り直す。不意打ちも逃走も自由自在。相手の認識の外へと容易に忍ばせる。それがいつのまにやら特攻へと昇華してしまった。
世界にすら現象の一部と誤認されるほどの絶技。そもそも一文字といい特攻の使い手が二人も同じ場所にいることは異常なのだ。マスターですら原理はよくわかっていないというのに。
一文字を受け死に体のフラメンツにこの一撃を防げる道理はなし。他二人は天鳴に掛かりきりで身動きが取れない。勝利を確信したヲタルのナイフがフラメンツの露呈した白い首筋へと吸い込まれる。
だが、副隊長は一つだけ見落としがあった。まだ動ける者がもう一人いる事実に―――
それは意識の外からやって来た。
!!!!!??
横合いからの衝撃。体がブレてナイフの軌道がフラメンツの首から僅かに逸れてしまう。傷は無いが衝撃で思わずナイフを落とす。
銃声!?
銃ならば自然と下手人は絞り込まれるが・・・馬鹿な、ガンヘッドは天鳴の相手をしていたはず!そんな余裕があるわけが・・・・
肩を抑え射線を辿る。
視線の先、いや、あそこにいるのは、馬鹿な、なぜなぜなぜ――――ッ?
「なぜ生きているんだ貴様はッ!??」
地面に醜くへばり付きながら銃を構え不敵な笑みを浮かべる隻眼の男。確かにこの手で首を切り落とした。あれで生きているなど普通はあり得ない。おまけに火の属性だと・・・
―――ダダダダッ!
なおも撃ち込まれる銃弾をヲタルは回避する。容貌からしてどう見ても祈り手だが知らない顔だ。
あんな奴がいるなんて初耳だ。記憶をいくら探ろうと誰にも該当しない。女装した変態なんて私は知らない!
それでもでもまだ殺れる!すぐ殺れる!武器が無くとも素手で首をへし折るぐらいなんてことはない!
フラメンツは必ずここで―――ッッ
手刀が振り下ろされようとした時、あらぬ方向から光の奔流が一直線にこちらへと伸びる。
(な、なんだ!!?)
光の線はヲタルとフラメンツを遮るように横断する。軌道上の全てを爆炎が追走する。
光が瞬き轟音と共にヲタルの小さな体は枯葉のように舞う。
ダメージ甚大ッ!ダメージ甚大ッッ!!
「グゥアアああああッ逃がすかああッ頼むから死ねッ!
体が凍てつきながらも同じように宙を舞うフラメンツに向かいヲタルから巨大な刃が現れ発射される。それも上から下へと落ちる形でだ。
刃はやはり凍結したが圧倒的重量がフラメンツに差し迫る。お得意の氷結魔術であろうと術式を維持するのに精一杯の奴には迎撃の余裕はない。おまけにその体では回避も防御も不可能。フラメンツの見開かれた眼から驚愕の意を感じ今度こそ終わりを確信する。
貴様はもうがんばりすぎだ!
脅威がヨルムへと差し迫る。
ああ、ここまでか――――
ヨルムの体は横たわったまま動かず視界が白と黒の点滅を繰り返し、ゆらゆらと枯葉のように意識がただただ続いていた。今どこにいて何をしているかもわからぬほどに意識が揺らぐ。
セイランから受けた一撃は必殺そのものであった。
魔力を集中し術式を稼働させているが、意識を失えば死ぬ。
不死者であっても無視できない魔力の稼働率。極限の意識の集中が再生力に回されるはずの魔力すら取りこぼさまいと体が悲鳴を上げている。
それでも中断するわけにはいかなかった。この術式を解けば仲間が死ぬと誰かが叫ぶ。もう誰かが死ぬのはごめんだ。一秒でも長く術式を維持しろ。あの三人が黒服どもとまともに戦えるように死んでも維持しろ。迫りくる新たな脅威をじっと見つめながら、なぜだか我は自嘲気味に笑みを浮かべていた。脳裏に死んだ同胞の顔がよぎる。
「ジャッッ!!」
諦めかけたその時目の前にセーニャが割り込む。魔力精製された暗黒の剣を振り抜き魔術を迎撃しようとする。
「があああああああああ!」
激突し砕け散る剣。お互いの魔術が反応し爆ぜ我らを吹き飛ばす。
「フラメンツ!大丈夫ッ!?」
「セーニャ・・・うっく」
目から涙が溢れてくる。
「すまない、負けそうになってしまった――――我は」
「心配すんな☆死ぬのはアイツなんだからッ」
ボロボロの体でありながらも殺意に満ちた顔で笑う。あちこちに刃の破片が刺さっている。虚勢を張っているがセーニャの限界が近いのは明らかだ。
「・・・だいぶ・・世話になってきたからさ、ここで返すけどいいよね」
周囲の景色が歪んでいく。それは次第に霧散し空白地帯が生まれ落ちる。これは異能の解放――――
セーニャは自身に対し過度な異能の行使を行わない。捉えどころのない異能であるがその力は強力無比。我の最奥の魔術にすら影響を及ぼすほどの強制力。強力故に本人にすらその影響から免れることができない。
次第に自我は揺らぎ形を変えていく。ここに収容されて500年ぐらいか、セーニャの精神は既に何度も変貌を遂げなんとか今の形で落ち着いている。初期の頃の面影はもはや存在しない。それでも仲間を気遣う優しさだけは変わる事の無い決して色褪せぬ不可侵の原点。これ以上の戦闘は勝っても負けてもただでは済まない。
もう痴態は許されないぞ。さあ動け!これ以上何も失わせはしない。
「反逆者ごときが泣かせてくれる。いいっ!どちらもすぐにまとめてあの世に送ってあげるわよッ」
短剣を取り出し構えを取る副隊長。隊長のせいで話題に隠れがちだがこいつも相当の手練れ。ビリビリと殺意が体を突き刺す。いったいどれほどの人間を殺してきたことか。あのぽっと出の剣聖さえいなければ本来はA部隊の隊長になるべき存在。
面識は余りないがまだ話は通じる、か?
心配するセーニャの肩を借り立ち上がる。術式の維持の限界時間を図りながら途切れそうな意識を手繰り寄せる。この傷だ。我の消耗の本当の意味も分かるまい。いいカモフラージュとなっていた。
「ここは引けよ。A部隊、まだ愛しの隊長殿も助かるかもしれんぞ」
「なんだと――――それが本当だとしても貴様らを殺してからでも遅くはない。ここまでやっておいてみすみす見逃すわけないじゃない?だいたいあなた・・・猫を被ってたのね。恐れ入ったわ。流石ね」
髑髏を模した仮面で表情は窺えないが僅かな尊敬と怒りの感情は伝わってくる。
「隊長は・・・負けていない!実力を過信し送り出した私のせいよ・・・戦いにおいて後からあーだこーだ理由を付けるのは好きじゃないけどここで貴様を殺せば隊長は私の憧れであり続けれる。私の上に立つ奴が簡単に負けていいわけがない。これはチーム戦よ。まだA部隊としての敗北で済ませれる。仲間が足を引っ張った、ただそれだけの話で済―――」
「なんだおぬし隊長の事が好きなのか」
「・・・・ち、違う、断じて違うわよ!私から隊長の座を奪った、マスターから贔屓にされる奴のことなんてッ!!」
「じゃあなぜ他の部隊に移籍しない」
前から思っていたことだがA部隊は戦力過剰。普通ならバランスを取って戦力を分配する。それに副隊長に甘んじているこやつの実力ならば自身の部隊を新設可能だろうに。
誰もが自身の優秀さを”マスター”に知らしめたいのが普通だ。守護者とはそういうものだ。
ダンジョンの住人は皆そういう宿業を背負っている。なのにこいつは残留し続けている。言動からしてもつまり――――――まったくもって奇怪な話だ。
こいつらは個人に対しそこまで執着するような心は持ち合わせていなかったはずだが・・・それはつまり好意しかないだろう。ここの守護者は女しかいないし珍しくも無い。
いけるか・・・?
ゴホゴホッ
未だ冷え切った世界で咳き込む要抹殺対象のフラメンツ。脇に立つセーニャも含め一足一挙動に注視するがヲタルは見るからに動揺していた。
(こいつは・・・何を言っている。私が隊長の事が好き?なにを馬鹿なことをッ)
あれはただの憧れで努力では至れない至高の境地で生きる隊長は私の理想そのもの。部隊長の座は奴にこそふさわしいと嫌でも思い知らされる。奴がそれを示し続けるのであるならば奴の尻拭いだってする。馬鹿な思い付きにだって付き合う。
なのに、ここまで献身を尽くしているというのになんだこのざまは。時折見せるアホみたいな行動の裏でどれだけの涙を拭ったことか。
言いたいことはただ一つ。
なにやられてんだあああああああ!あんたはもっと強いでしょがあああ!
魔術師お得意の初見殺しのわからん殺し喰らったぐらいで再起不能になるやつがあるかッ!
あんたは違うだろ!
そういった輩をどれほど屠って来たと思ってるんだ!
それともなんだ、この女は違うとでも?こいつもそっち側だってか?
ああムカつく。もともと私の隊長のポストを奪った隊長が、セイランが失態を犯し落ちぶれる様を見たかっただけなのに・・・どうしてこんなにも悔しいんだッ。
ずっと心のどこかで望んでいた結末。いざ直面してみれば悔しさと現実を認めたがらないおさまりの悪さ。嬉しさは微塵もなくただ悲しさの濁流のみが渦巻いている。なんてことはない私は感化されすぎた。馬鹿みたいだ。
「状況を考えてみろ、天鳴が使用している遺失物。完全にセーフティが外れておる。あのまま使用し続けていれば臨界まであと少しと言ったところじゃろう。力の暴走による界の破壊に巻き込まれるのはおぬしも御免じゃろうて」
遺失物の暴走。光の閃はきっと地上まで届いているであろう。未だにタガが外れたかのように手当たり次第に光線を撃ち放つ天鳴。
余りにも無茶苦茶な力の行使。このままでは器である天鳴が耐え切れず自己崩壊し吹き飛ぶ。第三階層は間違いなく沈む事になる。環境保全を職務とする者として早急に対処しなければいけない。これ以上被害を広げてはならない。
「・・・・・・・・・・舐めないで」
でも、だ。
ヲタルにはこいつらの存在が許せない。一歩前に踏み出す。
(止まらない!?守護者が職務を放棄し私情を優先するのか!!?)
ヨルムは驚き焦る。その表情を隠すこともできないまでに疲弊していた。
隊長を倒したこの女は脅威だ。奥のあの男も未知数。奴らを先に進めさせる訳にはいかない。いや、違うな。こんなものただの方便だ。隊長の敵を取りさえすればどうだっていい。相打ちも覚悟の上。ならばこのまま足止めし、もろとも吹き飛ばしてやる。ああ、認めよう。これはただの憂さ晴らしよ。
覚悟を決め全身を力ませ飛び掛かろうとする・・・
その時、何者かに背後から肩を掴まれる。
「副隊長なにを遊んでいる。君らしくもない」
「―――え」
ゆっくりと首を動かす。馬鹿な、いやそんな。
嬉しさで体が震えそうになるのを堪え振り返る。フェイスカバーに亀裂を覗かせる隊長がいた。
「隊長―――!!」
「な、なぜ生きておる!??あり得ぬッッ!おぬしはあそこで終わっていたじゃろがッ!!」
「さあ、なんでだろね?」
血の泡を吐きながらフラメンツが問いかける。先ほどよりも顔色が悪い。もはや勝負はついたと言っていい。趨勢はこちらへと傾いた。精神の様相が反映されるかの様に景色が元に戻る。
「・・・これで魔術の効力は終了か。よくやったよ君たちは。これで正真正銘の一文字がお見舞いできる。喜べ。こいつを同じ相手に二度撃つのは君が最初で最後だ」
(―――――――――――――――ぐぅぅぅ!!)
ヨルムの胸中は悔しさでいっぱいだった。あまりにも納得がいかない。
どうしてこうなる。勝利は目前まで迫っていた。だのに、だ。こいつが現れた途端流れが変わった。自然と負けを悟ってしまった。【雹月】の維持は途切れこの場に漂う冷気も次第に消えていく。
セイランが五体満足で生きていた理由が皆目見当も付かない。余りにも底が知れない。奈落に足を踏み外したようだ。忘れかけていた恐怖がブワリと吹き上がる。勇者アリス相手ですら終ぞ感じ得なかった本能的恐怖。かつてこれほどまでの強敵と合いまみえただろうか。ああ、死にたくない。まだ何も成してはいないのだぞ。
せめて、セーニャたちだけでも何とかしてやりたい。でも無理だ。剣聖相手に何ができる。でも何もせず死ぬのも嫌だ。じゃあ何ができる。もう誰も死なせたくない。一人は嫌だ。900年前にも同じことがあった。ここに捕まった際も誰一人守れず生き恥を晒した。また同じことを繰り返すつもりか。どうして我がこんな目に・・・誰か、誰か。もっと、もっと時間さえあれば―――――ッ!対策のしようだってッッ。よくがんばったじゃ何の意味もないんだよ!!!
「う、ううふぐ誰か助けてくれッ!死にとうない!うああああああああああいやだああああアアア!」
「降伏ってまだ有こ・・・ムリか・・はぁ」
セーニャも諦めていた。ヨルムはもはや泣き叫び命乞いをするしかない。相手が硬直し酷く落胆するのを感じた。抜かれる刀の刀身に土下座する醜い己の姿を映える。だがなんの変化も無い。哀れさは逆に同情ではなく相手の心を逆撫でたか。相手はマスターに絶対忠実の犬どもなんだ。感情なんて二の次だ。
わかっていたはずなのに。こんな異常まみれの非常時ならばと、ほんの少しでも悪あがきをと命乞いで何かが変わるかもと、時間が稼げればと・・・・演技であったのに涙が止まらない。
何が嫌ってまだ我は全てを晒してもいないのに、死のうとしている自分が許せなかった。何もさせずに殺すのが一番であるが・・こんなにも悔しい思いを抱えたまま死ぬものなのか。
なにが祈り手最強だ。生き恥を晒し死ぬ事になろうとは、これなら潔く首を差し出したほうがまだましだった。
今際の時。脳裏に浮かぶのは仲間たちの姿。900年前の同志たちに今を生きる新たな仲間の顔。セーニャにガンヘッド、インクリウッド。そして奇怪な運命に導かれし懐かしき我が同胞コイト。
・・・そういえば、あやつは何をしてるのか。
さっきまでこちらに銃で援護してくれていたのにあれから何も反応がない。
コイトの姿を強く思った時、ギャリギャリとけたたましい音と共に何かがこちらに突っ込んでくる。
「ヨルムングウウウウウウ―――ッッ!!」
そこにはなぜか、天鳴に乗ったコイトが突っ込んできた。