オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第34話 ゲームマスター

 

 青白い光が無数のモニターから照らし出される。複雑に絡み合った太さの違うコードが複雑に絡み合い一本の木にように一室の中央で聳え立つ。

 

 カタカタと断続的に聞こえる音だけが無人ではないことの証明。外部から響く怒声や爆発音など関係ないと勝手に作業は進む。

 

 ここは第二階層セントラルコントローラールーム。ダンジョン内で行われる実験計画の全てを統括するメインコンピューターが置かれる心臓部。

 普段であれば一部の者以外立ち入りを許されない重要施設であるが今まさに神聖なる不可侵領域は侵されようとしていた。

 

「・・・・・・・・」

 

 戦闘音は静寂に紛れ複数の不遜な足音が領域内に踏み入る。その歩みに迷いはなく強い感情に浮かされていることが伝わる。

 

 それでもやるべきことは変わらない。何度目かとも思えるシステムの復旧作業。原因は未だにわかっていない。もしこの作業が失敗すればお手上げということになる。900年近く稼働してきたこのコンピューターにも寿命が来たと認められれば楽でいいのだが、このマシンの性質上それはありえない。定期的なメンテナンスは”ゲームマスター”である私が直接行ってきた。

 

 問題があるとすれば・・・・”奥”か。

 

 いつのまにか足音が止まった。最後のキーを入力し終わるのはまさしく同時であった。

 

「―――また、ダメだったか・・」

 

「・・・・・・・・」

 

 背後からは返事はない。構わず独り言は続く。

 

「試行回数59回。思い当たる原因を虱潰しに当たってみたが時間を無駄にしてしまっただけか。これで最後の試みだったがやはり問題は別の所にあるようだ」

 

「お久しぶりですねゲームマスター殿」

 

 そう呼称された人物はゆっくりとした動作で振り返る。招かざる来訪者の正体。白髪に白と黒で配色されし服飾。判断するにはそれだけで十分。サブプラン候補である祈り手か。

 

「表には黒殖白亜の2部隊が守っていたのだが・・・・彼らは強かっただろう」

 

「はい、16人もいた仲間たちも3人になってしまいましたが勝ったのは私たちです。そしてあなたを守る者は誰もおりません。これまでの報いを受けていただきます」

 

 残った3人の顔は見覚えがある。誰もがA種に負けず劣らずの凶悪な異能の発現者で前歴もなかなか面白い。順当に強いものだけが残ったか。

 

 だからこその疑問もあるが。

 

「意外だね。古株の【氷結界域】が真っ先に死ぬとは」

 

「・・ええ、それについては残念ですね。彼女が生きていればもっと楽にここを突破できたでしょう」

 

 3人の内の1人の表情に変化が現れた。この反応、彼女が死んだことを知らなかった?

 

 ・・・彼らとは別行動をしていたのか。まあ、そうだろう。記憶でも戻らぬ限り彼女が反逆に与す理由はない。だとするとA種にやられたか、はたまた別の要因か。

 

 彼女に対して施した処置は特別だ。この騒動が起きしばらくして信号の反応が消えたがあれは別系統の独立したシステムで常に監視していたのでメインのシステムの動作不良とは無関係。

 

 脳の奥深くに直接埋め込んだ、ある遺失物から着想を得て作られた生きた部品。少しでも異変があれば完全に脳を破壊するよう機能する。異能では絶対に取り出せない。強引に取り出しても、彼女の劣化した不死性は脆弱。脳を自力で再生するほどの再生力は見込めない。娘に送ったポーションクラスの品でもない限り回復は不可能。取り出す手順を知る者は私と、娘だけか。

 

「意外ですね。あなたにとって祈り手は実験動物程度にしか思っていないのかと。それとも壊れたおもちゃへの感想ですか」

 

「彼女が祈り手の中でも特別であった、ただそれだけさ。君たちには関係のない話だ」

 

 

 我々にとってすべての始まり。落日の象徴、あの時代を知る者がいなくなることへの寂しさは言葉にしてもわかるまい。本当に遠いところまで来てしまった。でも”クラウン”、君ならわかるのではないか?

 

「―――で、どうしたんだい。記憶が戻ったんだろ?少しは嬉しそうにすべきではないのかな」

 

 その問いかけに先ほどまで黙りこくっていた偉丈夫の男が答える。

 

「完全ではないが記憶は確かに戻った。それが何を意味するか貴様にわかるのか?時代に取り残され醜態をさらし続ける屈辱を・・理解できるのかッ」

 

「そういえば・・確か君は400年前の時代の人間か。時代に取り残された気分はどうだい?今は亡きシュテルンの三騎士殿」

 

「・・・やはり滅んだか―――貴様にわかるまい。帰るべき場所を、仕えるべき主君も捧げた忠誠も、心の拠り所を失った騎士がどれだけの生き恥を負うのかを」

 

「そうかね、だったら捨ててしまえ。君ならできるさ。三騎士は強かった。聖王国が誇る【セブンスオーダー】の1人を3人掛かりで討ち取ったのは今でも記憶に新しい」

 

 それでも1人は死亡。もう1人も行方不明と地形が変わるほどの戦いはシュテルンの領土の五分の1を消し飛ばした。シュテルンの戦火は凄まじく彼も重傷を負い生死の境を彷徨っていたが、おかげで戦時中のどさくさに紛れ、実に簡単に身柄を抑えることに成功した。

 

「私の見立て通り君は見事に因子に適合した。”いい経歴”をしている。労力と時間が無駄にならなくて私は嬉しかったよ。やはり時代に名を残す者は一味違う。苦難を知るからこそより一層祈りは輝くのだから・・・どちらにせよ国が亡びる秒読みの段階に入っていたんだ。ボロボロの君一人追加したところで聖王国との国力差をどうこうできないだろう」

 

「だからおめおめと一人生き残ったことを喜べというのか!?最後の最後で舞台から引きずり落とされた・・・当事者から外れた私を笑うかッそれを貴様が!!!」

 

「姫ならまだ生きているよ」

 

 すぐそばにいるのかと思うほどの怒気、すぐにも斬りかかりそうな剣幕だ。

 

 だが騎士は急な冷や水に言葉を失う。

 

「・・・なんだと?」

 

「君を攫う際ついでに攫っておいたんだ。斜陽の国の姫君も適合者足りえるのでないかとね」

 

「惑わされないでください。それが本当とは限りません」

 

「わかっている。なんであろうとやることは変わらない。全てを終わらせる。もとより相手はゲームマスター。捨ておくつもりは毛頭ない」

 

「・・・・先生。もうここで終わらせましょう」

 

 三人は臨戦態勢の構え。参ったな。手加減できる相手じゃない。貴重な成功例を手ずから殺すことになるのか。やはり反乱のリスクまでは完全に防げない。

 

 首輪も機能しないか―――システムの不調かそれとも解除したのか。

 

 ・・まあでも姫様が生存している可能性の示唆は動揺を生んだ。都合のいい希望はたやすく人を縋らせる。彼の交友関係から他の祈り手の顔は全て把握しているはずだが、それでも取り乱さないのはよりにもよって忠義を捧げた姫の顔までは思い出せていないということ。既に死んでいた場合、彼はどうするつもりだろうか?

 

 怖じいることなく戦いを挑むか。しょうがないことだが記憶の処置は因子と相性が悪いな。

 

 全員に彼女と同じ処置を施すにはリスキーすぎる。あれは不死者前提で成り立つ。

 

 ゲームマスターと呼ばれる男はゆっくりと椅子から立ち上がる。堂々たる姿に支配者たる余裕を見る。

 

「ところでそちらの彼女はそこまでやる気がないようだけど、もしかして記憶が戻っていないんじゃないか?こんなことに付き合せたらかわいそうじゃないか」

 

「そうなんですかそれは知りませんでした。だとしても貴方は死ぬべきでしょう。今ここで」

 

「・・・死んであの世で誇れ。貴公は私に斬られたことをあの世で仲間たちに報告してくるがいい」

 

 皆から”先生”と呼ばれる顔色の悪い男は己が手の内で魔力を練る。どうにも生前は魔術を使うよりも魔術基盤を通さない魔力運用による攻撃が得意であったことを復刻せし記憶から認識していた。

 

 多彩な魔術のレパートリーに様々な学問への造詣。湯水のように湧いてくる知識の宝庫が内なる新雪に眠っていた。それでもなお過去だけは思い出せない。そこだけがすっぽり刳り抜かれた空白を保つ。

 

 わからない。それでも不安は無い。異能によって相手の”場景”を読み取ることで補うことは可能だ。この異能はどんな魔術的防壁も抜けると、膨大な知識と経験則から確かな裏付けを得ていた。読み込みは既に始まっているが遅い。やはり長い年月を生きた相手では時間がかかる。

 

 まあいい。狙いは奴の首。残りの記憶は外部から異能で補填する。すぐにでも記憶を取り返したいところだが奴が死んでからでも遅くない。逸る衝動を抑え意識を集中する。

 

 

「ラスターク、君はもっと下がっているといい。私と先生で戦う。・・・それでも、いざとなれば君の異能で私たちもろとも奴を殺すのだ」

 

「―――いえ、みんながここにいたことを無かったことにはしません。みんなの存在証明のために私も轡を並べ戦います」

 

 騎士もまた怒りに燃えていた。このような子供にも戦わせなくてはいけなかった己の不甲斐無さに憤りを感じる。

 

 祈り手は決して老いず、ラスタークも当然見ためどおりの少女ではない。それは人格や情緒にも言えること。記憶を消そうと根付いた生来の気質は変わることはなく当時の精神性を独自に保ったままである。

 

 それでも宗教も国も思想も何もかも違う我々は苦楽を共にしてきた仲間なのだ。志半ばで倒れていった者たちの無念をここで晴らす。多くの人間が歴史に埋もれ帰る場所を失った。

 

 それでも帰還を願うのは滑稽か?

 

 何も残っていなくても故郷とは帰りたくなる場所なのだ。それを成すには古戦場跡の主である奴を倒さねばならない。当時の私でも古戦場跡の噂は子供の頃から嫌というほど聞かされた。悪いことをすれば終末戦争で死んだ兵士の亡霊が攫いに来るとよく脅かされたものだが・・大人になり本当に攫われると誰に想像できる。

 

 大人になって知る噂の侮れなさ。まさか亡霊の正体がこいつらで噂に乗じて人を攫っていたなどと・・・思えば先人の警告だったのやも知れぬ。

 

 ゲームマスターと称される存在の謎は多い。わざわざダンジョンを人間にとって都合のいい絶妙な位置に設置する意図が掴めない。霊廟型ダンジョンは資源の宝庫。国はこぞって攻略し管理し国力を高める。

 

 そんな都合にいいものを作る反面、積極的に人間を害そうとしているのも事実。外界をうろつく魔獣は奴らの産物。非常に繁殖能力が強く魔獣同士であれば誰とでも子を成す。

 最悪なことに人間とでも子を成すことは確認済み。そんな魔獣を生み出す研究施設を兼ねたダンジョンを当時の私は偶然発見したことがある。

 

 他のダンジョンと違いそういった場所には人間が来ない厳しい環境に設置され高確率でゲームマスターがいる。人類に災禍をもたらす災害指定獣もそこで作り出される。この事実を知る者は少ない。自身にされてきたことを思えば高度な科学技術と智賢を備えたゲームマスターがどこから来たのか、目的は何なのか。

 

 もはやそんなことはどうだっていい。

 

「聖経輪廻の一石よ、黒海を穿て」

 

 騎士による神言魔術の発動。それと同じくして左手の中指が静かにへし折れる。これで初見殺しによる死は絶対に一度防げる。なぜだかもう存在するはずのない国の守護たる神の力を感じる。確かに”ここ”に存在する。

 

 ああ、神よ不甲斐ない私を見捨てずにいてくださったのですか。

 

 シュテルンでは大人への通過儀礼として自ら骨を一本圧し折る。奉じられし神は骨と密接にかかわっており、祭事にも聖獣とみなされる動物の骨を用意される。シュテルンの民は常人よりも多く骨を保有し骨密度が異常だ。そこまでくると神言魔術の発動に骨が絡むのも不思議ではない。

 

 静かに準備は完了する。この神言魔術に名はない。この領域に辿り着いたのは知る限り私以外に存在しないのだ、故に名は必要ない。私だけが知っていればよい。

 

 ゲームマスターがどれほどの力を持つのか知る者はいない。まったく記録に無い。そもそも存在自体知る者が少ない。それらしい目撃情報があるだけだ。

 

 なぜならば交戦を避け直ぐに逃げる。

 

 戦闘能力がないから?それこそまさか、だ。

 

 対峙してみてよくわかる。白衣に身を包む学者然としたこの男には一切の油断も出し惜しみもできない。記録がないのは対峙した者はことごとく死んだからに決まっている。

 

(神よこの一戦どうか見守りください)

 

 先生は卓越した魔力運用技術(マグステラ)の使い手。昔からすごい人だとは知っていたが魔術にしても高位魔術師クラスなのは黒殖白亜との一戦でよく理解させられた。これほどまでの使い手は当時の戦場でもお目にかかったことがない。普段から物腰穏やかな人柄をした人格者だが、そこからは想像できない苛烈な戦術をとる。

 

 彼は・・・・魔術師としてあの小さな古株に比類するのではないだろうか。

 

 

 

 

 

「これでは祈り手とは呼べないな」

 

 仄かに漂う忌まわしき神性の匂い。ゲームマスターは僅かに眉を顰める。

 

 皮肉のつもりでつけた名前だがこれではな。騎士から漏れる神性。記憶の復活により信仰心が戻れば、そこも当時のまま据え置きか。余りにも都合がいい世界の構造。やはり歪だと人間どもは感じないのだろうか。信仰心で目が眩んでいるのか。

 

 国は滅び聖王国によって消された神。いるはずのない神がどうやって力を貸す。そうまでして現世にしがみつきたいか幻想よ。

 

 この部屋に他の出入口は後方の一つを除いてなく正面は祈り手が陣取る。これは素直に逃がしてくれなさそうだ。空間移動は可能だが奥の”アレ”を刺激されるのは面白くない。久々に体を動かす時が来たことにこんな時ですら億劫さを感じる。まともな戦いはいつ以来か。ああそうだ【氷結界域】を直接捻じ伏せた時以来になるのか・・・激戦だったのは覚えているがどんな戦い方をしたのか頭をひねり思い出そうとするが忘れてしまった。

 

 まともに戦ったのはかれこれ900年以上も前の話だ。しかたあるまい。

 

 とは言え魔術師が前衛で騎士が後衛とはまた変わった配置だ。その陣形で無駄にあれこれと勘るが・・・

 

「――――――いや、どうやらその必要はなくなったな」

 

「なに?」

 

 そう、目的は向こうからやってきてくれたのだから。

 

 

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