オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第35話 偽イグナイツ

 

 不幸は声もかけずに訪れる。いつだってそうだったじゃないか―――

 

「え」

 

 間の抜けたラスタークの声。騎士レグナントが反応できた時には既に周回遅れ。あっけなく彼女の上半身がバラバラに消し飛んだ。なんとも簡単に消える命。さっきほど会話していた彼女はもういない。

 

「ラス――――ッ」

 

 舞う残骸。

 

 血霧のカーテンを突っ切り白い影が躍動しこちらに突っ込む。私が振り下ろす剣の間合いへと―――

 

 首めがけて潜行せんと飛ぶ剣閃。私の間合いは常に3歩ほど長い。カウンター気味に放たれた我が一撃は鋼鉄をも容易く断ち切る。

 

 相手はそれに合わせ獣じみた反射と動きで回避を試みる。始動する回避動作に躍動する体躯。とても人間と思えない馬鹿げた動き。まるで獣だ。

 

 ならばそう扱うまでと更に踏み込む。

 

「――――舐めてくれるな」

 

「――――ッ」

 

 大げさに相手の肺から空気が漏れる。

 

 こちらの本命である貫手が肺に突き刺さりそのまま助軟骨に指を引っ掛け強く握りしめ拘束する。普通ならば激痛で動けない。それでもなお肉を食い千切らんと顎を開く敵の鼻っ柱に頭突き叩き込みその隙に腹部へと剣を突き刺す。

 

 グチぇ!!

 

 同時に聞こえた不快な音が耳障りだった。

 

 すっぽ抜けた左手と握り込んだ骨。騎士は確認するまでもなく全力の豪剣が対象を薙ぐ。その一撃は爆音とともに部屋のありとあらゆるものを切り裂いた。この惨状が魔力や異能、祝福も関係なく起きたと誰が信じるだろうか。

 

「!」

 

 一瞬の交差。互いにすれ違う。

 

 それでも手ごたえが無いのは歯で受け止められたからなのか。見れば剣先が折られていた。これ見よがしに敵の口内から吐き出された鉄の破片が物語る。敵もまた異様。

 

 ここで改めて対峙する。

 

「なんだ貴様・・・」

 

 血管のような赤い線を幾らと背負う異質な相手に問う。ここでようやく敵の姿を認識する。頭からは長い耳を垂らし魔性を宿した獣の眼光を見据える美しい獣人の女だが・・・それよりもどこを見ているのかわからない双眸が不気味であった。いったいどこを見ている。グリグリとせわしなく動く目が悍ましい。

 

 頭突きで鼻は折れ、あばら骨を失い肝臓に刺し傷を与えた。死んで当然な傷で平然としていられるのはなぜだ。なぜなんだ?

 

「なんだ貴様はッ!」

 

 騎士は左手に収められたままの敵のあばら骨を自分の口に放り、再度斬り込む。

 

 女が無理やり引き剥がした置き土産。この身に受けし神の祝福で敵の情報が流れ込む。

 

 読める情報はそう多くない。対象の名前と種族、信仰がわかるだけの識別。少しでも敵の正体がわかれば不気味な予感も晴れるであろうと行った行為だが・・・・更なる混乱を招くことになる。

 

 理解は恐怖を払い勇気生むはずだと、私は―――――このような情報が欲しかったのではない!

 

『真名:アリス 種族:幻想体 信仰:不明』

 

 幻想、体・・?

 

 なんだこれは獣人ではないのか!?信仰に関しても獣人特有の空白ではなく、不明?

 

 こんな表記初めて見たぞ・・・この見た目で獣人じゃないのなら貴様はいったいなんだ?なんなんだ!?

 

 触れてはいけないものに触れてしまった気がした。

 

 

「彼女の名前はイグナイツ・ヴェルチクラフト。私の娘だ」

 

「娘だと――ぐ」

 

 イグナイツ・・?

 

 アリスではないのかとレグナントは疑問に思うがそれよりも・・

 

「――――なんだ、この、記憶はッッう”」

 

 襲い来るイグナイツの爪や蹴りを躱し斬り結ぶが先生の様子がどうにもおかしい。頭を押さえうずくまる先生をよそにゲームマスターは語る。

 

「彼ならお望みどり記憶を一部戻してやっただけだ。知らなければいいことをなぜ知りたがるのか―――ところでお前誰だ。娘の体を借りて何をしている?」

 

「―――!?」

 

 静かな怒気をはらませた声にレグナントは気付けば飛び跳ねた。長年の経験が導き出した咄嗟の行動。

 

 なんでもいい。ゲームマスターの視界から消えれるのならなんだっていい。祈る気持ちですぐさまイグナイツの傍から離れたかった。この判断が功を奏したのかわからない。聞きなれない金属音が響くと空気は鈍く紫に光り一室全体が包まれていく。

 

 不意打ちに近い痛烈な一撃。

 

 事前に発動した守護の神言魔術が彼を守ったが、そこから彼の意識は途絶えてしまった。

 

 壁にめり込み気絶したレグナントはこの後の顛末を知らない。

 

 

 

 

「随分すっきりしてしまったな。これでは復旧の目途がたたないよ」

 

 完全に破壊されたメインコンピューターの残骸。無機質さには似つかわしくないブヨブヨとした赤いナニかが顔を出す。

 

 それを見てゲームマスターはため息をつく。

 

 僅かに蠢いているように見えるが錯覚ではないようで壁に叩きつけられた騎士はまだ生きている。頑丈だな。最初に使った謎の神言魔術が守ったか。これを耐えるあたり未踏の神言魔術だろう。

 

 神言魔術は秘密が多く決して世に開示されない。閉じた世界での秘奥。少なくとも私の記憶にもない秘匿性の高い神秘だ。まあ、それ込みで大した耐久性だと褒めておく。

 

 先生と慕われる男も生きているのがそれは私のすぐ近くにいたからに過ぎない。未だに頭を抱えて行動不能となっている。

 

 それよりもだ・・・

 

「さて本題に入ろう。君は誰だ。なぜそんな酷いことをする」

 

「ふ、――――クフっ!!クフフフッ、ブヒャヒャヒヒャヒャャッッ!!!」

 

 娘の姿を借りた何者かは抑えきれんとばかりに笑い声が漏れ、濁流のように溢れかえる。抑えるべき関は壊れ他人の体をいいことに口が裂けんばかりに不細工に笑う。あまりの醜態に眉を顰め思わず手が伸びそうになるが抑える。これが親心というものか。

 

「そんなに、そんなに娘が大事かッ!?お前のような奴でも人を思う気持ちはあるんだああああああああぁぁぁぁぁぁッ!」

 

「早く答えろ。どうやって第四階層から抜け出した」

 

「ああんッダメダメ。焦っちゃやーん。物事には順序ってものがあるんだよ!知ってる?」

 

 見るも無残なボロついた服装。その上から体のラインを添うように体をなぞらせあられもない姿を見せつける。とにかく不快で怒りが沸いた。娘は壊れているがそんなことをしない。

 

「―――追想幻灯【1】・【2】・【3】」

 

 指を鳴らし手慣れた動作で初動を制す。

 

 光が収束し空間が捻じ曲がり波動となり拡散する。正統なる怒りが対象に襲い掛かる。

 

 巻き込まれた娘モドキは煩く喚き散らす。

 

「い、イタイイタイいいいいいい。ヒィやあッ、やめてぇっお父様ああああ!?どうじでごんなこどするのおおおお」

 

「黙れ、さっさと死ね」

 

「なんでえええええ!娘の命がどうでもいいのおおおおおお!?人でなしっ!人でなしッッ!!」

 

 辛くないわけがない。だがこういった手合いに会話の主導権を渡すのは得策ではないと冷静に行動を起こす。娘の体を奪ったあたり私に対し何らかの交渉を持ち出すだろう。娘は交渉材料なのだと判断する。それを躊躇もなく攻撃することで相手の想定から脱線させる。

 

 娘の体を奪ったこいつは何者だろうか・・・?

 

 現状、娘の存在は私と統括室長、あとは外部協力者の”あの人”しか知らない。もう何年も連絡を取り合っていないが、あの人はこの件に加担していないとなぜか確信がある。

 

 何の根拠もないのにそう言える不思議な人だ。さてもう一人に関してだが・・・

 

 

「無事でございますかマスター!?って、お嬢様!?なぜここにッ」

 

 現れたのは武装した統括室長。私と娘を交互に見合わせ激しく動揺しているように見える。

 

 ・・・・このタイミングで現れるか。

 

「はああ、良かったです。突然いなくなったのには驚きましたが自ら合流なさったのですね」

 

「・・・なんだ・・・お前。ん、そ、そうかお前が・・・いひひゃッ」

 

 娘モドキは何がおかしいのか汚れるのも構わず笑い転げている。

 

「かわいそう♪かわいそう♪なんてかわいそうなんだろぉ。面白すぎて笑っちゃうよおおおお。滑稽だよねええええっ!」

 

「・・・・・・マスター。お嬢様は・・どうしてしまったのしょうか?その、とても正気に見えないのですが・・・マスター?」

 

「ん・・ああ。どうも何者かに肉体を乗っ取られているようだ。見ての通りとても面倒なことになったよ」

 

 ゲームマスターは思案に暮れる。タイミングと言い、やはり彼女が情報を漏らした?

 

 いや、ここに来てからの彼女の様子はとても演技には見えない。娘を見て驚いていたのは間違いないが、それが何に対する驚きかまではわからない。

 

 「なぜここにッ」あの発言の趣旨はどうも他の目的をもってここへ来たら予想外の人物がいた、と読み取れる。いや、少し訂正。彼女には娘の世話の全般を担当させている。有事の際、娘の安全を確保し連れ出す手筈になっていた。

 

 私は異変が起こる前から妙なシステムエラーを吐き続けるメインシステムの点検、調査のためにずっとセントラルコントローラールーム籠りっきりだったのでそれ以降の娘の様子は知る由もない。娘が先にここに来たことから、彼女が娘を連れだす前にあの部屋から居なくなったというか。

 

 どこかでさ迷っている我が娘。探していた人物と偶然鉢合わせ驚いたということなのだろうが、流石に都合がよすぎる。だが、娘モドキが彼女の姿を見た時の反応。あれが協力者を見る目か?

 

 どこか・・納得が氷解したって顔をしていた。一方的に統括室長が間接的に娘の情報を流したのならばあり得もなくもない。だが、その場合は奴がどうやって情報を流した人物が特定できたのかという謎が生まれる。

 

 どれも憶測の域を出ない。さて、どうするべきか・・・

 

「様子もそうですが、あの背中と繋がった赤い糸はいったい」

 

 それは私にもわからない。あれが原因と考えるべきなのだろうが先ほどから赤い糸はどうやっても干渉できない。ここにA部隊隊長がいればよかったのだが現実はままならない。娘の難解な精神構造にああまで居座る時点で奴は普通じゃない。

 

 衝動的で人間の真似事をしているだけの娘の心は奈落をも思わせる底のない真っ黒な穴だ。一度それに触れ死にかけたが同時に分かったこともある。娘は間違いなく”オリジナルアリス”と深く繋がっている。とても、普通ではないのだ。

 

 それでいてなぜ奴は発狂しない。

 

「ほら見て見て―。メンツもいい感じに揃っちゃったわけなんで遂に始めちゃいますねー、あはッあはあッッ遂にィ遂にぃ」

 

「痴れ者がなにをするものぞ」

 

「自分の胸に聞いてみなよッ!今日は!全ての!始まりの日だからさぁ。祝福には立会人がいないとねえええ!!」

 

 ありもしない暴風が巻き起こる。娘の直上。恐ろしいものが解放されようとしていた。

 

 流石に見過ごせないと力を行使しようとするが、ゾワリと鳥肌が立つ。急に感じた頬の冷たさ。大きさからして少女の手。

 

 とっさに背後を振り返ってしまうがそこには誰もいない。

 

 あるのは荒れ果てた一室。奥には扉があり、あの先には―――

 

 ここにきてようやく悟る。私は最初から罠に掛けられていたのだ。今日起きたあれもこれも、私がここにくぎ付けになったことも全て。

 

「掌の上ってことか―――」

 

「マスター!!空間が裂けてッ!このままですと飲み込まれてしまいます!すぐに転移をッ!」

 

「逃げるってどこにだ?もう無駄だ。気が付くのが遅すぎた」

 

 ずっと機会を窺っていたのか。裏切者なんて最初からいなかった。

 

 なんせ敵は――――――私が築いたこのダンジョンそのもの。

 

 ここから先が本物の地獄となるのか。

 

「・・・・・・・・ふ」

 

 ・・・ああ・・そりゃ怒るよなあ、アリス。

 

 そんなに遊びたいなら付き合ってやろう。一度葬った相手に負ける道理はない。今度こそ奈落の底へその肢体をバラまいてやる。

 

 

 娘によって生み出された空間の歪みは口を広げ加速的に飲み込んでいった。ブラックホールを彷彿させる黒の渦はキャンパスを塗りつぶすがごとく、これまでで築き上げてきたものを念入りに消し去っていく。

 

 やがて、暗黒の内から光が突き破りそこで見たものとは・・・

 

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