オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第37話 異物混入

 

 覚悟を決め俺は何でもないと周囲に謝罪し機を見て痴女に小声で語り掛ける。

 

「・・・俺に何か用があるのか?」

 

「ニャ、話が早くて助かるニャン。賢ーい」

 

 じわじわと進む隊列の足並みよりも遅い猫の歩み。次第に後方へと移るが誰もそのことを気に留めない。

 

「おミャーを迎えに来たニャン、恋都」

 

「――――なんで俺の名前を」

 

 この世界に来てその名を口にしたのはフォトクリスとヨルムたちだけ。イグナイツですら知らない。

 

「ニャフフ、なんだって知っているニャ。恋都がこの世界の住人じゃないこともニャン」

 

「さっきの冗談を真に受けてくれるなよ」

 

 知ってて当然だ。信じてもらえなかったがその話はさっきしたばかり。

 

 ・・・その時から既に紛れていたのか、いや名前を知っているならもっと前からの可能性もある。こうやって直接接触してきた時点で俺に用があるのは明白だ。

 

 すげえや、もう次の厄介ごとが満を持して登場かぁ。次はどんな目に合わされる、いったい何の試練だ。

 

「そうゲンナリすることないニャー。これからいいところに連れて行ってあげるからちょっとお願いがあるニャン」

 

「いいとこって、そんな怪しい常套句に乗るやつがいるのかよ。もう少し頭を使って発言しろ殺すぞ」

 

「ニャ、ニャンか荒れてるニャンッ!」

 

「こっちは腹に剣刺してるんだよ。イラついてるって見ればわかるだろ」

 

 ただでさえイライラしてんのに何の利害関係もない奴に気を使うほどの余裕はない。ヨルムー早く助けに来てくれ。この際イグナイツでもいい。これ以上知らない奴と顔を合わせたくない。

 

「仕方がない。約束の時間も近いしここは強行するニャン、ミャーは怒られたくないニャ!」

 

 取り出した懐中時計を確認し胸元に仕舞う。やはりデカい。

 

「ニ”ャーン、隊長!捕虜がおしっこに行きたいって言ってますニ”ャン!ちょっと向こうに行ってもいいですかニ”ャア”ア”ア”!」

 

「はぁ?」

 

「なんだって!?すぐに行ってこい!」

 

 そのまま見事に隊列から離れるのに成功する。あまりにも・・・あっさり過ぎる。ふざけているのか。この強引なやり取りに少しも疑問を浮かべないのか。やはりこの女の仕業か。

 

 急に後悔してきた。このままこいつと一緒に居てもいいものか。離脱できた嬉しさよりも不安がまさる。おしっこはないだろ、おしっこは。

 

「いい訳ないでしょ!アホッ!」

 

 成功かと思われた離脱作戦。だが直下から聞こえた声がそれを阻む。

 

「ニ”ャッ」

 

 バランスを崩し突然転がる猫女。空中に放り出された俺はそのまま地面に受け止められる。相も変わらず硬い地面だ。

 

「こいつの影に潜んで正解だった・・なに、その恰好」

 

「ニ”ャア”ア”ア”ッ!?、ありえないニ”ャスー守護者如きに見破れるはずが――――ん”・・”影?」

 

 ヲタルは影で切り取った猫女の左足の一部を捨てる。通路に直立したままの足先。何をどうすればこうなるのか。切断とも違い猫女の足の半ばからごっそりと肉が消え去っていた。

 

 間髪入れずにヲタルは仲間の影に滑り込む。

 

 ヲタルが逃走を阻止できたのは偶然に過ぎない。もともと部隊の様子がおかしい中でまともに見えた捕虜。その捕虜が急に意味不明なことを叫び出したことと言葉の意味に警戒した。最初は不和をもたらすための狂言だとばかり。部隊員を惑わせるような発言の意図を探るも単身での逃走が不可能な勇者の意図が読めない。

 

 故にボロが出る瞬間を確実に抑えようと考えたのだが・・・思わぬ存在が釣れる。

 

 元より捕虜に対し不信感を募らせていたため念のためにと人知れず特攻【影喰み】で捕虜の影に潜み見張っていたのだが、予想に反して慮外な人物が現れた。影の世界からはしっかりと敵の姿が認識できた。自身の特攻にこんな効力があるなんて初めて知った瞬間でもあった。

 

「戦闘準備ィッ!捕虜ごと殺しなさい!」

 

「待ってくださいッ!副隊長。彼女が一体何をしたと言うんです!?」

 

 隊員たちが命令に戸惑っている。それどころか庇う者までいる始末。

 

 チッ、左足を消し飛ばしてやったのに認識は歪んだままか。あの女のことを正しくできているのは私だけときた。これは・・すごく困った相手だぞ。

 

「ニャニャニャニャ。痛いぃひどい――ニ”ャ!!」

 

「あら余裕そうじゃん。次はどこを消そうかしら」

 

 いつの間にか背後から現れたヲタルによって羽交い絞めになる猫女。後方の仲間の背に隠れたかと思えば忽然と姿を消し自身の背後から現れる。

 やはりこいつも油断できない相手。特攻使いはクソだ。影に潜る度に認識操作もリセットするヲタルに脅威を覚える。なんせ猫女にとって姿を晒すのは想定外。剣聖の認識さえ眩ませればどうとでもなると思っていたのにまさかの伏兵だ。

 

 おまけに認識力を低下させないように組み付いてきた。強力な認識阻害力を考慮した動き。一度離れてしまえばまた振り出しに戻る可能性を考慮している。

 

 でも、生け捕りはちょっと温いよニャー。

 

「ッチ」

 

 ヲタルは組み付きそのまま絞め落とすつもりであった。だが、冴え渡る勘が警鐘を鳴らす。後ろ髪を引かれるが意識を切り替える。逃がした場合のリスクと比較しここで殺すことにした。

 

 対象の首に絡まる交差した両腕の影。

 

 特攻【影喰み】は影から影の移動だけでなく自身の影に入ったものをその部分だけ削る。飲み込むと言い換えてもいい。影で消せる有効範囲は自身と繋がったその影の厚み分だけ。消したものはどういうわけか【蔵書】の魔術で取り出せるので所有する空間と繋がっているようだ。今のように密着してしまえば簡単に相手は死ぬ。障壁ごと影が削り取り肉体を削ぎ殺す。

 

 ヲタルの影が差す痴女の首は音もたてずに一気に消え去った。ガブリと支えを失いボトリと落ちる頭。首から噴き出る血液。胴体は力なく倒れる。余りにも早い決着。これで部下たちの誤解が解けなければ泣くことになる。

 

 

 

「ウ”ニ”ャアアアア、酷いニ”ャン”あんまりだニ”ャン”!」

 

 声の発生源は足元の頭。思わずヲタルの眉間に皺が寄る。捕虜の前例があるため、もしかすればと考えもする。

 A種に不死者に謎の獣人といい、不死身な奴が多すぎる!おまけにどうだ。首が叫び散らす状態でなぜか部下たちは私を注視する。困惑の視線が消えていない。まだ認識阻害は有効で状況は継続中か!

 

 猫女の頭が不意に浮き上がり逃げ出そうとする。寸前でヲタルは両手でしっかりと捕まえる。

 

 だがそれとは反対方向へと首のない胴体が動き出し捕虜を拾い上げ逃げる。一体どっちが本体なんだッ。

 

「ッ・・・おい怪我人はもっと丁寧に扱え!」

 

 捕虜が叫びのもお構いなしと軽快な足取りで複数の尻尾を揺らす首のない胴体。足はいつの間にか回復しており頭とは反対方向へと翔け出し捕虜と共に煙のように姿を消した。

 

 完全にしてやられた――!

 

「ルイゼの死体が、なんで・・」

 

「急に走ってどうしたん?!ッて、アレ?首が取れて・・・??なんだなんだ?」

 

「あれルイゼが2人、いや1人?ん?ん?さっき走っていったのは誰なの?誰ー??」

 

 部下たちに動揺が走る。ようやく認識の齟齬が広がりだした。それにしても”ルイゼ”か。やはりこいつは”ルイゼ”に見えるのか。祈り手たちとの戦闘に参加していたのはどっちなのだ。

 

「私の部下を――本物のルイゼを殺したなッッ!」

 

「ニャニャニャッ!もう遅いニャ!行動は終了したニャッ!勝利宣言だニャアアアアア」

 

 こ、こいつッ!もはや相手をしてられないと影に飲み込もうとするも不意に頭も消え去った。気配が完全に消える。

 

 ヲタルは焦りを抑え先ほど捨てた足の一部を拾い上げ足の一部を媒介に魔術【隷属の心理】を発動する。効果は媒介を通じ対象の位置を追うと単純極まりない。媒介を必要とするが精度が凄まじくそこから派生した魔術で遠隔追撃可能と優れもの。

 

 対象が飛んだ先はここよりも3つ上のフロア。すごい勢いで反応が離れていく。【転移】が使えるものは限られており、この状況で動けるのはヲタルだけ。すぐにでも追いかけたいところだが状況の呑み込めず混乱した隊員たちはどうする。

 

 だがこのまま逃がし時間を与えれば奴の認識阻害で存在そのものを意識できなくなる。ルイゼのようにいつでも入れ替わり潜り込むことが可能。ここで確実に仕留めなければまずい!単独行動は危険なのは承知。やはりここは強引にでも行くしかない!

 

 せめて隊長には伝えようとしたのは一番信頼した人物であったからだろうか。隊長に声をかけようと姿を探すが――――

 

「いない・・・・そんな馬鹿な!?」

 

 いない、どこを探しても見つからない。

 

 まさか、

 

 まさか―――!?

 

 

 

 

 

 

「やったやったやったニャア!これで遂にッ!」

 

 恋都を抱え凄まじい速度に身を窶し点々と異なる座標に姿を現しては消える。こうなれば誰にも止められない。

 

 感じるのだ。約束の日はもう近い。世界を隔てる壁の向こうに蠢く情念が今か今かと待ちわびている。

 

 待ってて、待っててね!今行くよ!

 

 空間と空間を結び飛ぶ、道順を無視した航路。それは壁の中だろうが転移先に何があろうと構わぬと飛び続ける。無謀にも思える無茶苦茶で危険な行為。だが恋都と”チシャ猫”は常識から外れた生命体だった。

 元よりチシャ猫は”現実”を透過可能、方や恋都は転移先の物質に体が融合しようと死とは無縁。そのまま体を引きちぎり進んでいく。普通なら味わうはずもない体験を前に恋都は地獄を見ていた。

 

 まただ。また想像も及ばぬ地獄を味あわされている。

 

 軽々と前回のハードルを越えていく。

 

「―――――――――――――――」

 

 声にならぬ悲鳴が木霊するもチシャ猫には関係なかった。

 

 そんな彼女らであったが不意に空気が煌めいた。

 

 耳に走る痛み。チシャ猫の耳の端が斬られていた。

 

「うっそッ!まだ追ってくる!!?」

 

 語尾を忘れるほどの焦りとともにダミーの分身を設置していくが次々と斬り払われていく。

 

 目に見えぬ追跡者の存在。気配だけがどんどん近づいてくる。少しずつ広範囲射程の斬撃の精度が修正されてきている。

 

 ―――こんなことが出来るのはヤツだけ。

 

 確実性を高めるためにもう少し例の場所に近づきたかったがもう追いつかれてしまう。壁の中に転移するとどうしても恋都が引っかかり一瞬動きが止まる。そこを狙われると回避しようも無い。

 

 この一撃が”一文字”であればいかにチシャ猫であろうとも死ぬ。

 

 ならば・・・どうする?

 

 

 

 

「―――――――――――へーい!」

 

 不意に閃が走り音を立てて壁が崩壊する。ブロック状の瓦礫の山からA部隊隊長セイランが姿を現す。

 

「鬼ごっこはもう終わりかー結構疲れたね」

 

 

 息一つ乱れることなくセイランは余裕を見せつける。

 

 チシャ猫は戦慄する。

 

 道が無ければ作ればいいと物理的に障害物を細かく斬り刻んで追ってきたのか・・・壁といっても中にはパイプや細かいケーブルの束、非常時の防衛システム等が埋め込まれている。そもそもこの施設は下の階層ほど通路間の壁は厚くなっている。ここは第二階層なんだぞ。第三階層からここまで何キロあると思ってるんだ。

 

「た、隊長さん、どうかしたのか・・・ニャン?」

 

 チシャ猫は完全に気圧されていた。化け物が化け物にたじろいでいた。そもそもどうして攻撃ができるんだ。チシャ猫は完全に認識外の存在。時間と距離の長さが認識を遮断していく。何年も会ってない遠方の友人など他人と変わりない。お前たちでは認識できる世界のお話ではないのだぞ!?

 

「どうかしたって言われても。普段は冷静な副隊長があんなに取り乱したんだ。もしかしてお前が例の内通者か”ルイゼ”?」

 

 ルイゼ?・・・こいつ!全然私の事を正しく認識できてないじゃないか!?裏切りの内通者って思いっきり勘違いしている。

 

「ヲタルは・・冷徹な奴に思われがちだけどさ、あれでも結構かわいい奴なんだ。考え込みすぎると変なことしてしまう困ったちゃんな所もあるけど、そこは愛嬌だねうんうん。とにかく副隊長が味方に”特攻”を惜しげもなく使った時点でお前はクロだと、私は思うのだ。それに知ってるか?あいつは絶対に同胞相手には奥の手は使わないんだぞ」

 

 隊員として潜り込んだのは失敗だった。部隊間であろうが個人間でのやり取りでも完璧に再現可能。そこには誰も知らない個人の秘め事も含まれる。齟齬が産まれても勝手に辻褄が合うようになっている。

 

 だが、セイランとヲタル間にある信頼まではいじれない。演じるだけで手を加える改ざん能力は有していない。それは”役割”を超えた動きだ―――

 

 嘘も現実も関係なく両者間の根底に在する信頼関係。不変の正当性までは手が及ばない貴き領域。突然のトイレ宣言にも逃走にも違和感を抱かなくても副隊長とのこれまでの信頼からセイランは疑いことなく”ルイゼ”である私を殺しに来たのだ。

 

 ああ、副隊長に認識されねばこうも面倒な話にはならなかった。絆の力とは恐れ入った・・・だが想いの強さはこちらも負けない。

 

 地獄から”あの子”を救い出すために、黄金の午後を取り戻すためならばどんなことでもやってやる。

 

「もし間違っていたらすまない!だが許可なき逃走は斬らねばならない。わかってくれるんだなッ!」

 

 激突は、避けれない。

 

 とてもじゃないが・・・チシャ猫が勝てる相手ではない。

 

 だらだらと汗が流れ落ちる。

 

 約束の時まで僅かに時間が足りない。

 

 勝負は一瞬、何もできずに死ぬだろうと予想される。だが、”チシャ猫”である私の役割は既に完了している。”こちら”で果てようと他の者たちが次を引き継ぐ。

 

 後悔など・・・いや、最後にあの子の顔がみたかったなぁ。

 

 思い返されるは断片的で朧げな記憶。チシャ猫の骨子であり、あらゆる原典。決して忘れるものかと踏みとどまった決意。どんなに姿が変われど、何者にも不要だとされてもあの子のためならばなんだってやれた。

 

 それでも叶わぬ夢であった。ずっと望んでいたはずの夢はいつまでも夢でしかなかった。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 想いと思い。その二つに相違はなく両者ともに内なる炎を抱き向い合う。笑い捨てるには大きすぎる輝く標。

 

 言葉は無くともお互いに垣間見せた一面がさらなる力を引き出した。いままさに隊長の構えが、一文字が、放たれんとしていた。

 

 

「―――グゥッうう」

 

 

 ただ、あまりにも集中しすぎて閉ざされた二人の世界。完全に忘れ去られていた者が声を上げた。

 

 チシャ猫が抱えていたはずなのに、つい脇から落としてしまった声の主。今更ながら気が付いたのは秘密だ。そうだ、”こいつ”は守護者に対して人質に成り得るのだ。

 

 僅かに生まれた間だが結果的に、それは確かにチシャ猫の命を繋いだ――――

 

「ッ!?」

 

 セイランの前に現れた突然現れた黒い力の奔流。それはまごうことなく空間異常であった。

 

「間に、合ったっ・・・」

 

 安堵のセリフ吐くチシャ猫は背後から発生した別の空間に恋都ごと飲み込まれた。

 

 

「あ”あ”ー逃”げ”ら”れ”た”ッ!!」

 

 セイランは見事に逃げられてしまい行き場のない怒りに叫ぶ。おまけに捕虜も逃がしている。このままでは副隊長に合わせる顔がない。捕虜の事を考え”一文字”の使用を躊躇ったのが敗因か。このままでは今まで積み上げたかっこいい隊長のイメージが崩れてしまう。追い詰めておいてみすみす逃がすとか詰めが甘い。でも、どうしても捕虜の存在が無視できなかったのだ。死なないとわかっていたのに、だ。

 

 それでもまだ終わったと諦めるにはまだ早い。逃げたのならまた追いかければいい。迷うことなく深淵を彷彿させる漆黒の闇へと身を投じた。軽率かもしれないがチシャ猫の反応から安全だと判断する。なんせこれが現れた時安堵の表情を浮かべていたのだから。

 

 

 

 空間異常はさらに広がっていく。

 

 どこまでも膨張するかと思われた黒い球体は優にダンジョンの7分の2を飲み込みそのまま消え去った。ダンジョンそのものには一切の変化もなく飲み込まれたのは生物だけ。

 

 世界は知ることになる。

 

 誰もが忘れし黄金の午後が始まったのだと。これまで紡がれてきた騒動。全てはあくまでも前奏に過ぎなかった。

 

 偉大なる栄光は陰り軋むは常世の形式。

 

 歪みは更に捻じれ勇者の首に手が伸びる。あと、もう少しで、光を伴って救世主が現れる。

 

 伴奏は途切れ歌声は掠れる。隣人の嗄声などまだ生ぬるい。

 

 約束の日が訪れてしまった。

 

 あとはただただ―――堕ちていくのみ。

 

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