オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第38話 狂ったお茶会は廻る

 

 これは何処とも知れぬ世界のお伽噺。夢破れし者の記憶の断片。

 

 新緑の大地にて迷い人は静かに眠る。

 

「おーい起きろー」

 

「・・・・・・・」

 

「おーい。おーいてば。いつまで寝ているつもりだ。そろそろ起きるといい」

 

 暖かな日差し。体の全体がポカポカとしていて気持ちがいい。先ほどから聞こえる呼びかけを無視したくなるほどの安らかな朝風、恋都はいつまでも寝ていられそうだった。

 

 鬱陶しい呼びかけもさることながら気だるげな体に歯向かう事は蛮勇と言えよう。愚者は騒ぎ賢者は眠る。俺がどちら側かなど問うのも烏滸がましい。

 

 その考えは熱々の紅茶が入ったティーポッドをぶつけられるまでは確かにそうであったのだろう。

 

「ア”ズァッッッッッッッッ!!!?」

 

 頭に衝撃が走り中の紅茶も浴びせられ突っ伏していた長大なディナーテーブルから飛び跳ねる。マカロン、ケーキ、ワッフルと多種のお菓子が入った皿やケーキスタンドの上で転げまわる。熱いのもそうだがティーポッドが激突し額が割れた。さすが陶器製、ドクドクと流血している。

 

「やあおはよう、今日もいい朝だね。こんなにも素晴らしい一日の始まりを沈黙のまま迎えるのは失礼だな君は」

 

「だからって、ティーポッドが割れる程の力でぶつける奴があるかッッ痛いんだが!?」

 

「そうかね。では次は君をティーポッドに投げるよ」

 

「いや物を投げるなよ・・常識ないのかよ」

 

「ふむふむ愚問だね。最初に言葉を受け止めない君が悪い。無視される吾輩の気持ちを無下にするからだ。いいざまだよ」

 

 カラカラと笑って見せるテーブルの向こう側に座する女性。恋都は恨めしそうな視線を送るも知らぬ存ぜぬと”帽子屋”はいつもの調子で紅茶を飲む。

 

 ああ、おかげでお気に入りの紳士服がお菓子まみれになってしまった。恋都は服から手で払落し少々つまむ。おいしい。ここずっとお菓子しか食べていない。ここの住人はみんな糖尿病だが無駄に元気である。全然よろしくない。甘いものしかないんだ糖尿病君とだって仲良くなれるさ。それが病気との付き合い方だ。

 

「まったく君のせいでせっかくのお茶会が台無しだ。可哀そうに、見たまえこの陶器の破片にまみれたケーキ君の無残な姿を!もぐもぐ美味しい!」

 

「食べ物を決して無駄にしないもったいない精神は称賛に値するが無理して食うな。口の中血まみれじゃないか」

 

「ん――」

 

 帽子屋の血まみれの口元をハンカチで拭う。うわ全然血が止まらねえ。きたねえ・・・

 

 小さな体に奇天烈な服装。特長ともいえる帽子も変てこりん。大雨だろうが嵐の中でもお茶会を決行するような狂人であるがこんなんでも行き場のない俺に居場所をくれた恩人だ。もっぱらの仕事は身の回りの世話ばかり。まるで召使。野良犬のような匂いを嗅ぐわせるこの風呂嫌いをどうやって風呂に浸けるかが最近の悩みだ。風呂の水を全部紅茶にすれば入ってくれるか・・・?

 

「なあ臭いし風呂に入ったほうがいい。臭くてお茶会どころじゃないんだが?」

 

「おいおい。今まで服の着脱をしたことのない吾輩に脱げというのか?君が吾輩に求婚するなら素敵な帽子を献上しろ。そうすればすぐにでも拝めるさ」

 

「トイレもまともに行けない奴は御免なんだが?」

 

「何もかも君が悪い。君を拾ってからどんどん生物として退化していくのを感じる。最近じゃ息の仕方も忘れるほどに」

 

 だから最近顔を赤くしたり青くしたりしてもがき苦しむのか。そのたびに人工呼吸させられるノネズミの殺意に満ちた目が恐ろしい。え、俺?臭いからやだよ。きっと吐く。

 

 テーブルクロスを叩き片付けをしているとどこからともなく声が飛ぶ。

 

「ヒュー到着惨状!!」

 

 ガシャンッ!ガラガラ!

 

 上空からの生身の落下。テーブルの上でスライドしながら食器を薙ぎ倒し、何者かが両手を開きキメポーズを決める。流石オーダーメイドなテーブル。なんともないぜ。

 

「おお!!君は、君は・・・・・・・・・・・・・」

 

 帽子屋はいつものお茶会メンバーの登場に動揺することなく抱擁しようと立ち上がるも、すぐに座る。

 

 俺はそんな彼女にそっと耳打ちする。

 

「ツキウサギ・・・」

 

「なんだいきなり・・誰だ?そんな名前の知り合いはいないのだが・・・君はツキウサギに失礼だな」

 

「どういうことだ恋都!帽子屋の頭がまた悪くなってるじゃないか!何の為に君がいると思ってるの!」

 

「うるさいんだが・・・こっちは介護で手一杯なんだよ。あと机の上で寝そべるな潰れたお菓子を食うな服を脱ぎ散らかすな」

 

 特長的なゴーグルに飛行機乗りを思わせ服飾。だらしなく胸を開き煽情的な色気を醸す彼女はツキウサギ。最近月に帰郷していたはずだったがもう帰ってきたのか。あれ?でも昨日も会ったような・・・

 

 ツキウサギはそのまま帽子屋の膝に腰掛け聞いてもいないのに話始める。彼女は非常にお喋りだ。秘密だってあることないことペラペラと喋る。でも目が悪いのか壁と話していることもある。

 

「月に帰郷したのはいいがあそこはどうにも暑すぎる。おまけに瞼を閉じても光り輝いて眩しいし目が潰れるかと思ったな。もう二度と行くものか!さらば宇宙放射線に紫外線!スペースデブリは物凄く痛かった!」

 

 それ月じゃなくて太陽だろ。と心の中で突っ込みをいれながら胸元に目が行く。

 

 ・・・おかしいな前に比べて大きくなっていやしないか?つい可愛そうな帽子屋へと視線が移る。

 

「ふむ、なぜこっちを見るのかね・・・・・おい」

 

「ふ、恋都もやっぱり気になるかーほらほらふはは」

 

「おい、惑わされるな。あれは脂肪の塊にすぎんのだぞ。きっと健康にもよくない!被曝するぞ」

 

 ツキウサギは自ら襟元を伸ばし更に胸元を強調する。ギリギリのコーナーを攻め今にも乳房が零れ落ちそうだ。

 

 スケベな太陽もニコニコと眺めている。余りにも近い。焼け死んでしまいそうだ。

 

 ボ!

 

 音を立て草木が発火し、俺たちも炎に包まれる。この痛み、何だか前にもこんなことがあったような・・・

 

「う”お”お”お”お”お”あ”あ”あ”あ”も”え”る”る”る”る”ッッ!!」

 

「見ろツキウサギ。そんなもの見せるから恋都が発情してるじゃないか。なんだか楽しそうだね」

 

「いやーこれは私のおっぱいが悪い。そうなった責任を取るから許してくれ、まったく仕方のない奴だ!HAHAHA!」

 

 炎に包まれながらも優雅に紅茶をすする帽子屋とツキウサギ。笑いながら俺を指差す。

 

 なんでこいつら平気なんだよおおおお。文明どころか地球の危機だろがあああああああ!

 

「ちょっと待ってくれ私は見ての通り夜行性。すぐに夜にするから、ねッ!」

 

 帽子屋の膝から勢いよく飛び跳ねるツキウサギ。ただのジャンプで空高く跳ね上がり接近した太陽へ迫る。座ったままどうやって跳躍したんだろうか。

 

 その跳躍は第二宇宙速度を超え、太陽を砕いた。その影響で重力異常が発生。太陽フレアに曝され世界が終わる・・・なんてこともなく。

 

 降り注ぐ隕石群を背景に炭化した恋都の手を取るツキウサギ。夜空には数多の星が流れる。その光景はなんとも幻想的で男女の仲を深める絶好のシュチエーションである。

 

「なんだ緊張しているのか?そういえば君とこういうことをするのは初めてだったな。なーに病気持ちになるぐらい経験のある私だ任せておけ」

 

「・・・・・・・・・・」

 

 炭化した俺の手をとるがボロボロと崩れる。それでも語り掛けるツキウサギの姿は狂気に満ちていた。

 

「もしかして、照れてるの?意外にかわいいところがあるじゃないかHAHAHA!」

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッ!?うるさいッ!うるさいッ!うるさいッ!!!」

 

 近くに着弾する度に爆音と衝撃破をまき散らす流星群。いよいよ我慢できなくなったノネズミがテーブルクロスを突き破りテーブルの下からのそのそと這い出る。同時にお互いに激突し合いながら大量の酒瓶も転がり出る。その流れはすさまじく次第に大地を埋め尽くしていく。とてもテーブルの下に収まる量ではないが・・・・なんだいつものことか。

 

「そんなところにいたのかノネズミ」

 

「さっきからうるさいッ!眠れない!」

 

 机の上で酒をあおるノネズミ。肩を露出させるオフショルダーの上からファーの付いた上着をだらしなく身に着けている。酒瓶の濁流に呑まれる事なく同じように避難した帽子屋の胸倉に掴みかかるが逆に倒れ、そのままうずくまるノネズミ。背丈で勝るノネズミは極度のアルコール摂取で筋力が衰えていた。腹が減ったのか燃えカスとなったお菓子の残骸を口に入れ・・・吐き出す。口直しにとまた酒瓶を探す。

 

「うう、ぉ、お酒。空いてるボトルは・・・うぶぇ」

 

「こんなにもお茶会日和だ。君も紅茶を飲め」

 

「う、っく。ワインでもいーい?カップに入れたら紅茶、だよね」

 

 そんな中、遠くへ流されたはずのツキウサギが酒瓶の海から帰還する。空のティーカップを震えた手で抱えるノネズミにワインを投げ渡す。

 

「お酒ー!!ごくごくうぇーうめめー」

 

 そのまま受け取ったワインのコルク栓を噛み砕き破片と一緒にラッパ飲みにする。幸せそうに酒をあおる姿になんだか帽子屋たちも嬉しくなる。帽子屋はツキウサギから服に包んだ黒い塵の山を受け取り語りかける。

 

「君が来てから吾輩たちも変わった。多少の変化であれどこれは君にしかできないことだ。この小さな変化が楽しくてたまらないよ」

 

 ”唯一”まともな帽子屋に狂人ツキウサギ、アル中ノネズミ、そして無自覚の咎人である恋都。いつもの四人が揃えばやることなど一つに限る。

 

「よしいつものメンバーも揃ったことだし、今日のお茶会を始めよう!」

 

「待ちかねた!」

 

「おー、うぶぇっうぇうぇ」

 

「・・・・・・」

 

 いつものメンバー。いつものお茶会。今や安全地帯と化したディナーテーブルの上で座り、それぞれが持ち寄ったティーカップを掲げる。終わらぬ流星を背に地平線まで酒瓶で覆いつくされた世界で今日もお茶会が開かれる。

 

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