オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第39話 生ある限り悪夢は綴る

 

 何もかも満たされた夢のような世界。

 

 そこに―――ノイズが走る。

 

 そう、これが俺の日常。自分がどこから来たのかもどうでもよくなるほどの濃い一日。あきれるほど繰り返される平和な異常世界。おかしなことばかりで俺を心の平穏に誘う。

 

 違いがあるとすれば・・・今日は珍しく夢を見たぐらいか。

 

 黒い灰からいつの間にか再生した俺はそのことを何かに引っ張られるように切り出した。

 

 いままでお互いに夢の話なんて一度もしたことはない。でもどうしても話したくてしょうがなかった。湧き上がる衝動を抑えきれなかったのだ。

 

「なあ、話があるんだけど」

 

「ほう、君から話を振ってくるって珍しいね、ようやく心を開いてくれたようで嬉しい。ようやく帽子の素晴らしさに気が付いたか」

 

「理解が遅すぎる。恋都も酒飲め。そのままノネズミが寝ゲロで死なないよういつでも助けれるように添い寝しろ」

 

「あーずるいな。出来れば私も混ぜてくれよ。そんで毒の電波について語ろう。知ってるか衛星としての月の本当の役割は――――」

 

「話が脱線するからちょっと黙っててくれないか」

 

 話に付き合うと脱線し何を話そうとしたかも忘れそうだ。奴らの常套手段。彼女らの相手をまともにしてもいては朝日が昇ってしまう。

 

「今日さ、変な夢を見たんだ。ある日突然別の世界に飛ばされるって内容なんだけどさ、まず・・・・」

 

 つらつらと語られる内容。最初は記憶を思い出すようにたどたどしく語られる夢の内容だったが、その様子は次第に変化していく。

 

 それは誰かに語るというよりも断片的な夢の内容の再確認と化していった。異世界召喚という突拍子もない夢特有の超展開。爆発で体の多くが欠損した時は夢でよかったと安堵したこと。そこで出会った名前の思い出せないどこか孤独を感じさせる金髪の少女。光り輝く未知の領域での意味不明な出来事。

 

 どれもが飛び飛びで繋がりを感じさせないエピソードだが話す内に歯車が噛み合っていく。興奮気味に話が走り始める。

 

 それから偶然、ダンジョンに飛ばされ最初に出会った人間の枠を超えた獣人?の異常者に殺されたことで、俺が不死者と呼ばれる存在になったことを自覚したこと。そこでいろんな奴に出会いと別れがあった。 敵なのか味方なのかも判断に困る連中だったがみんな誰もが譲れぬもののために戦っていた。その過程で酷い目にもあった。敵ごと焼かれ、力任せに体を引き裂かれ、生きたまま脳を食われ、剣で串刺しにされ、凍死、圧殺、斬殺、刺殺等・・・何度死を迎えた?

 

 ・・・というか俯瞰してみると獣人女に殺されすぎだろ。何回殺されてんだよ。ムカつくな!

 

 そうだ、あいつはどうしようもないぐらいに化け物で俺が見てないとマジで何をするかわからない。自分本位で表に出せない異常性を抱えていて、父親のことが大好きな世間知らず。あんなの体がでかいだけの子供じゃないか。

 

 なぜこうも・・・・気が付くとすぐあの女のことを考えてしまう。初めて出会ったはずなのにどうにも親近感を抱いていた。

 

 共通点などあるはずもないのに。

 

 俺は――――何を感じ取った?

 

 

 

『――もう大丈夫』

 

『―――あとは進むだけ』

 

『――――なんせ君には立派な足がついてるのだから』

 

『だから――――早く来て』

 

 

 耳元で何者かが囁く。

 

「!!」

 

 ディナーテーブルの奥に”また”みすぼらしいエプロンドレスを身に着けた少女の姿が見えた。いつだって感じていた既視感の正体。何度も見かけたはずなのに幻覚だとばかり・・まるで今までの生活が嘘に思えるように思考が鮮明になっていく。

 

 言葉にできない漠然とした事実。折り合いをつけ、ようやく俺の口から零れ出る。

 

「イグ、ナイツ・・・」

 

 その名と共に変化が巻き起こる。気が付くと俺は草が生い茂る朝露に萌えた世界でいつも通りに椅子に座っていた。帽子屋に起こされた時と全く同じ状況。違いは既に席に座っているツキウサギとノネズミの存在ぐらいか。

 

「・・・・はぁ」

 

 帽子屋は紅茶を飲み終えると残念そうに息を吐く。それは憐れみと諦めの混じった意を同居させるものであった。

 

「・・・・世の中忘れていたほうがいいこともある。綺麗ごとのように聞こえるだろう。でも君に関しては本当にどうしようもない。紅茶を手にこのまま会話に舌鼓を打ちながらなんでもない毎日に称賛と畏敬の念を送り語明かすべきだよ。それが君には相応しい。ここにはなんだってあるのだ。酒に女にドラッグ、この世の快楽が詰まった世界だ。なんせ・・・・」

 

「夢の世界・・だからか?」

 

「ただの夢じゃない。先ほど起きた支離滅裂な光景は全部現実だ。夢の住人にとってこちらが現実。君がいた現実世界が滅ぶような出来事でも陳腐な結末しかもたらさない。その体が惜しければそのままここにいろ。今なら私たち三人と結婚できる権利付きだ・・・それともこういうのは嫌いかな・・?」

 

 帽子屋は悲しげな眼でそっと呟いた。嫌に耳の中で残響する。時間が凝縮されてるのだろうか、帽子屋たちとの様々な存在しない記憶が次々に蘇る。時間の流れすら自由な世界だ。多分、本当の記憶なんだろう。今日をいつまでも繰り返す日々。どこか狂っていて無駄に躁鬱を抱えているがどこか愛嬌のある真の仲間たち、ああ・・・

 

「ああ・・嫌いだな。この世界は・・・息が詰まりそうだ」

 

 その質問はあまりに卑怯だ。

 

 ノネズミ、いつものように酒を飲めグラスが空だぞ、ここにきて節制のつもりか?ツキウサギも黙ってないで何か喋ろ。罵倒でも何でもいい、いつもの元気な姿を見せろ耳が垂れてるぞ。普段は絶対に見せないしおらしい姿の落差が言外に俺を責め立てる。そう思えるまでに毒されていた。するりと胸の内に入り込むな。なんだこの親近感は・・・???

 

 俺はテーブルに腕をかけ席から離れる。発言に後悔はない。

 

 とにかく・・・すぐにでもここから離れたかった。

 

「理由もないくせにそんなに帰りたいか!ここは既に遠き世界なんだぞ。とても帰れる場所ではない!」

 

 ドン!と腰に人の重みを感じる。誰かが後ろからしがみ付いている。

 

「やめろ行くなっ!君であっても”死ぬんだぞ”!!ここにいれば”吾輩”が何とでもできる。誰にも干渉させやしない!」

 

「・・・・優しいな帽子屋は。でも鬱陶しくもある。俺は・・俺のことがどうやっても好きになれそうにない」

 

 なぜこうも俺を気遣うのか。理由に心当たりが無くともそれが本気の感情だと理解はしていた。それを疎ましく感じるのもまた俺の本質でもある。だってまるで関係ない奴に心配されても、どの口がって思っちゃうだろ?

 

 

 作られた体に命。最初のころは何とも思わず人類の礎になろうと努力してきた。だが、アカデミアの外での暮らしが始まり新生活に落ち着きを見せし頃、実績の為にと応募した例の海での現地調査の際、俺は―――変異してしまった。

 

 そのこと自体はたいした問題ではない。寧ろ有難味を感じているくらいだ。遺伝子構造の変性、変異を自覚してから目に映るすべてから歪みを匂わせる。何より嫌だったのが自分の体。細胞の一つ一つからして常人の人間のそれとは違う。身体能力に知能指数どれもが遥か上を行く。改造人間とは俺の勝手な自称だ。人間の枠を外れたと素直に認めきれない未練がましさの表れだった。でも、この時点ではまだ俺は俺のことが嫌いではなかった。

 

 人類が追い詰められた結果生まれた科学の特異点。新人類とも言える存在。俺以外の個体も続々と新技術や理論を提示し研究成果を上げていた。

 

 だが”第一世代の子供たち”である俺たちにも明確な欠陥があった。

 

 生殖能力が無い。

 

 いや、正確にはまともな子供が作れない・・だ。

 

 変異前は何とも思わぬ事実であったのに変異後にここまで苦しむことになろうとは思ってもいなかった―――

 

 

 俺は知っている。生殖能力が無いといっても性行為自体は可能だ。性欲だっていっちょ前にある。問題なのは俺たちが既に人間の枠を超えていたことだ。”第一世代”の強化された体。精子や卵子も例外ではなく強い生存本能が100%の確率で着床させる。

 

 問題なのは疾患があり、まともな子供が産まれないという点。

 

 俺は可能性に気が付き居ても立っても居られずプロジェクトの立ち上げに深く関わりのある甘兎博士に問い詰めた結果、俺は残酷な現実を突きつけられ後悔することになる。

 

 「覚悟はいいかね」と聞かれ頷いたはずなのに記憶に残っていない。取り出した記憶媒体の中にはある出産の映像が収められていた。

 

 産まれてくるはずの赤ん坊は・・人の形をしていなかった。あれはとてもじゃないが人間と呼ぶには・・・違い過ぎた。母体の腹の中から食い破り現れたそれが人間であって欲しくなかった―――

 

 

 

 

 ・・・・その日はどうやって家に帰ったのか覚えていない。その場では平静を取り繕えていたとは思うが博士と何を話したのか覚えていない。俺はどうしても信じ切れず、心ここにあらずな灰色の生活を送っていた。どうしても認めれず他の個体とは違うのだと、俺だけは違うのだと、選民思想も合いまった思考回路が渦巻いていた。

 

 灰の迷宮から抜け出す方法は一つしかなかった。

 

 遂に俺はある実験を行ってしまった。実証せずにはいられない気質。納得と安心の為に否定材料が欲しくてたまらなかった。保証が欲しかったのだ。ここでやめておけばよかった。止めるべきであったのだ。

 

 人知れず遺伝子バンクから保管された誰のともしれない卵子を盗み出し、俺はそれを使い、、、、、、

 

 

 

 

 

 

 

 ぶもぉ、おぴゃががぃごぎゃぎゃぴゃぴぴ

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・マンションの裏手にはとても小さな空き地がある。構造上偶然生まれた余剰スペース。そこには、小さな石が積まれている。掘っても中身は無く何も埋まってはいない。形ばかりの自己満足。許しの残痕・・

 

 ―――俺は、余りの恐ろしさと絶望と後悔から人知れず研究資材に紛れさせ”それ”を外界に投棄してしまった。人の姿から外れた異形に厳しい社会が”それ”の生存を認めるはずが無かった。なにより俺がその事実を無かったことにしたかった。

 

 せめてもと新天地を願い放流したが・・・俺もまた心のどこかで人知れず死を望んでいた。忘れたかった。殺す覚悟も無く、保身のために露呈を防ぐための中途半端な処置。優先すべきは社会奉仕の使命だと都合のいい合理化を図る浅ましさ。

 

 それは、心に消えない大きな傷跡を残した。歪みの根源たるトラウマ。あまりにも身勝手で自己中な振る舞い。自覚はあっても正せない。

 

 その頃から俺は時折、社会全体に対し疑問を抱くようになった。そうまでして秩序を維持してなにを得るのか・・・枠からはみ出した者に何が残る?

 

 ・・・アカデミアの外で暮らす者には高性能自立稼働人形であるルドラサルムが配られる。家事の手伝いや他の雑務を行い研究のサポートをする名目で与えられるが、実はもう一つ理由がある。人形どもには性処理機能が付けられている。それがどういう意味なのか考えるだけで苛立ちが募る。

 

 ”第一世代”は性欲が強く、無作為に遺伝子をばら撒かないようにするための処置であり無作為に遺伝子をばら撒かない為の機能だと想像がつく。確かに学園時代、男も女も性別関係なしに引っ付いていた。気味が悪く居心地が最悪だったからこそアカデミアを抜け出した。

 

 同族である第一世代の中ですら居場所を感じぬ俺に安息の地は・・・・例の墓の前ぐらいだった。

 

 墓場は無言で俺の存在を肯定してくれた。

 

 徹底的な監視社会。恐らく普段のバイタルも人形経由で把握されている。他のご同輩では思考に制限が掛かって気づきもしまい。真意に気が付いた途端にお世話兼性欲処理用の人形が鬱陶しくなった。他の人形どもも目障りで気に入らない。何をするにしても周りを気にせねば始まらない世界など息苦しくて仕方がない。

 

 ・・・あれからどうにも鏡が気になってしょうがなくなった。俺は本当に人の形をしているのか。再確認するように何度も何度も鏡を眺め続ける。皮一枚隔てた所に俺も知らない不純物で埋め尽くされている。全て他人から意図的に与えられたもの。薄っぺらい肌の下で何かが這いずるような感覚を覚えるようになった。自分の知らない生物が蠢いているような感触。それでも強化された強靭な精神は気にしない。そんな自分が・・気味の悪い。

 

 ―――我々は自然の摂理に反している。

 

 俺はただ証明したかった。どんなに歪んでいても生物として真っ当であると。まともに子供さえ、生物としての在り方を証明していればこうもならなかった。

 

 あの件がどうやっても忘れられない。違和感は膨らみ続け許容範囲は優に超えていた。

 

 ・・・血の繋がりは嫌いだ。それでも己の証明の為にそれを求める矛盾。エゴを優先したからこその現状。子供も結局は俺にとって都合のいいトロフィーでしかなかったのだろうか・・・

 

 外で”第一世代”を見るたびに同族嫌悪に陥る。見えない鎖に繋がれた自覚無き畜生。自身もその枠組みに含まれているという事実が苛立ちを募らせる。誰よりも我慢を強いられる。次第にその存在が許せなくなる。それに関わる者すらも。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとはいい言葉だ。

 

 自身を産み落とした者たちにも自然とその嫌悪感が向くようになるのは時間の問題だった。この都市にしても、俺が積み上げた小石の墓と一緒だ。誰かが押せば簡単に崩壊する社会。あちらこちらに火種は燻り不発弾が眠っている。滅びゆく人の時代がまっとうな流れに思えた。それでも人の世を永らえそうとする植え付けられた脅迫概念に使命感と責務。反逆行為は許されない。

 

 その結果生まれたのが”不死の薬”であった。完成品を作り上げるまでにどれほどの犠牲者を出した?そのことに何の罪悪感も抱かない冷淡さ。明確な階級分けによる差別を利用し人民の幸福度をコントロールするために生まれる最下層の者たちへの憐れみ。

 

 自分の中での社会貢献とエゴのすり合わせにどんどんずれが生じていく。

 

 薬の目的は種の存続が目的と謳うが建前にすぎない。可能性の提示と見せかけた劇薬の投入。不死者の登場で既存の価値観を破壊したかったのだ。ああ、あと少しで発表会だったのに直前で爆発テロに巻き込まれ俺が不老不死になってしまうと誰に想像できる。

 

 

 

 

 それでも俺は異世界に来たことで新たなる視点を得た。大怪我に反し驚くことに精神的に余裕を得ていた。痛みなど大した障害ではない。

 

 都市とは関わりの無い新天地の住人。最初に出会ったフォトクリスの苛烈な奔放さ。どんな状況でも必死に生を謳歌していた。その印象は強烈で俺とは真逆な在り方。体裁を包み隠さぬ犠牲も厭わない精神性。とても自由だった。

 

 比較対象を得たことで俺は自身の呪縛を正しく認識できた。俺はもっと我儘に生きるべき人間なのだと感銘を受けた。

 

 そんな彼女(あこがれ)からの好意、嬉しくないはずがない。懇意にしてくれた甘兎博士にすら鬱陶しさを感じていたのは産みの親の一人だからだろう。どうせこの感情も植え付けられた偽物の感情。どれもこれも偽物ばかりだ。こんな俺から産み出された”あの子”ですら。

 

 だからか、なんのしがらみも関係もない人間からの好意は新鮮で嬉しかった。境遇も似ていることから親近感や共感だって抱いた。それから様々な人と出会う度に俺は人としての違いを感じて羨んでしまう。

 

 ある願いが膨らんでいく・・・使命感は歪み枷から解放された俺が元の世界に帰還すれば・・・・・成すべきことを成すのだろう。回りくどい真似はもうしなくていい。

 

 あるべき世界へと還るべきなのだ。

 

 

 

 

 

 

「わかるよ、君の気持ち。吾輩たちにはわかるんだ。辛かったね。裁かれたいんだろ?贖罪したいんだろ?」

 

「わかったような口を利く・・・いいから離れてくれないか」

 

 俺を裁いていいのは”あの子”だけだ。まともな形も与えれなかったのだぞ。お、俺は・・・自身の欠陥を認めたくないが為に・・・あんなことを・・・

 

 

 

 

 帽子屋は葛藤する。頑なな彼は知らない。この世界との深い関係性。吾輩たちが彼にとってどういう存在か。この出会いも何もかも偶然でなく必然であることに。

 

 最初は本来の役割(ロール)をこなすつもりだった。だが夢幻世界に引き込まれた彼を一目見て迷いが生まれてしまった。訪れるべき救世主の姿は余りにも弱弱しかった。彼にこそ救いが必要だった。

 

 自己嫌悪、あきらめと破滅願望、そして贖罪。それらに矛盾するかのように湧き上がる強い生存本能。彼の操作された心は制御を離れ、ある切っ掛けからそのタガが僅かに外れた。

 

 その結果生まれてくる感情は負の面ばかり。それでも元の世界に帰りたがるのは帰巣本能のせいか。帰る場所などすでにないというのに。このような精神状態では事情をよく知る一癖も二癖もある夢の住人に取り殺されてしまう。ここで止めるしかない。

 

 例え同情はしても彼に傾倒し協力してくれる他の住人はいないだろう。自身の領域内を出ればもはや私は手助けはできない。中立ではいられなくなる。

 

 そうだとわかっているのに、帽子屋は手を振りほどかれてしまう。

 

「少し思い出したんだ。この世界はある物語をモチーフにしているんじゃないのか」

 

「なんだ・・思い出したのか」

 

 本当に残念だよ。こうなればもうどうしようもない。意識が外に向く。

 

「でもおかしいんだ。俺にはそれを読んだ記憶がないし、そもそも読める環境にいなかった」

 

 だけど、なぜかはっきりとあの作品を読んだ記憶がある。懐かし気な温かさの残滓が感じられた。どうやら俺には俺も知らない過去がある。そしてその事をなぜか帽子屋は知っている。

 

「エプロンドレスの少女。アリスの名前。ここまでの要素を散りばめておいて無関係なはずがない」

 

「・・・・・・」

 

「いるんだろここに、オリジナルのアリスが」

 

 この答えに行き着いたのはやはりA種と呼称されるアリスの存在が大きい。天鳴から吸いだした情報で大まかなダンジョンの構造や施設は把握した。

 

 すべてがアリスを中心に計画が進行しているが計画の最終目的が見えてこない。ゲームマスターはなぜ900年間も同じ実験を繰り返すのか。

 

 ここは紛うことなき異世界であり、まったく同じ文学作品が生まれるとは思えない。恐らくだが”アリス”は俺と同じ世界からやってきたものだ。

 

 ・・まさかだとは思うが架空の創作物の中からキャラクターが飛び出した、なんて事はないと思いたい。あくまでも物語を知る者がそれに類した異能を振るいそう名乗ったことにしてくれと切に願う。そうでないと無茶苦茶過ぎて何でもありとなってしまう。それでは考えもまとまらない。

 

 A種の名を冠すアリス擬きと因子を組み込まれ適合者のみが得る異能。だが異能を持つのは彼らだけでなく勇者もだ。この世界に”不思議の国のアリス”の概念を持ち込んだのも勇者。それも終末戦争時に召喚された古い勇者。それはヨルムという生き証人の発言が裏付けている。その勇者はご丁寧にそう呼称されていたとも語っていた。

 

 ただ、わからないこともある。そもそもアリス擬きのA種たちはどうやって生み出されたんだ?

 

 ここ200年近くは新たなA種の個体が増えた記録がない。だが祈り手のメンバーが増えていることから因子は何らかの方法で調達している。異能が遺伝するのは明白。だが実験期間に比べA種の個体の総数の少なさから必ず受け継がれるようではない様子。祈り手も適応者として選別されていたことから絶対ではない。

 

 巫女たるフォトクリスに聞いた限り勇者は強力な異能を持てど、寿命が延びたり不老になるわけではない。過去に勇者を召喚した実績のある国だからそういった情報が残っていてもおかしくないのでそれを基に考えた。なのでA種の元となった勇者アリスは寿命で死んでいるはず。そう公表されたともヨルムは言っていた。生きていれば現代まで語られるはずがない。国にしてみれば救国の英雄を大々的に押していくだろう。隠すメリットはない。

 

 じゃあアリスたちのあの身体的特徴の共通点の多さはなんだ。すべての個体を見たわけではないが、俺が見た限り小さな差異はあれど全員似ていて姉妹のようだった。それと寿命の長さもおかしい。

 記録によれば最長で800年前の個体もいる。意味が分からない。誰もが10~12才ぐらいの少女の形をしていた。血の連なりはオリジナルの遺伝子からかけ離れていく。

 

 子孫のそのまた子孫とも考えにくい。外界での勇者の存在が半信半疑であった事実も考慮するのなら異能の血脈もまた途絶えたと考えるべきだ。異能があればその証明にも繋がるのだぞ。

 

 この世界の常識はずれな魔法やら奇跡やらの存在が判断を狂わせるが、こうなればいっそ最悪を想定しよう。

 

 ・・・この恐ろしい実験を行ってきたゲームマスターはまともでないのは誰の目から見ても明らかだ。どんな形で生かされているのかまでは知らないがオリジナルである勇者が生存している可能性は大いにある。このダンジョンの成立時期が終末戦争終結時期と重なることとその役割から予測はつく。

 

 今回の異常事態は被害状況からしてゲームマスターにも予測ができなかったのだろう。直近で出会ったあの猫女、あれはチシャ猫をモチーフにしていた。

 

 ・・・帽子屋もだがなぜ女ばかりなのかは知らないがまあなんだっていい。

 

 俺がここに飛ばされるのがまるで当然が如き前提の計画された犯行。そこに俺がどう関連してくる?

 

 なぜ猫女は俺をここに連れてきた。アリスと同じ勇者だからか、それならば召喚された他の勇者でもよかった。あと三人もいるんだぞ。確立にして四分の一を引いたと言うのか?

 

 帽子屋が俺のことを知りすぎている理由もわからない。たまに見える亡霊のような少女の幻影、ボロボロの姿をした彼女はもしかすれば・・・・

 

「仮にそいつがオリジナルのアリスとして・・・・・そうか・・助けを求めてるから俺がこのダンジョンに呼ばれた・・・のか?」

 

「・・・ああ、そうだ。ここはあの子の夢。異能で構成されたもう一つの異界。夢であるが確かな現実。彼女の物語は止まったまま、君は停滞した現状を打開するために呼び寄せられた」

 

 精神的摩耗で一度破綻した世界ではあるが、ずっと彼がこの世界に来るのを待っていた。アリスがこの世界に来たのなら原因の発端である彼も来るに決まっていると、この時を待ち望んでいた。

 

 彼のもたらした記憶と共に新たなる姿で夢の住人はそれを手伝うだけ。

 

「なぜ俺なんだ。それは・・俺がこの物語を知っていたからなのか?」

 

「・・・・そうだな、ああそうだ。全てはオリジナルアリスの精神の摩耗が引き起こした夢世界の大崩壊・・・・・その物語の補完の為だ。ここはそんな生き残りたちの見るも無残な楽園さ」

 

 そこまでは理解したか。だが肝心なところが観えていない。君ではわかりえるはずもない。わかったところでどうにもならない。

 

「愚かだ、君はどうしようもない愚か者だ!」

 

「・・・そう言う割には重要なことは教えてくれないな」

 

「・・・・・・・・・これでも譲歩はした、既に中立の線引きを大幅に超えている」

 

「でも、ありがとう楽しかったよ」

 

 彼は腰を落とし目線を合わせる。残念そうな笑みを浮かべながら抱きしめる。帽子屋の涙が伝うのを肌に感じる。

 

 彼は何をするでもなく理由もなく帰郷を望んでいる。ただ単純に帰りたいから帰る。そこが嫌いな世界であったとしてもだ。認識阻害を自力で破るほどの歪んだ強い使命感。これをどうにかできなかった時点で吾輩にはどうしようもない。そしてその歪んだ認識は元の世界に牙をむく事だろう。

 

「”本物のアリスの魂”を見つけるんだ・・・現実世界のアリスは寝たきりで魂は”今でも”現実と夢の双方で彷徨っている。物語が終わりを迎えれば自然と終結する」

 

「ようはどこかで躓いているアリスを見つけて手助けしろってことかな」

 

「・・次は城を目指せばいい、それとこれを受け取れ。君の牙だ・・・・・恋都、どんなに自分を嫌っていても生きてくれ。君のことを大切に思う人のために」

 

「・・・・・さあ、どうだか」

 

 

 

 

 

 

 

 彼は手渡した剣を受け取ると返事もせずそのまま行ってしまった。その背を見守るしかできなかった。最後に見せた困ったような笑み。きっと答えは変わらないんだろうなと暗に語っていた。運命はやはり向かうべき場所へと終着を望むか。

 

「やっぱり行っちゃたかー。どんなにシチュエーションを変えても仲を深めても人の繋がり程度じゃ留めれなかったな」

 

「何度試しても結局だめ。根が深すぎる。死が確定してしまったか・・・アリスを救うその末に何が起きるかを知らない。まだ間に合うよ、本当にいいの?」

 

 二人が助けを求める眼差しを帽子屋に突き刺す。だが何度もループさせた結果がこれだ。彼の答えは何も変わらず時間だけが過ぎていった。不死者であったからこそできた荒業。夢世界は理不尽だ。その世界の住人でもない生物ではとても変化の流れについていけない。不老不死だからこそ行えた作戦。認識が甘かった。ふとしたことで直ぐに本来の記憶を思い出す。うまくいけば彼ならばこの世界で幸せな生活を送れていたのに。無知蒙昧なるA種のように夢うつつであれた。

 

 吾輩の手の内から零れた彼はまもなく死ぬ。

 

「・・・・・くそ」

 

 せめて彼がまっとうに死ねることを願うしかなかった。

 

 

 

 

 

「・・・・」

 

 しばらくして恋都は来た道を振り返る。転々と生える茂みの中に飾り付けられた装飾。その中心にはお茶会のための長いテーブルがあった。

 

 もうそこには誰もない。朝霧が立ち込め何も見えない。戻ったところで何もないと妙な確信があった。

 

 不思議な・・感覚だった。

 

 既視感ともまた違った懐かしい空気。わけのわからぬ居心地の良さに触れた。

 

 それでも一人のほうがいい。他人を意識するとどうしても比較してしまう。

 

 こちらの世界の人間には生理的嫌悪感を感じたことはない。魔力を持った人類。元の世界にいたら摂理に外れた気味の悪い生物に見えただろう。だがここではごく一般的な特性、その異質さがむしろ親しみを覚えさせる。意識可能な領域の広がりを実感できるのはこの世界に来てからのことだ。

 

 大人たちに取り付けられた思想の枷が機能していない。多くの出会いが俺に自由を与え視野を広げてくれた。完全に壊れたようだ。

 

 なにより今は怪我一つない五体満足な体に翼が生えたかのような身軽さ。頻繁に起こる頭痛もなく健康そのものだ。

 

 ここは夢の世界。だからなのかどうにもいつもの自分らしくなく物を語る。多分初めて本音で話せていたのではなかろうか。

 

 なぜこうも無防備に弱点を曝せた?本当に俺は変わってしまったのか?

 

「・・・・アリス」

 

 この先に何がるのか知らない。帽子屋の言っていたことが正しければ俺は地獄を見ることになるが不死者にとって今更の話だ。何が起きても恐れることなどない。ここには俺の知らない何かがある。霞みがかった真実に手を伸ばさねばならない。

 

 先の見えない霧の中を歩む。どこが地面かわからない。落ちているのか上っているのか、ただただ前に進む。

 

 心が赴くままにしっかりと踏みしめて。

 

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