グレイズは困惑していた。なぜこんなところに彼のような立場の人間がいるのだろうか。
大主教となると聖王国では5人しかいない教皇に次ぐ立場のはず。各地を巡りその地を任された主教の下で試練を課せられ、5人以上の主教から叙聖された者がなれるとされる。グレイズからすれば直接話すことなどまずありえない地位にあられる。それがなぜこのようなところにおられるのだ。グレイズが混乱するのも仕方のない。いざ前にするとどう話しかければいいのか、そもそも話しかけても失礼に当たらないのか・・・・それがわからない。
「そう硬くならないでいいですよ。私は今よりもずっと前の時代の人間になります。まあ、二重の意味であなたの先輩になりますか」
それはどういう意味・・・って、
「・・・・さっきから心を読んでますか?」
「はい、失礼かと思いましたが倒れているあなたを発見したときに少々覗かせていただきました。ここは何分理解を超えた場所ですので敵かどうかの判別をさせてもらいました」
心を読まれていると考えるとどうにも落ち着かない。これまでの考えも筒抜けならばこれって不敬ではなかろうか。
「気にしないでください。心を読まれて不快に思わぬ者はいないでしょう。あと正確には心を読むのではなく、その人間の”運命”を俯瞰して観ているですね。あなたの獣人化の力と同種のものと考えてもらえばいいです。言語の違う異界の者にも通用するのですからなかなか便利な異能ですよ、例えばその子」
「え、て。うわ!?」
グレイズは音も無く背後に現れたアリスに腰を抜かす。
「彼女の本当の名はジョーカー。ええとなになに、トランプ兵が最後の一人で旧不思議の国の数少ない生き残り。アリスの姿に化け現界したものの変身が完璧すぎて精神がA種に引っ張られて逆に自我を失ってしまったようですね。やはり変身系はA種と相性は悪い。あとは・・・幻想体であると・・・なんですこれ?」
「え、え?」
いや、そんなことを聞かれてもグレイズにわかるはずがない。
「ダンジョン側も扱いに困っていたようですね。ある日空き部屋にいきなり誰も知らないA種が増えているんですから。グレイズ君が彼女と過ごした期間は凶暴性とその正体の調査が主な目的だったみたいですね。無垢なるアリスだが少なくとも君に対しては危害は加えないだろうから安心していいですよ。どうも君のことを召使のように思っているみたいですので」
「え、ええ・・・意味が分からない」
◇
起き抜けにこんなことを言われたらそうもなるかとクラウンはグレイズを観察する。
グレイズ君はこちらの言っている言葉の意味がまるでわからない様子。異能を行使したクラウンにしても半分も理解できていないがそれっぽくふるまっておけば余裕があるように見えるお勧めの処世術だ。
(彼は本当に一般人のようだ)
グレイズの記録を読み解く限り本当に偶然ここに訪れ巻き込まれただけらしいがなかなかに悲惨な人生を送っている。ダンジョンに渦巻く因縁とはまるで関わりのない奇縁の第三者。愚直なまでに誠実なのは好ましいが同じぐらい危うさも秘めている。
彼は気づいていない。
姉を見捨てた過去がトラウマとなり自身を攻め罰せられたがっておりあわよくば死にたがっている。どうしようもない脅威に襲われた姉と同じように力いっぱい抵抗し絶望的なままに敵に殺される事を望んでいる。
無意識に自らを追い込んでいる。そういう行動を取る。貴族への反抗や取り返しのつかない一生ものの魔術容量消費の暴挙がいい例だ。そして遂に彼は絶大でどうしようもない”敵”と出会ってしまった。
確かに彼女が相手ではどうしようもない・・・
正直よく今日まで生きてこれたと思うが、それはひとえに彼の――――姉のお陰だ。
彼の中には姉がいる。勿論本物ではない。トラウマが生み出したもう一つの人格。死にたがりの彼を死なせまいとする自己防衛機能。なるほどあの術式を喰らって即死を避けれたのは姉のちょっかいがあったからか。
彼の心が折れそうな時に必ず現れては復帰させる役割を淡々とこなしていく。グレイズは・・・姉に依存し過ぎている。姉に会うために敢えて弱みを晒している節がある。その度に過ちを謝罪し罪を意識しようとする。
彼は一度だって姉の手を借りずに立ったことはない。何度目の最後なのだろうな。これが全て無意識に行われているのだから手の施しようもない。姉の方が必ず夢の出来事を忘れさせる。姉は弟を責め立てるがそれは彼に死なせないようにするための方便。事あるごとに死のうとする手のかかる弟を奮起させるために罪の意識に訴えかける。大変な役回りをよくこなすものだ。
・・・彼の異能の特性が無ければ何度死んでいることか。その異能が獣人の真似事なのが最高に皮肉が効いている。彼はギリギリで命を保っている。異常な精神力が異能に直結し死ぬに死ねない。異能との相性が最高すぎて絶妙に死の渇望から逃れている。運がいいのか悪いのか。
「・・・・・・・・」
「・・・・あの」
さて”大主教”としてどうすべきか。
彼はこのまま成果も無く生きて帰ったところで伯爵の子息の鼻を圧し折ったせいで騎士学校退学させられてしまう。
騎士団への体験入団は外部活動であり一定の成果を持ち帰り伯爵と交渉させるために教官たちがなんとか組み込んだカリキュラム。成果があれば学園としても助けようがある。中立を謳う学園だからこそ採れる方法だ。だが寄りにもよってここに来るとは。偶然が重なった結果にしても運が悪すぎる。
退学で済めばまだいいほうだ。だが相手が伯爵となるときっとそれだけでは済まないだろう。学園から放逐されれば、きっと私兵に殺されてしまう。
クラウンは揺れていた。自身の性質上、どうしても信徒を見捨てられなかった。久方ぶりの同じ信仰を持つ者同士との会話は気を和らげさせる。
・・だめだな、どうにも手を貸してあげたくなってしまう。
クラウンの異能は相手の人生の一部を物語のようにとらえてしまう。読み応えがあると深い共感性が生じる。不幸な人間を見ると手を差し伸べてしまうのは大主教の証明。人を正しい方向に導く者にとって当たり前の(異教徒は除く)ことであった。
「グレイズ君。どうか私に手を貸してはくれませんか?私はどうしても聖王国に戻らねばなりません。使命も志半ばで潰えてしまいましたがいまだにその炎は絶えておりません。もはやゲームマスターなど、どうだっていい」
記憶が戻り監視の目もない今、異能が完全に使えるようになってわかったことがある。ゲームマスターは人類の仇敵ともいえた存在だが古戦場跡のゲームマスターには人類にさしたる興味もない様子。
薄気味の悪い実験を何度も繰り返しているが目的は別のところにあるようだ。流石に長生きしているだけの事はある。異能での読み込みが全然足りない。ただ、他のゲームマスターと敵対している分、放置が妥当なのやもしれない。
最小限の犠牲で防波堤の役割を果たすのならばその存在も許容もできる。他のダンジョンに比べればまだ無害。内に興味が向いている間は放置でよい。
ここが終末戦争に関連があり特大の爆弾を抱えているのは確定だが古戦場跡に隣接する聖王国の繁栄はいまだ健在。関わりさえしなければ無害に等しいだろう。そのことが異能でグレイズ君から知れてよかったと思う。
「それは・・・できません」
予想通りの答えが返ってくる。そうまでベルタと戦い死にたいか。
「・・・それは仲間を連れ去られたことを気にしているのかい。いいですか、ここで逃げたところで誰も攻めはしない。ここで追わなければベルタ君は君のことを忘れるだろう。襲撃者に恐怖する夜など存在しないんです」
相手はよりにもよって魔術大好き変人博士のベルタだ。異例の研究職から黒殖白亜部隊長への栄転。勝手にオリジナルの魔術を作り上げるため、外界の魔術師連中からすれば頭の痛い存在でもある。彼女の名前だけは
彼女とはよく魔術に関する意見交換する仲であったので人となりを知っているが人格はともかく、あまり褒められない性癖をしている。
高位の魔術師は”深淵”に惹かれ頭のタガが外れた者ばかり。私もこの万能感に溺れそうになったこともあるので理解はしているつもりだが品性まで融かした覚えはない。結局は自制心次第だ。世界の理に触れれば人間性を容易く融かし性格に変調をもたらす。世界の真実の一端に触れた気になり増長する。故に魔術師はナチュラルに他人を見下す。それが貴族ならなおさらだ。特に”スキル”で魔術擬きを行使を代行する者に対しての嫌悪感は留まる所を知らない。
だが、いくら何でも開発した魔術を自分に発動して苦しみ嘔吐しながら自慰にふけるような奴は擁護できない。後始末に追われる部下がかわいそうだ。おかげで彼女が率いる部隊は変態部隊と揶揄されるのは完全に風評被害だ。大主教としてそんな変態に敬虔な信徒を関わらせたくないのもまた本心。
・・・・それさえなければ本当に欠点がないのにな~。
・・・だがしかし、そんな彼女にああまで乙女な面があるとも思いもしなかった。悪い子じゃないのは重々承知。やはり一度執着を持った守護者は暴走しやすい。リズは運が悪い事にあのベルタに一つの個体として認識されるまでの強さと意外性を持っていたようだ。このまま行けば下手をすればベルタもマスターに処分される可能性もある。
このホームで育った守護者たちは皆同朋意識が強い。その反面それ以外の存在に対して兎に角厳しい。なぜならば他者に対し興味や関心が薄く一つの個体として認識できないからだ。外界人は皆、同じように見えるんだとか。
取っ掛かりとなる特徴や印象に残る切っ掛けが無ければいつまでたっても覚えない。だが、リズの様に一度でも懐に入ってしまえばああまでも執拗に相手の方から距離を詰めてくる。
「・・相手が悪いから諦めなさい、敵との実力差も図れぬようではこの先幾つ命があっても足りませんよ。あの冒険者はあなたよりもずっと強い。覚悟もしていたはず。彼を理由に目を曇らせるな」
「だとしても、ここで逃げたら僕は一生沈んでいくだけ!僕は死にません、故に退路は既に断たれているッ!そろそろ一度くらいは勝ちたいんですッ!!もう負けてられないんだあァッ!!」
慟哭が無人の廃墟で木霊する。その言葉の意味はよく理解できるさ。
悪いと思ったが彼のことは隅々まで読ませてもらった。どうしてそうも拘るのか、そのルーツも知っている。何も成しえることのない虚しい人生。才能に権力、格差に金銭と姿を変えて彼の前に壁として立ち塞がる。重要な局面で敗北してばかりでは他でどんなに勝利を収めようとトータル的に差し引きマイナスの大負け。
彼は一度だって勝利の味を知らない。
死を望みながらも勝利を欲する矛盾。根底のトラウマをどうにかしなくては、もはやどうにもならない病巣だ。
やはりこういうのに弱いなと改めてクラウンは思う。
そろそろ報われてもいい日が来てもよいのではないだろうか。努力が必ず報われるとは限らない。努力は平等。才能ある者にも常に努力をする余地があるのだ。差は広まるばかり。そうなると結局は運に行き着く。それは祈りと同義。勝ちの目を何度も振る以外方法がない。
そんな彼の異能はまさに神が与えた待望の幸運だった。
それでもベルタはその程度では掠りもできない頂にいる。黒殖白亜の面々は守護者の中でも精鋭中の精鋭が集められている。今のグレイズ君では隊員一人にも勝てない。ましてや隊長クラスなど。400年近く生きる彼女の豊富な経験がより才能を強固にする。
魔術の才覚は下手をすれば【氷結界域】一歩手前。それに比べグレイズ君は魔術に対して何も知らなすぎる。才能のなさから諦観の念がこびり付きいつしか目を背けるようになってしまったか。
獣人化したグレイズ君が100人いようと結果は必然的な敗北。
それでも・・・彼は地獄の渦中で私に出会えてしまったのだ。
この出会いこそなによりの福音。歴史に埋もれ沈むだけだった私にも神は役割を与えてくれた。だったら久しぶりに善行を積ませてもらおう。後進を教導するのはいつだって先行く者のの役目。救いをもたらすのが神である必要はない。神はいつだってほんの少し切っ掛けをくれるだけ。人は人として成長しなくてはいけないのだ。その成長の機会を拾い上げる。きっと神はそう願っていると私は信じている。
「―――ならば教えてあげましょう。魔術のなんたるかをその身に。私は辣腕を振るいましょう」
「ですが、その・・僕には理力が・・・どれほど魔力があっても魔術の構成が・・」
「いえいえ、ご心配なさらず。あなたに”ぴったり”のものがあります。ですがその前にもう少し今の聖王国の状況を知りたいのですが、ざっと900年程遡って教えてくれませんか?ああそうそう、やるからには泣き言は許しません。少々手荒に行きますが許してくださいね」