オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第42話 ネ コ

 

 鬱蒼とした緑の絨毯を踏みしめ、先の見通せぬ霧の中を恋都は歩む。当てのない旅路に身をやつす。

 

 恋都は帽子屋と別れてから言われた通りにひたすら直進しているのだが未だに順路に変化は訪れない。

 

 あやふやな記憶だが不思議の国のアリスのストーリー通りならばお茶会の次は・・・裁判だったか?

 

 と、ストーリーの流れをおさらいしていた。

 

 城主である女王とひと悶着ありスポーツを興じていたのは覚えている。

 

 ・・・こう考えると俺も大して覚えていないな。帽子屋は記憶の補完の為とか言っていたがこんなんで補完できるのだろうか・・・?

 

 ああ、すぐにでもアリスを見つけださねばならない。アリスさえ何とかすればこの悪夢も終わりを迎える。物語の進行が滞っているなら俺に期待されているのはどこかで躓いているアリスの手助けをすること。だからこそ物語を知っている俺が選ばれたのか。

 夢の住人には何か手出しできない理由があると見るべきだろう。自分で動けるのならこんな回りくどいことをしない。俺なんかをわざわざ誘致したりしない。こんなあやふやな記憶しかない俺が選ばれるあたり、向こうも相当余裕がないことが伺える。

 

「ニャーン」

 

 ふと立ち止まる。

 

 耳に障る甘い猫なで声。そろそろ次の展望が欲しかった俺からすれば願ってもない誘い。

 

 自然と声の方へと足を向かう。

 

 

 

 

 

 

「ニャーン。こんなところで何をしているのかニャン」

 

「やはりチシャ猫か」

 

 しばらく歩くと怪しげな光を反射する霧の帳は晴れ視界が開ける。相も変わらず緑の世界。草木が生い茂り葉っぱの上に件の人物が寝転がり俺を見下ろす。相も変わらず破廉恥な格好をしているが不思議とこの場にマッチしていた。それにしても大きな草木だ。まるで俺が小さくなってしまったのかと錯覚するスケールの違い。この世界はどうにも人を面白おかしく惑わせる。

 

「ニャニャニャ?その名で呼ぶとなると思い出したのかニャ。おめでたニャン。うれしいニャン。ちなみに目的地はこの先ニャン、がんばるニャン」

 

 ニヤニヤとした笑みを浮かべ来た道とは別方向に指を差す。そこにはちょうど道が開けており植物が吹き抜かれていた。道の先から光が木漏れ俺を誘っている。

 

 最初から感じていたがここでようやく違和感の正体が判明する。物語のチシャ猫ってこんなにまともな言動をする奴ではなかった。そもそもなぜ女なんだ?

 

「どうしたのかニャン。二の足踏んでないで早く行くニャーン」

 

「・・少しチシャ猫と話がしたい。今暇か?」

 

「ニャーン♪もしかしてミャアにデートの申し込みかニャン?初めてだから嬉しいニャンッ!でもダメニャン!浮気は許されないニャン!貞淑なのニャ」

 

「そう言わずにさ、すぐ終わるから」

 

 ゆっさゆっさとチシャ猫の乗る葉っぱの茎を揺らす。すると甲高い悲鳴を上げながら地面に転げ落ちた。猫って高いところから落ちても平気だし問題ないと判断する。

 

「ニ”ャッ!?ニャ、ニャにするんだニャン!動物虐待は直ちにやめるのニ”ャ!?過激な愛はいらないニャ!!」

 

 逃げ出そうとするチシャ猫の尻尾を掴み動きを止める。

 

「落ち着けよ。ただ話をするだけだ。アリスはどこだ?何を望んでいる?」

 

「・・・にゃぁ」

 

 抵抗しても無駄と悟ったのか大人しくなる。

 

「アリスはただ救いが欲しいだけニャ。ずっと苦しんでいるニャ。おみゃーに頼るのはミャーたちの様な夢世界の住人では現世に介入は難しいからだニャ・・」

 

「それって、変だな。納得しかねる。現世にちゃんと介入できてたじゃないか」

 

 でなければ俺はこの世界にいない。直接連れてきた本人がそう言っても説得力に欠ける。

 

「異世界住まいのユーに講義をするつもりはニャいんだけどもニャ、ミャーのような生物をここでは幻想体って言うニャン。詳しくは省くけんども幻想体には肉体が存在しないから短い時間ならともかく現世で存在を維持するのはキツイのニャン。キツキツニャン。ミャーも力の使い過ぎの消耗しすぎで死にかけたニャン!特攻使いは嫌いだニ”ャン”!」

 

「じゃあ現界してすぐに現実のアリスを助ければよかっただろうに。なぜそうしない?」

 

 

「無理ニャン。アリスに生み出されたミャーたちにアリスを”殺す”ことはできないニャ。革命は許されないニャ」

 

 

「・・・は?救うんじゃなくて殺す?」

 

 どうにも話が食い違う。ここに来て俺の解釈違いだと。まさかとは思うが物語の終幕、それすなわち。

 

 

 

「――――俺にアリスを殺させるのが目的か」

 

「何を驚いてるニャン。ユーからすれば手慣れたものだニャン?適役だニャン!」

 

 

 

 ・・・・俺は勘違いをしていた。てっきりアリスを救うものとばかり。救うとはそういう意味だったのか・・・

 

 帽子屋ははっきりと口にしなかったが彼女が動けないのは物語上の役割に縛られているからと俺は考えている。役割を超えた行動はできないからこそ俺という死刑執行者を呼び込んだのだ。

 

 帽子屋は言葉の端から後悔と迷いが滲み出ていた。あいつがお茶会の空間に俺を閉じ込めていたのはアリスを殺すことに葛藤していたからか。半端に優しい奴だ。その半端さは誰に似たんだか。

 

 そうなるとオリジナルアリスも同様に他の住人から妨害を受けているのかもしれない。帽子屋の様に他にも死を望まない者たちがいるからこそ物語の進行が妨げられている可能性が高い。

 

 俺はそいつらもどうにかしなくてはいけないかもしれない。帽子屋に渡された聖剣はそういう役割を期待しての物なんだろう。

 

「・・・・・・やれるさ」

 

 覚悟と決意にいまいち欠けていると自覚はある。一方でいざアリスを目にすれば殺せてしまうのだろうという確信もあった。

 

 今だ不明な点が多い中、アリス本人を前にして俺はどのような選択をするのであろうか・・・

 

「当時、勇者として召喚されたアリスはどういうことか受肉していたニャン。幻想体は理の源泉の違う生物。普通なら持ちえない肉体を手にした完璧な幻想体の生に終わりは存在しないニャー。幻想はかの地でも人知れず語られる。おかげでこの有様ニャン。遠い地で誰にも知られず苦渋に苛まされる可哀そうなアリス。今のアリスは見るに堪えない姿をしているニャン。解放してあげてほしいニャン・・・」

 

「・・・そうか」

 

 つまり今回の異変は壮大な自殺なのか。アリスに生み出された者たちがアリスの死を望む世界、か。

 

 なにが・・救世主だ。というかあの物語のアリス本人だよな、この言いようの捉え方から。

 

 どういうことだよ。そんなものまで召喚可能なのかよ。創作物の分際で現実世界で無茶苦茶するのも大概にしろ。フィクションの世界に帰れ。

 

「・・・おしゃべりはもう終わりニャン。さっさと探して幕を引きに行くニャン」

 

「それを聞かされて断ると思わないのか・・?」

 

「ニャニャニャ!・・・恋都はやるニャン。ユーはそういう人間だって知ってるニャン!」

 

 チシャ猫は棒立ちの俺の背を押しズルズルと出口へと向かう。

 

 これで会話の違和感が紐解かれていく。それで完全に晴らされることはないが。

 

 ・・・やはりこいつは何か隠している。帽子屋と話していた時もだが、どうにも警戒心が緩まる。会話することにまるで抵抗感が沸かない。俺はこういったタイプのキテレツさは嫌いなはずなのにだ。もっと露骨に毒を吐いたり嫌みの一つでも溢すところなのに、それがない。

 

 それでいて傍にいて妙に安心する。この感じ、イグナイツに似ていた。俺のことを知っていることから記憶を見られたのは間違いない。だから俺を選んだ。でも俺はこの世界に来た時点で不思議の国のアリスの存在にまるで覚えがなかった。

 

 どうやって俺が知っていると知ったんだ?深層心理を覗けたとしてもだ、そもそもいつから俺は目をつけられていたんだ?なぜ俺が都合よく異世界に来ると知った?

 

 そのことを問いかけようとした時、草木を掻き分け何者かが躍り出た。世界がその問いを拒んでいるようであった。

 

「ようやく見つけましたぞ!姫様ッ!」

 

「!?ま、また出たニ”ャン”ッッ!!?」

 

 尻尾を逆立て俺の背に隠れるチシャ猫。なんだなんだと闖入者を確認する。突然現れた騎士風の男は息を荒げ目を血走らせ興奮気味に近寄ってくる。

 

 ――――見覚えのある顔であった。天鳴から吸い出した情報の中の顔写真と一致する。ヨルムたちと同じ祈り手のメンバーだったか。

 

「なぜ逃げるのです。私です、レグナントです!!お忘れになられてしまったのですか!?」

 

「だから人違いだニャン!!ミャーはプリティーでエレガンスな血統書付きの猫だニャン!!変態はごめんだニ”ャン”ン”ン”ン”ッ!」

 

「姫ええええええええッ!」

 

「まだ話は―――」

 

 チシャ猫に関係性を聞こうとするが泣き叫び無様な姿を晒しながら駆け出した。咄嗟に後を追おうとするが―――横合いから飛んできた痛烈な一撃に弾き飛ばされた。

 

 僅かに感じた大気の振動が考えるよりも先に体を動かした。

 

 ガギィッッッッ!!

 

「―――――ッ」

 

 一撃を受け止めた聖剣を片手に体が浮遊感を得る。

 

 恋都は吹き飛ばされ木々に激突しもんどりうつ。重すぎる剛剣。踏ん張りがまるで効かなかった。

 

 不意の一撃に反応できただけでも上出来と言えよう。何するんだと睨みつける俺を感心するような眼差しで騎士は見据える。

 

「貴公・・剣士でもない定命の身で我が一撃を止めるか。―――通常であれば手合わせ願う所存だが、しかし今は御覧の通り火急の用がある身。これにて失礼する。生きていればまた相まみえよう・・・・・・姫えええええええええええお待ちくださいいいいいッ!!」

 

 騎士は勝手にそう言い残し勝手に去るのだった。

 

「痛っつ・・・今のはなんだったんだ」

 

 聖剣の柄から手を放し、腐った掌が再生される。帽子屋から餞別に貰った糞みたいに死ぬほど扱いずらい剣・・・・例の天鳴に内蔵されていた聖剣だが早速役に立った。

 素晴らしい剣捌き。普通の剣では確実に折られそのまま斬られていただろうが聖剣は聖剣で使いずらいにもほどがある。相変わらず接触部を腐敗させるのでそれを上まる再生力を保たねば握ることも叶わない。せめて鞘はつけてくれよと思う。

 

 彼らが向かった先は偶然にもチシャ猫が指示した方向。あの先に城があるはずだ。向かうついでに気にしておこう。

 

 

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