オレをアリスと呼ばないで   作:淫ヴェルズ

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第43話 修練タイム

 

 

 緑に侵攻を許した城下町。

 

 人気の無さも久しく、そこには有る筈の無い来訪者が辛辣に技を振るう。

 

 グレイズはそこで血反吐をぶちまける。

 

「遅い、もっと魔力を収束させましょうか。発射タイミングもバラバラです―――そこッ!動きを止めるな!」

 

「ぐがあ!お”」

 

「倒れたら魔力放出を行いながら転がれ!硬直はしない!追い打ちを喰らうぞ!!!あと―――ちゃんと障壁維持しろッ!そんな薄い膜で純潔が守れるのか!売女か貴様は!!」

 

「グっギギ!」

 

「ほらどうした!死なないんだからがんばれ!立て!頭吹き飛ばすぞ!」

 

 収束した魔力の塊が飛び地面をえぐり地形を更地へと変える。時間差を伴い飛来する魔力でできた矢の雨を突き抜ける罵声。本当に大主教なのかと疑う豹変ぶり。どこぞの戦場かと髣髴する惨状に頭がくらくらする。

 

 大主教から実戦の流れを汲んだ知啓を教わるこの一時は率直に地獄の時間だった。

 

 グレイズは一切の容赦もない攻撃に吹き飛ばされる。手心のなさから逆に本気の姿勢を見た。意識が吹き飛ぶたびに無理やり覚醒させられ訓練を再開する。

 

 なぜこうなったかというと時間は少し遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

魔力運用技術(マグステラ)?」

 

「グレイズ君、魔術の講義はちゃんと取りなさい。魔法国家で魔術は避けて通れるものではありません。自身が使えなくても知っていれば対処のしようがあるというものですよ」

 

「(それってそんな名前があったんだ・・・)」

 

 魔力運用技術(マグステラ)とは魔術基盤を通さずに魔力だけで力を外部に出力する技術体系のことを指す。大まかまかにわかれて”魔力障壁”に”魔力放出”の二種がある。どうもこのダンジョンでは基本中の基本であり守護者であれば誰もが習得しているとのこと。

 

 どうも源流は聖王国でありそれをダンジョン内で独自に進化させているらしい。もちろん存在は知っている。ただ名前と内容が一致しなかっただけだから・・・

 

 特に魔力放出を教えたがっているようだがそれは魔力量の問題で一定基準を超えるものにしか使用を許されない技術。魔力の枯渇は寿命を縮める。

 

「ああっそうか今の僕なら・・・」

 

「せっかく得た潤沢な魔力を遊ばせるのは惜しいですから、あなたにはピッタリだと思いませんか?グレイズ君の懸念は問題ありません」

 

 ・・異能が便利すぎて話がすいすい行くな。わからないことを一々補足してくれる。どこがわからないのか的確に教え曖昧なままにしないでくれる。そういうところもあってか自然とクラウン大主教のことを”先生”と呼ぶようになっていた。

 

「時間がないですから」

 

「ア、ハイ」

 

 出来が悪くてすみません。

 

 大主教にしては近寄り難さは無くなんとなく親しみを込めて先生と呼んでしまう。そう呼んだ時、なんとも複雑な表情をしたがそれで構わないとのことだった。

 

「この技術に理力は必要ありません。必要なのはセンスと集中力。とても実践的で美しい技術体系ですよ。勉強もしない馬鹿にはお似合いの技術ですね」

 

「せ、先生?」

 

「おっと失礼。とにかくこれを使いこなせなければ話になりません。黒殖白亜は全員これを完全マスターしてます。記憶が無かった頃の話といえ私もここの魔術技術の発展に貢献しましたので当然ですね。おかげで聖王国のものに比べてとんでもない技術にまで昇華されてしまいましたが。楽しかったですよ、ええ」

 

「先生ッ!?」

 

 なにやってるんだこの人は!?技術を流したのはこの人かよ!!ていうかあいつらも使えるのかよ。

 

 ・・・・許せねえダンジョンマスター!

 

「知っての通り魔力障壁は魔力によって構築した障壁。物理・魔術からの干渉を遮断します。魔力放出は体から魔力を流し操作する技術。移動の補助や自己強化、攻撃が基本です」

 

 聞いている限り簡単に扱えそうに思える。大量に魔力がある僕ならこの技術に触れる資格があるのだ。わくわくしているのを自覚する。

 

 学校で推奨されないのはそれなりに理由があるもの。少なくとも魔力放出の危険性は桁違いだ。

 

「魔力放出の危険性は理解してるようでなにより。知っての通り魔力放出は魔力量の少ない人間、それも初心者が使うと確実に死にます。自身の魔力量に対する認識の違いですかね。普段感覚的に認識している自己保有魔力量よりもかなり少ないんですよ。私の時代でも魔力を放出する際にその認識の齟齬から全魔力流出でお亡くなりになる方が後を絶ちませんでした。取り合えず今の聖王国は先人の知識を無駄にしてないようで安心しました」

 

 それに魔力の枯渇は免疫力低下にも繋がる。魔力放出の無許可使用は騎士学校でばれれば即退学である。

 

「あなたにはこの魔力放出を習得してもらいます」

 

「はい!お願いします!」

 

「グレイズ君の”ログ”を見ましたが敵の速度についていけない時点でまず勝負になりません。何事も速度が大事です。早い分だけ何手も詰めます。戦いはその貯蓄をどう切り崩すかのゲームです。本気になったベルタ君が魔力放出を使う前に倒す他ありません」

 

「そうで―――え?ちょっと待ってください、魔力放出がどうと、か・・」

 

 信じられなかった。あれで一度も魔力放出を使っていない・・・?

 

 僕にとってはあれは死力を尽くした戦いであったが相手からすればなんてことのないただの戯れにしか過ぎなかったのか。そんな相手にどう勝てばいい。あの時点で動きがとらえきれなかったのにいくら魔力放出を習得しても速度で上を取ることはできない。

 

 思わず息を飲む。改めて敵の脅威度を再確認する。

 

「言葉の通りですよ。ベルタ君はまだ一度も君に対して魔力放出による移動は使ってません。ランキング上位の彼女らはあれが普通なんですよ」

 

「――――――要は相手が油断している内に魔力放出による一瞬の奇襲、ですね」

 

「そうです。”ログ”を見る限りベルタ君はグレイズ君を敵として認識してません。リズ君の金魚の糞程度の認識ですかね」

 

 やはりそうか。だから無様に逃げる僕を追いもしなかった。

 

「問題点はまだあります。魔力障壁の話に戻りますが黒殖白亜の面々は常に全身に障壁の応用である”多重装”を展開してます。隊員服に同化するように展開してますのでわからなかったと思いますが」

 

「そんなことが可能なんですか?」

 

「通常の素材では無理ですね。魔力伝導率の高い特別な媒体を基に作成された装備に自身の魔力を通し馴染ませ肉体の延長として扱えます。柔軟性も兼ねそろえ並の硬さじゃありません」

 

 だからあんなに硬かったのか。魔力障壁を装備と同化させていたからこそ視認できないはずだ。

 

 グレイズにとって魔力障壁は唯一まともに使える技術。展開技術だけなら誰にも負けない自信があった。だが悲しいことにグレイズの魔力量では障壁維持に回すほどのリソースが無く日の目を見ることがなく完全に死に技と化していた。一度は誰にも負けぬと意気込んだものだが魔力量の少なさが障壁の維持を不安定にさせるため、瞬間的な形成と展開しか出来ず持続性のある攻撃の前では何の意味もなかった。おまけに学園内では噂はすぐに出回る。学園内ランク戦で簡単に対策され何度地べたを舐めさせられたことか。

 

(結構いいセンスしてるんですけどね。ただ魔力量の格差はいつだって現実の厳しさを知らしめる。どんなに優れたセンスがあれども根底となる魔力が無ければ生かせない)

 

 黒殖白亜の隊員は常に魔力障壁を全身にまとい常在戦場の構えを取る。それが可能なのは魔力を一滴も無駄にしない技巧の高さの証明に他ならない。今の彼には痛いほどわかるだろう。

 

 そもそもダンジョン内で産まれた守護者たちは膨大な魔力量と身体能力を保有し種として余りに優秀すぎるのだ。

 

 ・・・産み出されたからには源泉となる存在がいる。守護者が女性のみの理由もそこにあるはずなのだ。ダンジョン内のどこかに非常に優秀な母体がいるがついぞその手掛かりは見つからなかった。

 

「障壁はここぞという時に使い、基本は避けましょう」

 

 守護者は基本防御よりも回避を選ぶ。それもこれも仮想敵がA種だからこそ染みついた行動パターン。触れた時点でアウトと、防御が意味をなさない異能を持つA種。一撃入った時点で死が確定する異能が多すこと多いこと。守りよりも攻撃に比重を置き敵に何もさせず勝つのが定石。

 

 かと言ってA種は不意打ちが効かないので出会い頭の電撃戦を意図的に組まざる負えない。勝負はいつだって一瞬で決まる。どうやっても正面からの真っ向勝負となり時間をかければ圧し負け敗走確定なのだ。

 まあそれを一人で難なくこせそうなのが黒殖白亜と祈り手に一人ずついるのだが、あれは参考にしてはいけない。

 

 危険と判断すればすぐに撤退するし避ける戦闘教練は異能以外にも実際有効的だ。

 

 ”ログ”で見たリズという男は惜しかった。奴の攻撃の正体は分からない。それでも恐ろしく強力な攻撃手段だった。この読み取れなさは恐らく剣聖と同種のものか・・・あまりにも理想的な初撃だった。

 

 ただベルタは恐ろしいほどに状況からの推察が的確であり彼女の前で一度も使いさえしなければ彼は勝てただろうに。敗因は秘匿すべき奥義を匂わせてしまったことだ。

 

 熟練の戦士は初撃で殺す。これはどこの国であろうと共通している。二の矢はもちろんあるだろうが最初の一撃にはその者の歴史が詰まっている。

 

 錯覚を利用した一撃、ただただ早い一撃、わかっていても回避不能の一撃、何が起きたかも理解できずに何もできずに死ぬこと請け合いの初見殺しのオンパレード。元から有利な対面であれば罠や奇襲の上でそれらの攻撃を使い分けることだろう。

 

 原則として集大成である自身の切り札の目撃者は殺すように徹底しなくてはいけない。情報の力は侮れない。情報が出回ることでその人物の属性や背景が洗い出され信仰する神から祝福や出身地が調べられる。微かな情報の残滓を辿り答えに行きつくこともある。初見殺しの正体が分かっていれば避けるのは容易。相性のいい者が襲い掛かることになる。こうやって足りない情報を補うことで欠けたピースを埋めていく。

 

 だからこそグレイズにとってこれはチャンスなのだ。才能も異能もベルタの前で何もかも晒したからこそ可能なグレイズだけの初見殺し。

 

 思い込みは容易く目を曇らせ油断を誘う。

 

 改めて油断で敵を殺すのだ。

 

「それと、これも習得してもらいます」

 

 まっすぐグレイズへと歩むクラウン大主教。そのままぶつかることなくグレイズの頭上へと階段を上るかのように昇っていく。

 

「!?」

 

「敵の攻撃を防ぐのですから。その強度を利用し障壁を足場にしても問題ありません」

 

 あくまで空中における移動の補佐。魔力放出でもいいのだが地上と違い空中では重心制御に重力計算も頭に入れる必要がある。そこまで期待するのは酷だろう。何度も使っていけば肌で感じ体が勝手に覚えるのだがそんな悠長な時間はない。

 

「覚えることが・・・多すぎるッ死ぬッ」

 

「ただでさえ勉強不足なんですからそのつけだと思ってください。それにこれから私に半殺しにされるんですから覚悟しろ」

 

「か、神様ッ!」

 

 

 

 

 

 

 ―――そして今に至る。

 

 冷静な面持ちでクラウン大主教は経過を見守る。

 

 なんだかんだいってグレイズ君は私に対して一度も対ベルタ戦における直接的な助力を求めてこない。私自身も手伝うつもりもない。

 

 私が戦いに参加となればベルタは全力で撤退するだろう。彼女が私より弱いからではない。強さで言えば私が少し下といったところか。まあ、こちらは一方的に手の内を知っているから十分に勝負にはなる。なにより私の異能の真価を彼女は知らない。

 

 彼女はそれを嫌がり確実性を優先し手段を選ばず戦力を補填してくる。部下の一人でも増えてしまえば完全に不利対面となってしまう。逆に私は邪魔になりかねないのだ。

 

 私は多くの守護者と関わりがあり過ぎて警戒されてしまう。なんせホームで守護者に魔術に関しての教鞭を振るっていたのだから当然と言える。

 

 ・・・・敵であるのに”先生”と慕う教え子を殺すのはそれなりにくるものがある。

 

『先、生・・・な・・んで・・・?』

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 

 出会ってしまえば、やるしかない。覚悟をしてしまったのだ私は。長年待ちわびた致命的な機会廻って来てしまった。

 

 A種蔓延るホーム内での掃討作戦中、暗黒の中私の顔を見て安心した黒殖白亜の面子に不意打ちを仕掛ける。出来る限り苦しまず即死するようにしか手心は加えれない。

 

 守護者に恨みはなくとも私にはゲームマスターの存在が許せなかった。誰しも許せない領分がある。それを穢されたのでは・・・仕方のない事なのだ。

 

 せめて・・・祈りだけは捧げなくてはいけない。

 

「先生・・・?」

 

「・・・・・・・・」

 

 先生、か。彼も何故か私をそう呼称する。

 

 私には相応しくない呼称だと言うのに・・・・それでも彼には導きが必要だ。

 

 グレイズはまさに試練の真っ最中なのだ。神は信徒に試練を下す。伝承の人物を彷彿する。彼はまさに人生の輝点を根差す架橋にいる。この出会いも過去の悲劇も怒りも悲しみも全てが来るべき絶頂のための副葬となるのだ。

 

 あとは彼に敵の装甲を抜けるだけの有効打を与えるだけだ。彼は無意識に実践しているが全て不発に終わっている。それは相手が警戒しているからこそ当たるはずもない。それだけ危険視していることは有効の証明に他ならない。

 

 だからもう一つ仕込む。この魔力量であれば可能であろう。やはり前途ある若者を導くことは私自身の励みにもなる。私が聖王国にて帰郷を果たした時彼もまた望外の栄光を掴むであろう。進むべき道を外れた聖王国を変える栄えある先兵としてその人生を捧げる喜びは君にこそふさわしい。

 

 彼はもっと生きる喜びを知るべきなのだ。

 

 

 

 

 滴り落ちる深紅の血。命の循環をつかさどる血液はその役目を全うすることなくあたり一面に散華した。

 

 大地は黒々しく輝いていた。これが全部自分の血なのだから驚きだ。一体何回分の死が廻った?

 

 訓練も大体終わりグレイズは水を貪るように呷る。体が失った血液の代わりに水分を求めてやまない。

 

「魔力障壁は大体形になりましたね。なかなか筋がいいですよ」

 

「ですが肝心の魔力放出は・・」

 

 手放しに誉める先生にうれしさを感じつつも自身の呑み込みの良さに驚く。こちらのわからぬ事を的確に教えてくれるのは異能のおかげかもしれないが純粋に教え方が上手いのだ。

 

 これほどの人物、それも高位魔術師から指南を受けることなどグレイズのような平民の出では本来あり得ない。高位魔術師は魔術における最高学府であるフルデリア魔術学園でも数人いるかどうかのレベル。

 

 そもそも身分が違いすぎて伝手でもない限り話をすることもままならない存在。貴族の子息は幼少の頃から魔術師から直接個人授業を受けるとのことだがなるほどどおりで優秀な人間が多く排出されるわけだ。もとからの土壌が違う。

 

 なにより嬉しいのは――――魔術を一つ教えてくれたのだ。

 

 魔力増加に伴う魔術容量の拡張。まれに後天的な要因でみられる症状だとか。

 

 ”急激な”容量拡張の影響で既存の魔術基盤は変形・癒着し自発的な発動が不可能になり、言わば暴走状態になるらしい。勝手に魔術が発動したり、基盤同士が融合しまったく別の効力を持った魔術が生まれる等と様々な症状が見られる。非常に珍しい事例らしく第二級遺失物などの適合影響で起こりうるとか。

 

 ・・・僕の場合は基盤同士が融合し無駄に拡大したため折角の猶予スペースもおじゃんになってしまった。

 

 ・・・まあ筋力増強の【強靭】、速度向上の【ランピット】、気配察知の【境】はどれも費やした魔力次第で効果に変化が馬鹿みたいに出るロマンあふれる魔術だし全然気にしてない、本当だよ。

 

 それでもまだ有余があるからと習得したのが【狂渦】・・・魔術を習得する際、師事する術者の教え方次第で獲得する魔術基盤の大きさは変わってくるという。大きいということはつまり魔術理論への理解が不足していることに他ならない。どんなに理解が深まろうとその魔術を100%の形で習得はできない。完全なる形で魔術を発動可能なのはその魔術の開発者のみ。もしくはその者から直接師事し完璧に受け継いだ継承者だけ。

 

 だがどういうことだ。多分だが僕はこの魔術を完璧に習得している。これが魔術を理解することなのだと魂が痛感した。師事者の教練の影響部分が大きすぎる。魔術基盤とはここまで圧縮できるものなのか・・・美しい形をしている。何者だこの人は・・・

 

「ここまで理力の無い人は初めて見ました・・・本当に聖王国の人間なのですか」

 

「へへ・・・」

 

「なにを嬉しそうにしてるんですか。今のは反則技みたいなものですから参考にしないでください。私がディアス家の継承者であり異能による補佐があったからこそできる伝授方法です。理屈上では理力がなくても教師次第で洗練された魔術理論を授けれるのですよ」

 

 個人の理力とはいったい何だったのか。優秀な教師がいればどうとでもなるじゃないか。

 

「・・・勘違いしないでください、あなたには才能がない。それを間違っても教師のせいにしてはいけませんよ。魔術理論を自身なりに解釈した上で間違った部分を修正していくのが教師の役割です。それを何度も繰り返していくことで最適化された魔術基盤が完成するのですよ。最適化の過程で本人に適した・・魔力が少ないなら効力や発動時間が低下する代わりに消費魔力を減少させる。処理能力を補うために魔術基盤を拡張して容量を圧迫し他の魔術の習得を犠牲に従来の効力を得るといった努力や取捨選択の苦しみを負うものです。もう一度言いますがあなたは魔術のなんたるかを理解する力がなさすぎる。”スキル”経由での糞魔術行使となんら変わりがありません。本来自分で満たすべき中身を他人に満たされてもらっただけにすぎないのですから。苦痛の伴わぬ儀式に運命は追随しないのですよ。まったく・・調子に乗るな」

 

 そう考えると今まで熱心に付き合い指導してくれた教官や魔術講師の苦労が染み入り申し訳ない。生きて帰ったらちゃんとお礼を言わないと。

 

 グレイズはこのままではきまりが悪いと話を変えることにした。

 

「と、ところで勧めるがままに魔術を習得しましたがこれってどんな効力を有しているんですか?もしかしてこれは・・」

 

「失伝せし始原魔術(プライマギア)かですか?・・いいえそれとは関係ありません。あれらは多くの派生を持つ魔術のことを指すのであって、【狂渦】は派生なし単発魔術です。世に出ることはないって所は共通してますがね」

 

「―――も、しかして一族間でのみ受け継がれる継承魔術ですか!?え、これ僕が習得してもよかったんですか!?・・あとで殺されませんよね?」

 

 歴史の古い貴族はその家でのみで継承される門外不出の魔術が存在する。一般で出回るものとはまた違う異色の魔術群。家が保有する固有の魔術の多さはそれだけ貴族としての格につながるほどに影響力がある。

 学ぶ機会などまずない魔術を習得させた意図がわからず困惑する。気安く教えていいはずがないのになぜ僕に・・・

 

「・・・・私は既に過去の人間です。おそらくですがディアス家はもう残っていないでしょう。このまま完全に失伝するぐらいなら必要とする者に授けたほうがましです。それに――」

 

「先生・・・」

 

 行動から察していた。言外に先生もここから生還できるかわからないと言っているようなもの。僕に伝授したのはあくまでも保険なのだろう。魔術師、いや家督を継ぐ者からすれば継いで来た歴史を失うことは何よりも許せないのかもしれない。改めてことの重さを受け止める。

 

 

「――――こんなに最高な魔術は他にありません!あなたも是非【狂渦】ユーザーになるべきです!」

 

「せ、先生?」

 

「ああ、それと効力ですが【狂渦】は魔術を暴走させます!」

 

 え、何それ。そんなものを覚えさせられたの!?残り少ない容量を使って!?

 

「おっと早とちりするにはまだ早いですよ。この魔術はですね―――」

 

 話はこれからだというのに急に口を紡ぐ先生。浮かされた熱気はどこに行ったのか、急に冷静になられると驚くのでやめてほしい。

 

「どうかしたんですか?」

 

「誰かこちらに来ます。【探知】に引っかかった人数は一人」

 

 慌てて魔術【境】を発動するも・・・反応はない。先生は今までずっと魔術を発動していたのか。あれ?【探知】は始原魔術(プライマギア)の一つではなかっただろうか。明らかに効果範囲と継続時間が違う。それも教えて貰えないだろうか。

 

 グレイズはここであることに気づく

 

「ってあれ?アリスがいない!?」

 

 よく見ると大通りをフラフラと歩くアリスの後ろ姿が。慌てて引き留めようとするも先生に止められる。

 

「まずいですね。ちょうどこの先から誰かが来ます。このままだと鉢合わせになってしまいます。敵でないことを祈りつつ隠れて様子を見ましょう」

 

「ちょっと待ってください!アリスをおとりにするつもりですか!?」

 

「落ち着いてください。あれにA種と同じ力があれば大抵のことでは死にません。隠れつつ相手の正体を探ります・・・・いや、そうですね。せっかくですのであなたの成果を見せていただきましょうか」

 

 困惑しつつもグレイズは頷いた。

 

 グレイズの知るところではないがクラウン大主教からすればアリス、もといジョーカーの生き死にはどうでもいいことであった。住むべき世界が違う異相の生物。あのような生物がこの世界をうろついていること自体間違いだ。

 

 それにこの世界から早く脱出したかった。霧の中上空から照らし出される謎の光がどうにも落ち着かせない。どうにも調子を狂わせる。

 

彼は・・そのことに何も感じないのだろうか。

 

 

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